10「どうよ! あすか!」
「勝者は……ほみかだ」
それが、僕の出した結論だった。
思い出の料理を作ったほみかに忖度してると言えなくもないが、少なくとも美味しかったことは間違いなく、それに調理の仕方も簡単そのものなので、いつでも気軽に食べれるというメリットもある。あながち間違った判定とは言えないわけだ。
とはいえ、あすかからすれば面白くないだろう。
あからさまなえこひいきなのだから、それも当然だ。
判定の撤回か、勝負のやり直しか。どのような不平不満が出てこようとも、正々堂々受け入れる。そのつもりでいたのだが――
「かしこまりました。お兄様」
……意外にも、あすかは涼しい顔で僕の判定を受け入れた。
「え? ……本当にいいの? あすか」
あまりにも呆気なさ過ぎて、思わず聞き返してしまう僕にあすかは、
「もちろんでございますわ。不服を申し立てるなど、考えすらもしておりません。そもそもこの勝負の審判は、お兄様に一任するとわたくしは了承いたしました。むろん、納得しているかと問われればそうではありませんが。それでもお兄様のことです。最後にはわたくしを選んでくださると確信しております。なので、何も不安に思っておりません」
淡々と話すあすかの表情は眉ひとつ動いていなかった。
心の声も聞こえてこないところをみると、本心からそう思っているのだろう。まあ激怒して、ほみかに食ってかかるとかされるよりは、余程そっちの方がいいけど。
しかしこうなってくると。
「……まあ、こんなもんね」
(イヤッッホォォォオオォオウ!)
当然だとばかりに胸を張り、勝者の余裕を見せ付けるほみかだったが、心の中では狂喜乱舞していた。そこで僕は、
「ほみか。嬉しそうだね」
「何言ってんのよ。やる前から分かりきってたことじゃない。むしろあっけなさ過ぎて、張り合いがないくらいだわ」
(イエスイエスイエーーーース! ほんとほんと♡♡ あーもうマジヤッバ♡♡♡ お兄ちゃん大好きっ♡♡ お兄ちゃん大好きすぎるううううううう♡♡♡♡)
「……もう一回聞くけど、別に喜んではないんだね?」
「当たり前じゃん。そもそも、このあたしがあすかなんかに負けるわけないのよ。無駄な勝負だったわ」
(ありがとね♡ こんなほみかを選んでくれてお兄ちゃん♡♡ ほんと言うと、絶対あすかを選ぶと思ってたけど……。これって、ほみかを勝たせようとしてくれたってことだよね? もー、お兄ちゃん大好きっ♡ 愛してる♡♡♡ もう今すぐ結婚しよっ♡ ほみかお兄ちゃんと結婚してママになって、毎日でも手料理食べさせてあげるからああああっ♡♡♡ あっ、もちろん口移しだよ? ほみかの唾液、いっぱい飲ませてあげるからね♡♡♡)
「……そうか」
本音と建前が違いすぎる妹に対し、僕は静かにうなずいた。
ほみかはさらに気をよくしたのか、あすかに対して向き直りながら、
「どうよ! あすか!」
人差し指をビシッとあすかに突きつけながら、ほみかは吠えた。
「あんたなんか、あたしの敵じゃないのよ! 降参するなら、今の内ね!」
その挑発に対しあすかは、
「ほみかお姉さま。何か勘違いなさっているのではないですか? まだあなたは一勝しただけですわよ? 勝負は三本勝負だということをお忘れではなくて? まあ、本来ならば勝てるはずのない勝負を偶然にも手にすることが出来たのだから、のぼせ上がるのも無理はありませんけれども。それでも、油断は大敵ですわよ? ほみかお・姉・さ・ま?」
「ふん。アンタも大分いやみったらしいこと言えるようになってきたじゃない? お済まししたいつものアンタよりも、よっぽど好印象だわ!」
「そのようなことよりも。次の勝負はいかがなさいますか?」
「ああ、何でもいいわよ。もう後がないんだし、今度はアンタに決めさせてあげるわよ。どうせ何やったって、あたしが勝つんだし!」
「……さようでございますか」
フッと冷徹な笑みを浮かべるあすか。
そこで僕は嫌な予感を感じたけど、僕が口を挟むより早く、あすかは口を開いた。
「……そうですわね。次の勝負は、『お掃除対決』などはいかがですか?」