34「透ちゃん、死んで!」
――その日。学校の授業が終わるとすぐに、僕は「大事な話がある」と言ってりおんを屋上に呼び出した。ほみかはいない。今日は学校を休ませて、母さんが病院に行かせている。
空は、燃えるような夕焼け空だった。ふと、夏の風が頬を吹き抜けていく。
僕はフェンスにもたれかかって、りおんが来るのを待っていた。りおんは用事があるので少し遅れると言っていた。
ほどなくして、鉄の扉が開けられる音がした。僕は振り返った。
「りおん――来てくれたんだね」
りおんは、タオルを持っていた。大きさからして、先の細い形の物を包んでいるように見える。彼女は、無表情で僕に言った。
「透ちゃん。大事なお話ってなあに?」
その姿は、僕が今まで見てきた物の中で、一番美しかった。夕空は目鼻立ちの整った顔をより強調させる。ピンクの髪が夕焼けに照らされている。血にまみれてるように見えた。冷たい能面のような表情が、そう感じさせたのかもしれない。
「今日で三日目だろ? 約束どおり、告白の返事をしようと思ってね」
僕がそう言うと、りおんの眉がピクリと動いた。
「……その前に、聞きたいことがあるんだ。ここ数日、ほみかの靴に砂を入れたり、階段から突き飛ばしたりしたのは、君か?」
「……」
「答えて。君が、全部やったんだね?」
僕が尋ねると、りおんはフーッと息をついた。
「だって……うっとおしかったんだもん」
「うっとおしかったって。ほみかが?」
僕は、りおんの自白に驚いた。ほみかを実の妹のように可愛がってたりおんが、こんなことを言うなんて。
「どうして、なんだ? どうして、ほみかのことをそんなに憎むんだ?」
僕はわけが分からず、もう一度尋ねた。
「どうして……?」
「小さい頃からそうだった。わたしの方が頭もいいしスタイルだっていいし、家事もできる。それなのに、透ちゃんはほみかちゃんばっかり構ってた。ずっと、それが嫌だったの。透ちゃんにはわたしだけを見てほしかったから」
そんな風に思われてたなんて、今まで気づかなかった。僕はなんて鈍感だったんだろう。
「ほみかちゃんが離婚しておじさまに引き取られて、わたし、本当にホッとしたんだよ? これでもう、邪魔する子はいないんだって。それからは、透ちゃんのことを陰から想ってた。透ちゃんのそばにいられるだけで、よかった。それなのに……」
りおんは、唇をギュッと噛んだ。
「また戻ってきちゃったね、ほみかちゃん。透ちゃんが取られちゃうって、気が気じゃなかった。わたしは十年も透ちゃんのことを想ってきたのに。今さら戻ってきたほみかちゃんに、どうして取られなきゃいけないの? しかも、実の妹なのに」
あの時。ほみかを七年ぶりにりおんにあわせた時、りおんは心の中でほみかのことを憎悪していた。そうか。りおんは、僕とほみかが結ばれることが不安だったのだろう。それで、あのような凶行に及んだというわけだ。
「だから、排除しようとしたの」
りおんは、生気がない人形のような表情で言った。
「だって、邪魔だもん。わたしと透ちゃんの世界に、ほみかちゃんなんていらないもん。ほみかちゃんさえいなくなれば、透ちゃんはきっとわたしだけを見てくれるから」
「りおん。それは違うよ」
僕はりおんの顔をじっと見つめた。
「人の気持ちは、そんなに簡単じゃない。仮にほみかを殺せば、僕は君のことを激しく憎む。いや、今だって」
僕は、初めてりおんを拒絶する言葉をかけた。りおんの表情に、うっすらと陰りが見える。
「透ちゃん……じゃあ……」
「うん。僕はりおんとは付き合えない」
「そんな……そんな……」
りおんは、目を涙で潤ませた。
「君は、ほみかを傷つけた。僕の大事な妹をね。それだけは許せない」
言いながら、僕は心が痛んだ。りおんの心境の機微を、もっとつぶさに観察していればよかったのだ。僕はこの十年間、りおんのことをまったく分かっていなかった。僕がもうちょっと気をつけていれば、ほみかだってあんな目には合わなかったかもしれない。そういう意味では、僕だって同罪だ。
しかし、ほみかを苦しめたことだけは、許すつもりはなかった。
「そっかあ……。じゃあ、しょうがないね」
りおんは、手に持っていたタオルの包みを取り上げた。
中から出てきたのは、包丁だった。
そして包丁を手に、真っ直ぐ僕に向かって突進してくる。
「透ちゃん、死んで!」




