第17話「あいつは俺らが殺してやる」それはいかれた殺し文句
「じゃあ、おれ帰るわ」
「おお、気を付けて」
厚木が勉強を再開するようなので三浦は帰宅する事にした。
(しっかしいい仕事するなぁ、厚木の親父さん)
三浦はカットされた自分の髪を触りながら床屋を出る。しかしそこには厚木の父がいた。彼はバイクを押して何処かに行こうとしているようだった。
「あ、三浦君。帰るの?」
「はい」と言うと、厚木の父は彼を手招きした。「家まで送ってくよ」
「え、いいんですか?」
「ああ。ついでだし」
そして厚木の父のバイクは走り出した。150ccのそのバイクはあっという間に加速していく。三浦は内心興奮していた。バイクの速度を体感するのは久しぶりだったが、やはりあがる物がある。
三浦は自らを興奮させる物を好む。野球を引退してからはそれが少なかった。だから今の彼は久方ぶりに興奮の笑みを浮かべていた。
信号で止まった時に厚木父が話し掛けてきた。
「バイク乗るの?」
「いや、原付の免許は持ってるんですけど。全然乗ってないです」三浦はヘルメットを一度外して蒸れないようにする。
「そうなんだ。ま、おじさんの勝手な価値観かもしれないけどバイクの免許は取っといた方が良いよ」
「そうですか?」
「ああ。バイクさえあれば何処まででも行けるし、何より自由だ。おじさんは友達と週一でツーリングしてるんだけどさ、その時が一番楽しいもん」
「そうっすか……。それって今日ですか?」
「ああ、だから週一で午後休みにしてるんだ。土日は書き入れ時だから休めないんだよね」
「確かに。床屋って忙しそうですもんね」
そんな会話をしながら自宅であるマンションの前に到着した。三浦は深々と礼をして厚木父を見送る。厚木父は背中越しに左手を上げてすごい勢いで去っていった。
雲一つない空。程よい風。そして切ってもらったばかりの清々しい頭。
大きく伸びをする。「ん~」体がまだ痛い。アヤメの影響だろうか。
アスファルトの上をカラスが数羽歩いている。彼らはごみ置き場のごみをつついていた。
それを眺めながら三浦が自分の住んでいるマンションに入ろうとした。
その時だった。
見覚えのある顔が前からやって来た。
「!」
三浦は思わず足と止める。不愛想な男とにやついている男の二人組はどんどん近づいてきて歩道のど真ん中で三浦とすれ違う。
「ははは」顔にへつら笑いを浮かべている方が三浦の顔を覗き込んできた。
「誰かと思ったら逃げた奴じゃねえか」
それは三浦を誘拐してアヤメへと連れていったあの二人組だった。因縁の相手、三浦はその瞬間を永遠にすら感じる。それも無理のない話だ。アヤメで起きた出来事は封印しておきたい記憶、厚木の弟によって少し開けられたあの時の記憶がこれで完全に開かれてしまった。
「何しに来た!」彼は両の拳を握りしめる。工場から抜け出して車を車にぶつけた時のように、一切の恐怖を押し殺して生き残る事だけに意識を向ける。
だが不愛想な方の男が今度は口を開いた。「今日はお前に用は無い。既に情報は手に入れたからな」
「どういう意味だ」戦闘姿勢を保ったまま訊ねる。
「お前が地下室で一緒に監禁されていた男いただろ?あいつが情報をよこした。勿論こちらから一定の見返りは与えたが」
「!?」
「ははは、狼狽えてるな」笑みを浮かべている男が三浦を指さす。「お前が何故大和の情報をかたくなに話さなかったのかは知らないが、努力が無駄になったな。ご苦労さん」
そしてまた笑う。彼の笑いは三浦の腸に嫌な感じで響く。
「じゃあな、元気に生きろよ」
そして彼らは去っていった。
彼らは角を曲がり、建物と建物の間の狭い路地へと消え込んでいく。だが彼らはその時、一枚のハンカチを落としていった。
「?」
三浦はそれを拾い上げる。ピンク色で明らかに女物のハンカチ。彼らがそれを持っていた事には違和感しかない。
「あの、これ」
三浦は慌てて追いかける。角を曲がり暗い路地の中へと。
「!」
そこに彼らはいなかった。明らかに異常だった。今さっき入っていったばかりの2人が視界に映らなかったのだ。狼狽していると上から声がした。三浦は顔を上に向ける。
「驚いたか?」
そこにいたのは腕が蝙蝠の羽のようになっている男とにやつきながらそれにしがみついている男の姿だった。背景には真っ青な空とビルの壁面が見える。
彼らは空中でホバリングしながら三浦を見下ろしている。三浦は問わずにはいられなかった。
「なんですか!その腕は」
「アヤメじゃ珍しい事じゃない。あそこには変わった奴らが腐るほどいるからな」
頭の中で繋がる。厚木弟がアヤメで目撃したという体が異形の者。なるほど、こんなのを見たなら彼があんな反応するのも頷ける。
にやついた男が口を開く。
「言っておくが大和の体も異形だ。あいつには気を付けろよ」
三浦は彼が何を言っているのかが分からなかった。その男は侮蔑するような目で言葉を続ける。
「お前が漏らした情報であいつの逃亡計画の全容が大島組に伝わったんだ。あいつは確実にお前を恨んでるぜ?」
三浦の顔が険しくなる。
飛翔している2人はどんどん空高く昇っていく。彼らは最後に一つだけ三浦を安心焦る言葉を言い放った。
「あいつは俺らが殺してやる。だから普通に生きてなよ、君は」
お前らが巻き込んだんだろうが、クソみたいな争いに。心の中でそう言い返す。だが三浦は彼らへの恨みからか、前半部のあまりに直接的な、しかしおどろおどろしい宣言文を理解するのに時間が掛かった。
しばらくしてからようやく咀嚼する。「殺す……のか?」
曲がりなりにも同級生であり同じ窓から空を見た奴が、殺されようとしている?その事実に三浦は動揺を隠せなかった。
彼らが落としていったハンカチをよく見ると血痕が付着していた。それが誰の血なのか、三浦は想像しなかった。




