3. 何を言ってるんだ俺は
飯を食った後は、何をする気も起きなかった。あんなことがあったその日である。当z年と言えば当然だ。俺は食後直ぐに自分の部屋へと引っ込んで、再び先ほどの睡眠を続けようと試みた。食後の満腹感も手伝って、意識はすぐさま深い闇の中に落ちていくように思われた。
けれども、そうはならなかった。ふと気が付くと、俺はベッドの淵に腰かけてぼんやりと何かを眺めていた。まただ──俺は直感的にそう思った。手足に力が入らない。意図しないタイミングで瞬きが入る。寝転がりたいのに、上半身に力が入ったまま。そう、先ほどと全く同じ状態である。俺は意識をはっきりとさせながらも、何故だか全身の自由を奪われていた。
「目を覚ましたね」
と唐突に俺は言った。違う。俺の口が勝手にそう音声を発したのだ。俺は驚いた。
「……おびえる必要はない。こういう症例は、極まれにだが起こるらしい。奇妙なことではあるが……」
俺の口が勝手に喋っている。虚空に向かって、意味不明な単語を。俺はなんだか気分が悪くなってきて、何が起こっている、と叫ぼうとした。けれども自分の唇は頑として動かない。そしてまた、自分の意図せぬように声帯が震える。
「何が起こったのか分からない、という感じかな。正直なところ、俺にとっても何が起こったのか分からないのだが……ともかく、簡潔に説明するのであれば、だ。今現在、君の体の管理権は君自身の人格から乖離している」
何を言って言っているんだろう、俺は。そんな疑問を意にも介さずという風に、俺は独り言を続ける。
「より正確に言えば、今君の身体には別の人格が宿っている……そうだね、この時代的には魂とでもいったほうが伝わりやすいか。君の体には全く別の魂が取り付いていて、それが身体を操っている。まあ、俺のことなんだけれどもね。安心したまえ、俺がその気になればいつでも管理権は君に返す事ができるからね。ほら……」
と、自分が言葉を終えた瞬間、先ほどまでうんともすんとも動かなかった自分の体が、急に解凍されたかのように動き出した。俺は手の平を見つめ、ゆっくりと開いたり閉じたりした。体が動く──俺はその事実にほっと胸を撫でおろしてから、虚空に向かって呟いた。
「誰だ、お前は」
「……単純に説明できるものでもないが……そうだな。未来からやってきた人格、とでも言っておこうか。俺の名前は、ウィル」
再び体の自由がなくなって、俺が勝手に喋りだす。
「君たちの時代では想像もできないだろうが、俺たちが生きている時代では、精神をデータ化して時間転送する技術が開発されている。『魂の旅人』、っていうんだがね。俺は未来人の魂ともいうべき存在だ。理由は俺も分からないが、その魂を君が受信してしまったのだ。つまり現在、君の体内には二つの意志が共存していて、身体の権利を共有している」
まったくもって荒唐無稽な発言に、俺は絶句した。正確には、体が言うことを聞かないので絶句すらできなかった。