31「ああ……大丈夫。りおんは、僕らの大切な幼馴染だから」
家に帰るまでの間、僕はヘトヘトになりながらほみかを背負って歩いていた。
体重は軽いので、その点は問題ないのだが。何しろ暴れる暴れる。
少し歩いただけで「下ろせー!」と叫んでジタバタするものだがら、そのたびに体勢を立て直さないといけない。まるで四十キロぐらいのダンベルをかつぎながら、ランニングマシーンを走り続けてるようだった。
「おーろーせー! おーろーせー!」
ライブに登場したアイドルの名を連呼する熱狂的ファンみたいに、ほみかは叫んでいた。
「……いいから、大人しくしてなよ。もうすぐで家につくんだから」
僕は、なるべく口数を減らして答えた。こんなに元気なら、おぶる必要もなかったんじゃないかと思いつつ。
「うーるーさーい! ガキじゃあるまいし! この歳にもなっておんぶなんて恥ずかしいし!」
(ほ、本当は、ほみか最近少し太ったの……。だから、お兄ちゃんにそのことを気づかれるのが恥ずかしいの! お兄ちゃんも大変そうだし、ほみかのことは気にしないで!)
なるほど、体重を気にしてたのか。そんなに重くはないんだけどな。むしろ、そうやって暴れられるほうが、疲労が溜まってより重く感じられる。
「大丈夫だよ。兄妹なんだから、別に恥ずかしいなんてことないだろ? ――それに、昔はよくこうやっておんぶしてやったじゃないか」
「……!」
僕がそう言うと、ほみかは暴れるのをピタリと止めた。
「い、いつの話してんのよ……バカ兄貴」
(そうだったね……お兄ちゃんは、ほみかが怪我をした時は、すぐに飛んできて助けてくれたもんね。あの頃のお兄ちゃんも、とってもカッコよかったなあ♡♡)
そう。昔のほみかは、今よりもっと元気が有り余っていた。
よく二人で、近くの公園や野原を遊びまわっていたものだ。ほみかは女の子とは思えないほど活発だったので、ちょっと目を離した隙に泥まみれになっていたり、傷だらけになっていることも珍しくはなかった。
りおんと出会ったのは、ちょうど六歳ぐらいの時だったかな。その頃からりおんは清楚で大人しくお淑やかで。ほみかとはまるで正反対だった。
あの頃のりおんは泣いてばかりで……。事実、いつも僕の後ろに隠れて泣いていた。今のりおんからは想像もできない、泣き虫な女の子だった。
僕はチラリと後ろを向いて、すっかり大人しくなったほみかを見た。
顔はよく見えないが、頬が少し赤らんでいるように見える。
「ねえ……バカ兄貴。あんた、りお姉のことどう思ってるの?」
僕の視線に気づいたのか、ほみかは俯きながら聞いてきた。
「どうって……別に。りおんは、僕の大切な幼馴染だよ」
「それだけ? 本当にそれだけなの?」
(お願い、答えて。お兄ちゃんは、りお姉のこと好きなの?)
今日はやけに食い下がってくる。
心の中からも、真剣な思いが伝わってくる。
僕は、少し歩く速度を落としながら答えた。
「僕はね、りおんのこと好きだよ。幼馴染としてね。異性としてどうかって聞かれたら、まだわからない。ずっと幼馴染としてやってきたから、急に『恋人になってください』って言われても、すぐには受け入れられないんだ。――だから僕は、りおんとよく話あってみようと思うよ。色々と聞きたいこともあるし、ね」
「そう……」
それきり、ほみかは黙ってしまった。
僕も、無言で歩き続ける。五分ほどで我が家が見えてきた。
「ほら、ほみか。家についたよ」
声をかけるが、ほみかからの反応は無い。
「ほみか……?」
寝てしまったんだろうか。そう思い振り返ろうとすると――。
「兄貴……りお姉のこと、怒らないでね……」
ほとんど消え入りそうな声で、ほみかは呟いた。
僕の肩にかける手が、小さく震えている。
ほみかは、僕の背中に顔を埋めていた。
制服に水滴のようなものが滴り落ちる。
――これは、涙――?
僕は、あえてほみかの顔は見ずに、前を向きながら言った。
「ああ……分かってるさ。りおんは、僕らの大切な幼馴染だからね」




