第2話 後輩に弄られ
「母さんどこ行ったの?」
三浦がダイニングで冷食のチャーハンを食べているちょうどその時に兄が帰宅した。大学生の彼は帰宅してすぐに家を出るだろう。いつも遊び歩いている、そういう人間だった。
「さあ、知らない」
「そっか」
兄はそれだけ言うと部屋に戻っていった。
大学生の兄と三浦はあまり言葉を交わす事はなかった。それでもこういった事務的な会話だけはする。仲が悪いわけではなく、あくまでお互いに興味がないだけ。そういう関係だった。
翌日学校に行くと、大和の噂はさらに広がっていた。
大和はやばい、あいつは裏社会と繋がりがある。
そういう噂が広がっていたが詳細を三浦が昨日知った事は広まっていなかった。
彼が朝のホームルーム5分前にトイレに行くべく歩いていると、一人の男を見つけた。
それは昨日大和と会話していた坊主の男。おそらくバスケ部の後輩だろう。坊主が強制されているのは野球部とバスケ部くらいだから。大和が髪を伸ばしているのは引退してからで、それまでは彼も坊主だった。坊主というのは目立つ物で、彼は20m程遠くにいる彼をすぐに見つけた。
2人はすれ違う。
しかし相手は三浦を一瞥すらしない。ばれてはいないようだ。その事にひとまず三浦は安堵する。
三浦がトイレの中に入ると、そこには彼が夏まで所属していた野球部の後輩がいた。
(ああ……)
嫌だ。彼は三年六組だった。三年五組と六組は二年と同じフロアに教室がある為、こうして後輩と顔を合わす事がしばしばある。いつもは出来るだけこのフロアにあるトイレを使わずに、三年しかいない一つ上のフロアに行くのだが、この時ばかりは突然の尿意に襲われた為、仕方なくここのトイレを使った。
「あ、三浦さん」
案の定、後輩に声を掛けられる。菊名という後輩が三浦とは面識のない友人を連れてトイレでたむろしていた。鏡の前で髪をセットしている様子だった。
「お久しぶりです」舐められているのは明らかだったが特に何も言わず、三浦は小便器の前に立つ。
「よう」それだけ言う。
「先輩、噂聞きました?大和って人の」
「ああ。知ってる」
「友達いないから知らないと思った」と笑いながら菊名は言う。
「いるわ」それだけ返すと三浦は後輩の脇から洗面台へと手を伸ばし洗う。菊名は三浦の髪を触りながら言う。「触るな」
「伸ばしたんすね」
「そりゃ引退したからな」
「似合ってないですよ。また坊主にしてきてくださいよ」
「やだわ」
三浦はトイレから出ていこうとする。彼は後輩に弄られるのが嫌いだった。
しかし菊名は彼が出ていく前に声を掛ける。
「今日自主練なんですけど来てくださいよ。マシン打っていいですよ?」
「どうしよっかな」それだけ言い残して彼はトイレから出ていく。