8「わたしはほみかちゃんのことが大好きだよ」
僕とりおんは、学校までの歩道を二人歩いていた。
腕と腕を絡めながら。
りおんは通行人の好奇な目も気にせず、豊満な胸を僕の腕に押し付けていた。肩に乗せられたピンクの髪からは――思わずどきっとするような甘い香りがした。
(どうしてりおんは、いきなりこんなことをしてきたんだろう。一緒に登校するのだって久しぶりのことなのに)
やはり、ヤンデレ病が発症したからなのだろうか。いや、まだそうとは限らない。そもそも、ヤンデレになるような要因は何もなかったはずだ。
「あ、あの……。りおん? あんまり、その……くっつかないでもらえるかな?」
僕がりおんにそう注意すると、
「ふえ? あ、と、透ちゃん……迷惑だった?」
(嫌だよお、そんなの! 例え命を落としてもこの腕は離さないもん! というか、透ちゃんどうしてそんなこと言うの? わたしのこと嫌いになったの……?)
これである。
ネガティブながらも、重たすぎる愛情。病んだ考え。
まさしくヤンデレだ。
「違うよ。周りの人から変な目で見られるだろ? 恋人が出来たって噂でもされたら、りおんのファンも黙っちゃいないだろうし。そしたらりおんも困るんじゃないかって思ったんだ」
「透ちゃんと恋人……? えへへ、えへへ♡」
僕がそう言うと、りおんはだらしなく口を開けながら笑った。
その姿はとても無邪気なものに思えた。しかし同時に、とてつもなく危ない予感がした。特に根拠はない。あえて言うなら、僕の勘だ。
「りおんは嫌じゃないのかい? 特に好きでもない男子と付き合ってるとか噂されるの」
だから僕は、真実を確かめることにした。
こういう問いかけをすると、大抵のヤンデレは――
「え? な、なんで? どうして? 透ちゃんと付き合ってるって噂されても、わたしちっとも困らないよ? どうしてそんなこと言うの? 透ちゃんこそ、わたしのこと嫌いなの?」
(好き好き好き好き好き大好き♡♡♡♡ わたしには、もう透ちゃんしかいないんだよお。初めてだって透ちゃんにあげるってもう決めてるの♡♡♡♡ でも、透ちゃんは周りの目が気になるの? だったら言って! わたし、全員殺すから! わたしと透ちゃんの世界を邪魔する人は、一人残らずこの世から消し去るから!)
「あ、あははー。やだなー。僕がりおんのこと嫌いになるなんて、あるわけないじゃないかー。周りの目も、ちっとも気にならないよー」
僕は、思い切り作り笑いを浮かべた。
疑惑は確信に変わったからだ。
――りおんは、ヤンデレ病にかかっている。それも、重度の。
しかし問題なのは、その原因だ……。
その後もりおんとこんな会話を続けた。
「でもさ、クラスに好きな人とかいるんじゃない?」
「え? 別にいないよ?」
(わたしは透ちゃん以外の人間なんて見てもいないよ?)
「そうなんだ。りおんは好きな人とかいないんだ」
「ち、ちがうの! 別にそうじゃなくて……、わたし、ずっと前から好きな人が……。ああん! 恥ずかしい!」
(透ちゃんだよおおお♡♡♡♡ わたしが好きなのはあああああ! いっぱいキスして、いっぱい押し倒されて、いっぱいエッチなことしたいの!)
りおんは頬に両手を当てながら(ついでに大きな胸をたぷんたぷんと揺らしながら)、ふるふると首を左右に振った。
うん、確かに恥ずかしいね。これ以上聞くのは。
そうこうしてる内に、校門の前までついた。
僕とりおんはクラスが別なので、この辺で別れないといけない。
なので僕は、りおんに一番聞きたかったことを尋ねた。
「ところで、りおん。ほみかのことだけど――どう思ってる?」
「……え?」
ヒヤリと、空気が冷たくなった。
りおんの眼から、ハイライトが消える。
「ほみかちゃんのこと?」
(どうして? どうしてそんなことを聞くの?)
僕は答える。
「昨日ほみかと顔合わせた時、何だか様子がおかしかった気がしたから。いきなり再会することになったんだし、色々と思うところがあるんじゃないかって」
「…………」
りおんは光の消えた目でしばし考える様子を見せた。
そう、これがもっとも聞きたかったことだ。りおんがヤンデレ病になったのは、ほみかと会わせてからだ。ならばヤンデレ病になった原因は、ほみかにあるのかもしれない。
やがて、りおんは口を開いた。
「……ほみかちゃんは、ちっちゃい頃から妹みたいな存在で……」
(いっつも透ちゃんとほみかちゃんとわたしの三人で遊んでたもんね)
「ほみかちゃんが遠くへ引っ越すって聞いた時、本当に寂しかったんだよ?」
(透ちゃんがすっごく落ち込んじゃったから)
「だからね?」
(だからね?)
「わたしはほみかちゃんのことが」
(わたしはほみかちゃんのことが)
「……大好きだよ♡」