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1. 動機は十分あったわけだ

 俺の名前は藤明(ふじあき)(そら)。雲一つない青空のような雄大な心を持ちなさいと、両親がくれた名前だった。その名前を学校で耳にするたびに、俺は両親に対して、そこはかとない罪悪感を感じてた……。


 両親は代々金持ちの家系がくっ付いたような関係で、父も母も、世間的には非常識なくらいに稼ぎがあった。俺は幼い頃から二人の寵愛を一身に受けて育った。だから俺には、少なくとも金銭的なことに関して、悩んだ経験が皆無だった。そして世の中の大半の問題というのは、金さえあれば解決してしまうものなのだ。


 俺は中学を卒業するまでは、何らの問題もなく成長した。周囲はそう思っていただろうし、俺自身もそう思い込んでいた。自分自身の欠落に関して悩み始めたのは、高校に上がってしばらく後のことだった。


 正確なきっかけは覚えていないけれど、悩みを自覚したのは進路指導の頃だったように思う。ある日唐突に、真っ新(まっさら)なわら半紙を一枚渡される。紙の上には、『将来何になりたいかを書いてください』というシンプルな指示があった。


 俺は何か書き込もうとして、筆を止めた。そして、それ以上手を動かすことができなかった。俺は何になりたいのだろう──自分の胸の内に問いかけると、心の声は胸に開いた穴に吸い込まれて、それっきりだった。その時初めて、俺は自分自身の『問題』に気が付くことになったのだ。


 俺は何になりたいのだろう。俺は何を為したいのだろう。人生の岐路が迫っているこの時になって、俺はその手の問答に対する間に合わせの回答すら持っていないことに気が付いた。俺は何になりたいかというと、何にもなりたくなかった。何にも憧れてはいなかった。唯一思い当たったのは、見知らぬ知識を求めて世界をさまよう求道者のような人生──けれどそれは、こと現代社会において、地位として認められるような存在ではなかった。


 周囲に耳を傾けてみる。両親が医者だから俺も医者を目指すという声があった。なるほどそれは現実的な選択の一つではある。しかし俺の場合、両親が普段為している仕事を子供に継承させる気は到底ないように思われた。彼らは俺に、両親の意見に関わらず、自分の意思で自由に生きろと物心つく前から言い聞かせてきたのだ。二人の仕事を具体的には知らないけれども、それなりに辛い仕事ではあるらしい。子供に苦労を掛けさせたくないという親心が、子供の選択肢を暗黙の(うち)に一つ削いだのだ。


 別の友人は、絵が得意なので美大に進み、絵描きとして暮らしたいと言っていた。そいつは確かに手先が器用で、贔屓目に見ないでもなかなかお目に掛かれないほど、芸術の才があるように思われた。彼のように、自分の得意なものから職業を探すのも悪くないだろう。では自分は何が得意なのだろうか──そう悩み始めると、俺はより一層深い悩みを抱えるのだった。運動は得意ではないからスポーツの世界は駄目だ、彼みたいに絵を描く才能も音楽の感性もない、勉強だって取り立ててで出来るわけでもない、おまけに人と喋るのも苦手だから営業も向いていないだろう。俺は一体、何になれるのだろうか? そう考えだすと、俺はある日を境に将来を考えることが憂鬱になってきた。


 そして何よりも──これから自分が一切の行動をとらず、何も積み上げずに高校を卒業したとしても、恐らくは両親の積み上げた財産にすがれば生きていけるに違いないのだ。過保護気味の両親が自分を追い出すことなんてするはずがない。その時に感じるであろう罪悪感さえ乗り切ってしまえば、俺はこれから何もせずにも人生を全うすることができるに違いないのだ。そんな幸福な背景が、将来という事象について真剣に悩む動機を阻害していた。


 藤明空。名は体を表すというが、高校一年の俺は名前の通りの人間だった。将来への希望や憧れがなく、悲壮感や絶望すらない。行動力も動機もない。胸の中に巨大で空虚な領域が存在する人間。そしてその空間は、かつて両親が願ったような爽やかな晴天ではなく、不愉快な空気が漂う薄暗いものだった。

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