第20話 「裂けるパンチ!」ワンルームでの血みどろの戦い
「ここか」
夕方だった。二人の男がアパートの前でたむろしていた。その様子を近隣住民は訝し気に見ている。だが彼らは周りの様子を顧みる事なくアパートの中に入っていく。
対称的な二人だった。笑みを浮かべている男、岩泉。無表情な男、中原。この二人が狙っているのは彼の仕える組の長、その息子だった。
「まったく嫌になるぜ。俺はいっつもこういう役回りだ」と岩泉。彼は大きく上に伸びをしながら階段を昇っていく。右手にはドリルが握られている。
「……」その一メートル後ろを中原がだるそうに歩く。ポケットに手を突っ込んで、伏し目がちに、しかし非常に集中した状態で。
「生まれた時に人生は大方決まってますよね。何もしなくても尊ばれる奴もいれば、どれだけ尽くそうが雑に扱われる奴もいる」
「……」彼らは3階まで登り切った。そして部屋のプレートを見ながら、廊下を奥へと歩いていく。
「俺は全てを捧げた。なのに、なんでこんなにも過小評価されてるんだ」
彼はとある部屋の前で足を止める。中原も同様に。
「てめえみたいな奴が嫌いだよ。大和―――」
彼はドリルをその部屋の鍵穴にぶち込む。そして物凄い音を立てながら、鍵穴を破壊していく。
「空いた……」一分ほどで扉は開いた。ドリルを捨て中へと入る岩泉。
隣の部屋の住民が顔を出してきた。中原はその男を無言で睨みつけ、部屋の中へと眼力だけで戻す。
「よお!大和!遊ぼうぜ」
ワンルームのその部屋には電灯が点いていなかった。廊下を歩いて部屋の扉を開くと、そこも電灯が点いていない。
静寂の中、一人の男が座布団の上に上半身裸で座っていた。
何の家具もないフローリングの部屋のど真ん中に胡坐を掻いて。扉からの赤い陽の光は逆光になっていて岩泉と中原は少しだけ目を凝らす。
「相変わらず立派な彫りもんだな」岩泉は大和の背中にある刺青を見て笑う。
だが大和は一言も言葉を発さない。背中を向けたまま黙って話を聞いている。
岩泉は言った。
「お前、北海道に逃げて新しい人生を送るそうだな」
答えない大和に対して岩泉は続ける。「ちなみに俺はだがそれまでの間、彼女を誰も知らない所に匿ってるってのも知ってるぜ」
「!」それを聞いて初めて大和に反応があった。岩泉は畳みかける。「これは兄貴分としての忠告だがあの女は捨てた方が良いぜ?一発殴っただけでお前の居場所を吐いたからな。所詮はその程度の女さ」
しばしの間。
それから大和が動いた。彼は部屋の隅に置いてあった日本刀を手に取る。そして素早く鞘から刀を抜き、構える。
「お前……アヤメの人間としての矜持はねえのか?」
大和は大きく息を吸った。「悪いがここはアヤメじゃねえ。それに―――」
彼は日本刀の向きを少しだけ変える。「もう逃げる気も戻る気もねえ。俺はお前らを殺してアヤメとのけじめを付けるだけだ」
今度は中原が小さく笑う。「けじめだと?親父がお前のミスの尻拭いを何度した?ガキが一丁前な口を利くな」
そして彼は日本刀へと体を近づける。「殺してみろよ。出来んのか?」
大和は刀を振りかぶる。それから素早く袈裟に斬る。だが中原は小さくバックステップする。刀はぎりぎり彼の鋼鉄のような肉体に届かなかった。
代わりに彼の拳が大和の頬を殴りつける。「!」血を吐きながら大和は壁に打ち付けられる。
「立て、けじめをつけてみろ」中原は尚も煽る。
「てめえ……」大和はそれでも刀を離さなかった。
彼は低い姿勢のまま走り出し、今度は岩泉を斬る。だがその刃もまた相手には届かなかった。
「ははは」岩泉は小さく呼吸をする。
そして彼にだけ聞こえる声で呟いた。「―――裂けるパンチ」
「!」大和の体はがくんと崩れかける。岩泉の左ジャブが大和の顎を捉えた。
彼が避けられなかったのには理由がある。その一撃はただのジャブではなかった。岩泉の左前腕を見ると縦に二つに裂けていた。そして避けた部分が上にスライドして通常以上の長さになっていた。だからリーチが長くなり、間合いの外からの拳が当たったのだ。
まだ攻撃のダメージが残っているのにも関わらず、中原が追撃を掛ける。
両腕を翼に変えて大きくはためいた。室内に風が発生し、大和の態勢を揺るがす。
再び岩泉が攻撃態勢を取る。間合いのある状態だったが彼は体を傾けた。
「―――裂けるキック」
岩泉の脛が二つに裂けて、長大リーチになった。そして大和の頭にハイキックが入る。彼は完全に押されていた。
「ははは、お前アヤメで育ったから、刀の使い方とか分かんねえんだろ?」岩泉が見下ろしながら煽る。
しかし大和はそれに反応しない。
彼はまだ負けてはいなかった。刀と絶対に殺してやるという意思だけは未だ強く持っていた。
「大丈夫か!」
衝撃的な光景だった。訪れた厚木の家。
まず一階の店は幸いな事に休業中の為、何の変哲もなかった。
だが二階。居住空間は大変な事になっていた。家具という家具が荒らされていた。恐らく厚木が大和と争ったのだろう。至る所に凹んだ跡がある。だが血痕は無い、恐らく生死に関わるような危害は加えられていない。
そして彼は見つけた。自分の部屋で縄で縛られ、更には猿轡を付けられ、ぐったりしている厚木弟の姿を。彼はその全てを外して彼に容体を問いかける。
だが厚木弟が開口一番言い放ったのは自分の事ではなく兄の事だった。
「兄ちゃんが何処かに連れてかれた」
やはりな、と三浦は思う。大和は彼らを連れ去り、三浦に負荷を掛けている。そんな事をしなくても赴くつもりだったが、大和は念入りに細工を講じた。
三浦は机の上に書きなぐったようなメッセージを記されたペライチの紙を見つける。
そこには“椎名山山頂”とだけ書かれていた。三浦は拳を強く握り、大和に思いを馳せる。
「あの野郎」
その時、厚木弟が興奮気味に口を開いた。それは三浦の予想していない一言だった。
「あいつだったよ、腕が二本ある男!」
「え?」思わず聞き返す。厚木弟は息を呑みこんでから再び同じ事を、しかし今度は丁寧に言う。
「アヤメで見た腕が二本ある男、あいつが兄ちゃんを連れてった!」
その時、三浦は一瞬躊躇った。椎名山に行く事を。だが決意の火を灯し、すぐにその部屋を出た。
定期的に見てる人がいたら感想書いてください!!!!!




