21「いや、別に怒ってないから」
……と。たっぷり五分ほどハグされたあと。
桜色の和服を着たあすかが「お母さま。お兄様が困っておりますわ……」と止めに入り、ようやく僕はつばめさんの熱い抱擁から開放され、夕食の席へと招かれたのであった。
あすかとつばめさんにテーブルへと案内され、席につく。
「今の透の好みが分からないから、一般的な好みに合わせて作ってしまったけど。食べられないものがあったら無理して食べなくていいからね?」
「はい」
僕はつばめさんにそう答えると、テーブルに並べられた料理を見下ろした。
つばめさんが用意したという夕飯は、正に豪勢の極みだった。突き出しに玉ねぎとトマトのサラダ、マツタケの土瓶蒸し、豪勢な刺身のお造り、ズワイ蟹の天ぷら、伊勢海老の入った味噌汁、デザートにマスクメロンと。その他にも、贅の限りを尽くしたような料理が数々。
一般家庭にはまず出てこないであろう、豪華な夕飯だった。
「透。遠慮しないで食べて」
「はい。いただきます」
僕はまず、マツタケの土瓶蒸しから食べ始めた。マツタケの上品な味がエビや銀杏によって引き出され、言葉に出来ないほど美味しかった。次に伊勢海老入りの味噌汁を飲んでみる。濃厚な海老のだし汁が豊潤でこれまた美味しい。我が家の豆腐とワカメぐらいしか入ってない味噌汁とは雲泥の差だね、母さんには悪いけど。
ズワイ蟹の足肉の天ぷらは正に絶品だった。恥ずかしながら僕は小さい蟹の天ぷらしか食べたことがなく、カラリと揚がった肉厚なこの天ぷらこそ、至高の天ぷらだと確信した。
そんなこんなで僕が舌鼓を打ちながら料理を黙々と食べていると、ふとつばめさんとあすかが、僕のことをじーっと見つめていることに気がついた。特につばめさんの方は、食い入るように僕の顔を覗きこんでいる。
「あの……なにか?」
僕が尋ねると、つばめさんはビクッと肩を震わせて、
「ご……ごめんなさい! 透が、私の作ったお料理を食べてくれるのが嬉しくて、つい……。謝るから、怒らないで!」
普通に聞いただけなのに、急に怯えだすつばめさん。
「いや、別に怒ってないから。大丈夫ですよ」
僕がそう言うと、今度はパアッと表情を明るくして、
「そ…そう? それならいいんだけど。普段はね、お手伝いさんがご飯を作ってくれるの。でもね、私もお料理の練習は欠かさずやっているの。たまに、あすかのご飯を自分で作ったりもしてるから」
「へえ、そうなんだ。お手伝いさんがやってくれるのに自分で?」
「ええ、そうよ。昔あのアパートに住んでいた頃は貧乏で、まともなご飯をあなたに食べさせてあげられなかったから。いつか、美味しいお料理をあなたにお腹いっぱい食べさせてあげたいと思って、それだけを思って、私……!」
そう言うと、つばめさんはまた涙で潤んだ瞳を、両手で覆って泣き出した。
あすかはその横で「大丈夫ですか? お母さま」とつばめさんの肩を優しくさすっている。単なる『食事会』だったはずなのに、何だか随分大げさなことになっているな。
まあ、かくいう僕自身も、結構ぐっときてたんだけどね。