21「――いよいよ、ラストターンね」
――覚悟!
葵は凛とした声と共に、神速の動きでレインに詰め寄った。
ドカッ、バキッ、ドゴオオオオオオオオオオオオオン!!
凄まじい打突音や破壊音が鳴り響くやいなや、葵の逆転劇は始まった。
その強さは圧倒的で、見る見る内にレインの体力ゲージは五割近く削られていた。そして、追い詰められたレインは膝をつき――
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「はい? どうかなさいましたか? ほみかお姉さま」
「どうかなさいましたか? じゃないわよ!」
ほみかはポーズボタンを押して、一度画面をオプションモードにしてから、
「は、反則よ! 初心者のくせに、アルティメットチャージを使うなんて!」
「何を仰るかと思えば。しゃにむにボタンを押していたら、偶然が功を奏しただけですわ」
「あのタイミングで、偶然アルティメットチャージなんか成功するはずないじゃん! アンタ、このゲーム実は知ってたんでしょっ!?」
「いえいえ。ですから、やったことなどありませんわ。嫌がるわたくしに無理やりこのゲームを勧めたのは、あなたではありませんか。わたくしはただ、チュートリアルを懸命に覚えただけですわ。それに、小学生でも出来る簡単なゲームと言ったのはあなたでしょう? でなければ、初心者が数時間練習しただけでは、到底マスター出来ないゲームを提案したと、ご自分でお認めになるということですか?」
「ううっ、さすがに何も言い返せない……でもね! まだ勝った気になるのは早いわよ! レインにだって、体力はまだ充分残ってるんだから! ……葵のアルティメット状態をしのげればだけど」
強気なのか弱気なのか、よく分からないほみかだった。
「どうでもいいですけど、早く中断を消して頂けませんか? せっかく流れに乗っていたというのに。今度無断でポーズボタンを押したら、ほみかお姉さまの負けにしますよ? よろしいですね?」
「わ、分かったわよ。悪かったわね……続けましょう!」
ほみかは気まずそうに謝罪しながら、ゲームを再開させた。
その後、アルティメット状態の葵にレインは苦戦を強いられるものの、細かい攻撃を何発か当てられるようになってきた。そんなわけで、二人の体力、気力ゲージはほとんど差がなくなり、勝負はいよいよクライマックス。ここで超必殺技を受けようものなら、すぐにでも敗北が決定する。
「うふふ。いかがですか? ほみかお姉さま。プロを自称する方が、わたくしのような素人に追い詰められるご気分は?」
「う、うう……」
「コンボを入力する指さばきといい、敵の攻撃を見切る動体視力といい、わたくしの集中力は留まることを知りません。もはや、ここまでのようですわね?」
「はあ? 何チョーシ乗ってんのよ! ド素人のくせに! ……あたしは負けないわ。ここから大逆転してみせる!」
と、ほみかが吼えたのには理由があった。葵のアルティメットチャージが解けたのだ。元々のあすかの実力は、ほみかに遠く及ばない。アルティメット化というパワーアップがあったからこそ、戦況を覆せてただけで。
その葵のアルティメットチャージが解けた……これを受けて、次にほみかが繰り出す戦術とは?
「――いよいよ、ラストターンね」
「いいですわよ。どこからでも掛かってきてくださいまし。わたくしはそれを、正々堂々打ち破ってみせますから」
「望むところよ! ――レイン!」
――Haaaaaaaaaaaaaa!!
ほみかが特殊コマンドを入力し、レインが叫び、その手のひらに全てのエネルギーが集中する。
その膨大なエネルギに―によって揺らぐ大気、崩壊する地盤。
体中から深紅の気炎を発しながら、電光石火のごときスピードで飛び掛かり、全身全霊の攻撃を食らわせようとした、その瞬間、
ふわっ
と。
葵がまるで風に飛ばされる綿毛のように、ゆるやかに飛び上がった。
これが『ズラし』と呼ばれるテクニックだった。
当然当てるべき対象を失ったレインのオーラは、空しく空を切り、葵はレインの後ろ側の地面へと着地した。つまりは、
「――外れた!?」
「やった! やりましたわ!」
悲観の声を上げるほみか、歓喜の声を上げるあすか。その叫び声が指し示す意味は、画面中央にデカデカと映し出されていた。
再び葵は青白いオーラをその身にまとい、アルティメット化していた。そうか、これが狙いだったのか。僕には、あすかの企みが全て分かった。
総合的な技術では、あすかはほみかに及ばない。そこであすかは、レインの攻撃をズラすことだけ考えていたのだ。
ズラしは高等テクニックだ。ボタンを押すタイミングがシビアだし、もし失敗したら自分が手痛い打撃を受ける。でも押すボタンの数は少ないし、タイミングさえ合えば敵の攻撃を全て防ぐことも不可能ではない。しかもズラした分気力ゲージが溜まるので、こうしてまたアルティメットチャージすることが出来たのだ。
ということは、ほみかは――
「ちょ、ちょっと待ってよ……」
ほみかは、絞り出したようにか細い声を発した。
しかし、現実は非情だった。
なぜならば、これは真剣勝負だから。ほみかのプレイングも見事なものだったが、最終的にはあすかの智謀が光った。『肉を切らせて骨を断つ』を見事に体現したあすかが勝つ、いや、勝とうとしているのは。むしろ当然の結果と言えるんだけど。
「いやっ、来ないで……っ!」
目に涙を溜めながら、ほみかは方向キーを押してレインを後退させながら、
「あたし、まだこの家を出ていくわけにはいかないのよ……まだまだ、一緒にゲームしたり、一緒に映画見たり、一緒にお風呂入ったり、一緒に寝たり……ほんとに、やりたいことがたくさんあるんだから。こんなところで、負けるわけにはいかないのに」
「問答無用!」
そこからの決着は、呆気ないほど簡単な幕切れだった。葵が高速移動でレインの後ろに回り込み、素早く手刀を食らわせ、ノックダウンしたのだった。
――Wow!
――You win!
悲鳴を上げて倒れこむレインを見下ろしながら、葵は拳を高々と挙げ、勝利の祝福を受けるのだった。
長かった三本勝負も、ついに決着。
あすかは最後の最後で、非常に勝算の低い勝負で、最後まで冷静さを欠かせることなく、見事逆転してみせたのだった。いや、本当に名勝負だったよ、拍手を送りたいくらいに。負けた方が家を出ていくっていう取り決めさえなければ。
……でも、勝負はついてしまった。
ほみかとあすかの三本勝負、勝ったのはあすかだ。