41「ぉ兄様のそれって、ただ逃げてるだけだよね」
そんなこんなで、アリサとのデートを終え、帰るころにはすっかり日が暮れて、辺りは真っ暗になっていた。
僕が玄関に上がると、すぐさま青い着物を着た少女が抱きついてきた。
「やっほぉ~! ぉ兄様ぁ、ぉっ帰りなさ~ぃ♪」
見た目はあすかだけど、その声は甲高くてテンションも高くて、おまけに体のあちこちに柔らかい部位を押し付けてくるこのサービス精神ぶり。こんな真似を恥ずかしげもなくしてくるのは、間違いなくあすかの方ではない。
「ただいま。珍しいね。ことりが出迎えてくるなんて」
「だってさぁ~、あすかがあんまり代わらせてくれなぃんだもん! ことりばっかりぉ兄様と仲良くするのはダメみたぃ。ひどくなぃ? ことり、ぉ姉ちゃんなのに!」
「それは……まあ、どうなんだろうね。ことりの精神年齢は十二歳のままでストップしてるから、妹でもあすかの方が年上だろうし。そこは、ある程度あすかに主導権を任せていいんじゃないかな?」
「もぉ~、ぉ兄様までそんなこと言ぅ~。ぁんまり意地悪言ぅと、ことりグレちゃぅよ? そこら辺にぁるもの、手当たり次第に破壊しちゃぅよ?」
「止めてくれ。お前が言うとシャレにならないから……。ていうか、何しに出てきたんだ? 僕に話でもあるのか?」
「ぁ、そぉだった! ことり、ぉ兄様にぉ話がぁるんだった! ぃやだねぇ、この頃ちょっと忘れっぽくて。もぉ歳かしらぁん♪ なんてね。きゃはははは!」
……とまあ、やたらテンション高めのことりに連れられて。
「話って言ぅのはね。どぉしてぉ兄様とほみかぉ姉ちゃん、仲直りしなぃの?」
リビングに入り、ソファに座るなり、ことりはそんなことを言った。
すぐに答えようとしない僕に対し、ことりは眉をひそめながら、
「……ぁたし思ったんだけど、どぉしてぉ兄様はほみかぉ姉様を迎えに行かなぃの? 悪ぃと思ってるんなら、ごめんなさぃすればぃぃじゃなぃの。居場所も分かってるんだし。それとも、ほみかお姉ちゃんのこと、嫌ぃになっちゃったの?」
「いや……そんなことはないよ。ないんだけど……」
どうして? と聞かれると答えづらい。あまりにも申し訳がなくて、どのようにして謝ればいいか分からないというか。ほみかのあの怒りようは、もう僕を許してはくれないだろうと、勝手に諦めてる部分もあるけど。
「ほみかぉ姉ちゃんは子供だから、ぉ兄様が大人になった方がぃぃよ」
「……だと思うけどね。でも僕はまだ、少し距離を置いた方がいいと思うんだ」
「距離ってなぁに? ぉ兄様はお姉ちゃんを大事に思ってるし、ほみかぉ姉ちゃんも、ぉ兄様のこと好きなんでしょ? それなのに、どぉして誤解したままにしとくの? 仲直りしづらくなるよ?」
「それは……でも、タイミングってものが……」
「ぉ兄様のそれって、ただ逃げてるだけだよね」
「そうかもしれない。でも謝罪って、ただ謝ればいいってものでもないと思うよ? 今回みたいに相手が心底怒ってる時は、冷静に話を聞いてくれるまで待った方がいい」
「それが間違ってるんだよ。言ったでしょ? ほみかぉ姉ちゃんは子供だって。相手してぁげないとますます拗ねちゃぅんだよ。だから、ぉ兄様の方からきちんと謝って仲直りしなよ――生きてる内に」
真剣な表情で、声を低くしてことりは言うのだった。だから僕も真面目な顔で、
「ねえ、聞きたいんだけど。どうしてことりは、僕とほみかの仲をそんなに取り持とうとしてるんだ? ことりって、ほみかとそんな仲良かったっけ?」
「べつに? ことり、ほみかぉ姉ちゃんのこと嫌いでもなぃけど、好きでもなぃよ? ほみかぉ姉ちゃん、ぉ料理下手だし」
「なら別に……」
「でもね、ぉ兄様とぉ姉ちゃんを見てると気になるの。ぁたしは、あすかとすれ違ったまま死んじゃったから。でも仲直りできる時間も信頼もぁるのに、どぉしてぉ兄様達はそれをしないの?」
「それは……」
僕がほみかに会いに行かない理由。それは、本当にほみかの為だろうか。そんなことを言いつつ、また保身に走っていたのではないだろうか? いわゆる、自分のための保身を。
「ね? ことりの言ぅこと、分かるでしょ?」
落ち込む僕に、優しく声を掛けることり。
「だったらもぉ、やることは分かるよね? ぉ母様に連絡を取って、一日でも早く、ほみかぉ姉ちゃんを迎えに行く。急がなぃと、間に合わなくなるよ? だから、ふぁいと、だよ! ぉ兄様♪」
体の前で両手をぎゅっと握りしめて、ことりは僕にエールを送るのであった。
まさか、小学生のことりにまで諭されるなんて。これじゃ兄貴失格だな。僕は心の中で苦笑しながら、
「分かったよ。とりあえずは、つばめさんに電話してみよう」
「ぅんぅん。それがぃぃよ。ぁんまりぉ姉ちゃんが聞き分けなぃようだったら、ことりが首根っこ引っつかんでくるから」
「いや、それは逆効果だから止めてくれ……」
「なんでなんで? ことり、上手くやれるよ?」
「あのねえ。お前が動いて上手くやれたことなんて、今まで一度もないだろ。信用0なんだけど」
「ことり、手加減するの上手いんだけどなぁ。生かさず殺さずってやつ? ぉ兄様のことも、殺さなぃようにわざと短刀を外したりしてたんだよ? ほみかぉ姉様の抵抗する力をそぎ落して、なぉかつ重症も負わないように出来るんだけどなぁ」
「それが本当だとしても絶対頼まないし、むしろ止めてほしいんだけど……ん?」
ことりの頓珍漢な提案を断っていると、スマホから着信が鳴った。僕はポケットからスマホを取り出した。
「誰から? りお姉ちゃん? アリサ姉ちゃん?」
「ちょっと待ってね。ええと、え? ――」
僕がスマホの画面を見つめて硬直していると。
ことりは焦れったそうに聞き直してくるのだった。
「ぉ兄様? 誰から? 誰からの電話なの?」
「いや、これ……何かの間違いじゃないのかな」
「だから、誰から?」
「ほみかから」
「……………………」
ことりは僕の言葉を聞いて、絶句するのであった。
それは僕も同じだ。今から電話しようと思ってた相手から、急に電話が掛かってきたのだから。しかも、あれだけ僕との連絡を拒絶していたほみかから? 心の準備がまるで出来てない内に、驚愕するのは当たり前のことで。
そんな驚きはともかく。
僕は通話ボタンを押し、ほみかからの着信に出るのであった――




