33「……いいですよ。その話、引き受けましょう」
「……ここだよ、ここ。さあ、入ろうか」
僕がアリサを連れてきたのは、この間立花さんと一緒に入った喫茶店だった。
相変わらず店内は閑散とした様子だったが、それでも木製を基調としたシックな雰囲気、清潔感のあるテーブルや、レトロなウッドチェアなどには癒される。
僕とアリサは店内に入ると、向かい合わせの席に座った。
するとすぐ、店員が注文を取りに来る。
「……じゃあ、私はレモンティーにします」
メニューを見ながら、アリサは口を開いた。
「……こういうお店に入るのは初めてなので、味が楽しみですね」
「そっかそっか。何でも好きなものを頼んでいいよ。今日は僕が奢るから」
「……何を言ってるんですか? 前にも言いましたけど、女性の分は男性が支払うべきという古典的な考えは、女性差別ですよ? せめて、割り勘にするべきです」
(……夫の支払いを持つのは、妻の義務ですから)
「いやいや。そういうことじゃないよ。普段なら割り勘でもいいんだけど、今日は僕の方から無理に誘ってるからさ。だから奢らせてくれないと、逆に申し訳ないんだよ。だから、ね? 僕の顔を立てると思って」
「……そういうことなら、仕方ないですけど……」
(……透さんがそうして欲しいというなら、私はそれに従います……)
アリサは渋々といった感じで、僕の申し出を受け入れてくれた。
ちなみに、僕はアイスコーヒーを注文した。
店員がいなくなると、僕らの間に静寂が生まれた。僕はこれから話すことを考え緊張し、アリサも何か重苦しい空気を感じているのだろうか。
先に口を開いたのは、僕の方だった。
「実はね、アリサに頼みたいことがあるんだ」
「……頼みたいこと、ですか?」
「そう。あすかの身辺調査、特に、学校での様子を調べてほしいんだ。何か事件を起こしたり、巻き込まれたりしてないか」
「……雪ノ宮さんの身辺調査を? でも、どうして?」
アリサは怪訝そうな顔で聞き返す。まあそうだろうな。僕は答えた。
「悪いけど、これ以上のことは何も話せないんだ。変に思うかもしれないけど、事情は何も聞かないでほしい」
「……そんなこと。急に言われても」
(……どうして雪ノ宮さんのことを調べるんですか? 彼女とは、親戚なんじゃないんですか? 透さん、一体何を考えているんですか?)
そう言って、コップの水に手を伸ばすアリサ。
心の声といい、相当動揺していることは明らかだ。
「申し訳ないけど、理由は今は話せないんだ。全てが片付いたら何もかも包み隠さず話すから、僕に力を貸してくれないかな?」
「……話せない、ということは。透さんは今、雪ノ宮さんに関係する何らかの事件に巻き込まれている……そういうことですか?」
「そう取ってもらってもいいけど、僕の口からは何とも言えない」
「……何も話せないのに、協力だけを求めるんですか?」
「……ほんとにごめん。でも僕には、アリサしか頼れる人がいないんだ」
「……そうですか」
アリサがそう答えたところで、店員が注文した品を運んできた。
一旦休憩。そこで話は中断し、僕らは思い思いに喉を潤した。
僕はアイスコーヒーをブラックで飲み、アリサはレモンティーに砂糖を二匙入れた。そして、マドラーでクルクルとかき混ぜ、口に含むと一言、
「……いいですよ。その話、引き受けましょう」
「えっ?」
アリサの言葉が信じられなくて、僕は思わず聞き返してしまった。
するとアリサはもう一度、
「……いいですよ、と言ったんです。凄く大事なことなんですよね? それでしたら私も、親友として協力させてもらいますよ」




