4「また家族一緒に食事が取れること。それが嬉しいの」
「それじゃあ、ほみかちゃんは今日からまた我が家で暮らすことになりました。この日を祝って、かんぱ~い」
神奈月家のリビング、母さんが食卓を囲む僕たちに乾杯の挨拶をした。
「べ、別に、こんなことまでしなくてよかったのに」
くすぐったそうにほみかが僕と母さんのグラスにカチンと合わせた。
「そんなことないわよお。ずっと離れ離れだった家族が、また一緒に暮らせるのよ? こんなにおめでたい日はないわ。お父さんのことは残念だったけど……。それにしても! お祝いの日にラーメンってどういうこと? 透!」
母さんはぷうっと頬を膨らませながら、僕のことを睨んだ。
「ちっちっち。分かってないな、母さん」
僕は指を左右に振りながら言った。
「ほみかの大好物はラーメンなのさ――それも、魚介風味のとんこつラーメンがね。昔は三食ラーメンでも大喜びで食べてたほどのラーメン通なんだよ」
自慢げにそう言うと、僕に向かってほみかは肩をいからせた。
「もー、バカ兄貴! あたしそんなにラーメン好きじゃないし! 大体、三食ラーメンって何よ! そんなの子供の頃の話じゃない! いつまでもガキ扱いしないでよね!」
(おおおおお兄ちゃん! ほみかの大好物を覚えててくれたばかりか、一番好きなとんこつラーメンまで用意してくれるなんて♡♡ でもほみか、お兄ちゃんの作ってくれるお料理なら何でも好きなんだよ? 何ならお兄ちゃんの○○○だって食べて……)
「あ~、ごめんごめん! もっと良いものを用意すればよかったね」
ほみかの危ない妄想を打ち切るように僕は答えた。
すると……。
「でもね、ほみかちゃん聞いて。今日は透がね? 豚骨と鶏がらでダシから生姜と玉ねぎでスープを作って、麺だって手打ちで作ったのよ? 何としてもほみかに食べさせてやるんだって。だからお願い。食べてあげて?」
また母さんが余計なことを言う。
「な、何だよ母さん。それは言わない約束だろ……!」
「あらいやだわ。これから一緒に暮らすのに、隠し事なんて駄目よ。私が手伝うって言っても、『今日だけは僕に作らせて』って、キッチンをゆずらなかったじゃない。それだけほみかちゃんのこと思う気持ち、隠すことなんてないわ」
「うー、言わなくてもいいことをペラペラと……。そうは思わない? ほみか」
「ああああたしに聞かないでよ! まあ、ラーメンがあたしの好物っていうのは当たってるから食べてあげるね! でも、それだけのことなんだからね!」
(はふうううう♡♡♡ ほみか、もう死んでもいい♡♡♡ お兄ちゃんがほみかのことそこまで思ってくれてたなんて♡♡♡♡ ほみか、今日のことは絶対忘れない!)
ほみかは赤い顔をしながら麺をすすっていた。その姿を母さんは微笑みながら見ている。ラーメンはほみかの大好物――確かにそうだろう。それは当たっている。しかし、それだけではない。僕がこの特別な日にラーメンを選んだ理由。それは、僕が初めてほみかに作ってあげた料理だからである。
その時は、ほみかも素直に僕のことを慕ってくれていた。もちろん、僕だって初めての料理は大失敗だった。麺は茹ですぎて完全に伸びていたし、醤油は入れすぎでスープは真っ黒。そんな失敗作でも、ほみかは美味しそうに食べてくれた。僕も、自分が初めて作った料理で妹が喜んでくれて、凄く嬉しかった。いわばラーメンは、ほみかだけではなく、僕にとっても思い出の料理なのである。
「うふふ」
母さんは、僕たちのやり取りを見て嬉しそうに微笑んでいた。
「何だよ母さん。兄妹でラーメン食べてる姿がそんなに面白いかい?」
僕が茶化すと、涙目で母さんに睨まれてしまった。
「ち、違うわよ。また家族一緒に食事が取れること。それが嬉しいの」
まさかの正論を言われてしまった。ほみかからも反発を食らう。
「何よー、バカ兄貴! お母さんを泣かせてるんじゃないわよー! ホント兄貴ったらサイテー!」
ちなみに、心の声はこうである。
(もー、お兄ちゃんっ。お母さん泣くとほみかまで泣いちゃうから止めて! ほみかだってこんな日が来るなんて思ってなったから。また家族一緒にごはんが食べられるなんて。だから、嬉しすぎて泣いちゃうよおおおおおおおお)
「そうだね、ほみか。僕もそう思うよ」
僕は、ほみかの悪態に笑顔で答えた。
家族一緒にいられる。
くだらないバカ話が出来る。
それだけのことが、本当に嬉しかった。
この日、何だかんだ文句を言いつつも、ほみかは替え玉を三玉お代わりしてくれた。