2「自分から誘っといて、今さらなに言ってんのよ。このバカ兄貴……」
その後も、僕はしばらくほみかと屋台の出店を見て回っていた。焼きそば、焼き鳥、フランクフルト、りんご飴、綿菓子といった食べ物系から。
金魚すくい、射的、輪投げといった子供向けのゲームまで、『ツンデレ病改善計画』を口実に、夏祭りを思う存分堪能した。
「痛っ! バカ兄貴、ちょっと待って……!」
「ん? どうした? ほみか」
振り向くと、ほみかは地面にかがんでいた。下駄をさすってるところを見ると、どうやら鼻緒が切れたらしい。
「ああ~、もう最悪! 慣れない下駄なんか履いて来るんじゃなかったわ!」
ほみかは通行人の邪魔にならないように、 銀杏の木の木陰に移動すると、下駄を脱いだ。そして脱ぎ捨てた下駄を訝しげに見つめると、
「下駄の鼻緒が切れると、やなことが起こるって迷信あるけど、本当なのかな……」
(もしかして、お兄ちゃんに彼女が出来ちゃったり? そ、そんなことないよね……?)
などと、我が妹は意外と古びた言い伝えを信じる性格のようだ。
まあ、下駄の鼻緒が切れると縁起が悪いっていうのは、嘘なんだけど。
それに、その迷信が本当だったとしても、僕はほみかを裏切ったりはしない。
僕はほみかが脱ぎ捨てた下駄を拾うと、ハンカチで鼻緒を結びなおした。
「はい、直ったよ、ほみか」
「……れ、礼は言わないからね!」
(お兄ちゃあああああああああああん! さり気ない気遣い、イケメンすぎるよおおおおおおお! もう抱いて! 今すぐここで青○して!)
「……ほみか。前から注意しようと思ってたんだけど、心の中で下ネタをつぶやくの、止めた方がいいと思うよ?」
「う、うるさいわね! 勝手に人の心のぞくな! このバカ兄貴が!」
ほみかは怒った顔で乱暴に僕から下駄を奪い取る。
そして下駄を履きなおすと、また参道へと歩き――
「あ、あれ?」
だせずに膝をついてしまった。まあ、ハンカチで応急処置しただけだしね。
「もーサイアク! 靴ずれ起こしてるしー! 痛くて歩けなーい! それもこれも全部バカ兄貴の日ごろの行いが悪いからだ! バカ兄貴の不幸が、あたしに移ったんだー!」
(もういいのお兄ちゃん! 歩きづらい下駄なんか履いてきたほみかが全部悪いの! もうほみかは捨ててお兄ちゃんはお祭りを楽しんで! ほみかを置き去りにして!)
ほみかは地面に尻餅をつきながら、ジタバタと暴れだす。
僕は肩をすくめると、ほみかに向かって手を差し出し、
「心の声の方に答えるけど、一人で祭りなんか楽しめないよ――手を貸すから、そこのベンチで一休みしよう?」
「う、うう……」
僕は渋るほみかの手を強引に掴むと、露店から離れた神社へと移動した。
境内にはベンチがあったので、僕とほみかはそこに腰を下ろした。丁度木の木陰になっていて、ひんやりと涼しく、夏の暑さを和らげてくれた。木の葉の匂いと、鈴虫の鳴く声も心地いい。
「しばらくここで休んでいこう。いいね?」
「う、うん……」
「こうしてると、小さい頃を思い出すね」
「……なによ」
「ほみかは昔から、お祭りがあると決まってはしゃいでた。石につまずいて転んだり、他のお客にぶつかったりして、よく怪我をするんだよね。お守りをする僕は、気が気じゃなかったよ」
「は? お守りなんてされてないし。逆に、お守りされてやったくらいだし」
(昔の話は持ち出さないでよ! ずるいよお兄ちゃん!)
「なぜに上から目線!?」
謎の上から目線の発言に、僕は思わずベンチからずり落ちそうになった。ていうか、あれは「お守り」なんてレベルじゃなくて、むしろ「介護」に近かったよ。それくらいほみかは元気がよくて、ちょっとでも目を離すと何をするか分からない女の子だったのだから。
「まあ、そんなことはさておいて」
僕は話題を変えた。
「久しぶりに、二人きりじゃないか。いいムードだよね」
「い、いいムードってなによ? なに考えてんのよ!?」
(ま、まさかここで!? ダメだよお兄ちゃん! 神社で野外プレイは流石に不謹慎すぎるよおおおおおおおおお)
「いや、だから下ネタから離れろっての……。でも、キスの一つなら、してもいいんじゃないかな?」
そう言うと、ほみかの顔がトマトみたいに赤くなって、
「キ、キキキキキス!? な、なんであたしが、そんなことしなくちゃなんないのよ!」
(キスってベロチューでいいの!? 舌と舌を絡める濃厚な奴でいいのね!? よしわかったよ! それじゃあディープキスするね!)
「いや、誰もディープキスしろとは言ってないよ……。軽いキスでいいからさ」
「……軽いキスでいいのね?」
お?
ほみかは、僕の顔に唇を近づけてきた。
「……ほみか。本当にいいのかい?」
「自分から誘っといて、今さらなに言ってんのよ。このバカ兄貴……」
そして、そっと唇を寄せた。




