6「大丈夫だよ……お兄ちゃんは、何も気にしてないから」
「いい? ちょっとでもあたしに触れたら、即ボコるからね! わかった? ぜーったい、えっちなことは許さないからね!」
(ほらほらほら♡♡♡ フラグ立てたよお♡♡ 夜這い♡ ビバ夜這いいいいいい♡♡♡)
先ほどからベッドの上でそわそわとせわしなく寝転びながら、ほみかは僕に向かって言った。床の上に敷かれた布団に横たわりながら僕は答える。
「ああ、分かってるよ。それより、早く寝ないと明日は早いでしょ?」
返ってきた返答は冷たかった。
「な、何よ! 保護者ヅラしないでよね! 甲斐性なしのダメ兄貴が! 何時に寝ようとあたしの勝手でしょうが!!」
(十一時なんてまだ宵の口じゃないっ。お母さんももう寝静まってるだろうし、ほみかのこといつでも襲ってくれていいのにいいいいいい)
「まあ、ほみかの好きにすればいいけどね。転校初日から遅刻したって僕は知らないよ?」
チラリと後ろを振り返りながら呟くと、ほみかは握りこぶしをブンブン振っていた。
「う……うるさいうるさいうるさい! このばかー!」
(お……お兄ちゃん、もしかして襲ってくれないの? だったらキスだけでもいいから。頭撫で撫でだけでいいからお願い♡♡♡♡)
「はいはい。うるさいお兄ちゃんはもう寝るよ。おやすみ」
ほみかの建前と本音の両方の非難を無視して、僕は毛布を頭の上まで被った。
そりゃあ、僕だって久しぶりに会った妹に多少なりともサービスをしてやりたかった。しかし母さんだっているこの家で、いきなりそんな誤解を招くような行動は慎みたかった。
なあに、焦る必要はない。もうほみかと離れ離れになる心配はないのだから。ゆっくり、少しずつ。今まで会えなかった距離を縮めていけばいい。
(――それに、本当に明日の朝は早いしね)
僕は目をつむりながら、明日のことを考えた。
ほみかの転校初日。職員室に行って先生に挨拶して説明を受けて、と色々忙しい。まさか初日から遅刻させるわけにもいくまい。
(まあ、僕も付き添っていくし、心配はないと思うけどね)
そんなことを考え、意識が途切れようかという時だった。
ボンッという何かが落下するような音がした。
そして――――
(今よ! ブラコン作戦X始動!)
ほみかはコロコロと転がって僕の布団の中まで入り込んできた。そして、後ろから僕の腰元に手を回して身体を密着させ抱きつく。
ほのかに香るシャンプーの匂い。背中に押し付けられる二つのふくらみ。そういうことを考えまいとしても、勝手に意識が向いてしまう。背中にほみかの鼓動と体温が伝わる。火傷しそうなほど熱く感じた。
(ほ……ほみか? 一体、何を……?)
(説明しよう! ブラコン作戦Xとは、ベッドの上から転げ落ちた振りをすることで、自然かつさり気なくお兄ちゃんの布団に潜り込む高等テクニックなのだ!)
脳裏の僕の疑問に答えるかのように、ほみかは心の中で解説をした。ブラコン作戦Xというネーミングセンスはともかく、この状況はとてもマズかった。
兄妹とはいえ、年頃の男女が一緒の布団で……というのは流石に体裁が悪い。
(ど、どうしよう。いっそのこと、注意しようか?)
こんなことじゃ、とても眠れそうにない。もし母さんにこんな所を見られたら言い訳のしようもないし。僕はそっと後ろを向いてほみかに声をかけようとした。
その時だった。
「お兄ちゃん…………」
ほみかの声だった。心の声ではなく、肉声の方。見ると、ほみかは瞳を閉じて静かに寝息を立てている。なるほど、眠っているから心の声は聞こえなくて、今のはほみかの寝言というわけだ。
「お兄ちゃん……ごめんなさい。ごめんなさい、お兄ちゃん。ほみかのせいで……ごめんなさい」
(――ほみか?)
ほみかは苦しそうに同じ寝言を呟いていた。「ごめんなさい」と。何度も何度も。まるで懺悔のように、謝罪と後悔を繰り返している。おそらく、あの時の夢でも見ているのだろう。僕達が離れ離れになるきっかけを作った、あの事件の夢を。
僕は、前髪をかき上げた。
そこには、昔事故でついた傷の縫合跡が、生々しく残っていた。
僕は――――
「大丈夫だよ……お兄ちゃんは、何も気にしてないから」
ほみかの頭を、そっと撫でてあげた。
「…………」
瞬間、ほみかはびくっと肩を震わせた。しかし、それもひと時のことで、すぐに穏やかで落ち着いた寝息を立て始めた。
「だから、ほみかも何も気にすることないんだよ」
僕は悪夢を払うように、ほみかの頭を夜が明けるまで撫で続けた。