6「りおんは、死んでなんかいない!」
――と、このように一大事となってしまったので。
りおんとアリサさんの勝負は、当然中止となった。
ちなみに当のりおんだが、僕が壁際まで彼女の体を抱えて泳ぎ、周りの生徒達の力を借りることで、何とかプールサイドまで引き上げることに成功した。
問題はこのあとである。僕はまず、ぐったりしているりおんの体を揺すり、大声で彼女の名前を呼びかけた。しかし、何の反応もない。心の声でさえ何も聞こえてこない。続いて僕は、りおんの左胸――すなわち、彼女の心臓に自らの耳を押し当てた。周りから『わーっ』という歓声が起こるが、知ったことではない。
……まずい。心臓が止まってる。
なので僕は、りおんの胸に両手を置いた。再びクラスメートから驚きの声が上がるが、僕のやろうとしていることはセクハラではなく、心臓マッサージだ。
心肺停止した場合は、人工呼吸よりも心臓マッサージが優先される。胸骨の下半分の真ん中あたりを押す。りおんの体に対して垂直に圧迫し、命を押し込む。全体重をかけ、りおんの体が赤くなるほど手を突き出す。むしろ、強くしなければ意味がない。一分間に百回の速さでグイグイ押しやれば、高確率で意識が戻って――
こない。
依然としてりおんは呼吸をしていないし、瞳孔も開いてるし、心臓は止まったままだ。
こうなってくると、もう無理なんだろうか。救助活動は、一分遅れるごとに十%ずつ救命率が下がると聞く。そういえば、りおんが溺れてから、もう五分以上は経過しているのだ。
――えっ? ということは何? りおんは死ぬのか?
そんなことは考えられない。家がお隣同士で、一緒に学校に行って、お弁当をたまに作ってもらって、勉強を教えてもらって、たまにヤンデレ病を発症した時は、凄く迷惑をかけるけど。
明日になっても僕にデレデレな態度で接してきて、また周りの人たちを困らせる――そう思っていたのに。
「か、神奈月くん……もう、救急車を呼んだ方が」
クラスメートの一人が、僕の肩に手を置き、遠慮がちに言う。
「うるさい!」
と、僕はその手を乱暴に振り払うと、
「りおんは、死んでなんかいない! ずっと、ずっと一緒だったんだ。物心つく前からの幼馴染で、その幼馴染が、急にいなくなったりするもんか! 心臓が止まってるのだって、何かの間違いだ! あの図太いりおんが、こんなことぐらいで死んだりしないよ!」
僕は、再びりおんに向かい直った。
りおんの首を上げさせ、気道を確保し鼻をつかみ、人工呼吸の体勢をとる。
ギャラリーから、一際大きい叫び声が上がった。まあ、そうだろうな。人工呼吸といえば、キスと大差ない。周りが見てる前の口付けは、確かにためらわれる。
だが、そんなことは関係ない。
りおんが、りおんが助かりさえすれば……!
僕は大きく息を吸い込むと、りおんの唇に自分の唇を重ねるのだった――。