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蠅のアヤメ帝国  作者: 星駿平
第1章 アヤメの人間になる前の日々
10/22

第10話 アヤメから早く去りたいのに……

車内は異様な空気に包まれていた。

助手席に座っている全身あざだらけの日野、そして三浦と共に後部座席に座っている野庭。

この二人は終始黙ったままだった。

三浦がもじもじしていると隣の野庭が訊ねる。「どうした?」

「いえ……なんで俺はあそこに囚われてたのかが疑問で……」

野庭は言う。「ああ、それは多分お前があそこの組長の息子の失踪に関わってるからだろ」

三浦は度肝を抜かす。「まさか!関わってませんよ、俺は」

「それが真実かは知らない。だがあちらさんはそう認識していたって事だ」

空気がさらに重くなる。窓から見える夜空は重々しくくすんでいる。

野庭は単刀直入に言う。「だからうちの組織としてもあんたとこれ以上関わり合いにはなりたくないんだ」

三浦は再び絶望した。もうそろそろ日付が変わる。土曜日から日曜日に変わろうとしているこの瞬間に、自分は何故こんな所にいるのか。果たして来週の月曜日に無事に学校へと行けるのか?

そんな疑問ばかりが浮かぶ。

「だが私たちも鬼じゃない。あんたがこの街の奴らに殺されないよう取り計らってやる事くらいは出来る」

そしてSUVは停車した。車道のど真ん中で。信号がオレンジに光り、アスファルトを照らしている。

今までずっと黙っていた運転手が口を開く。

「降りな、この道を左に真っすぐ進めば小料理屋がある。そこの店主に“中田組の紹介で来ました”って言えば上手くやってくれるだろう」

「そんな……」

「悪く思うな。何の得にもならないあんたを助けてやっただけでも有難く思うんだな」

仕方なく三浦は車を降りた。降りるや否やあっという間に走り去っていったその車のリアガラスを見つめながら、三浦は拳を握りしめる。

(少なくともあそこで囚われていた時よりかは断然、日常へ戻れる可能性が高い)

彼はその事実を噛みしめる。為すべき事は唯一つ。あの運転手が言っていた小料理屋へと向かう事。

今ここがどこかも彼には分からない。だから人の手を借りずにこの街から逃げる事なんて到底不可能なのだ。とぼとぼ夜道を歩く三浦。割れた舗装路が目に付く。そこから何も考えずに20分程歩いた。


「誰だお前」

薄暗い小料理屋には客が一人もいない。時間帯も時間帯だ、当然だろう。しかしその店主が彼に対して警戒心剥き出しなのは想定外だった。三浦は自分が無害な人間だという事を示すべく真剣な表情を作る。

「中田組の紹介で来ました。全くこの街に知らないんですが、この店に来れば上手い事してくれるって」それだけで伝わったらしい。

男は腕組みをしてエプロンを外す。「成程ねぇ、中田組からの紹介なら断れねえな」

彼は面倒くさそうな顔をする。だが手早く店の後片付けをする。

「そこに座ってな。すぐ車出すから」

「本当ですか?」三浦の表情は晴れ上がる。こんなにトントン拍子で進むなんて思ってもみなかった。

だが彼は今言葉でそうはっきり言った。

彼の機嫌を損ねる事がないように三浦は座敷の縁で背筋を正して待っていた。壁に掛かっている年季の入った時計は午前の2時を指し示している。もうそんな時間か、と三浦は思うが不思議と眠気はなかった。眠気以上に興奮していた。

20分程で店主の男性は店じまいを終えた。そして外に駐車してあるミニバンに彼を乗せるやいなや、すぐに走り出す。車から車へ。彼は乗り継いでアヤメから出る事を望む。

だがその男にその思いは伝わっていなかったらしい。

連れていかれたのは大きな工場。の隣にある社員寮だった。

その7階建ての建物の一室へと彼は連れていかれる。「7時までここで寝てていいよ」

そこには先客がいた。熟睡しているおじさんの臭いが廊下にまで漂ってくる。

狭いこの二人部屋が一体何なのか。三浦には分らなかった。

「ここ何なんですか?」

「あ?だからここで働きたいんだろ?仕事与えてやってんだから感謝しろよ」

「そうじゃなくて……」三浦は言葉を詰まらせる。「俺、ここで働くなんて一言も言ってません!」

しかし彼は取り合ってくれない。「ああ、無理だから。働かずに食っていくなんて。どんなにプライドが高かろうが金の無い奴がアヤメに来た以上はここからスタートなんだよ」

三浦は言葉を発せなかった。(話が伝わってない、だと?)

この男は彼がこの街に永住すると勘違いしている。街からようやく出られるという三浦の希望はあっけなく打ち砕かれた。そしてそのまま彼は小料理屋の店主が扉を閉めるのを黙って見ていた。

一気に疲れに襲われる。彼はそのまま二段ベッドの上へと昇り、体を掛け布団へと体を埋める。

取り敢えず今日中に帰宅する事は出来なくなった。だが彼の帰宅を待っている家族など一人もいない。なら別に帰らなくてもいいではないか、と三浦は考え直した。

そして、目を閉じる。

汚い布団だったが安心感は感じられた。


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