第16話 「兄ちゃん信じてないな……」子供の不気味な発言
3連休、三日目の月曜日。午前の9時。
起床した三浦はPCを起動する。起き抜けのルーティーンはいつだって格闘ゲームだった。それはアヤメから奇跡の生還を果たした夜だって変わらない。
(なんだ?)
1ゲーム終えた段階で気付いた。その日の三浦は反射も頭の切れも以前プレイした時と比べて格段に上だった。自分の体が自分じゃない気がした。
(起きたばかりだぞ?いつもなら負け続けるのが当たり前なのに)
結果彼は一時間ほどプレイして一度も負けなかった。不思議な感覚に包まれながら外に出た。
肺一杯に空気を吸う。
そこは確かに佐竹町だった。アヤメとは空気が違うし安心感も当然違う。
本来なら受験勉強をするべきなのだろう。だがあれだけの事に巻き込まれたのだ。まだ気持ちの切り替えが出来なくても仕方ない。とりあえず三浦は床屋に行く事にした。
三浦の髪型は安定のツーブロック。こだわりは無かったが最低限の身だしなみを整えるために月一回は行っている。野球部に所属していた頃は大会期間だけ坊主を強制された。坊主自体に抵抗は無かったのだが元の髪型に戻すのに時間が掛かるのが面倒くさかった。
床屋に入る。店主が活気良く挨拶してきた。
「お!来たか!何か月ぶり?」
「夏の大会で坊主にしたんで伸ばすのに時間かかりました」
口ひげを生やした店主は彼を椅子に座らせる。勝手知ったる三浦はいつも通り椅子に座り両腕を前に出す。散髪ケーブを体にまとわせられる。
「頼孝、上にいます?」
「ああ、いるよ。勉強してる」
「後でお邪魔してもいいですか?」
「ああ、いいとも」
頼孝とは野球部のチームメイトだった厚木の事。ここは厚木の父が経営している店だった。
いつも通り30分ほどで散髪は終わった。髪を洗っているタイミングで上から厚木が降りてきた。
「お、いるじゃん」彼は顔を洗面台の中に突っ込んでいる三浦の後ろを通り玄関前のソファーに座る。そしてそこで漫画を読み始めた。「おお振り早く次の巻出ねえかなぁ」
彼はぱらぱらと漫画をめくり、目を通す。目当ての巻では無かったらしく次巻を手に取る。
髪を洗い終えた三浦は顔を熱いタオルで拭きながら言う。
「散髪終わったらパワプロしようぜ」
「やだよ、めんどくせえ。俺は今の今まで勉強してたから疲れてるんだ」
「いいだろ、1試合だけ」
厚木は溜息をつく。「上に弟いるから、あいつとやってろよ」
彼はそう言うと漫画本を棚に仕舞い床屋から出て行った。「ちょっくらコンビニ行ってくる」
そして三浦の散髪もその少し後に終わった。結局三浦は彼の言う通り上で弟とゲームをする事にした。厚木の部屋に据え置きのゲーム機があるので弟をそこに呼び二人でゲームをセッティングする。
やるのは野球ゲーム、弟も野球少年だったのでちょうど良かった。
「手加減してよ」
「分かってる」そんなやり取りをしながらゲームは始まった。厚木の弟は小学1年生。三浦にとっては可愛くて仕方ない年齢なので思いきり手を抜いて9回裏一点差で負けている場面までゲームは進んだ。
厚木の弟はあと一イニングを押さえたら勝ちという所まで来たのでノリノリでコントローラーを握っている。しかし三浦はランナーを一人だして一発でればサヨナラの場面にまで持っていく。
「お、やってるなぁ」
引き戸を開いて厚木が帰ってきた。彼はポテトチップスとミルクティー2Lを袋に入れて買ってきた。
それを皆に振舞う。三浦は礼を言いつつコントローラーをしっかり握る。
彼の操作するバッターは弟の操作するピッチャーが投げた甘い球を強振した。打球はぐんぐん伸びてスタンドまで届いた。
「!」弟はコントローラーを投げ出して仰向けに倒れた。
「ははは、これが実力の差だよ」三浦は大人げなく笑う。
「手加減してって言ったのに」弟は不貞腐れながら本棚までいく。そして好んで読んでいる事典を取り出して読み始めた。
「なあ、もう1試合しようぜ」
「やだよ。今からこれ読むんだ」弟の読んでいる事典は世界の伝説やら怪物やらを載せた物だった。
随分熱中して読んでいる。厚木は言った。
「最近あればっか読んでんだ」
「へぇ」三浦は床にうつ伏せになりながら分厚いその事典を読みふけっている彼の近くに寄る。
「面白いか?それ」
「うん、超面白い」
「会えたら良いな、何処かで」三浦は優しく微笑みながら言った。しかし弟は予想外の返答をした。
「なんで?会いたくないよ、もう二度と」彼は斜め後ろにいる三浦を見て鋭い視線を送った。
「二度と?」三浦は厚木の顔を見る。彼は肩を竦めてから弟に問う。「どこかで会ったのか?」
「うん。この間アヤメで会った」
「!」三人の中で三浦だけが激しい動悸に襲われる。つい昨日までその街で彼はさんざんな目にあったのだ。その時の記憶がフラッシュバックして一瞬言葉を失った。
だが厚木は対照的に弟に対して怒声を発する。
「おい!あそこには行くなって言っただろ。誰と行ったんだ?」
「……たけると二人で冒険しに行った。別に何も起きなかったよ。化け物を見たくらいで」
「化け物?」三浦は首を傾げる。彼も確かにアヤメに行った。しかしそんな物には遭遇しなかった。彼が遭遇したのは腐敗した暴力の街。リアリズムを突き詰めたような人間達であり子供が思い描くような空想の恐怖などではなかった。
「右腕が二本生えた奴とか、爪が長い鉄みたいになってる奴とか。いろんな化け物がいた」
しかし厚木はそんな妄言を取り合わなかった。「そんなのはどうでもいいから、アヤメにはもう二度と行くなよ」
「兄ちゃん信じてないな……」弟が悔しそうに言うと、厚木はぴしゃりといい放つ。「返事は?」
「はい」
そこでやり取りは終わった。だけど三浦はどうにも不気味だった。暴力の街、それに化け物?
一体アヤメという街はどうなっているのか。頭の中で消した筈の場所なのに再び浮かび上がってきた事が心底気持ち悪かった。




