奴隷の男を買った悪役令嬢
初の恋愛ジャンル。
§1
それは気紛れに出歩いた先での出来事だった。
侍女に諌められつつも治安の悪いスラムを歩いている時、
ふと目が合う。
近付くとそれは目に強い光を持った男だった。
私は薄汚い奴隷達の檻の中を指差しながら奴隷商の男に声を掛ける。
「……“それ”を頂くわ。」
「恐れながらマドモアゼル、それは見目は良いのですが言葉が喋れないのです。」
「構わないわ。」
「……しかし。」
「私が欲しいと言っているのよ。」
「……畏まりました。」
奴隷商の男は折れて、檻からそれを連れ出してくる。
私はもう一度目を合わせる。
……やはりそうね。
侍女に代金を支払わせ、“屋敷”にそれを連れ帰った。
§2
私は王族の血を引く公爵の娘。
婚約者は又従兄弟にあたる王太子……だった。
とある伯爵家の令嬢に熱を上げた王太子はそれの取り巻き達と共に公爵家を“王宮”から遠ざけ、私との婚約を破棄した。
父は激怒して王位の簒奪も辞さない構えだったのだけど母と一緒に必死で止めた。
……勝ち目が薄かったからであって何も思わなかった訳ではないのだけど。
結局、私は公爵家が持つ領地の一部を譲り受け謹慎の名目で暮らす事になる。
それは辺境の街の小さな屋敷。
付いてくる侍女は1人だけ。使用人も最小限度。
そして、そこに奴隷が1“つ”加わる。
§3
私は少し居心地悪そうにしている目の前の奴隷をしげしげと見る。
侍女によって身綺麗にされたそれは“隷属の首輪”以外は何も身につけてはいなかった。
髪は切り揃えられて、伸びていた髭や首より下の体毛は“全て”剃られている。病気の予防と傷などが無いか見やすくする為らしい。
奴隷商の元で碌に検分を行わなかった為、きちんと見るように侍女に言われ、相対してる。
……男の身体は初めて見るわ。
全く男と接触が無かった訳ではないけど、こんな風に男の裸を見る機会は流石に無い。
自分と違う筋肉質な身体に目線を這わす。
そして、目線が下がるとある一点に目が止まる。
……
「……お嬢様。如何しますか? 見苦しいのならば切り落としますし、“使われる”のならば断種の措置を行いますが。」
じっと、“それ”を見ていると何を勘違いしたのか侍女が声を掛けてくる。
私みたいな娘には宦官を付ける事はあるし、貴族のご婦人の中には見目の良い奴隷を“生きた張子”に仕立て夜な夜な相手をさせている方がいると聞いた事がある。
……はぁ。
確かに今の私は成人したばかりなのに“未亡人”と大差が無い立ち位置。しかも、貰い手なんかもう居ない。
……多少の火遊びは大目に見るって事だろうけど。
私は首を横に振る。
「……そう言う目的で買った訳では無いわ。何もしなくて結構よ。これは一使用人として扱うわ。服を用意して連れて来なさい。」
「畏まりました。」
§4
「……如何された?」
「……いえ。もう、その様な本も読めるのね。」
「君の教え方が上手いからだ。」
「ふふ。貴方の筋が良いのよ。……私に構わずに続けなさい。」
「了解した。」
首輪を付けた執事は私に頷くと本に顔を埋める。
図書室の中は2人きり。
“彼”は“絶対に”私に逆らえないので侍女には許して貰っている。
檻の中にありながら強い好奇心を隠せなかった瞳の輝き。そして、檻から出された時に私達を静かに観察していた、知性が滲み出る瞳の深さ。
……結局の所、彼は一週間もすれば日常会話が出来るようになり、1ヶ月も経った今では“魔術”の専門書も読みこなせるようになっている。
正直言って彼はこの国の中枢の人間達より遥かに賢い。
言語の修得が速い事は勿論。
“魔術”の理論を瞬時に理解し、私が語る断片的な情報から国の情勢を捉えてみせた。
父ならば、奴隷から解放して側近に取り立てると思う。……また簒奪計画を始めそうだから見せる気はないのだけど。
そんな彼が何故、奴隷になったのか?
突然、“知らない森”に飛ばされてしまった彼は言葉の通じない私の国で奴隷となってしまったらしい。
本来ならば奴隷の身分は彼には相応しく無いと私は思うので、最近では“彼”の事は奴隷としては扱ってはない。
ただ女性ばかりと言う事もあり、まだ首輪を外してはいないのだけど。使用人の中には“奴隷の男”を怖がる者がいる。
と言う事で、彼には“いずれ”と言う事で許して貰っている。
私も彼の隣に座り本を覗き込んでいると扉をノックする音が聞こえてきた。
彼は眉を寄せると本を閉じる。
「……ふむ。ここは私が出なければ。」
「ふふ。前は私が出てしまったから貴方が叱られたのよね。」
「……あんな経験は二度とはしたくないものだ。」
……本当にあの侍女は何をしたのかしら?
余りにもしょげ返った彼の後ろ姿にクスクスと笑っていると彼は一枚の封筒を手に戻ってくる。
「……君の父君からの様だ。とりあえず、私は部屋を出よう。」
「あら? 別に一緒に見ても良いと思うけど。」
「いや。やはり、君が先に読むべきだ。何かあれば呼んで欲しい。失礼する。」
彼はそのまま出て行ってしまう。
……まぁ、良いわ。どうせ、王宮内の“愚痴”でしょう。
私は手紙を読み始めた。
……
§5
「何があった?」
薄暗い中、薄っすらと見える彼の顔は困惑している。
「貴方はバカなのかしら?」
女性が夜に寝室に招き入れた意味が分からない程、彼の頭はバカでは無いはず。
私はベットに腰掛けながらガウンを脱ぐと彼の目の前に軽く足を差し出す。
「……キスしなさい。」
「理解が出来ない。何があった?」
「無粋ね。……早くしなさい。」
「……手紙に何が……。」
私は咄嗟に立ち上がると近付いてきた彼を蹴り飛ばす。
「煩いわよ! 貴方は私の奴隷! 私の命令に背く事は許さないわ! 『主人に背きし奴隷に苦しみを。』」
私は“首輪”に命令を下すと、彼は床に蹲って苦しみだす。
……そう言えば、初めて使ったわね。
私は靴を脱ぐともう一度、彼の目の前に足を差し出す。
「死にたくなかったら、舐めなさい。」
彼は額に脂汗を浮かべながら逡巡するも私の足に口を寄せた。
……
§6
「お嬢様。先に風呂場へ。私はここの“処理”を致しましてから参ります。」
侍女は破瓜の血が付いたベットと裸でぼろ切れの様に横たわっている彼を見る。
……はぁ。本当はここまでする気は無かったわ。
何度も“抵抗”するので、何度も首輪を使ってしまった。
私は彼から目を逸らすと侍女に声を掛ける。
「彼の事、頼んだわよ。」
「畏まりました。」
冷静になってみれば、手紙の内容は言ってしまっても良かったかも知れない。
そう、
“王太子の妾となれ。”
との父から命令書。
“王室”の意向もあるとなれば、私はどうして良いか分からなかった。
でも、こうなった以上は彼には絶対に言えない。
……私にはもう彼の首輪を外す気は無かった。
§7
たがが外れた私は毎晩の様に彼を寝床に連れ込んだ。
避妊も何もしてない。
当然の帰結として彼の子を妊娠した私は王都の“屋敷”に連れ戻された。
「……どう言うつもりだ。娘よ。」
父は私を睨みつける。
「お父様。申し訳ありません。」
「どう言うつもりだ! 娘よ! 殿下との婚約が無くなり、剰え奴隷の子を孕むとは何事だ!」
「……あなた、私は孫の姿が見られそうで嬉しいです。それに彼になら娘を任せられると思いますよ。」
「……お母様。いつ彼と?」
「あら、彼もここに連れて来られたでしょ? その時です。」
……お母様は彼の事は嫌いではないみたいね。
鬼の形相のお父様から目を離して、笑顔のお母様と話をしていると大きな音が聞こえてくる。
「……お前達、許さん! ワシが引導を渡してくれよう。」
父が飾ってあった大剣を引き抜いて私に斬りかかってくる。
……ここで死ぬのも良いかも知れないわ。
でも、そんな私を誰か抱き寄せた。
「……君はまだ死ぬには早いと思うが。」
「……貴方、どうして。」
それは私の奴隷の彼だった。
「何をしているのですか! 早く逃げなさい!」
「お前! 放さんか!」
目を戻すとお母様がお父様を羽交い締めにしている。
「奥方。感謝する。」
「いいえ。今度はお義母様と呼んで欲しいわ。」
「ワシはそんな事は許さんぞ!」
彼は苦笑いしながら頷くと私を抱き上げて窓に向かう。
「掴まって貰えるか?」
「! はい!」
私が首に腕を回したのを確認すると彼は窓から“飛び上がった”。
「……魔術が使えるようなったのね。」
私は眼下の屋敷を見ながら呟く。
「ああ。この“世界”は実に興味深い。」
彼の瞳はきらきらと輝いていた。
§8
そのまま、私達は王都を抜け深い森に降り立つ。
……しなければならない事があるわ。
私は彼の首輪をそっと撫でる。
次の瞬間、それはぽとりと地面に落ちた。
……呆気ないものね。
「……君は。」
「煮るなり焼くなり好きにしなさい。私は貴方に酷い事をしたわ。」
「ふむ。君は私に私の子供を殺させたいのか?」
「……それは。でも、貴方は嫌がっていたわ。」
「それは、……そう言う事が元来好きではないからだ。」
「……そうなの。でも、貴方の自由を奪ったわ。」
「それは君にも言える。……もう取れる選択肢など殆どない。」
「……。」
「君は良いか?」
「……はい。私の旦那様。」
こうして、私達“家族”は森で暮らし始めた。
§9
「お母様!」
私の元に娘が駆け寄ってくる。
私は娘を抱き止めると目を合わせる。
「何があったのかしら?」
「……ばか兄貴がまた私のお城を壊したの。」
「俺の事はお兄様と言えと言ってるだろ!」
「きゃー!!」
娘は私から離れると居間に現れた息子から逃げ出してしまう。
……はぁ。
最近は本当に手がかかるようになってしまったわ。
「あなた達! 走ったら駄目よ!」
大きな音を立てながら部屋を飛び出した2人に声を掛けたのだけど無視されてしまう。
私は隣で優雅にカップを傾けながら本を読んでいる彼に目を向ける。
「……あなたも注意したらどうなの?」
「ふむ。……そうだな。また、勝手に森に出ないように見てくる事にしよう。」
彼はそう言って本を閉じると立ち上がって、子供達を追って部屋を出る。
……
私は彼が読んでいた本を取るとぱらぱらと捲ってみる。
……さっぱり分からないわ。
様々な記号や数字、文字があっても専門語や難しい言い回しで私には理解できない。確か……息子が今年9歳になるから、彼に文字を教えてから丁度10年くらいかしら?
懐かしく思っていながらページを撫でていると突然、彼から“念話”が飛んでくる。
『……玄関に君も来てくれないか?』
『何があったの?』
『見てくれた方が早い。』
彼はそう言うとぷつりと“念話”を切る。
本当、何かしら?
私も立ち上がると玄関に向かう。
玄関では彼と子供達が誰かと会話している。
……えっ。
彼と“彼女”が私に顔を向ける。
「……んっ、来たようだ。」
「……本当お変わりない。“探し”ましたよ。お嬢様。お元気そうで何よりです。……“殿下”方もお生まれで喜ばしい限りです。」
優しい目をした彼女は私達の子供達にそっと跪いた。
18/05/05 未明
最終行
「……私達の子供達が“王子”と“王女”として国に迎えられる事になるのはこれから10年後の事である。」
を削除し、新たに§9を追加しました。
18/05/06 未明
微修正しました。
18/05/12 昼過ぎ
内容を書き足した連載版を投稿しました。