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蠅のアヤメ帝国  作者: 星駿平
第1章 アヤメの人間になる前の日々
14/22

第14話 「この街で推奨される暴力とは……」三浦が初めて人を殺めた日

赤いミニバンが彼の近くでスピードを緩める。そして扉がスライドして開いた。

助手席の窓が開いてキャップを被った女性の顔が見える。彼女はじろりと三浦を見て言う。

「何?乗りたいの?」

「はい、佐竹まで行きたいです」

「乗せてあげる」

女だから油断した。スモークガラスで中が見えないにも関わらず、三浦は迷いなく中に入ってしまった。

ミニバンの中に片足を掛けた時に二列目に座っている男をちらりと見る。その男は反対側のドアにもたれ掛かって気怠そうにしている。それで更に油断してしまった。

扉を後ろ手で閉めた瞬間に、三列目から二人の男が突如として現れた。

「ばあ」その二人の内の一人が三浦を後ろから羽交い絞めにする。気付いた時には絞められていたので防ぎようがなかった。

「っ!」息が出来なかった。ミニバンは走り出す。

三浦は車内の人数を確認する。(運転手と助手席が女。二列目のが細い男。だが三列目のはガタイの良い男二人か……ぬかった)

後悔はもう遅い。三列目の羽交い絞めにしていない方が喋る。

「こいつ誘拐して身代金請求したらいくらになるかな」その男は秋にも関わらずファーの白い厚手のコートを着ていた。見ている三浦の方が暑くなるくらいの季節外れだった。

「さあな、試してみるか?」答えたのは助手席の女。意外にもその5人組の頭はその女だった。

だが三浦に不思議と恐怖はなかった。彼の頭にあったのは家のベッドで眠りたいという意思と自分が王かもしれないという漠然とした信念だけ。だがそれが彼の体を動かした。

「!」羽交い絞めしていた男の力が緩まる。三浦が鋭い肘鉄を喰らわせたからだ。

「おい!」白いファーの男が殴りかかって来るので三浦は体を捻って応戦する。両方の顔面にそれぞれの拳が数発入る。鈍い音と車の揺れる音が車内に響く。これだけの荒事が起きているにも関わらず運転席の女は落ち着いて真っすぐ車を走らせていた。

「こら!止まれや!」白いファーの男は三浦の顔面を右手で掴む。三浦はその右手の手首を掴み握り潰す。「いてえ!」

しかしそのタイミングで。三浦の右にいた寝ぼけている男が鋭い何かを脇腹に突きつけてきた。三浦の動きが止まった。それは刃渡り15センチ程のナイフだった。

彼はぎょろっと三浦を見つめて言う。「大人しくしろ。不快だ」

三浦はそれでも落ち着いていた。恐怖よりも怒りが勝った。

(俺がアヤメを出たいだけなのに何でこいつらは邪魔すんだよ。てかこいつのすかした態度が気に入らねえな)

三浦は躊躇なく隣の男の顔面を右手で鷲掴みする。その男が驚いたようだ。慌てて三浦の腹にナイフを刺す。だが三浦の方が一手早かった。

「っっっ!!」男の頭部を窓ガラスに全力で叩きつける。野球部だった男の全力投球。その男の頭は窓ガラスを割った。

だがそれでも運転手の女は運転をやめない。それにも三浦は腹が立っていた。

「止まれや!」彼は右足を目いっぱい伸ばして女の握っているハンドルを強制的に右に回す。車は急に右折した。対向車線にはキャリアカーが走っている。

運転手と助手席の女が悲鳴を上げた。だがもう遅い。

この世の物とは思えない激しい衝突音。人体とガラスと金属が車内を縦横無尽に駆け巡る。

ミニバンの右側と中古車を数台運ぶキャリアカーの右側が真正面からぶつかった。衝突の瞬間、三浦は全力で体を車両の左サイドに持っていっていた。車内で跳ねるかのように。

だから三浦はすんでの所で、奇跡的に生きていた。

「……お前いかれてんのか」

三浦を羽交い絞めにしていた男が全身血まみれで語り掛けてくる。息も絶え絶えだ。

「お前……なんなんだよ」

「うるせえな。俺は家に帰りたいだけなんだよ」

―――そして俺は王だ。それは言わなかったがその二つが彼を突き動かす動因だった。

破壊されたミニバンから三浦は出る。金属片が体に突き刺さってはいたがそれ以外に傷は無い。

その金属片を体から取り除きつつ、彼は歩道の方へ歩いていく。

車道を見れば、損傷の少ないキャリアカーが事故現場から去り、死体を乗せているであろうミニバンを避けるように他の車両は通行をしていた。それがアヤメという街の異常性を表していた。

三浦は大きく深呼吸をする。

まだだ。まだアヤメからは出られていない。

彼はそう気を引き締めていた。

「ははは、エグイ事するな。お前」

三浦に何者かが声を掛けた。

それは事故現場のすぐそばで、逆U字形車止めに腰かけていたスカジャンにジーンズの金髪女だった。

「なあ、アヤメから出るにはどうすればいい?」

「適当にこの道真っすぐ歩いてれば出られる」

「でも追手がいるんだ。工場からの」

「……そうか、ならそこに捨ててある自転車でもパクれば?」

女は指さす。すぐ隣にあるシャッターの閉まった店の前にボロボロに錆びた自転車が捨ててあった。おそらくフレームは曲がっていて満足には走れないであろう自転車。だが彼には宝物に見えた。「それいいな」

後ろを振り向けば工場にあった灰色のセダンが彼を追ってすぐそこまで迫っている。

「慌てなくていい。アヤメの外までは追ってこないから」

「まじで?」三浦は自転車にまたがりながら言う。

「ああ、よそ者に絡むと警察に潰されるってのを分かってるだろう」

「成程」三浦はにかっと笑う。「最後に一つだけ訊いていい?」

「なんだ?」女は車止めに腰かけたまま腕組みをしている。彼女はアヤメの中で三浦が見てきたどの人間よりもまっすぐな目をしていた。全てを達観しているような、そんな目を。

そんな彼女に問いたかったのはこの街の理だった。

「この街で推奨される暴力ってのは後ろから襲ったりナイフを突きつけたりするような物か?」

彼女は長髪を掻き上げて笑う。「いいや、そんなのをアヤメの本質と思ってもらっては困る。アヤメの理想は両者向き合った上での純粋な暴力さ」

「そうか。それならぎりぎり理解出来る」三浦はそれだけ言い残して、自転車で走り去っていく。

「車の入れない路地を上手く使えよ!」

女のその言葉に三浦は手を上げて答える。


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