30「放課後、ちょっと付き合ってくれない? 大事な話があるの」
「えー! ほみかちゃん、今日はお休みなの!?」
次の日のお昼休み、学校の屋上にて。
いつものように、コンクリートのへりに腰を落ち着けながら弁当を食べていたのだが。ほみか不在の旨を説明したところ、幼馴染のりおんはそう発言したのだった。
「そうなんだぁ、ほみかちゃんって凄く体が丈夫なのにね。昔――というか、ほみかちゃんと透ちゃんが普通に暮らしてた頃は、本当にやんちゃで生傷が絶えなかったもの」
「あー……うん。そういや、そうだったね」
「まあでも、あすかちゃんが来てからは気を張ってる部分もあったからね。精神的なものなのかな?」
「そうなんだよね。といっても軽い風邪みたいだから。……あんまり心配しないでいいよ?」
「……心配しますよ」
そう言ったのは、純白の肌と白髪のロングヘア―をした、クラスメイトの白輝アリサだった。
「……風邪といっても。実は肺炎だったり、急性気管支炎を引き起こす場合も多いそうですよ。今症状が軽いからといって問題なしと判断するのは、軽率だと思います」
「いやいや大げさだって。そんな大したものじゃないから」
「……いいえ、そんなことありません。病状が重くなってから後悔しても遅いんですよ」
「だから大丈夫だって。ほみかのことなら心配ないさ」
「……何でしたら、腕のいいお医者様を知っていますので、紹介状を用意しましょうか?」
「極端すぎるよ。ていうか、その先生を必要としてる人、もっと他にいるでしょ」
「……とにかく、心配といったら心配なんです。あなたはゴチャゴチャ言わずに、お見舞いに行かせればいいんです」
(……ほみかさんが心配なのは本当ですけど、目的は別のところにあります。透さんの家に行くこと……それも、甲斐甲斐しくほみかさんの看病をすれば、透さんも私のことを見直してくれるかもしれません。そうすれば、今度行くデートでも、透さんからの寵愛が期待出来るというものです)
何かもっともらしい講釈垂れてたけど、内心は僕の家に行きたいだけか。
まあ、アリサはクーデレ病という奇病に冒されてるから、本人の意思とは無関係にクールなことを言わざるを得ないんだけどな。僕は読心術を持ってるから本心が分かるだけで。
「あーっ、それ賛成! わたしも、ほみかちゃんのお見舞い行きた~い!」
「ダメだ」
アリサに賛同するりおんに対して僕は、思わず語気を強くして言ってしまった。
というより、会わせられないんだけどな。ほみかが家出したことは、二人には秘密にしている――というのも、それを言えば、ほみかの秘密も話さないわけにはいかないし。それを言ったらこの二人のことだ、学校を休んで探しに行くと言いかねない。
「え~、何で~? わたしとほみかちゃんの仲じゃない」
「ダメって言ったらダメ。風邪を移すかもしれないし。そもそも、りおんをほみかに会わせたら、余計に病状が悪化しそうだからね」
「ひどっ! ま、まあ、ほみかちゃんには色々迷惑かけちゃってるしね~。それでも、ちょっと顔を見せて挨拶に伺うくらいはよくない? その程度でもダメなの?」
「よくないよ。ほみかだって、寝込んでる時に誰とも会いたくないだろうからね」
「そうなんだ……。あっ、じゃあ、お粥だけ作りにいくっていうのは? 透ちゃん家って母子家庭だから、おば様も凝った薬膳料理とか作れないでしょ?」
「大丈夫だよ。あすかがいるから」
りおんも本気で心配してくれてるようだけど、僕は首を横に振り続けた。
僕だって、本当はほみかに会いたい。出来ることなら今日も学校を休んで、ほみかを探しに行きたいところだけど。素人である僕が出しゃばったところで何も成果を挙げられそうにないし。捜索は雪ノ宮の人たちに任せることにした。
というかりおんは、相当ほみかのことを大切に思ってくれてるみたいだな。いつもなら聞こえてくるはずの、ヤンデレな心の声が聞こえてこなかった。まあ、いいことだ。反発し合うことが多かった二人だから、仲良くしてくれる分には。
「ともかく。ほみかのことなら心配いらないんだよ」
僕が話を打ち切り、かきこむように弁当を食べていると、アリサとりおんは顔を見合わせて、
「……透さんが、ここまで私達のお願いを聞いてくれないのも、珍しいですよね」
「だよねえ。いつもなら、大抵のワガママなら聞いてくれるのに」
「……まあ、当のほみかさんが嫌がってる以上は、私達の方から無理強いをすることは出来ませんけどね。それにそろそろお昼休みが終わっちゃいそうですから、これでお見舞いの話は中断しましょうか」
うん、いい流れだ。
とはいえ、その場しのぎに過ぎないけど。まさかずっと風邪で寝込んでると言うわけにもいかないし。とはいえ、ほみかがいつ見つかるか分かったものじゃない。何かいい解決策はないものだろうか?
「透ちゃん。ちょっといい?」
なんてことを考えていると、ふとりおんが声をかけてきた。
「なに? りおん」
僕が尋ね返すと、りおんは神妙な顔で、眉根を寄せながら言うのだった。
「放課後、ちょっと付き合ってくれない? 大事な話があるの」




