第15話 戻ってきた平穏
(やっぱりあの女の言った通りだ)
三浦がフレームの曲がった自転車で路地を駆け抜ける。それでも追っ手の車は追いかけてくる。アヤメの道が頭に入っているのだろう。どれだけ掻い潜ろうがすぐに追いついてくる。
だがその追っ手もとある場所から先には追って来なかった。
そこでようやく三浦は実感した。アヤメを抜けたのだと。
長く辛いアヤメでの一泊二日はようやく終わりを迎えたのだと。自転車の上で実感した。
三浦が自転車を惰性で走らせていると目の前に見覚えのある顔が。
三浦は車道から歩道へと乗り上げてその人物に近づく。
「別所!」
同じ野球部に直近の夏まで所属していた別所がそこにはいた。彼はリュックサックに黒のポロシャツ姿で足早に歩道を歩いていた。
唯一心の許せる人間、別所は三浦を見つけるや否や腹を抱えて笑った。
「お前そんな自転車使ってんのかよ!」
「違えわ、これは俺のじゃねえ」
「じゃあパクったのかよ!悪い奴だな!」
「事情があったんだよ」
三浦は別所にナイフで刺された場所がばれないようTシャツの血で滲んでいる箇所が彼から見えないような位置で自転車を止める。腹部の血は自転車を走らせながら止血した。だが痛む。一刻も早く自宅で休みたかった。にも関わらず別所と歓談する。
「予備校の帰り?」三浦が訊く。
「いや、今から行く所。てかお前は何をやってんだよ、この時期に」
「ちょっくらサイクリング。気分転換がてらにな」
「そっか。まあ頑張れ、じゃあ」
三浦は手を振る。別所は意外にも早く会話を切り上げた。その事に寂しさを覚えつつ彼は自転車を走らせる。
そして彼は自宅に到着した。マンションの自転車置き場にゆっくりと停車した彼は覚束ない足で鍵を開ける。オートロックの中に入り階段を昇る。当然家には誰もいなかった。
三浦は風呂に直行して体を洗う。風呂上がりに腹部にガーゼを当て包帯でぐるぐる巻きにする。
血の滲んだTシャツはビニール袋に包んで部屋の片隅に置いておく。
そして清潔な服に着替えて彼はベッドに飛び込んだ。
あらゆる記憶が頭を巡る。色々な事があった。しかし今となっては過去の事。
昨夜のベッドとは違う安心感に包まれた。だが―――
『お前は王になる』
その言葉はまだリフレインしている。うつ伏せになって眠りにつく三浦は結局翌朝の9時まで目を覚まさなかった。




