第21話「吐く冗談を間違えたな……」決着は一瞬で
「それが限界か?」
そう言ったのは意外にも大和だった。彼は膝をついた状態で刀を強く握りしめた。
その状態からカエルのように鋭く跳び、間合いを詰める。詰め寄った相手は中原だった。
大和は日本刀を振りかぶり強く下ろす。
しかしそれもまた中原を捉える事はなかった。刀は空振りする。振った後に出来た隙をついて、中原は大和との距離を詰めようとする。だがそれこそが大和の思う壺だった。
「!」
彼らは気づかなかった。大和の左脚がいつの間にか消えていた事に。そして左肩からその脚が生えている事に。肩から生えた脚がちょうどの高さにある中原の側頭部を捉える。
中原の頭にダイレクトに痛みが走る。強い痛みが彼に隙を生んだ。その隙を突くようにして大和は返す刀で中原の胸を斜め下から斬り上げた。
「うわああああああ」中原は悲鳴と共に崩れ落ちる。血が噴き出し絶命間近の状態だった。
「てめえ!」
岩泉が初めて怒りを見せた。彼は背後から大和に近づき、頭を掴む。
「―――裂けるグラップ」勿論能力で伸ばした両腕で。
そして彼の後頭部を手元に近づけ、膝蹴りをかます。鈍い音が部屋に響き渡る。
しかし岩泉は大和の能力をまだ理解しきれていなかった。
「!」
気付いた時には岩泉の頭を挟むようにして、大和は掴んでいた。彼の肩をよく見れば、両腕共に通常の逆側に生えているのが分かる。そして両脚も後ろ前になっていた。
大和は後ろを向いたままに、膝蹴りをかます。岩泉はよろめいた。彼の蹴りより大和の蹴りの方が格段に強度が高かった。
岩泉はなかなか起き上がれない。
大和は目を引ん剝いて死にかけている中原の胸から刀を抜いて、岩泉の方を向く。
「あんたはガキの頃から嫌いだった。へらへら笑って俺をいたぶりやがって……」
中原は額から血を流しながら笑う。「なんだよ、嫌だったら言ってくれりゃ良かったのに」
立ち上がろうとした彼に対して三浦は鋭い前蹴りをかます。「立つんじゃねえ。黙って聞いてろ」
そして彼は刀を岩泉の鼻先に突き立てる。
もうすっかり陽は落ちていた。部屋の中は薄暗い。互いの顔なんか殆ど見えていなかったがそれでも声は届いた。
岩泉は言う。「お前も異人だったんだな……隠しやがって」
「お前みたいな下っ端に明かす訳ないだろ」
僅かに間が開いた。それから岩泉は言う。
「さっき言ったお前の彼女を殴ったってのは嘘だ。そんな事はしてない」
死を悟ったのだろう。彼は最後の弁明をした。だがそれは通じない。
「そうか……なら吐く冗談を間違えたな」
そして彼は刀を振りかぶる。
それを見て岩泉は内心笑っていた。
(勝てる……一太刀さえ避ければ、返す刀より早く俺の拳の方が早い)
彼の能力は体を裂く事が出来るというもの。だから大和が斬りつけてきても避けられる自信があった。(こいつは袈裟斬りしかしねえ)
大和は刀を振り下ろす。やはりそれもまた相手の左肩から右脇までの軌道。その刀を岩泉は体を裂いて、躱した。刀は当たらなかった。
「形勢逆転だ」
低い姿勢のまま、体を裂いた状態のまま。岩泉は右腕の前腕を裂き、長くなったリーチで大和の顔に一直線に拳を放つ。
「!」
だがその拳が当たる事はなかった。その前に絶命した。
刀が岩泉の顔面を真正面から突き刺していた。
そう、大和は彼が避ける事を予想していた。散々見せてきた能力なのだから、予想出来てしかるべき。彼は避けられる事を前提に、袈裟斬りから突きまでを一連の動作で繰り出した。
結果彼の刀の方がわずかに速かった。
「ふっ、哀れな男だ」大和はズボンのポケットから煙草を取り出して火を点ける。一回だけ吸ってから口にくわえ、刀を引き抜き右肩に乗せる。
そしてそのまま窓を開いてベランダに出た。日はもう暮れている。薄暗い中、返り血で服も顔も真っ赤にした大和はたばこを左手で吸いながら、外を見ていた。3階のベランダ、景色はさほど良くない。
だが彼にとってそこは思い出の詰まった場所だった。
彼女である保健室の先生。彼女は大和にとって初めての彼女ではなかった。しかし初めて出会った運命を感じる女だった。そして永遠に添い遂げようと心に決めていた女。
(お前の為に俺は……全てを捨てた)
だというのに、何故自分の居場所を彼らに伝えたのだ。何故たった一発殴られただけで自分を裏切ったのか。
自然と涙が出てくる。煙を吐きながら空を見上げる。曇りの夜。星も月も見えずただ一面に広がる藍色。
(いや、違うか……あいつは女だしアヤメの人間じゃない。耐えられなくて当然か)
彼は打って変わって笑って見せた。
そう、これこそが彼の宿命だった。
そして彼の人生を狂わせたのは紛れもなくあの男。自分の情報を吐いて、未だぬくぬく生きているあの同級生。
「あいつを殺して、俺は人生をやり直す」
大和は刀をベランダに捨てた。硬い音がして、一回だけ弾む。
彼は干してあった白いワイシャツを着る。
そして彼はベランダに足を掛けて、外へと飛び降りた。コンクリートに着地しても痛がるそぶりを見せずに歩き出す。
「たった一人の人生をな」
彼に残っている物はアヤメで身に着けた、汚い矜持のみとなった。




