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魔法陣 『十日間の呪い』  作者: 紅茶(牛乳味)
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イギリスにて

『第1話 イギリスにて』




「さて、まずはここかあ」

「そうね。それじゃあ、早速行きましょうか」

 時刻は昼過ぎ。空港を降りて、荷物が邪魔になってしまうのでホテルに向かう。ちなみに、この旅では4つの国をまわることを想定しているので、一つの国につき滞在期間は2、3日。ホテル代などは魔法協会が払ってくれるらしい。

 バスに乗って、バス停からは徒歩。二人で肩を並べて歩いていると、一夜がふと疑問に思ったことを尋ねる。

「そういえばさ。魔法協会って本部はどこにあるの?」

「これをいうと驚かれると思うけど、日本よ」

「へえ。なんでまた」

「一番魔法に縁がなかったのに、魔法を教えると一気に世界に張り合えるくらいになったの。歴史がないからどこかの国に肩入れすることもないし、日本に本部を置くのが一番という結果になったのよ」

「ふうん」

 それが妥当な判断なのかはさておき、一夜は先ほどから落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見回していた。それに気づかない彩希ではない。

「どうしたのよ」

「いや、殺し屋っていうのに狙われているっていうのと、外国だから珍しくて。彩希は初めてなのに、街並みとかに興味はわかないの?」

「正直、どうでもいいわね。それと、殺し屋が来たら来たで私が教えてあげるから安心しなさいよ」

「そもそもさ。殺し屋はどうやって俺たちを殺しに来るの?」

 ゴロゴロとスーツケースを転がしながら尋ねる一夜。

「そうねえ。銃器は勿論、一気にナイフでグサッと来るのも考えられるし、魔法を使うっていうのも考えられるわね」

「......」

「だから、私がいるからそんなに警戒しないでいいわよ」

 一気に挙動不審になった一夜を見て呆れたように溜息を吐きながら足を速める彩希。

「ほら、さっさと荷物を置いてきちゃいましょう?」

「そうだね。これじゃあ、観光客丸出しだし、なにより俺たちが勇夜さんに会いに来たってバレやすいし」

「へい、そこのお兄さん方!」

 そんな会話をしていると、シルクハットをかぶった外国人の男に声を掛けられる。光のせいか目の焦点が合っていないように見える。それに対して首をかしげる一夜。

「あれ、外国人の言葉が理解できる?」

「ああ、それは魔法でちょちょいとね」

「便利だなあ」

「あの、いいですかね?」

 シルクハットの男は話を続ける。

「私マジシャンでして」

「へえ。やっぱ日本と違ってそういうのを道端でやるんだ」

 感心している一夜に対して難しい表情を浮かべる彩希。

「練習しているマジックがあるんですが、早速ここでやってもいいですかね」

「興味があるし、ちょっと見せてよ」

「はい。それじゃあ、まずはシルクハットの中を見てください。何もありませんね?」

 かぶっているシルクハットの中は確かに何もない。それを一夜が確認すると、男は上着のポケットから真っ白な布を取り出して、シルクハットにかぶせる。

「それでは......3、2、1.....やあ!」

「「おおーー」」

 男の掛け声で布をどかすと、シルクハットからパタパタと軽快な羽音と一緒に真っ白なハトが飛んでいく。それを確認してパチパチと拍手を返す一夜と彩希。

「すごいなあ」

「ええ。なかなか馬鹿にできないものね」

「おや、まだ何かありますね」

 さらにゴソゴソとシルクハットの中を漁る男。中から出てきたのは。

「死ね」

「おっと」

 ナイフ。若干不意を突かれたが、一夜は焦らない。逆手に握られたナイフが一夜の首に突き立てられる前に一歩後退して、振り下ろされる手首を掴んで男をグッと引きよせて、足で男の腹を蹴り抜く。

「ぐえ!」

「--ふ!」

 よろけた男に追撃するように一歩踏み込んで前進、そのまま顎を殴り、倒れた男の喉仏を蹴り抜く。それが止めになったのか、男は動かなくなった。

「まったく、危ないなあ」

「......」

 それを唖然とした顔で見守っていたのが彩希だ。途中まで魔法を使おうとしていた。元々この男が敵だということに気がついていたからだ。そして魔法をぶつけようとしたときに、射線に一夜が入ってしまった。慌てて横に移動するころには全てが終わっていた。

「さ、移動しよっか。荷物邪魔だし、急がないとね」

「え、ええ......」

(私、必要だったのかしら?)

 首をかしげる彩希は少し早足の一夜に付いて行くことしかできなかった。




「ふう、ようやく落ち着いたね」

「そうね」

 ホテルに入って一旦落ち着く二人。早速彩希が尋ねる。

「一夜、あなたって格闘技を初めて何年くらい経つの?」

「あれ、言わなかったっけ? 大学入る少し前からだから......半年くらい、かな。受験が終わってすぐジムにいったんだけど、大学にも同じ内容のサークルがあったから、まあ、サークルの方が友達も作れるしってことでジムをやめてサークルに入ったんだよ」

「......ハントシ?」

「半年。なんか今、へんな発音だったよ」

 目をまん丸にして呆然としている彩希を尻目にベッドに飛び込む一夜。

「なんでこう、外出先のベッドは飛び込みたくなるんだろうね」

「まあ気持ちは分かるわ」

 一夜に同意しながら部屋にある椅子に腰かける彩希。すると、彩希のポケットから振動と音楽が流れてくる。

「ごめんなさい、少し電話するわね」

「うん」

「もしもし、彩希です。.......ええ、はい。大丈夫です、こっちは予想以上に。そちらは? ......なるほど。分かりました。私たちは今Aホテルにいますけど。そちらは......なるほど、それなら遠くも近くもない感じですね。はい、1時間もしないうちに。それじゃあ、少し粘っておいてください。ああ、無理は決してしないように。それと、移動を開始したらメールをください。それも、無理をしない範囲で。......はい、お互い頑張りましょう。失礼します」

 彩希が電話を切ったのを確認して、一夜が尋ねる。

「勇夜おじいちゃん、どこにいるって?」

「『ビッグ・ベン』ですって。まずはそこを目指しましょう」




「んあー、圧巻だなあ」

「はあ、はあ......。ええ、そうね」

 ウエスタンミンスター橋。ビッグベンにたどり着くためにはホテルの立地的にここを通るのが最短距離なのだ。一夜が迂回やバスに乗ろうと提案すると、それが敵の狙いなのだと彩希に諭された。

 ウエスタンミンスター橋は辺りに建物がなく、とても見晴らしがよい。つまり、敵の絶好の襲撃ポイントなのだ。なので、二人で一気に駆け抜ける以外に手がなかった。

「相手は多分一般市民に気づかれるのを恐れているはず。というか、武器を取り出すこと自体恐れているはずよ」

 息を整えた彩希が話し出す。ビッグ・ベンに目を奪われていた一夜が彩希の方を振り返る。

「どういうこと?」

「魔法使いがいるなんていうことが世間一般に知られちゃまずいのよ。だから、複数の魔法使いが常に私たちを監視しているわ」

「ああ、そうなんだ。それなら結構安心だね」

「そうね。だから相手はさっきのマジシャンみたいな形で不意を突いてくる可能性がとても大きいわ。あなたなら大丈夫だと思うけど、決して気は抜かないで」

「うん、わかってるよ。でも、それなら駆け抜ける必要はなかったんじゃない?」

「スナイパーライフルっていう便利な武器があるわ」

「うーん。スナイパーライフルの届く範囲に魔法使いを増員してほしいなあ」

「増員しているわよ。それでもそれを使ってくる可能性は0じゃないの。まあ相手が襲ってくるとしたらハンドガンかナイフっていう選択になると思うわ」

「魔法は?」

「魔法って言っても、炎を飛ばしたりするにはそれ相応の大きさの魔法陣が必要になるわ。魔法を使うのにも種類があるのよ」

「種類?」

「ええ、主に3つ。一つは詠唱。まあ詠唱は喫茶店でやった奴みたいな感じ。でも詠唱に殺傷能力のある魔法は使えないわ。私のやったみたいに、本当に小さい火を出すくらい」

「でも、あの時は何か書いていたよね?」

「詠唱の手段は、呪文を口にするか、書くかなのよ。書いた場合は、発動させるための何かが必要だけど、それは人によって違うわ。私は、指を弾くのが発動させるために必要なのよ」

「ふむふむ。それで2つ目は、魔法陣?」

「ええ。これは呪文と図形を組み合わせて紙に書かれたもののことね。大きければ大きいほど強い魔法が使えるわ。それに加えて、発動条件、対象も選択できるの。まあ、少し難しくなるから割愛するけど、例えば、対象を『嫌いな人』にして心臓発作で殺す、みたいなことはできないわ。殺傷能力は十分、発動するときに音が鳴らない。今の状況では敵はこれを使ってくる可能性が高いかも。ただ、欠点が2つ」

「なになに?」

「一つが、魔法陣のもろさ。魔法陣が書かれた紙になにか余計なものが一つでも書かれていれば発動しない。だから、魔法使いの警察は魔法陣を見つけたら、まずは図形をかたどっている線にもう一本、線を入れるの。それでもう魔法陣は発動しないから」

「へえ、繊細なんだね」

「まあ、そんな感じ。もう一つの欠点が、銃器でいう『音』になるわね。魔法使いだけにはわかるんだけど、魔法陣を発動すると、魔法陣が発動したって分かるの。これは魔法使いにしかわからない感覚だから、説明はしないわ」

「むう。一般人には結構うまく作用するけど、魔法使い相手なら意外と銃器の方がいいのかな」

「そうね。分かっているじゃない。そして3つ目の魔法を使う手段が、杖。でも、映画で見るような、ポケットにしまえるサイズじゃないわ。杖の条件が2つ。1つは自分の身長以上のサイズであること。もう一つが樹齢500年以上の木でつくられた木製であること。これは強いわよ。魔法陣みたいに繊細じゃないし、『音』もださない。魔法を使う条件は、詠唱と同じ。呪文を声に出すか、何かに書くか。でも、これを持っている人は限られているし、なにより持っていたら目立つわよね。それに、魔法使いはイメージ通り身体能力が悪いから、杖をもって走り回ったりできないから、まあ、どれも一長一短ってこと」

「......」

「話、聞いてたわよね?」

「う、うん」

 正直、途中から一夜は話を聞かずにビッグ・ベンを見ていた。一夜はあまり頭がよくない。なので、難しい話を長い間聞かされると目を逸らしたりして話を聞き流す癖があるのだ。本人も自覚している。

 そんな一夜の様子を見て溜息を一つこぼした彩希が目を吊り上げた。

「まずい! 走って!」

「ふえ?」

 いきなり手を引かれたことによって生じた慣性力によって首にかかる負担と痛みを感じながら、とりあえず足を動かす。

 動かし始めてからは早い。手を引く彩希と同じ速度で走りながら尋ねる。

「どうしたの、彩希」

「護衛の魔法使いが一人やられたわ。護衛の魔法使いっていうのは超一流なの。それがやられるっていうことは相当の手練れの可能性が高いわね......とりえあえず、そこの公園に入るわよ」

 街中を走る二人。当然、周囲の人たちは走っている二人に目がいくが、それも一瞬。別に、街中を走っている人間なんて珍しくない。

 二人がいなくなったビッグ・ベン周辺にはいつも通りの風景が戻った。




「はあ、はあ......とりあえず、近くの魔法使いと連絡を取るわ」

「うん」

 『St.Jame'sParkセントジェームズパーク』。自然を感じることのできる穏やかな公園の空気なのだが、一夜は不安と緊張感という穏やかとはかけ離れた感情を抱えていた。

(そういえば、勇夜おじいちゃんはどこにいたんだろう。ビッグベンの辺りにはいなかったみたいだし)

 ぼんやりとそんなことを考えている一夜の耳に彩希の声が聞こえてくる。

「はい。とにかく、セントジェームズパーク周辺を。はい、はい......わかりました。引き続き、注意します。......そうですね、分かりました。それでは、明日行動を再開しましょう。それでは、失礼します」

 彩希が携帯電話をしまったのを見計らって、一夜が尋ねる。

「明日行動を再開ってことは、今日はもう終わり?」

「ええ。正直、陽も落ち始めている時間だし、なによりお互いにかなり長時間の移動で疲れているところだから、勇夜さんを探すのは明日再開しましょう。とりあえずはここから出て、何とかしてホテルまでたどり着かないと」

「あのさ。ホテルは安全なの?」

「ええ、予約してあるホテルは魔法協会が管理しているから。変なところで心配していないで大丈夫よ。さてと、今入ってきたところは危険だから、別の場所から出るのがいいみたい」

「分かったよ。それじゃあ、さっさと戻ろうか」

 一夜と彩希が歩き始める。セントジェームズパークは魔法使いたちが見張っている。ここで暗殺を企ててくるのは、ナイフなどの近距離によるものになるだろう。一夜なら近距離はある程度は自衛できるはず、と少し気を緩める彩希。

「そういえば、超一流の魔法使いはどうだったの?」

「......行方不明になったって」

「? どういうこと? 迷子?」

 行方不明、という表現に疑問を持った一夜。

「そんなわけないでしょう。その場には魔法使いの血痕と携帯電話があったんですって。恐らく、ダメージを与えて連れ去ったか、もしくは魔法で木っ端みじんに消し飛ばすほどの魔法を使ったのか......分からないわ。前者なら血痕がその場にしかなかったから襲撃者が複数いた可能性が高いし、後者ならそんなにすごい魔法を使うということで杖が必要になるはず。でも、周囲に杖を持っている人間がいる情報なんてなかったし」

「うーん。まあ、俺には良く分からないよ。頭を使うのは彩希に任せる」

 一夜は理解することはできたが、そこまで。考えることはあまり得意ではないのだ。

「まあ、今はそれよりもあなたをホテルにしっかりとエスコートしないと」

「よろしくね」

 一夜はオレンジ色に染まっている空を眺めて考える。

(こういう時って、相手が何を考えているのかを考えろ、なんてよく聞くよなあ。俺なら夜に襲撃するけど、俺は夜にはホテルにいるし、そこは大丈夫か。というか、相手がどこまでこっちの状況を理解しているのかが分からないとだよなあ。というか、相手も同じ考えだったら? 例えば、俺が夜に襲撃されることを見越して夜にはホテルに戻るということを考え着いたら、いつ襲撃する? 俺なら......)

 完全に思考におぼれている一夜。セントジェームズパークは夜以外の時間帯は人が多い。散歩をしている人や、読書をしている人。ある程度の自衛能力のある一夜でも、やはり自分の命の危険が迫っている状況では焦燥感や不安感が募る。

「......」

 そんな一夜の様子に気づいているのであろう、彩希は一夜の手を力強く握る。当然、一夜は何事かと思考を中断して、彩希の顔を見つめる。

「? どうしたの、彩希」

「緊張しないで。怖がらなくて大丈夫、私が守るから」

「......」

 彩希の言葉は男にとって少しプライドが傷つくような言葉。でも、一夜にとってはその言葉が今の状況ではとてもうれしかった。

 深呼吸を一つして、無意識のうちに早くなっていた鼓動を落ち着ける。

「ありがとね、彩希」

「いいのよ。さあ、さっさと戻って本場イギリスの紅茶で落ち着きましょう。流石に移動の疲れもあるし」

「あ、いいね、それ」

(そうだ、忘れてた。俺は今、イギリスにいる。襲われるのは大変だけど、悪いことばかりじゃないはず。緊張や不安に支配されるくらいなら、せめてこの状況を楽しもう)

 セントジェームズパークの木々が穏やかな風をさらさらと動く葉っぱで表現する。まだ、旅は始まったばかりだ。




「......」

 ポタリ、ポタリと垂れているのは何だろうか。その場に立っている男がピチャリ、と生々しい音をわざと立てるように足で液体を弄る。

「むう、こいつの血は駄目だな」

 ため息交じりに横たわっているものを軽く蹴とばす。男はその場にある椅子にどっかりと座って大きく息を吐く。

「まったく、幸先が悪い。一人くらいはいるんだろうな?」

 その男がチラリと目を向けた先には机.....いや、目を向けたのは机の上のもの。小瓶だ。

「さて、終わるころにはこれに血が入っているんだろうか」

 男が指で軽く瓶をつつく。コトリ、と静かな音を立てて傾いた自分を元通りに戻す小瓶。その一連の動作を見て満足したのかは定かではないが、男は笑みを作って立ち上がる。

「まあ、分かっているんだ。見当はついているし、やることも決まっている」

 立ち上がって、部屋の扉に手を掛ける男。

「とりあえず、ディナーにしようかな」

 パタン、と閉じられる扉。部屋には何の音も響かず、ただ赤いシミが広がっていくのみだった。




「それでは、報告会を始めましょうか」

 椅子に座っている男がノートパソコンを片手に凛とした声で話し始める。マイク越しのその声は食堂に響き渡った。

 白髪の髪の毛と少ししわのある顔が年齢を感じさせるが、年齢を感じさせるのはそこだけ。しなやかだが決して細身ではない体格。その背中に担がれている木の棒......杖の頂点が男の頭の上でひょっこりと頭を出していた。

 Aホテルの食堂。その一角で報告会が行われていた。報告会というのは勿論、一夜を取り巻く状況の報告だ。

 報告する人数が多いこともあって、数人ずつ男の下へと行って報告していくらしい。他の人たちはご飯を食べている。

 一夜はキョロキョロとせわしなく頭を動かす。たくさんの魔法使いに守られているということは知っていたが、実際に人数を目視すると変な気恥ずかしさというか、申し訳なさというかが生まれてしまう。

「うーん、挨拶とかした方がいいのかな?」

「いいのよ、変なところで気を遣わなくて。とりあえずご飯を食べましょう」

「そうしよっか」

 目の前の料理に手を付けようとすると、声を掛けられる。

 茶色い髪をショートカットにしている女性だ。

「えっと、一夜くんでいいのかな?」

「へ? あ、はい。そうですけど」

「君って魔法使いじゃないんだよね?」

「はい」

「へえ......私、魔法協会新聞部なんだけど、少し取材とかいいかな?」

 ゴソゴソと鞄に手を入れて名刺を取り出す女性。手渡された一夜はどうしていいか分からず彩希に助けを求めるようにアイコンタクトを飛ばす。

 それを受けて彩希が女性に声をかける。

「ちょっと、少し困っているじゃない。あんまり無理やりは良くないと思うわよ」

「彩希さんは黙っていてください。事の重大さが分からない人はこれだから」

「え? 俺がなにか重大なことしちゃったんですか?」

 少し困ったように眉を寄せる一夜に彩希の時とは違って柔らかい微笑みを向ける女性。

「いや、そうじゃないんだよ。魔法使いじゃない人が魔法使いを知るっていうのは世界初なんだよ」

「それじゃあ新しく魔法使いになる人はどうやって知るんですか?」

「推薦、もしくは素質のある人にしか見えない文字を使うんだ。チラシの裏に書いておくと、普通の人はただのチラシにしか見えないけど、素質のある人には求人票に見えるんだよ」

「へえ」

 感心したように呟く一夜。そんな一夜のお腹が鳴る。

「あ、ご、ごめんなさい、少しお腹が空いてしまって」

「いいんだよ。こっちもご飯を食べるときにごめんね。それじゃあ、私もこっちでご飯を食べていいかな? 少し取材させてもらいながら食べたいから」

「それくらいなら構いませんよ」

「ありがとう。それじゃあ、隣失礼するね」

 一夜の隣に腰を掛けた女性。早速質問を始める。

「それじゃあ、第1問。魔法使い、って最初に聞いた時はどう思った?」

「そうですね。最初は勿論疑いましたよ。でも彩希に魔法を見せてもらって納得しました。まあ、俺だけかもしれないですけど」

「ふむふむ。それじゃあ、第2問。趣味は?」

「なんでいきなり私的なものに?」

「いいからいいから」

「そうですね......運動、ですかね」

「ふむふむ。どんどん聞いていくよ......っと、敬語は使わなくていいからね」

「あ、は、わかったよ」

 付きっ切りで質問攻めされる一夜。正直、ご飯を口に運ぶ余裕がない。再び彩希が女性に声を掛けようとすると、マイク越しの声が聞こえてくる。

「早川彩希と夏木一夜。報告に来てください」

「あらら。今日はここまでかな。また明日にでも来るよ」

 彩希の時とは違ってさっさとどこかへ行こうとする女性。その背中を見送ったところでハッと気が付く一夜。

「結局ご飯食べれてないや」

「まったく、押しに弱すぎるんじゃない?」

 まあ呼ばれたからには行かないわけにはいかない。お腹の虫を黙らせながら白髪の男の下へと向かう二人。

 近くにいると、威厳というか、プレッシャーのようなものを感じた一夜は自然と背筋を伸ばした。

「あまり固くならずに。さて、彩希、報告をお願いします」

「はい。まず今日一日の行動ですがーーー」

 淡々と報告をしていく彩希。しばらく一夜がジッとしていると、報告が終わる。

「ーーー以上です。何か質問等ありますか?」

「そうですね。まずは謝罪を。一夜さん、私共の不手際によってこのような事態にしてしまい大変申し訳ございません」

 椅子から立ち上がって丁寧に頭を下げる男性。一夜は慌てふためいて顔を上げてもらう。

「俺が勝手に好奇心でやったことですから。むしろ助けてもらってありがたいです」

「そう言っていただけるとこちらとしてもうれしいです」

 頭を上げて苦笑いを浮かべる男性。

「自己紹介が遅れました。私、『シャル』と申します。今回の『一夜君と勇夜さんをくっつけよう計画』の代表です。よろしくお願いしますね」

「待ってください。なんでそんなBL本みたいな名前にしたんですか?」

「それじゃあ、今日はゆっくりしてください。明日からまた動きますので」

「ありがとうございました、失礼します。さ、ご飯に戻りましょう」

「いや、ご飯より計画の名前が」

「だいたいあってるでしょう」

 吐き捨てるように言われてしまっては何も言い返せない。お腹もすいていることだし、ご飯に戻る一夜。

 椅子に座ったところで彩希が明日の計画を話し始める。

「えっと、明日はドーバーに行って午後まで時間を潰したらフェリーでフランスのカレーまで行くわ。それでフランスのパリまで移動。結構移動時間が長くなるから、しっかり今日は休んで頂戴」

「ふむふむ」

(ドーバーとかカレーとか初めて聞く場所ばかりだ。後で調べないと)

 ここだけ聞くと旅行中のようだが、実際は命のかかった任務の途中だ。まあ、少しくらい観光しても罰は当たらないと思うが、やるべきことを見失うわけには行かない。

 彩希と会話をしながらのんびりと食事をとる。昼間の緊張との差が激しすぎて風邪をひいてしまいそうだ。

 そしてご飯が終わり、部屋に戻る二人。後はお風呂に入って眠るだけ、なのだが。

「彩希、お風呂入っておいでよ」

「あら、いいの?」

「うん。俺を守ってくれる人が疲れてたら仕方がないし、なにより女性だからね。ゆっくりしなよ」

 ここだけかもしれないが、日本のように温泉というものはなく、各部屋ごとにお風呂がある。二人で一緒に入るというわけにもいかないので、どちらかは待っていないといけない。

「そうね、お言葉に甘えちゃおうかしら」

 少し考えるそぶりを見せた後、先に入ることにした彩希は着替えを片手に浴室へ入っていった。

 その傍らでお湯を沸かしている一夜。ポットの電源を入れる。

「さてと、少しストレッチでも」

 やはり外国に来たばかりということに加えて、殺されるかもしれないという緊張感によって肉体的にも精神的にも疲れがたまっている。それに、一つの国だけならともかく、10日間の滞在で4つの国を回るのだ。これからも環境が目まぐるしく変わっていくだろう、そうなると睡眠の質というものが大切になってくる。

 というわけで、睡眠の質を上げるという寝る数十分前に軽い運動と、温かい飲み物を飲むというものを実践している一夜であった。

 しばらくして彩希が浴室から出てくると。

「......何してるの?」

「へ?」

 腕立て伏せを行っている一夜がいた。すでに机の上にあるカップの中は空になっている。

「いや、睡眠の質が上がるらしいからさ。軽い運動と温かい飲み物でもと」

「今すぐやめなさい。早くお風呂に行ってきなさい」

「まって、後10回だけ」

「駄目」

 彩希が一夜の肩を掴んで立たせる。

「疲れを残さないようにしなさいよ」

「いやあ、ごめんごめん。ちょっとやりすぎちゃったかな」

 着替えを片手に今度は一夜が浴室に消える。

「まったく......あら」

 浴室に入っていく一夜を見送った彩希が机の上のポットに目をつける。

「お湯、沸いているのね。茶葉もあるし」

 カップを取り出し紅茶を淹れて、軽く明日の計画を考える彩希。そこにノックの音が。

 出てみると、先ほど一夜に取材をしていた女性がいた。微笑んでいた表情から彩希の顔を見ると一変してつまらなそうな顔になる。

「なによ」

「ああ、彩希さんですか」

「文句でも?」

「いーえ、ありませんよ」

 この女性だけに限らず、彩希は色々な人から避けられている。というか、彩希が色々な人を避ける。だから彩希はこのような態度をとられても特に気にはしない。ちなみに、この女性は彩希と同じ歳、かつ学生時代からの知り合いだ。

「それで、何の用事なのよ。なにもないってことはないでしょう、わざわざここまで来たんだから」

「一夜君に用事があるんですよ。いますか?」

「今お風呂。少し待ってる?」

「.......あなたと二人きりというのが嫌ですけど、背に腹は代えられません、少し待たせてください」

「いいわよ。ただし、取材を始めたら部屋からたたき出すから」

「はいはい。まあ、渡したいものがあるだけなんですけど、こういうのは手渡しした方がいいかと」

「いい心がけじゃない。さ、入りなさい」

「お邪魔しますよ」

 二人で陰険な雰囲気を作りながらも、会話がない方が気まずいのか、二人とも言葉を絶やさない。

「どうなんですか、一夜君の様子は」

「たまに緊張していたわね。まあ、それ以外はのんびりしているものよ」

「へえ、意外ですね。あの子が緊張だなんて」

「まあ、年がら年中緊張とは無縁のあなたではわからないかもしれないわね」

「なんで一々悪口を挟むんですか。そうじゃなくて、あの子は肝が据わっているので緊張するとは思えないんですよ。『取材』なんていう言葉、なんとなく緊張してしまうでしょう? でも、あの子は困った表情しか見せなかったんですよ。自然体だったというか。色々な人に取材をしてきましたが、あんな人初めてですよ」

「取材と命を同レベルにしないの。真面目に話してもらって悪いけど、あまり参考にはならないわね」

「さいですか。ところで、一夜君はお風呂に入ってからどれくらい経つんですか?」

「そういえば、大分経つわね」

「もしかして、敵さんに襲われているかもですよ。」

「......確認してくるわ」

 冗談めいたその言葉に動かされたのかは定かではないが、浴室へ向かう彩希に女性も続く。ノックをすると、返事が返って来る。

「どしたの?」

「ごめんなさいね、少し長風呂な気がしたから、お風呂で眠っていないかと思って」

「あはは、そんなことしないよ」

 ガチャリと浴室の扉が開いて寝間着の一夜が出てくる。

「あれ、えーっと、美香みかさんがなんでここに?」

「こんばんは、一夜君。少し渡したいものがあったんだ。......はい、これ。多分彩希さんは渡していないでしょう?」

 美香、と呼ばれた女性が差し出したのは一枚の写真だ。そこにはスーツ姿の黒い髪の毛と優しそうな目が特徴的な爽やかな男性が写っていた。

「えっと、これは?」

「あなたの高祖父である勇夜さんの写真。まだ見ていなかったでしょう?」

「そういえば」

 言われてみれば、相手の顔も分からないのに出会おうとしていたのだ。これでは遠目で発見することもできない。

「ありがとう、美香さん」

「いいんだよ。それじゃあ、私はこのあたりで」

「うん。おやすみなさい」

「おやすみ」

 美香が部屋から出ていく。それを確認していよいよ一夜の眠気もピークになってきようで、欠伸を一つ。それを見逃さない彩希。

「さあ、寝ましょうか」

「うん」

 長い、長い一日が終わった。




「さて、次来る電車に乗って行きましょうか」

「ん。おっけー」

 雲一つない真っ青な空。照りつける日差しを浴びながら伸びをする一夜。

「んー、この平和さ。とても殺し屋に狙われているとは思えないよ」

「確かにね。私も仕事を放って観光したいわ」

「あれ、外国には興味ないんじゃないの?」

「外国の町並みには、ね。街並みなんかどこも一緒でしょう? そこにしかない建物とかなら見たいわよ」

「へえ」

 ちょうどバスが到着する。ちなみにスーツケースは魔法協会の人たちが運んでくれるらしいので、一夜たちは小さい鞄だけしか持っていない。

 電車に乗り込むと、少し異様な雰囲気を敏感に感じとる一夜。小声で彩希に尋ねる。

「あのさ、僕たちの移動する電車って魔法協会に守られているの?」

「貸し切りという形になっているかという意味なら、違うわよ。ただ、私たちの移動する場所が窓の外から狙撃されないようにはしてあるけど」

 要するに、外からの攻撃には対応しきれるというわけだ。

 異様な雰囲気を感じた理由。それは、もしかしたら電車の内装が少し日本の電車と違うからかもしれない。イギリスの電車にはつり革がなく、代わりにホッチキスの芯のような形の鉄製のポールが床から生えていた。

「まあ、この車両の中の誰かが攻撃してきたときは、安心しなさい。私がいるから」

「うーん」

 何となく不安だが、他に味方がいない。一夜は観念したように溜息を吐く。

「あら、溜息なんて心外なんだけど」

「まあまあ。長い移動なんだし、座ろうよ」

 なだめながら椅子に座ろうとするが、やはり違和感を感じた一夜が彩希の腕を掴む。

「彩希、次の駅で降りよう。少しこの車両変だよ」

「そうかしら。外の景色とかいいじゃない」

「それはこの車両に限ったことじゃないでしょ。お願いだ......」

「? 一夜?」

 外の景色から急に言葉を切った一夜に視線を戻す。そこには、腕から血を流す一夜がいた。

 痛みを訴えるよりも先に呆然とした様子となった、というべきか、一夜は自分の腕を、血を吐き出していく腕を眺める。

(こんなこともあろうかと、回復の呪文を書いてあるわ。擦り傷なら一瞬、でも、ナイフに刺されたようなあの傷は1時間は......)

「ん......うっとうしい」

 考察を重ねている彩希の耳に一夜のそんな台詞が飛んでくる。そして、次の瞬間。

「ぶぐお!」

 誰かが、飛ぶ。飛ぶと言ってもほんの一メートルほどだ。飛ばされたのは、片手にナイフを握りしめた男だ。

「走るよ、彩希」

「え、ちょっと待って」

 ガシっと力強く手首を握られ、一夜が電車の進行方向とは逆方向に走り出す。

(最後尾の車両に行けば、進行中の電車の車両で敵が増える場所が一か所しかない。ここにとどまるのは不利、急いで最後尾に行かないと)

 最後尾と今一夜がいる場所の間にある車両は三つ。その三つを抜けて、最後尾の車両の敵を倒せればいい。

 車両移動のために彩希の手首から手を離して扉に手を掛ける。

 第1両目、一気に駆け抜けていく二人。

「~~~~~」

 走っている間に彩希が呪文を口にする。すると、一夜の腕からズキズキと響くような痛みが消えていく。恐らく、彩希の魔法だろう。

「ありがと、彩希」

「それはいいけどーー危ない!」

 彩希は魔法よりも先に手が出た。一夜の足に追いつけず3歩ほど後ろを走っている彩希だからこそ気づけた、一夜の横からの攻撃。座っていた老人が立ち上がったと同時にナイフを光らせた。それをいち早く察知した彩希が飛び蹴りを老人の顔にかます。

 それによってしゃがみこんだ彩希に魔の手が忍び寄る。彩希の着ている服はジーパンと薄い半そでのパーカー。そのパーカーを掴まれてしまう。

「一夜!」

「!」

 助けを求めている彩希にすぐに気づいた一夜がさっと引き返してきて、パーカーを掴んでいる男をスピードを乗せたパンチを顔に当てる。敵は両手を顔に当てて仰向けに倒れこむ。

「いこ」

「ええ」

 立ち上がった彩希と一緒に第2車両目へ。人はまばらにしかいないが、0ではないということは安心できない。

 立ち止まらずに走り出す二人。だが不思議なことにその場の人間は誰も襲ってこなかった。

「あれ、ここにいる人は誰も......?」

「分からないわ。とりあえず、立ち止まらずに」

「うん」

 第3車両目。ここには人が一人もいない。

「......?」

「なにかしらね、おかしいとしか言えないわ」

 振り返っても、敵はだれ一人追ってきていない。いや、第2車両目の人たちが移動している。こちらとは、反対側に。

「罠でも仕掛けてある?」

「......怪しいものは見当たらないわね。魔法陣もないし、地雷なんてあるはずもないし、......とりあえず、最後尾を見に行きましょう?」

「そうだね」

 そろりそろりと歩いて最後尾の車両に通じる扉にたどり着く。こっそりと二人で覗き込むと、

「......あれ、誰?」

「誰っていうか、人なのかしら?」

 まず体格がおかしい。肩幅が常人の二倍はありそうだ。身長も2メートルは超えているし、腕の太さなんて丸太と勘違いしてしまう。一夜たちに背を向けているので顔は見えないが、只者ではないということは理解できる。

「ねえ、彩希」

「ん? どうしたの?」

「個々の車両、魔法で何とか切り離せない?」

「えーっと、ちょっと待ってね。......うーん、魔法陣が必要ね。少し時間をくれる?」

「揺れる電車の中で書ける?」

「なんとかやってみるわ」

「それじゃあ、俺は少しあれの気を引いてみるよ」

「......危ないから、ここにいた方が」

「いや、あいつがこっちに来たら大変だからさ。気を引くだけだから大丈夫。襲ってきたらすぐに逃げるから」

「分かったわ。できるだけ早く書くわね」

「お願い」

 ガラガラガラ、と最後尾に通じる扉をスライドさせる。それでようやく気が付いたようだ、相手が振り返る。その顔はどうにも窺えない、被っている帽子のせいか、影がうまい具合に表情を隠す。

 相手の口の部分が動く。

「......なつき、いち、夜?」

「いや、違うけど」

(確認をしてきたってことは、俺だって分かってないのだろう。じゃあ、しらを切ったら?)

「うそ、吐くな」

「いや、ほんとに違うよ?」

「それじゃあ、違ったら、ごめん」

 突如、相手が動き出す。それに合わせて一夜も避けるように体を動かそうと試みるが、外見からは想像もできないほどの速さで相手が一夜の首を掴む。その手の長さも一夜の1.5倍ほどもあり、距離感を掴めなかったのも一夜が捕まった要因になるだろう。

「グっ!?」

「血が、欲しい、だけ」

 目の前に、灰色の拳が一夜の視界を埋める。

「ブ!」

 鼻を折られる。噴き出す真っ赤な鮮血。それでも、まだ首から手は放されない。比較的優しくつかまれているので呼吸は確保できるが......いや、首で血がたまらないようにしているのかもしれない、血が欲しいという相手の発言からそんな考察もできる。

 だが、一夜には考える暇がない。ダラダラと垂れる鼻血。恐怖に思考が支配される一夜。相手はそんな一夜の様子には目も向けずに相手は自分の服のポケットをまさぐる。

「たしか、ここに」

 相手が気を逸らしているのでなんとか脱出したいと考える一夜だが、

(この丸太のような腕を振りほどく方法が思いつかない)

 そもそも腕の長さのせいで、こちらから相手に攻撃をすることはできない。抵抗できるとしたら、相手の腕を斬り落とすくらいだが、武器一つ持っていない一夜にとってそれは不可能だ。

(いや、呼吸を確保できる程度、つまり支えるほどしか力が入っていないんだ)

 それを理解すると同時に体を動かす。足を蹴り上げて、丸太のような相手の腕に爪先を突き立てる。

「あ、」

 相手が手を緩める。その間に脱出して相手の間合いから離れる。だが、喜びの表情を見せたのは一夜だけではなかった。

「へへ、あった、あった、これでおこられない」

 相手もにやにやと笑っている。手元には小さな瓶。相手は一夜に目も向けず、床にこびりついている血を指でこすり、その指で瓶のふたを擦る。

「あー、」

 恐らく、血を小瓶の中に血を入れたいのであろうことは一夜でもわかる。だが、床にこびりついている血は相手の指と小瓶のふちを汚すことしかできない。

「もっと、ち、ほしい」

 背筋が、凍る。一夜は一目散に先の居る車両に駆け込む。

「彩希、早く!」

「今できたわ、任せて頂戴」

 B5サイズのノートの一ページが図形と文字で埋め尽くされている。彩希が指を弾くと、ノートが輝き、不可解な現象を起こす。最後尾と今いる車両を繋ぐ場所が、綺麗に切り離される。そのまま接着剤か何かでくっつけても誰も気が付かないだろう、それくらい綺麗に切り離される。

 離れていく車両を見ると、感心と安心が同時に来る。肺の中の空気を吐き出しながら座り込む一夜。

「その鼻、大丈夫?」

「ああ、ごめん、ちょっと色々あってね」

 彩希がブツブツと何かを呟くと一夜の鼻から痛みが消える。魔法を使ったということは今更確認するまでもない、一夜が彩希にお礼を言う。

「ありがと、彩希」

「いいのよ。でも痛みを消しただけで完治までは時間がかかるから、あまり鼻に刺激を与えないようにね。さっき刺された腕も、ね」

「分かったよ。さてと、後はこの誰もいない車両に入ってくる敵を守ればーー」

 ガツン! と、切り離されたはずの最後尾に通じる扉が吹き飛ぶ。そして、長い腕が一本、ちょうど一夜と彩希の間に伸びてくる。

「彩希はそこにいて!」

「え、ちょっと!」

 伸びてきた手を壁に押し付けて、肘で力の限り打撃する。相手の悲鳴が聞こえ、腕が戻っていく。そこからは一瞬だった。最後尾に通じる扉があった場所に一夜が飛び込み、

「やあ!」

「ぐえ!」

 片手で車両にしがみついていた相手の胸を蹴とばす。相手は溜まらず手を離し、ゴロゴロとしばらくレールを転がって、やがて動かなくなった。

 バタバタバタ、と小気味のいい音を立てながら、動かなくなった相手を見つめる一夜の服と髪の毛が風になびいた。

「さて、感傷に浸っている場合じゃないや」

 振り返ると、敵がバタバタとこちらの車両に向かって移動を始めていた。

「もうひと踏ん張り、がんばろうか」

「ええ。それに、魔法協会の人に連絡したから、対処するのは本当に数人よ。こうやって血気盛んに一番に飛び込んでくるような、ね」

 早速飛び込んでくる男。一夜が蹴とばすと、後ろにいる人たちがドミノ式に倒れていく。

「いいわね、後は扉を閉めておいて」

 言われた通り扉を閉める一夜。しばらくすると、扉の奥から一際大きな喧騒が聞こえてくる。更に待つと、一切の音がしなくなる。

「さ、二人きりで電車の旅を楽しみましょうか」

「......」

(魔法協会って、怖いなあ)

 ひっそりとそんなことを考えた一夜だった。




 ドーバー。ここから出るフェリーに乗ってフランスのカレーに移動するということだ。

 電車から降りた二人は、魔法協会が営業しているというお店でフェリーを待っているところだった。

「ごめんなさい、少し電話するわね」

 彩希が目の前で電話を始める。一夜は欠伸を噛み殺しながらのんびりと紅茶を口に含む。

「はい、今からフェリーで......その前に、観光? 二人きりで? 危険ですよ! ......はあ、はい。分かりました。そちらに人員を割くように伝えますので。ええ、会いに行きます。......え? そりゃそうですよ、それが目的ですし。もちろん、会えるとは思っていません。でも、行動します。はい、わかりました。それでは」

 彩希が電話を切って、一夜に話しかける。

「少し、寄るところができたわ。疲れているところ悪いけど」

「大丈夫だよ。俺より彩希は大丈夫?」

「少し疲れているわ。まあ、仕事だし、動かないわけには行かないわ」

 疲れを隠すことなく、大きくため息を吐く彩希。眉間にしわを寄せているその表情は、まるで子供のわがままを聞いている母親のようだ。

「『マリン・パレード』ってところで時間を潰しているんですって。さあ、会いに行きましょ」

「うん」

 彩希が魔法協会に車を手配し、二人は移動を始める。車の運転手は美香だ。

 マリン・パレードを走る車。マリン・パレードは海岸沿いの道だ。一夜としては扉を開けて外の空気を味わいところだったが、防弾ガラスという盾を自分から外すほど馬鹿ではない。外の景色に目を輝かせることにとどめる。

「一夜君も大変だねえ」

「いやいや、俺は守ってもらっているだけだからさ。彩希のほうがよっぽど苦労しているよ」

「謙遜は良くないぞ?」

「本心だよ」

 そんなことを話していると、彩希が慌てた声を上げる。

「美香、引き返してちょうだい」

「どうしたんですか?」

「向こうは既にフェリーに乗ったらしいわ。こちらが時間を一つ間違えたみたい」

「そんなはずは。だって、向こうと連絡し合いながらの予定表なんですよ?」

「いいから。間違いなく向こうは移動を始めているわ。今から魔法協会に連絡するから」

「分かりました。急いで引き返しますね」

(何が起きたんだろう? まあ、会話から大体は分かったけど)

 車は適当な空きスペースを利用して引き返す車。そして、今まで来た道を振り返ると。

「まずいわ! 二人とも、飛び降りて!」

 言いながら美香は全ての扉を開いてから飛び出す。

「ちょ、ちょっと待って」

「彩希!」

 一夜は自分の鞄と彩希を抱えて飛び出す。その時に何かが一夜の足に絡まる。が、絡まったものは車のどこにも引っかからずに、一夜が外に出るのを邪魔しなかった。

 ごろごろと、慣性の力によってしばらく車と同じ方向に転がり、そして、止まる。

 一方、車は。爆発した。お腹にジリジリと響く爆発音と振動。一夜の方へ飛んでくる車の破片。

「「!?」」

 モクモクと立ち上る黒煙。それから離れるように立ち上がる一夜は、その場で転んでしまう。

「いて! ......なんだこれ?」

「ああ、私の鞄! ありがとう!」

「え、あ、うん」

(意図してなかったけどね)

 改めて立ち上がる。周りを見渡すが、美香がいない。いや、それだけではない。戻れないということは、フェリーに乗れない。かなり絶望的な状況だ。

「どうしましょうか......」

 ふと一夜は気づく。彩希の顔が真っ青で、足が震えている。鞄を肩に提げた状態で棒立ち状態だ。

「とりあえず、移動しよう。今の車の爆発の原因は多分、敵が何かしたんだよね? だったら、敵が近くにいる可能性が高いよ」

「......そうね」

 二人で引き返して、先ほど車をUターンさせるのに使った空きスペースに入る。そのスペースには建物があるので、とりあえず陰に隠れる。

「これで、少しは安全かな」

「ええ」

 依然として、彩希の顔は真っ青なまま。一夜としても、なんと声をかけていいのかわからない。

 一夜が気づくかは分からないが、彩希は計画をとにかく大切にする。だから、アドリブというものにとても弱い。最初に一夜に会った時も、テンパってしまい、気絶させて連れて行こうなどという選択が現れてしまった。それなら、ネットカフェで一夜の寝ている横でパソコンをいじったのだから、一夜をそのまま連れて行ってしまえばよかったのだ。なのに、わざわざリスクが高いことを選んだ。そういう人間なのだ。

 だから、計画通りに進んでいた今回の旅は彩希に余裕を持たせていた。要するに、自分を飾っていたのだ。だが、今は。予定が食い違って、フェリーへ移動する手段も奪われ、美香という仲間も失った。これは、彩希にとってはとんでもない事態なのだ。

「彩希、車が爆発したときに魔法陣の『音』はした?」

「た、多分」

 自信なさげに答える彩希。一夜としてもどう接すればいいか分からない。

「とりあえず、しばらくじっとしてようか」

「ええ」

 お互いに煙臭い体を寄せ合う。彩希は一応ということで生存していることを魔法協会に連絡。魔法協会は魔法陣が原因、仕掛けた人間は対処した。他にも敵がいるかもしれないので、もうしばらく動かないでおけ、と指令を出してきた。

 しばらく無言で肩をくっつける二人。一夜は気分が悪い。命の危機にさらされている極限の緊張感が体調に影響しているのだろう。

 かたや、彩希も顔が青白く、辛そうにしている。

 そんな二人の下へ誰かが近づいてきていることに、一夜が足音で気が付く。

「彩希、動かないでよ」

 小声でささやくと、立ち上がり、壁に背中を付ける。

「......」

 しばらく黙っていると、足音が止まる。すぐそこだ。一夜が大きく息を吐き、飛び出す。歯を食いしばって、拳を振りかぶり、足音の持ち主へ拳を突き出す......寸前、止める。

「......み、美香さん」

「一夜君、生きてたみたいでよかった」

 ひらひらと手を振りながら笑う美香。一夜は釣られたように笑う。といっても、息が漏れていくような、変な笑い方だ。

「は、ははは」

「彩希さんもいる?」

「いますよ。彩希、美香さんだったよ」

「......」

 しかし、返事をしない。彩希は呆けたように座っている。

「どうしたの?」

「......」

 しかし、返事をしない。一応ということで立ち上がり、美香と会話をする。

「美香、これからどうするの?」

「とりあえず、すぐにボートに乗って移動しますよ。引き返すこともできませんし、今から来る迎えに飛び乗って、そのままフランスに行きますよ。とりあえず、今日はカレーで休みましょう」

「分かったわ、行きましょう」

「......どうしたんですか、覇気がありませんね?」

「何でもないわ」

 顔を背けて、一夜の傍に立つ彩希。首をかしげながらも、美香は二人を先導する。

「ちょっと、美香さん、そっちは敵がまだいるかも」

「大丈夫だよ、魔法協会がなんとかしてくれたから」

「便利な言葉だね」

 言いながら走り出した美香に付いて行く二人。その言葉はどうやら本当のようで、なにも三人の身を隠す建物などないのに攻撃されずに止まっているボートの前にたどり着いた。もう少し離れたところにあるボートは護衛用だろうか?

「ああ、ちょっと待って二人とも」

 早速飛び乗ろうとする二人を止めて、彩希が鞄を漁る。

「どうしたんですか?」

「えっと、あったわ」

 それは魔法陣が大量に書き込んであるノート。そのうちの一ページを開き、指を弾く。すると、

「!?」

「美香さん!」

 美香が吹き飛び、ボートに投げ出される。

「なにやって「走るわよ!」

  一夜が問いただす前に彩希が一夜の手を引いて走り出す。

「おい、攻撃しろ!」

 ボートからそんな声が聞こえてくる。何が何だか分からない一夜は足を動かしながら彩希に聞く。

「ねえ、何が起きてるの!?」

「とりあえず、もう一つのボートに乗るわ!」

 そのままもう一つのボートに走る二人。攻撃、という言葉が気になった一夜が後ろを振り返ると、フードを被った人間が何人もいて、美香を攻撃していた。

「魔法協会が守ってくれているけど、流れ弾が来たらたまったもんじゃないわ、急いで!」

「う、うん」

 何が何だか分からないうちにもう一つのボートにたどり着き、二人が飛び乗ると、運転手が声をかけてくる。

「それじゃあ、いこうか、一夜君」

「え、あ、み、美香さん?」

「そうだよ。さあ、行こうか!」

 ブオオオオオン! と力強い音を立てて、三人を乗せた船は、イギリスからフランスに運んでいく。

ついつい甘いものを食べすぎちゃいますね。

次回投稿は4月21日です。

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