17「はい! よろしくお願いいたしますわ!」
そんなこんなでオープニングムービーも見終わり。
二人対戦をセレクトし、キャラクターの選択画面に移る。
あとはキャラクターを決めれば、対戦に移行出来るという状態だ。
「わたくしは何やら、この方に近しいものを感じますわ」
あすかが選んだのは、着物を着た和服美人のキャラだった。
「〝葵〟を選ぶのかあ」
「はい、葵様です。着物を着て戦うという意気込みに心惹かれました」
「着物着た女の子が、着物を着た女性キャラを操るっていうのも、わりとシュールな感じがするけどね」
「そうですか? しかし遊びとはいえ敵味方に分かれて戦うのですから、共感を持てる方を選んだ方がいいではないですか」
「……微妙にゲーマーの心理をついたコメントだな」
既になんか慣れつつあるあすかに苦笑しながら、僕は僕の操作するキャラを選んだ。
ま、使い慣れてるキャラといえば〝アンディ〟かな。
典型的なパワータイプのキャラだけど、愛用のムチを持っているので以外に技範囲が広く、束縛したり相手の武器を奪ったりと、色々な戦い方が出来る。
「まあ!? お兄様ともあろうお方が、そのような方を選択なさるのですか!」
「そのような『方』って……。ていうか、ダメなの?」
「ダメとは申しませんが、お兄様とは似ても似つかぬ風貌をしておりますわ。この方はおヒゲをぼうぼうと生やし、才槌頭でドングリのような眼をしておりますが、お兄様はとても整った、凛々しいお顔をなさっております。いくらゲームの人物とはいえ、このような方が容姿端麗なお兄様の分身となるのには我慢なりませんわ」
「……いくらなんでも、過大評価すぎる」
「いいえ、むしろ他の方たちがお兄様を過小評価しているのです。お兄様といえば、神すらも超越された御仁ですもの」
「……ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」
僕は再びあすかを刺激しないようにと、話を合わせた。それにしても、あすかの僕に対する異様なまでの愛慕はなんなんだろう。ことりに対しては案外普通だから、やっぱり別々の家庭で育ったというのが大きいのだろうか。それが時を経て巡り合うことになったのだから、僕を男性として意識するのも仕方ないのだろうが。
「まあ、そんなことよりも。そろそろ始めようか」
「はい! よろしくお願いいたしますわ!」
一度コントローラーを床に置き、斜め四五度の綺麗なお辞儀をしてくるあすか。いや、といってもゲームを一緒にするだけなんだけどね……。それなのにこの気合の入れようには、何だか嫌な予感がしてくるよ。
「それでは、まずわたくしは何をすればよいのでしょうか? お兄様?」
「あー……、じゃあ、まずはね」
僕はスタートボタンを押し、対戦画面へと移行しながら、
「とりあえずあすかには、簡単なコンボプレイでも身に着けてもらおうかな?」
「こんぼぷれい……ですか?」
軽く首を傾げるあすかだけど――それも仕方がない。
格ゲー初心者には、ほぼ聞くことのない単語なのだから。
僕があすかに説明した、『ファイファイ』のコンボプレイの概要とは、以下の通りになる。
①基本的には、一つのボタンを押しっぱなしでもコンボは発生する。
②様々なボタンを組み合わせることで、強力なコンボ技を生み出すことが出来る。
③敵にダメージを与える、敵の攻撃を防ぐ、あるいはボタンを押し気力ゲージを貯めることにより、キャラクター特有の必殺技を放つことが可能に。
④気力ゲージを貯めた状態で特定のボタンを押すことで、アルティメットチャージという、一時的にだがキャラクターの基本性能を大幅の上昇させることが出来る。
⑤相手の攻撃時に一つのボタン、必殺技時に二つのボタンを押すことにより、攻撃をガードするだけではなく、タイミングよく押すことによって相手の隙を作ることが出来る。通称『ズラし』。
以上の①~⑤を上手く組み合わせて戦うゲームである。
もちろん、この他にも色々な上級者向けのコンボも存在するが。
今日だけであすかにそこまで教えるのは無理があるし、詰め込みすぎて逆に下手になる危険性がある。初心者が上級コンボを狙いすぎて、自滅するのはよくあることだ。
しかし、単純なコンボだけでも意外と勝てるものなのだ。
たとえば相手の超必殺技を上手くガードすることが出来たなら、こちらは無傷。逆に相手の気力ゲージをこちらが吸収することになる。
ルール解説は以上。分かってもらいたかったのは、どんな劣勢な状態からでも、一発逆転の可能性を秘めたゲームであることだ。
だからこそ、僕はこんなにもあすかに『ファイファイ』を勧めたのだ。ほみかはあすかと違い、ヒマを見つけては僕とこのゲームで遊んでいるのだ。このゲームには引き分けも存在する。うまくすれば、ほみかとあすかを双方痛み分けに持ち込むことも出来るかもしれないのだ。
「――ま、そんなところだよ。分かった? あすか」
「はい。お兄様が愚鈍なるわたくしを見捨てず、熱心に教えて下さいましたから! ――お兄様の趣味嗜好も把握してない、屑のわたくしのために、感謝の言葉も御座いませんわ」
「いや、だからそれはいいって……。そんなに気に病まれる方が、僕の心も痛むんだけど? ……ていうか、そんなことよりそろそろ始めようか」
未だに引きずるあすかにツッコミを入れつつ、僕はゲーム画面に向き直った。
まあ、あすかが年頃の女の子っぽい趣味を持ってくれるのであれば、僕も悪い気はしないけどね……。これからも、ほみかやあすかと一緒にゲームを楽しむことが出来るし。そうと決まれば。余計にあすかにはこのゲームの極意を覚えてもらわなければならない。
僕も、気合を入れてコントローラーを握りしめた。