36「まあまあ、皆さん。ようこそおいでくださいました」
そんなわけであっという間に時間が過ぎ、八月二十四日の土曜日。僕らはクリスティーナさんの所有する別荘へと来ていた。高台に立てられた日当たりのいい別荘は、リビングから湖を見下ろせるようになっていて、豊かな原生林にも囲まれ、避暑地としては最適の場所といえる。
勿論、別荘自体のレベルも半端じゃなく、立派なウッドデッキの付いた洋風のデザインハウスは、白輝家の豪邸に比べたら流石に小さいものの、それでも十分すぎる面積を誇っていて、別荘というよりは高級なペンションといった風情がある。
「まあまあ、皆さん。ようこそおいでくださいました」
玄関先につくと、一人の女性が僕らを迎えてくれた。
「本当に今日は、お暑い中お集まり頂きまして、誠に感謝しておりますわ。別荘と申しましてもここ最近は利用しておりませんでしたので、このようにお若い方たちで賑わい、ましてそれがアリサのお友達というのですから、このような幸せはないと存じ上げておりますわ」
そう言って恭しく頭を下げる女性――いや、もう少し丁寧に紹介するか。銀髪のプラチナヘアーを優雅に結い上げ、半袖のチェックシャツにデニムのショートパンツという、豊満な肉体を惜しげもなくさらけ出す扇情的な格好にも関わらず、大人の色気と気品を感じさせるこの女性こそ、僕らの親友アリサの母親――白輝クリスティーナさんであった。
「こちらこそもどうも。お招きにあずかり光栄ですわ」
あすかがクリスティーナさんに負けないぐらい丁寧にお辞儀をして、
「わたくしのような人間までお呼びいただけて、感謝に堪えませんわ。このようなご立派な別荘にご招待いただけて、誠にありがとう存じます」
「何を仰るのですか、あすかさん」
オホホ、とクリスティーナさんは笑って、
「このような東屋で、かえって申し訳ないぐらいですのよ。もう少しお時間を頂ければ、ハワイにあるもっと大きな別荘までご招待しましたのに」
「そのようなことはありません。わたくしには勿体無いくらい豪華な邸宅でございますわ。空気も美味しいですし、綺麗な森林を見渡せますし。それにクリスティーナ様が保護者になって頂けるとあれば、これ以上の安心は他にありませんもの。このたびは申し出を受けて下さり、恐悦至極に存じますわ」
「あらあら。そんなに畏まらなくてもよろしいですのに」
「いえいえ。とんでもございません」
こんな風に、お互いに謙遜し合うあすかとクリスティーナさん。
まあでも、これはあすかの言うとおりかな。
キャンプに行きたい気持ちはあったけど、暑さや虫刺されや人の多さや保護者の点など、色々な問題があった。その点クリスティーナさん管轄なら何の問題もないし、これほど立派な別荘にタダで泊まれるのだ。アリサやクリスティーナさんには感謝してもしきれない。
そんな至れり尽くせりな環境なんだけど、問題が二つ。一つは、ほみかやりおんがまた暴走しないかって所で、もう一つはあすかだ。もしあすかの人格がここでまた交代したら……いや、よそう。その時は僕が責任を持って止めればいいのだ。
何てことを考えていると。
いつの間にか、僕の目の前まで来ていたクリスティーナさんがニッコリと、
「神奈月さん。どうもお久しぶりね。結婚式場で会って以来かしら? 今日はお会いできることをとても楽しみにしておりましたのよ」
「お久しぶりです、クリスティーナさん。その件については申し訳ありませんでした。青木ヶ原がああいうヤツだったとはいえ、結果的に結婚式をメチャクチャにするようなことをして」
「気にしないでちょうだい。あなたのおかげで、アリサをあんな低俗な男の元に嫁がせずに済んだのです。むしろ、お礼を言わなければなりませんわ」
そう言ってクリスティーナさんは僕に近づき、耳元で、
「……それに、今回の申し出は願ったり叶ったりだったのですよ? ここは外部から閉鎖された空間。近くに湖もあれば、ここには温泉もある。アリサとあなたをくっつける良い機会だと思っております」
「……え!? でも、僕は、そんな……」
「……いけませんわ、神奈月さん。今回白輝家の別荘をお貸ししたことと、雪ノ宮あすかさんの身辺調査の件。この二つを持って、多少はアリサを贔屓目に見て頂きませんことには。こちらとしても割りに合わぬというもの」
「……そ、そりゃそうですけど……」
「……うふふ。何でしたらわたくしとアリサ、親子で食べてもいいのよ?」
……ふうっ♡
「ひゃあっ!?」
クリスティーナさんから離れ際に耳元で息を吹きかけられ、くすぐったさのあまり僕は甲高い悲鳴を上げてしまった。それを見てくすりと笑うクリスティーナさん。そして、
「それでは、皆さん」
貴婦人モードに戻ったクリスティーナさんが、皆に向かって話しかける。
「ついたばかりで、お腹が減ってらっしゃるでしょう? お荷物を降ろしたら、そのまま庭においでください。今日のお夕食は、バーベキューですのよ」