22「僕に教えてくれませんか? この家の長女――雪ノ宮ことりについて」
「ご馳走様でした」
その言葉と共に、僕はつばめさんの自室へと招かれた。
8畳ほどの広さの和室。テレビやパソコンやタブレットといった類は、一切なかった。壁に掛けられた掛け軸には花と鳥の絵が書かれ、それを天井から吊るされた提灯の明かりがぼんやりと照らしている。
そして、テーブルを挟んで向かい合う僕とつばめさん。僕の前には羊羹とお茶が置かれている。お茶は玉露のようで、独特の濃い香りが鼻腔を刺激した。
「ごめんなさいね。食後すぐに呼び出したりして」
つばめさんは申し訳なさそうに、小さな声で言った。何だかこうして見ると、僕の「お母さん」というより「お姉さん」という感じがする。
いや、流石に「お姉さん」というのは言いすぎだとして。それでも三人の子供を産んだ経産婦、しかも未亡人にはとても見えない。
「あ……あの」
どうやら僕の無言を怒っていると受け取ったらしい。
つばめさんは帯締めに震える手を添えながら、怯えるように僕の顔色を窺っていた。その細い体、柳のようにフラフラとした頼りない所作からは、どことなく妖艶さを覚える。
「大丈夫ですよ。別に怒ってるわけじゃないんで」
僕はあえて身振りを大きくしながら言った。つばめさんを安心させる為だった。
「そ……そう。よかった……」
つばめさんは安心したように、手を衽――膝の上に置く。その動作がやけに生々しく、やはり「母親」という表現は未だにしっくりこない。
まあ、そんなことはさておき。僕は聞きたかったことを聞くことにした。
「それより、本題に入ってくれませんか。今日僕をここに招いた本当の理由を」
「そう……そうよね。お食事会なんて言っても、信じてもらえるはずないわよね。あっ違うのよ? あなたとお話がしたいって気持ちは、本当だから」
つばめさんは慌てたように言った。
前置きはいいから、早く結論を言ってほしいんだけどな。
つばめさんは僕の気持ちを見透かしたように、凛々しく佇まいを直すと、
「分かりました。では本題に入ります。透。前にも言いましたけど、この家で暮らしませんか? つまり――私達と、親子として」
あーなるほどね。いや、まあそうだろうな。単純に晩御飯だけ食べて、はい終わりとはいかないよな。
僕はつばめさんに向かって言った。
「前にも言ったと思うけど。今はまだイエスともノーとも言えないよ」
つばめさんの表情に陰りが見えた。
「ど……どうして? 私のこと、まだ許せないから?」
つばめさんは慌てて僕に尋ねた。眉間と口元にはしわが寄っている。さっきはあれほど美しく見えた表情にも、年相応の経過が見られた。
僕は答えた。
「違いますよ。僕はもう、あなたのことを恨んでいません」
「本当に? 本当に私のことを許してくれるの? で……でも。だったらどうして? どうして私達と一緒に暮らしてくれないの?」
つばめさんは矢継ぎ早に質問してくる。
無論、本当のことを話すつもりはなかった。
ほみかのことは……つばめさんに話すつもりはない。
「許すということと、受け入れるということは別です。僕自身、まだ困惑から立ち直っていませんし、僕を育ててくれた今の家族に対しても恩義があります。軽々に答えを出せる問題ではありません」
「そう……そうよね」
つばめさんは、明らかに落胆したように頷いた。
「でも、まだ答えを出せないということは、この家に来てくれる可能性もあるのよね? そうよね?」
「ええ、そうですね」
「なら、それだけで十分……!」
つばめさんはホッとしたように息をついた。
「正直なところね、これはあすかの為でもあるの。あの子、三年前に長女を亡くしてから、本当に落ち込んでいたから。あなたの所在が分かって以来、あれでもあすかは凄く明るくなったのよ?」
「そのことなんですけど」
僕はつばめさんの言う「長女」という言葉に反応した。
そして、即座につばめさんに尋ねる。
「僕に教えてくれませんか? この家の長女――雪ノ宮ことりについて」