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野心家令嬢の謀 前編

ミリアナは野望を持つ16歳の伯爵令嬢である。

今日も隣家の子爵家に野望を叶えるために突撃する。隣家の子爵家はミリアナの行動に慣れていたので、気にすることなく迎え入れてくれていた。子爵家の家人にとって数年続いている日常の風景だった。


ミリアナは目当ての人物の部屋に駆けこんだ。彼が手の空く時間は調査済みだった。

これでも有能な伯爵令嬢。情報収集はお手の物だった。


「ミゲル様、今日こそ承諾してください」


今日も無断で入ってきたミリアナに2歳年上のミゲルがため息をついた。

彼は子爵家の次男でありミリアナの想い人だった。


「ミリアナ、また来たの?」

「はい。家の者には伝えてきました」


毎日の習慣のため、出かけて来るの一言でミリアナの侍女には通じる。

ミリアナの行動は両家では有名であり、家臣達の間では賭け事が行われていた。


「何度来てもミリアナとの婚約は承諾しないよ」

「どうしてですか?」

「何度も言うけど、俺は子爵家、君は伯爵家、身分が違う」


ミリアナは優雅に微笑んだ。


「ミゲル様がうちに婿に入れば問題ありません」

「君の兄が継ぐだろう」

「ミゲル様のためなら私は兄様を説得します」

「必要ないよ。俺が君と婚約することはない」

「私以外にミゲル様の傍にいる方なんて認めません」


ミリアナはミゲルが令嬢と過ごすと必ず現れた。舞踏会で令嬢をダンスに誘うことも徹底的に邪魔されていた。勝気な幼馴染に何度目かわからない問いかけをした。


「なんでそんなに俺にこだわるの?縁談なんて選び放題なのに」

「私はミゲル様以外に嫁ぐなら修道女になります」

「まだ幼いからわからないかもしれないな」

「いつか絶対に落として見せますわ」


ミリアナは子供に言い聞かせるようなミゲルの言葉を聞かなかったことにして勝気に微笑んだ。

ミリアナはこの後予定があったのでミゲルの部屋を後にした。本当はミゲルとゆっくり過ごしたかったが今日の予定が埋まっていた。ミゲルの邪魔をするのに余念のないミリアナも忙しい伯爵令嬢だった。ただミゲルとの自由な時間を作るための努力をかかさないミリアナだった。

ミリアナの兄のオリバーは自分を全く視界におさめなかった妹を気にしなかった。ただ友人にいつもの言葉をかけることにした。


「なぁ、俺の妹あんまりいじめるなよ」

「オリバーがいるのに、俺を婿にするとか言うか?」

「ミリーにはお前しか見えてない」

「いつになったら現実がわかるんだろうな」


何度断っても笑顔で婚約を迫るミリアナにミゲルは苦笑するしかなかった。

オリバーは自分の妹のことをよくわかっていた。


「本当に全くミリーに興味ないの?俺の妹は凶暴だけど将来有望だよ。」

「子爵家次男の俺には荷が重い」

「全く興味ないの?」

「ああ、早く夢から醒めてほしいと思うよ」

「お互い頑固だよな」


意地っ張りという言葉を飲み込んだ。オリバーは昔から甲斐甲斐しくミリアナの面倒を見ていたミゲルが妹を特別に思っていないようには見えなかった。


ミリアナは父の執務室に呼ばれていた。ミリアナの父である伯爵は何度目かわからない話をしなければいけなかった。

今日はいつものようにはぐらかされる気はなかった。


「ミリー、そろそろ婚約者を決めてくれないか?」

「私はミゲル様がいいですわ」


娘の答えにため息を零した。

家の利がなくミゲルにその気がないのは知っていた。娘の希望だけで整えられる縁談ではなかった。


「ミゲルに拒否されてるだろう?そろそろ諦めなさい。」

「まだまだこれからです」

「もう適齢期なんだ。何人か会ってみなさい」

「時間の無駄ですよ」


自信満々に言う娘の我儘を叶える時期はとうに過ぎていた。

ただ伯爵は愛娘を可愛がっていた。


「うちより、位の高い家も多くてね。相手からお断りされたら断ってもいいから」

「わかりましたわ。家の醜聞にならない程度に頑張りますわ」


ミリアナは父親なりの譲歩に気付いて仕方なく頷いた。渡された釣書は手に取らず自室に戻った。

ミゲル以外を選ぶ気がなかった。

ただ伯爵令嬢の自分が婚約者を決めずに過ごせる時期の終わりが近づいていることはわかっていた。


午後にはお見合いの準備が整えられていた。ミリアナは紺のワンピースに着替え地味な化粧をして髪をまとめた。

ミリアナなりに相手にお断りされる方法を考えていた。

貧相な女性を演じる計画だった。


「ミリアナ、とうとう覚悟を決めたのか!?」


ミリアナは部屋に明るい声で現れた男を見て、眉間に皺を寄せた。


「貴方ですか。婚約者探しが面倒だからって手近な所で済ませようとしないでください。」


何度も夜会で顔を合わせた伯爵家のヘンリーだった。

知人が来るのは予想外だった。せっかくの地味な令嬢作戦が台無しである。

ヘンリーの家はミリアナより家格が高い。そして嫡男。父が婚約者候補に選ぶ理由も納得できた。


「俺はお前がいいんだよ。」

「お断りしてください。私は貴方に興味がありません」

「俺の何が気に入らないんだ?」


ミリアナはヘンリーが嫌いではなくて、ミゲル以外は嫌だった。まず興味もなかった。


「全てです。タイプではありません。」

「俺は優良株だ」

「それなら、近づいてきた令嬢達から選んでください。お断りしてください」

「ミリアナには選択肢ないのか?」


ニヤリと笑みを浮かべたヘンリーをミリアナは睨みつけた。


「秘密をバラされたくなければお断りを」

「まさか!?」


ミリアナはヘンリーの焦った顔に満足して微笑みかけた。


「情報は社交の基本です。では気をつけてお帰りくださいませ」


ミリアナは動かないヘンリーを放って部屋を出ていった。これでこの縁談は崩れるだろうと笑みを浮かべた。ミリアナは自分の行動がヘンリーの興味を余計に引いていることに気付いていなかった。



2度目のお見合いは貧相で嫌われる令嬢、暗くてジメジメした令嬢作戦を決めた。

前回を反省して今回は釣書に目を通した。

相手は侯爵子息だった。侯爵家には社交のできない相手は不要である。ミリアナはできるだけ話さない令嬢を演じることに決めた。


部屋に現れたお見合い相手に礼をして椅子に促されるままに着席した。


「ミリアナ嬢、私のことを覚えているか?」


ミリアナは首を横に振った。何度か夜会で踊ったことを話す気はなかった。


「そうか。なら今日が出会いの日にしよう。」


お見合い相手は手強かった。ミリアナの様子に穏やかな微笑を浮かべ自己紹介をして、話しはじめた。ミリアナは扇で口元を隠して静かに見つめてやりすごすことにした。ミリアナは一切話すつもりはなかった。


「今日は奥ゆかしいな」


ミリアナは首をゆっくり横に振った。会話が続くことへの戸惑いを必死に隠していた。侯爵子息は社交の腕も優れていた。ミリアナよりも上手だった。

お見合い相手は時間が来たので最初と変わらない穏やかな笑顔で退室していった。ミリアナは嫌な予感を覚えた。まさか一言も言葉を話さなかったことが評価されるとは思いもしなかった。残念ながら「また」とかけられた言葉に嫌われてないことは気づいていた。

ヘンリーのように侯爵子息は脅すことはできなかった。


***

翌朝ミリアナは父との約束の時間の前にミゲルの部屋に突撃した。自分の中の嫌な予感を無視できなかった。


「ミゲル様、婚約しましょう!!」


ミゲルは読んでいた本から顔をあげた。


「何度来ても答えは変わらない」

「家は私が説得します。お任せください!」

「俺にお前の相手は務まらない」

「どんな方なら務まるんですか?」

「関係ないだろう」

「うちと家格が釣り合えばいいんですか?」

「ありえないから。」


ミリアナはミゲルをじっと見つめた。


「ありえないことがおきれば、私を選んでくれますか?」

「俺がミリアナを選ぶことはない。家の利もない。気づいているだろう?」


ミリアナはミゲルを見て優雅に微笑んだ。


「私は伯爵令嬢。謀はお手の者です。ミゲル様の同意をいただければ。」

「無理だ」


ミゲルにはミリアナの言葉は無謀で現実味がなかった。

即答されミリアナの顔から笑顔が消えそうになった。ミリアナは必死で笑顔を作った。


「私が同じ身分なら選んでくれましたか?」

「考えたことない」

「考えてください」

「無駄だ」

「なんでですか?」

「ミリアナはちゃんと幸せになれる相手を見つけるべきだ」

「私の幸せは私が決めます。貴方といられないなら不幸な人生に変わりはありません。私は貴方の余命が少なくても構いません。最後まで看取ってあげます。だから」

「俺、別に不治の病じゃないけど」

「たとえです。いい加減諦めて私との婚約を了承してください。欲しいなら爵位なんていくらでも買ってあげます。」

「無理だから諦めて。ミリアナの気持ちには答えられない。迷惑だ」


はっきりとミゲルが迷惑と言葉にしたのは始めてだった。ミリアナはミゲルが本気で言っていることがわかった。慌てて部屋を出て行った。

ミゲルは傷ついた顔をした幼馴染の顔が頭から離れず、自分の髪をかき乱した。ミゲルは平凡な男だ。家も力もない。苦労させるのがわかっていて、年下の幼馴染の手を取る気はなかった。幼馴染は自分とは釣り合わない優秀で引く手数多の伯爵令嬢である。



ミリアナはミゲルの言葉が悲しかった。馬屋に駆け込み、馬で駆けた。

修道院に行くことにした。ミリアナの家は兄もおり、両親も若い。ミリアナがいなくても問題なかった。

ただ父が自分を修道院に送ってくれるとは思えなかった。ミゲル以外に嫁ぐのは嫌だった。

ミリアナの目指す修道院までは馬で三日。貴族が干渉できない一度入れば決して出られない修道院を目指すことにした。戒律だらけの生活でも構わなかった。修道院のきな臭い噂を知っていたけど、気にするのはやめた。

日が落ちたので、ミリアナは宿を探すことにした。夜は危険なので出歩いていけないことはよく知っていた。


***


ミリアナは伯爵との約束の時間になっても執務室に姿を現さなかった。伯爵は息子を呼んで隣家に確認に行かせた。突然訪ねたオリバーをミゲルが気まずそうに見た。妹を傷つけた苦情を言われるかと思っていた。


「ミリーは?」

「とっくに帰ったよ」

「ミリーと何かあった?」

「いつもと変わらないが」

「ならいい、邪魔したな」


オリバーはミゲルの気まずい顔に気づいたが深くは聞かないことにした。

オリバーが馬屋に向かうと、ミリアナの馬がいなかった。父に報告にいくことにした。妹が飛び出すほどの動揺と友人の気まずそうな顔になんとなく事情を察してため息をついた。

オリバーが執務室に入ると、父親とヘンリーが話していた。


「失礼しました。」


来客中だと気づかず入室した無礼を謝罪し、退室しようとしたオリバーを伯爵が止めた。


「オリバー、構わない。ミリアナの客人だ」

「申し訳ありません。ミリアナは外出中です」

「いなかったのか?」

「馬がないので、出かけたと」

「伯爵、私の訪問予定は伝えてなかったんですか?」

「話をするために呼んでいた。すまない」


ヘンリーはミリアナが社交界デビューしてからの付き合いである。ミリアナは予定を守る。自由に出歩いているが、堅実なスケジュール管理のもとであり勝手に飛び出さないことはないことをよく知っていた。


「伯爵、今日は失礼します。オリバー、時間をもらえるか?」

「わかりました。父上、失礼します。ヘンリー様、こちらはへ」


オリバーはヘンリーを連れて退室した。


「オリバー、ミリアナが最後に会いに行ったやつに、俺も会いたいんだが」


ヘンリーの言葉にオリバーは頷いた。自分より上位のヘンリーの言葉を拒否することはできない。ミリアナのヘンリーへの無礼な態度はヘンリーが許しているからだ。

オリバーは使いを出して、ミゲルを呼び出した。ヘンリーは高圧的な態度でミゲルを見た。ミリアナが見たら扇を投げつけたが当人はいなかった。


「挨拶はいらない。ミリアナに何を言った?ミリアナがお前に執心なのは知っている」


ミゲルは高圧的に睨むヘンリーに静かに答えた。


「婚約できないと。」


ミゲルはヘンリーから視線を逸した。ヘンリーは気まずそうな顔をしているミゲルにずっと聞きたかったことを聞くことにした。


「なんで、今までずっと突き放さなかった?気まぐれに優しくして、期待させて、傷つけて満足か?手を取ってやれないならもっと早くに突き放すべきだった」


高圧的なヘンリーにオリバーは眉を潜めた。オリバーは友人の優しい性格を美徳だと思っていた。


「ヘンリー様」


「オリバー、止めるな。俺だってあいつを見てきた。中途半端に思わせぶりな態度も知ってる」

「二人は幼馴染です。それにつきまとっていたのは妹です」


ヘンリーはオリバーが何も知らないことに気づいた。やっぱり兄より妹のほうが優秀かと失笑した。ヘンリーは苛立ちを鎮めてもう一度ミゲルを見た。


「最後に一度だけ聞く。本当に後悔しないんだろうな。何があっても、あいつを選ばないのか?」


ミゲルに言える言葉は一つだけだ。


「はい」

「わかった。俺はミリアナを認めているよ。ただあいつの男の趣味だけは頷けない。自分の逃した魚の大きさに後悔すればいい」


ヘンリーは見送りはいらないと冷たく吐き捨てて立ち去った。

ヘンリーはミリアナがミゲルのために動いていたことを知っていた。ミゲルの家の事業が傾いた時に、力を貸せとヘンリーのもとに乗り込んできた。ヘンリーが買い付けに行く店を調べて、待ち伏せしていた。


「ごきげんよう。ヘンリー様、私と取引しましょう」


社交界で見るミリアナとは雰囲気が違っていた。

変な女だと思ったが好奇心に負けて話を聞くと、驚いた。利用価値のない子爵家が貴重な薬草を育てていた。その薬草をヘンリーは研究するために力をつくし、育成に失敗していたものだった。ミリアナがミゲルに庭園の一部を借りて育てたものだった。ヘンリーがミリアナの契約書を見て、思案しているとミリアナが呟いた。ヘンリーが新たに手掛けようとしていた事業についての情報だった。

驚いてミリアナを見上げると純真な笑顔を向けられた。ヘンリーがミリアナに落ちた瞬間だった。


「ヘンリー様、この情報を差し上げます」


ヘンリーはミリアナに近づくために協力することにした。ミリアナが渡してきた紙束はヘンリーが欲しい情報がまとめられていた。

ヘンリーはミリアナが伯爵家の力を使えば子爵家を救済できることを知っていた。ヘンリーの視線に気づいたミリアナが答えた。


「私が動いたことは知られたくないんです。それにうちには利がありません。情で仕事を増やすなどできません」


ヘンリーはミリアナがさらに気に入った。ミリアナのことを秘密にするために、デートに誘うとお忍びならと了承してくれた。ヘンリーのミリアナとの関係は二人しか知らなかった。その後もミリアナは子爵家のために影で動いていた。子爵家が弱小貴族から下位貴族に成り上がったのはミリアナの努力の成果である。ミリアナはミゲルの言う家格をあげるために動いていた。ミリアナの野望に気づいても、ヘンリーは力を貸していた。報酬としてミリアナが自分の時間をヘンリーに与えた。ヘンリーがミリアナの野望を知っていることに気づいてからは、遠慮なくミゲルとの話をしていた。ヘンリーは大事な情報を聞き逃さないように、根気強くミリアナの話に耳を傾けていた。

ヘンリーはミリアナの男の趣味の悪さに失笑した。

それでも自分に風向きが変わってきたことに心が躍っていた。


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