27「……どうしたんですか、神奈月さん。男のくせにだらしないですね」
『さあ、足元にお気をつけくださ~い』
係員のお兄さんの声にしたがって、僕らはゲートを抜けてシートに座った。
隣の席にアリサさんが座って、安全バーを体の前に倒す。
『では、しっかりとつかまっててくださいね~』
係員のお姉さんが、僕らの体をベルトで固定する。
あと数十秒。
あと数十秒で、ジェットコースターは動き出す。
「どう? そろそろ怖くなってきたんじゃない?」
僕がそう言うと、アリサさんは首を横に振った。
「……大丈夫です。問題ありません」
(……大丈夫じゃないです。問題です)
「そっか。まあ考えてみれば、絶叫系が苦手なのに遊園地に誘ったりはしないよね」
まあ、ジェットコースターが苦手な気持ちは分からなくはない。僕なんかからすれば、そういう怖さを楽しんでしまえばいいと思うけど、苦手な人はとことん苦手なんだろう。
ちなみにジェットコースターで亡くなる人は、年間数人もいない。そう思えば、死亡する確率なんて宝くじに当たるより低いわけだ。まあ、そう割り切っていても、怖いものは怖いんだろうね。
「ところでさ、アリサさん」
手すりを掴む僕の手を、必死に握り締めるアリサさんに向かって話しかける。
「やっぱり怖いんじゃない? 手、震えてるよ?」
「……う、うるさいです。これは武者震いです」
(……神奈月さんの手、あったかいです。それだけで安心できます)
『それでは、発車しま~す』
ベルの音と係員の声を合図に、ジェットコースターが動き出した。
「いよいよだね、アリサさん」
「……はい。でも……」
アリサは横目に僕を見ると微笑んで、
「……大丈夫、です」
(……神奈月さんと一緒なら、怖くありませんから)
「へ……? そ、そう?」
ゆっくりと、最初の山を登り始めるジェットコースター。上り坂に差しかかり、ガコンと大きな振動で身体が前後に揺れる。そして、コースターの動きが一瞬、止まる。おお、これはなかなか怖い。
「落ちるよ。しっかりつかまってて」
「……はい」
そう言って、力いっぱい僕の手を握るアリサさん。
緊張のせいか、汗で手のひらが湿っていた。
そして目をぎゅっと閉じて、これから起こるであろう恐怖を待ち構えていた。
というか、僕はどうだっけ? 実を言うと、ジェットコースターとかあんまり乗ったことないんだよね。アリサさんをからかうのに夢中で、すっかり忘れていた。
待てよ? 僕高い所そんな得意じゃなくない? というか、昔木から落ちて死に掛けたトラウマが残ってるんですけど。でも。
体が九十度にまで傾いたかと思えばマシンがいきなり急降下し始めた。
「う―うわああああああああああああああ」
言葉にならない声が漏れた。グゥゥゥンと風を切り、猛烈なスピードで下るコースター。下り切ると共に右へ左へ急カーブする。
「あああああああああああああああああああああ!」
「……神奈月さん、うるさいですよ」
「そ、そんなこと言ったって!」
僕がそう弁解しようとした時、コースターはぐるんぐるんと急上昇と急降下を繰り返した。
「うっぎゃあああああああああああああああああああああ!」
僕の断末魔が合図になったかのように。
徐々にマシンの速度が落ちてきた。
カタカタと音を立てて、やがてピタリと止まる。
信じられないが、本当のことだったのだ。あの長いレールを一周して、僕らはまたこうして乗り場まで戻ってきたのだ。
感慨深くそう思っていると、係員の人がシートベルトを外しに来てくれた。
「大丈夫ですか、お客様? 大分悲鳴を上げられてたみたいですけど」
「だ、大丈夫……です」
そんな僕の様子を見て、アリサさんはクスリと笑いながら言った。
「……どうしたんですか、神奈月さん。男のくせにだらしないですね」
(……どうですか、神奈月さん。私のこと、からかった罰ですよ)




