16「そう、雪ノ宮さんって、私達とは違うんです」
立ち話も何ですので、ということで、僕と立花さんは近くの喫茶店に寄った。今時見ないような古びたお店で、店内には僕ら以外誰もお客はいなかった。喫茶店というよりは小じんまりしたレストラン、といった方が合ってるかもしれない。中に入ると、ヒゲを生やした体格のいい店主が、人懐っこい笑顔で僕らを迎え、席へと案内してくれた。
「急なお話で、すみません」
着席するとまず、立花さんは僕に向かって頭を下げた。店主が注文を取りにきたので、立花さんはアイスのラテを、僕はアイスコーヒーを、それぞれ注文する。
「いやいや、いいんだよ。それにしても暑いなあ……」
僕はおしぼりで顔を拭きながら呟いた。暑いと呟いたことに大した意味はない。オーダーした品が来るまでの時間稼ぎのつもりだった。
「お待たせしました。アイスラテになります」
店主が、肉厚のガラスに円形模様が施されたグラスを立花さんの前に置く。
「こちらはアイスコーヒーになります」
僕の前にも同様に、アイスコーヒーの入ったグラスが置かれた。挽きたてのコーヒーからは、適度にほろ苦く、穏やかで香ばしい香りがした。
「どうも」
僕は店主に一礼する。適当に選んだ店だが、どうやら当たりだったようだ。
「早速ですけど、雪ノ宮さんとあなたのご関係を教えて貰ってもよろしいですか?」
立花さんに訊かれ、僕は自分の名前を名乗り、あすかとは遠い親戚にあたると話した。本当は別居してるだけで実の妹なのだが、そこら辺を説明するとまた厄介なことになりかねない。僕の説明が終わると、立花さんは驚きの表情を見せた。
「……雪ノ宮さんに、こんな歳の近い親戚の方がいたんですね」
ラテを飲みながら、しきりに頷いている。
というか、この人はあすかから何も聞かされてないのか。もしかして、あすかとはそこまで仲良くないんじゃないのか? 僕は内心でそう勘ぐりつつも、
「あすかの、学校での様子はどう?」
「私もあまり詳しくは……。雪ノ宮さんは、クラスの人ともそんなに親しく話さないので」
「あすかって、もしかして友達あんまりいないの?」
「はい。意外に思われるかもしれませんが」
意外も何も、予想通りだった。生真面目なあすかが学校で浮いた存在というのは、あすかには悪いがそのまんまのイメージである。
「雪ノ宮さんは、何と言うか私達とは違うんです」
立花さんは、友人のことというより有名人の説明をするように話した。
「見た目も凄く美人で、冷静で、とっても儚げで。入学当初から男子生徒からの人気が高くて告白されることも多かったようです。でも、雪ノ宮さんはまるで相手にしてなかったみたいですけど。テストの成績は凄いよくて、学内テストで二位以下に落ちてるところを見たことがありません。本当に、雲の上の人って感じなんです。一番大きな理由は、彼女の家柄が『雪ノ宮』ってことですね。雪ノ宮といえばこの町で一番力がある名家ですから。何より雪ノ宮さんには、近寄りがたい不思議な雰囲気があるんです」
立花さんの言うことには、いちいち共感できた。頭の中にその図が浮かんでさえくる。そういえば、僕はあすかから学校での話を、聞いたことがない。あすかからすれば、特別に話す出来事がないということなのか。
それとも。
僕の中で、警報ブザーが最大限に鳴らされた。
「そう、雪ノ宮さんって、私達とは違うんです」
立花さんの声のトーンが急に低くなる。
「雪ノ宮さんが学校で孤立している理由……それは、もう一つあるんです。本当に言いづらいことなんですけど、彼女、前に暴力事件を起こしたことがあるんです。それで、周りの生徒からは恐れられてるんですよ」




