9「透ちゃ~~~~ん! 置いてかないで~~~~~~~~!!」
「りおん。何度も言うようだけど、もうちょっと助けるのが遅かったら、死んでもおかしくなかったんだからね? この程度で済んだのは本当に幸運なんだよ? 分かってる?」
「分かってるよ」
「なら僕の言うこと、ちゃんと聞いてくれるよね?」
「うん。ところで、透ちゃん?」
「ん? なに?」
「……」
「……あの、りおん?」
「…………」
「…………言いたいことがあるなら、ちゃんと言ってもらわないと困るんだけど」
「じゃあ言うけど」
「うん」
「……だよ」
「ええ?」
何かボソボソと全く聞こえない言葉を呟くりおん。まいったな。心の声が聞こえないってことは本音なんだろうけど。僕は身を乗り出して耳を傾ける。
「何だよりおん。いつもみたいに、もっとハッキリ喋ってくれよ」
「……き、だよ」
「あ、今ちょっと聞き取れた。もう一回言ってくれる?」
「……大好きだよ♡♡♡♡」
「えっ……? むぐ!?」
それは、完全な不意打ちだった。
いきなり僕は、りおんにキスされてしまった……というのは、彼女は僕の頭を両手でがしっと掴んで、無理やり唇を合わせているからだ。
自然、僕はりおんの上にまたがる形になってしまう。放課後の保健室のベッドで、馬乗りになってキス。これはいけないと振り払おうとしても。りおんの力は強く両手でがっちり僕の頭を押さえつけてるのと、口腔内に忍び寄る柔らかい舌と、甘酸っぱい唾液が魅力的というのもあって、中々振り払えない。
ハッキリ言うと、普通に欲情してしまった。
うん、まあ。
僕だって、思春期の男の子だからね。
それからしばらく、りおんは情熱的なキスをねっとりと食らわせてきたが、やがて僕の唇から口を離すと、
「うふふ、透ちゃん」
「……何?」
「さっき、目を覚ましたらキスしてくれるって言ったよね?」
(ほんとは、キス以上のこともしたかったんだけど♡♡♡♡)
「あー、うん」
「だから、これは正当なご褒美だよね? わたしのファーストキス。透ちゃんに捧げちゃった♡♡」
(透ちゃんにあげるために、大事に取っておいたファーストキスだよ♡♡)
「……えっと、言いづらいんだけどさ」
恍惚にとろけるりおんの顔を、直視できずに僕は目をそらす。
黙っておこうと思えば、黙っておけるけど。
でもりおんに対しては、出来るだけ嘘はつきたくない。共感性症候群で心の声を聞くまでもなく、彼女は本当に僕とのキスを喜んでいるから。それは勘違いだって、キチンと教えてあげなければ。
「りおんとのキスは、初めてじゃないよ?」
「ふえ?」
りおんは固まる。
カチコチに。たっぷり数十秒ほど硬直した後。
「えっと。それって、まさか……」
りおんが、縋るような目を僕に向ける。
僕は、その視線をまっすぐ見つめ返した。事実を伝えるのは気が引けるが、それでも嘘をつき続けるよりはよっぽどマシだろうと。
僕はりおんに、真実を話した。
「うん。りおんが溺れてる時にね。人工呼吸、しちゃったんだ」
「……え」
「勘違いしないでほしいんだけど、それは決してやましい気持ちでしたことじゃない。君を助けるために、最後の手段としてやったことなんだ。それだけは、分かってほしい」
「そんな……じゃあ、わたしのファーストキスは、眠ってる間に終わってたってこと?」
りおんは、呆然とした表情で呟いた。まあ、そうだろうな。一生に一度のファーストキスが人工呼吸というのは、流石に嫌だもんな。心の声が聞こえてこない所をみると、本気でショックを受けていることが分かる。だから僕も、必死にりおんに対してフォローを入れた。
「りおん、君の気持ちはわかる。だけど、そうしないと仕方なかったんだよ。勿論、望んでいない形で初めてのキスを奪ってしまったことは、心苦しく思う。でもさ、そうしないと君は死んでいたかもしれないんだよ?」
「違うよ……そうじゃない」
「どういうこと? 違うって、何が?」
「なんで……」
「りおん?」
「なんで…………」
「うん」
「なんで、ついでに処女膜も破っておいてくれなかったの!? 眠ってて何も出来ない幼馴染の美少女を前にしてだよ? キスするくらいなら、どうして眠○もしてくれなかったの!」
「………」
僕は、呆れて物も言えなかった。
と、同時に思い出した。ああ、そう言えばりおんってこういうキャラだったなあと――真面目にりおんが落ち込んでるんじゃないかと励まそうとした自分が、恥ずかしくなってしまうほどだ。
バカバカしくなった僕は、すくっと椅子から立ち上がって。
ふざけた主張をのたまう幼馴染に対して背を向けた。
「ちょっと透ちゃん? どこ行くの?」
僕は後ろを振り返ると。
出来る限りの呆れ顔で言った。
「どこって、帰るんだよ。ふん、心配して損した」
「え――――っ!?」
ガビーン!
そんなギャグ音が聞こえてきそうな叫び声を、りおんは上げた。
「じゃあ、お大事にねりおん。おじさんとおばさんが迎えにきたら、ちゃんと病院で診てもらうんだよ?」
「ちょっと待って! げほっごほっ! 急に胸が苦しくなったっ!」
突然胸を抑えて三文芝居をし始めるりおん。もちろん、芝居だと分かってるので、そのままドアノブに手をかける。
「透ちゃ~~~~ん! 置いてかないで~~~~~~~~!!」
りおんの叫び声が遠く聞こえてくるが、僕は構わずドアを閉めた。
……。
すると、目の前にはとある人物が立っていた。
その人物とは。
「アリサさん……。いたんだ」
「……はい」
(一ノ瀬さんのことが、心配になって)
「ああ、そうか。そうだよね。りおんのことが心配だよね。今ちょうど目を覚ましたところだから。少しお見舞いでもしてくれるかな?」
「……はい。ですが、その前に」
小声で、ポツリと。
アリサさんは横を向きながら、何やら言いづらそうに僕に話しかけた。
「……透さんに、少しお話しておきたいことがあるんです。ここだと少し人目があるので、中庭まで一緒に来てくれませんか?」




