序章
『序章』
「......このままじゃ、終わらない......」
目の下にクマを作りながらぼやく男、夏木一夜なつきいちや。大学2年生、髪は短く金色、眼鏡はかけておらず、少し背が低く、運動系のサークルにいるにしては細身な体格。しかし、体格に反して目つきは鋭く、時折のぞかせる犬歯がワイルドな雰囲気を醸し出している。
彼は今目の前に積まれているレポートに悩まされている。時刻は深夜0時の10分前。提出日の前夜だ。
「なんとか頑張れば終わる。とりあえず、手を休めちゃだめだ」
自分にそう言い聞かせながら本を手に取って、目的のページを探す一夜。パラパラとめくっていると、
「なんだこれ」
途中、挟まった1枚のメモが目についた。手に取ってみると、オカルトチックな内容だった。
「なになに、『この紙の裏に5芒星を書いて2回折りたたんで、0時ピッタリに自分のおでこにあてろ』......はあ、異世界に行く方法、みたいな感じか。時間もちょうどいいし、少しの休憩も兼ねて......」
一夜はこれを休憩の合図にして、一旦レポートから離れて、メモの裏に5芒星を書いて、冷蔵庫に入っている飲み物をとってきて、0時まで休憩。
そして、0時。書かれている通りに額に紙を当てて、しばらく待つ一夜。目の前にあるスマートフォンが0時1分を示したのを見て額から紙をどかす。
「こんなもんだよね。さて、続きをやるか」
一夜は溜息を吐きながら再びペンを手に取る。そうして夜は更けていった。
「提出完了!」
一夜は開放された表情で大学の構内をのんびりと歩いている。
サークルは今日は休みだ。曰く、徹夜でレポートを仕上げる奴が多いから、そんな状態で活動するわけには行かない、とのこと。現在眠気に襲われている一夜にとってこれはありがたかった。
「とりあえず、寝よう」
(それにしても、おかしいなあ。今までと眠気のレベルが違う)
今までも何度も提出日にレポートを完成させてきた一夜だが、いつもより眠気が強いことを感じている。もうほとんど糸目の状態だ。
(たしか、ネットカフェが近くにあったな。そこで今日は眠ろう)
よろよろとネットカフェに行き、そこで横になる。瞬間、一夜が入った個室から細い寝息がネットカフェの空間にうっすらと漂い始めた。
それからしばらくして。時間は8時間ほど経っただろうか。マナーモードにし忘れた携帯電話の音で目を覚ます。
「......」
(ここは、ネットカフェか。声を出すわけにはいかない)
携帯電話の画面にはメールを受信した旨が表示された。
(そういえば、親に連絡していない。時間は......もうこんな時間か)
溜息を吐いて、辺りから漂ってくるタバコと寝息の中、親にメールを打ち、大きく伸びをする。
(せっかくネットカフェにいるんだ、少し飲み物でも飲んで、インターネットでも)
そう考えながら、立ち上がり、飲み物をとって戻って来ると、パソコンの画面に何かが表示されている。
(? 広告か?)
見てみると、『西洋の旅 10日間』などとうたわれたサイトが表示されている。
(広告で間違いないみたいだ)
そう結論付けて、一夜はそのサイトを閉じる。すると、デスクトップ上に、(一夜様へ)などと書かれたドキュメントが転がっていた。
(......? 今どきは、個人に何か書き置きをすることが業界で流行っているのか? まあ、高級ホテルなんかは手紙とかで個人に感謝などを伝えるのかもしれない。いや、高級ホテルなんか行ったことないけど)
などと考えながらドキュメントを開く。そこには、短い一文。
『あなたの高祖父である夏木勇夜なつきゆうや様が死んでしまうのを防ぎましょう』
(高祖父?)
調べてみると、高祖父は曾祖父の父。ようするに、ひいひいおじいちゃんのことだ。
(いや、俺の家、じいちゃんばあちゃんまでしか生きていないし。高祖父はもちろん、曾祖父の名前も知らないぞ。さらに言えば、おじいちゃんの名前だって覚えているか怪しいのに......ん?)
そのドキュメントの一番下に、連絡先が書いてある。『防ごうと考えているのでしたら、この連絡先に連絡してください』
(......むう。良く分からないな)
だが、胡散臭さや危機感よりも、好奇心が勝ってしまう。一応ということで、連絡先を携帯電話にメモする。
それからしばらくのんびりしてからネットカフェから出ていく。流石に朝帰りはまずい......訳でもないが、家が一番落ち着くというのが一夜の本心。まあ、高祖父について調べたいというのもあるのだろうが。
とりあえず、ネットカフェから出る。ネットカフェがあるのは昼間なら少し人通りの多い場所。そんな場所も、さすがに深夜となると静かなもので、怖さや不気味さもあるがそれ以上に変な高揚感が沸き上がって来る。
(さてっと、レポートが終わったってことは、そろそろ夏休みか。大学の夏休みは長いからなあ。何をしようか)
一夜が夏休みの計画を立てながら一人で歩いていると、目の前に女性が一人、立っている。
(うわ、怪しい)
この時間に何もせずに立っているような人がいるなどと考えられない一夜は、変な人だ、と結論付けて足早に女性の横を歩き去ろうとする。
「ーー!」
「ぅえ?」
変な声を出しながら一夜は服の襟首を掴まれる。振り向くと女性は拳を作り、思い切り一夜に飛ばしてくる。当然それを顔で受け止める......かと思いきや。
「ふ、やあ!」
「え、ちょ、なんでーー」
拳を片手で受け止めて、鞄を手放したことによって空いたもう片方の手で女性の手首を握って、拳を受け止めていた手を女性の服の襟ぐりに持っていき、それを掴んで、投げ技を決める。
「いったあ!?」
「まったく、なんてことをしてくるんだか......」
一夜は格闘技関係のサークルに入っていた。それは、身体が小さい自分を自衛するために身に着けた技だ。過去に何度も自分の体形のせいで痛い目に遭ってきた一夜は人一倍早く護衛術やらを身に着けることができた。そのおかげで今回もこうして身を守ることに成功した。
(女性だから少し心が痛むけど、襲ってきた時点で関係ないか)
「ふふふ......少しはやるようね」
女性はしかし、不敵に笑う。いきなり暴力的なことをしてきた割には体格は華奢だ。
「それで、あなたは何者なんですか?」
腕を間接とは逆方向にねじりながらの一夜のセリフ。「いだだだだ」という女性の悲鳴はほとんど無視している。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ緩めて!」
「はあ」
パっと手を離して逆に手を差し伸べる。女性はその手を掴んで立ち上がる。先ほどまで自分を痛めつけていた手をよく掴もうと思ったものだ、跳ねのけられると思っていた一夜は感心する。
「そろそろ、自己紹介とかいいですかね?」
「ええ、構わないわよ。その前に確認してもいいかしら?」
女性は肩甲骨まで届くほどの長い黒髪をかきあげながら一夜に尋ねる。
「あなた、夏木一夜、でいいのよね?」
「はあ」
「それで、高祖父に夏木勇夜がいる」
「いや、知りませんよ」
「知らない?」
「はい。高祖父の名前なんか誰だって知らないと思いますよ。曾祖父ならまだしも」
「......え、普通そうなの? 私は高祖父の名前知っているんだけど」
「いやだって、16人......いや、男だけだから、8人ですよ? 分かるはずないでしょう?」
「......それも、そうね」
顎に手を当てながら考える女性。なにかブツブツ呟いたと思うと、一夜に言う。
「それじゃあ、今日は家に帰って、夏木勇夜が高祖父にいるか調べて頂戴。多分、あなたのお父さんのお父さんのお父さんのお父さんだから」
「いや、いきなり言われても。まあ、家系図があったら調べておきますよ。今回は警察に通報しませんから、さっさとどっか行ってください」
「あと、調べ終わったら私に連絡して頂戴。それじゃあ」
一夜はぎょっとした。一瞬のまばたきの間に女性がいなくなっていた。キョロキョロと辺りを見回しても、人っ子一人いない。
(なんなんだ、一体)
落とした鞄を手に取り、帰路につく。真っ暗な空には大きな満月が光っていた。
「ああ、あるわよ。ちょっと待ってなさい......はい」
「ありがと」
翌日の朝。大学へ行く前に家系図を見せてもらう。もうこの時間には専業主婦の母しかいない。
「こんな朝からどうしたのよ?」
「ちょっとね」
少し言葉を濁しながら家系図を開く一夜。昨日の女性が言っていた通り、家系図を追う。
(えっと、お父さんのお父さんのお父さんのお父さん......)
追っていくと、確かに『夏木勇夜』という名前が載っている。その人の奥さんの名前は、ミシェル・ブラウン。ああ、俺の髪の毛が金色なのってこの人から来ているのか。予想外にも一夜は長年の謎も解いてしまう。
「ああ、髪の毛が金髪なのが気になったの?」
「まあそんな感じ」
母がうまい具合で勘違いしてくれたので、それに合わせる一夜。
「いいと思うけどなあ、金髪。私なんか大学生のころ髪の毛を金色にしたくて仕方がなかったわよ? でもお母さんが駄目って」
「別に金髪が嫌になったわけじゃないけどね、気になっただけで」
確認したいものが確認できたので、母の長話に付き合わされる前に家系図を返す一夜。
「あら、もういいの?」
「髪の毛がなんで金色かを確認したかっただけだからね」
「そう? もう少し私の話に付き合ってくれても「おっと、そろそろ講義の時間だ」
長話をされてしまっては本当に講義に間に合わなくなってしまうと考えた一夜が鞄を掴んで家を飛び出す。
「いってらっしゃーい」
そんな母の見送りを背に受けながら歩き始める一夜。
(とりあえず、大学のどこか落ち着ける場所で連絡しようかな)
大学の構内にて。母の長話を避けようとしたおかげで時間に余裕ができた一夜は、あまり人が通らない場所に行って電話を掛ける。ツー、ツーと2コールしたところで相手が電話に出る。
「はい、もしもし」
「もしもし、えっと、昨日の女性ですか?」
「あら、その声は一夜。電話をかけてきたってことは、確認してくれたのね」
「ええ。あなたの言うとおりいましたよ」
「ね? 言うとおりだったでしょう?」
「はい。なんだか悔しいですけど」
現実でも少し悔しそうに眉を寄せる一夜。そんな反応が分かってか、女性がくすりと笑う声が一夜の耳に届く。
「......なんですか?」
「いや、少し可愛いところもあるじゃない、と思って。それで、今日はいつぐらいに時間が取れるの?」
「は? なんであなたと会わなくちゃいけないんですか?」
「え? だって、あなたの高祖父を助けに行かないと」
(そういえば、そんなこと書いてあったな)
昨日ネットカフェで見たドキュメントの中にそんなことが書いてあったことを思い出した一夜は、同時にそれがそもそも胡散臭いということを思い出した。
「その話なんですけど、意味が分からないんですよね」
「分からなくていいの。あとでたっぷり説明してあげるから。どう、いつ頃時間が空くの?」
「......」
怪しいとは考えつつも、とりあえず話だけでも聞きたいと考えた一夜が、自由になれる時間を告げる。
「ふむふむ。それじゃあ、そのくらいの時間に○○っていうカフェにいるから。それじゃあね」
「え、ちょっと」
ぶつん、と一方的に切られて少しの間呆然とする一夜。それからふと、自分がかなり危ないことをしているんじゃないかという考えに至った。
(まあ、いいか。あの人だけならどうにかなりそうだし、男の人がいたら逃げればいいんだから)
そう結論付けて講義室に戻る一夜。暑苦しい環境の中で吹いた風が、少し生暖かく感じた。
「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」
「いえ、待ち合わせしている女性がいるんですけど」
「そうですか。それでは、お席にご案内します」
少し緊張した顔つきで案内されると、そこには昨日であった女性が一人座っていた。それを見た一夜は待ち合わせしていた女性が別の人ではなかったこと、女性が男の人を連れてきていないことの二つの意味で安堵する。
鞄を地面に置いて、椅子に座る一夜に、女性は笑顔を向ける。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
男性のウエイターが席から離れたことを確認して、女性が口を開く。
「少し、遅かったわね」
「名前も知らない相手に会うんです、少しは躊躇があるものですよ」
「あなたが躊躇するとはとても思えないけど?」
それは昨日の女性の殴りかかりに大して、防御どころか反撃までしてきた一夜への客観的な評価だろう。全く持ってその通りで、一夜のサークル活動が終わるのが少し遅かったせいで喫茶店に来るのが遅れたのだ。
「そうですね。実際はこちらの事情で少し遅れてしまいました」
(まあこちらが格闘技を習得していたとしても、いきなり殴って来る人に会うのは相当物好きだと思うけど)
一夜の言い分ももっともだし、一夜自身も自分が相当なもの好きであるということは認めている。ペコリと頭を下げる一夜に笑顔を返す女性。
「きちんと謝れる人は大好きよ。さて、そろそろ自己紹介しましょうか。でも、その前に」
「その前に、なんですか?」
「それよそれ。これからたくさん話す人同士なんだから、敬語なんかやめてもらえる?」
「いやいや、初対面の人で、年齢が分からない人に対して敬語って、意外と常識だと思うんですけど」
「いいからいいから。私より立場が下の人に敬語を使われるならともかく、同じ立場の人に敬語を使われるのって意外と悲しいものよ? なんだか、自分が敬遠されているみたいで」
「立場、同じなんですかね?」
「ええ」
「まあ立場が同じだとしても。そりゃ敬遠しますよ。自分が何したか分かってます?」
一夜の反論。それに対して女性は、まさか反論されると思っていなかったのだろう、少し面食らった様子でぼそぼそと言い返す。
「だって、普通に説明したんじゃ絶対についてこないと思ったから、殴って気絶したところを連れて帰って拘束しようと思ったのよ」
「......」
どっと冷や汗が噴き出る一夜。自分が格闘技を習得していて本当に良かったと思った瞬間だった。
「そんな発想をする人とは一歩距離を置きたいところなんですけどね......」
「そう言わないで。ね、お願い」
なぜか必死に頼み込んでくる女性を哀れに思ったのか、同情心が沸いたのか分からないが、一夜が溜息を一つ吐いて。
「わかり......分かった。これでいい?」
「うんうん。満足♪」
(そんなに嬉しいものかな)
一夜は溜息を一つ吐いて、少しお腹が減っていることに気が付く。サークル活動を終えてからすぐにここに来たのだ、運動した後ということもあってだろう。
「話を始める前に、少し料理を注文してもいい?」
「ええ、構わないわよ」
メニュー表を開いて、飲み物と料理を選ぶ。
「えっと、あなたは?」
「自己紹介がまだだったわね。早川彩希はやかわさきよ。是非、下の名前で呼んで頂戴」
「わかったよ、彩希」
「あら、意外とクルものがあるわね」
「変な人」
恍惚とした表情を浮かべている彩希を気味悪がりながら、呼び鈴を鳴らす。
「ご注文はなんでしょうか?」
「えっと、紅茶とケーキを一つ。彩希は?」
「そうねえ。コーヒーと同じケーキを一つ」
「はい。紅茶とコーヒーとケーキを二つですね。かしこまりました」
ウエイターが頭を下げて、席を離れる。少ししてから、彩希が口を開いた。
「運動した後に甘いもの?」
「疲れている時ほど甘いものが食べたくなるんだ。まあ、俺が甘党っていうのもあるけどね。......あれ、俺が運動したことなんで知ってるの? 話したっけ?」
「臭いで分かるわよ」
そう言って、鼻をすんすんと鳴らす彩希。恥ずかしくなって顔を赤くする一夜。
「ごめん。シャワーをする時間までは無くて」
「あら、私は気にしないわよ? それに私、においフェチだし。意外と嬉しい状況でもあるわよ」
「......」
さっきよりも顔を真っ赤にして顔を両手で隠す一夜。勿論汗は拭って、しっかりと消臭シートで体中を拭いたつもりだったが、汗臭いと遠回しに言われてしまうと、委縮してしまう。
そんな一夜の様子を見て、一層笑みを強くする彩希。
「ほんとに気にしなくていいのよ? 私が人一倍においに敏感なだけだから。ほら、飲み物が来たわよ」
「お待たせしました。紅茶とコーヒーです」
コト、と目の前に置かれたカップ。カップから香る紅茶の香りが一夜の心を少しだけ落ち着かせる。
「後ほど、ケーキをお持ちいたしますので、もうしばらくお待ちください」
ペコリ、と一礼してカウンターに戻るウエイター。
一夜は紅茶にミルクと砂糖を、彩希はコーヒーをブラックのまま口に含む。
「......ふう」
一夜も一口紅茶を口に含んで息を吐く。それで落ち着いたのを確認したのか、彩希が話題を切り出す。
「そろそろ、本題にいきましょうか」
「そうしてよ」
大分落ち着いた一夜が話を促す。彩希が足元に置いていた鞄を抱えて、何かを取り出す。
「あなた、これに見覚えがあるでしょう?」
「これは」
確かに、一夜には見覚えがあった。それは、あるメモがしてある。
「『この紙の裏に5芒星を書いて2回折りたたんで、0時ピッタリに自分のおでこにあてろ』......間違いない。どうしてこれを?」
「それ、悪い魔法使いが作った魔法陣なの」
「魔法使い? ごめん、何を言っているのか......」
「でしょうね。少し長くなるけど」
コホン、と咳ばらいを一つして話し始める。
「私、魔法使いなの。信じられないと思うから、信じさせてあげる」
言いながら、彩希は一枚の紙とボールペンを差し出してくる。
「その紙とペン、何の変哲もないでしょう?」
(なんだか、手品みたいだな)
彩希もそれを自覚しているのか、「うふふ」などと笑っている。
「たしかに、特に何にもない」
触った感じも普通だし、ボールペンにはブランド名まで書いてある。彩希が独自に作ったものではないだろう。そう結論付ける一夜。
「そうでしょう? それじゃあ、ちょっと貸してもらえる?」
彩希に紙とボールペンを返す。その紙にさらさらと何かを書く彩希。
「えっと、なんだっけ。......こうだったかしら?」
頭に疑問符を浮かべているような顔で、何かを書き上げた彩希がパチン、と指を弾く。すると、
「うわ」
「ふっふっふ。どうかしら?」
小さいが、紙から火が灯る。本当に小さくて、1cmほどしかない。
一夜に見えやすいように紙を持ち上げる彩希。よく見るとそれは紙からほんの少し浮かび上がっていた。ライターなどは使われていないようだ。なるほど、これは魔法としか言いようがないだろう。
「何か言うことは?」
「喫煙できる喫茶店で良かったなあ。禁煙席しかなかったら火災報知器が鳴ってたよ」
「あ、そう......」
意気消沈した様子で紙を握りつぶす彩希。次に手を開いた時には丸められた紙が彩希の傷一つない手のひらに置かれているだけだった。
「これで私が魔法使いだってわかった?」
「まあ、分かったよ。それで、俺はなにをしでかしちゃったの?」
昨日まばたきの間に消えたということもあってあっさりと信じる一夜。その順応力に対してやや面食らいながらも彩希は話す。
「それが昨日から話に出てくるあなたの高祖父さんよ。夏木勇夜。彼がこの世界に来ちゃったの」
「.....?」
「えーっと、どこから話そうかしら」
頭に疑問符を浮かべている一夜をみて困ったように眉を寄せる彩希。少し唸ってから話し出す。
「さっき言ったと思うけど、悪い魔法使いが魔法陣を作ったって言ったでしょ?」
「うん」
「その魔法陣を発動させると、その人が困ることをするのよ」
「なんだか、アバウトだなあ」
「まあ分かりやすいように言っただけだから。まあそんな悪い魔法使いは魔法使いたちの中で処罰されたわ」
「ふうん」
魔法使いの中にも警察みたいな仕事があるということだろうか? 一夜はそう解釈して話の続きを待つ。
「それで、悪い魔法使いさんは捕まえることができたけど、悪い魔法使いさんは色々な魔法陣を作ってバラまいちゃったの。それが全部たちの悪いものばかりなんだけど、なにせ魔法陣って紙に書くから、どこにあるか全くわからないのよ。そうして苦労の末ようやく見つけた一枚目が、あなたが使ってしまった魔法陣なの」
「ふむふむ。まあでも、高祖父がこの世界に来たくらいじゃ何も困らないけどね。いつか元の時間に帰るんでしょ?」
「そうなんだけど。言ったでしょう? 使った人が困る魔法陣だって。元の時間に帰すためには鍵が必要なの」
「鍵?」
「ええ。えっとね」
「お待たせしました」
説明しようとした彩希の言葉を遮るようにウエイターの声がかかる。
「ケーキです」
コトリ、コトリ、とそれぞれの前にケーキがおかれる。
「以上がご注文ですね。それでは」
伝票を机に置いて席から離れるウエイター。一夜は早速ケーキに手をつける。
「いただきます。......うん、おいしい!」
「あら、ずいぶんおいしそうに食べるのね」
幸せそうにケーキを頬張る一夜を見て微笑む彩希。あまり人付き合いをしない彩希としてはこういった表情を見るのは新鮮だ。
(人と仲良くするっていうのも、悪くないのかもね)
「それじゃあ、話の続きをしよう?」
「ええ、そうね」
一夜に促されて続きを話し出す彩希。
「鍵、なんて難しく言ったけど、ようはきっかけね。この世界に来たきっかけが魔法。帰るきっかけは.....なにかしらね?」
「え、分からないの?」
少し考えてもらいたかったからもったいぶったのだが、一夜の焦ったような表情を見て少し罪悪感がわいた彩希が続きを話す。
「いや分かるわよ。そのきっかけっていうのは、あなたよ」
指を指されて戸惑う一夜。
「俺? なんかあったっけ?」
「あなたに何かあるというよりは、あなた自身が条件なのよ」
「? えーっと?」
まだ少し分かっていない様子の一夜に突き付けるように言う。
「夏木一夜が夏木勇夜に出会うことが、彼を元の時間に帰す鍵なの」
「......なるほど。それで、勇夜おじいちゃんはどこにいるのさ」
その一夜の問いに対して逆に首をかしげる彩希。
「あら? もう知っているんじゃないの?」
「なんで俺が知ってるのさ」
若干口をとがらせて言い返す一夜。そんな一夜に対してポリポリと頬を掻きながら呟く。
「たしかパソコンの画面に行き先を表示させておいたはずなんだけど」
「......え、もしかして。あの、『西洋の旅 10日間』って広告じゃなくて」
「あら、見ているじゃない。それよ。広告なんかじゃないわ」
「ちょ、ちょっと待って」
言いたいことをざっとまとめて一つ一つ尋ねていこうと考える一夜。
「なんで、『西洋』っておおまかなくくりなの? いる場所は分からないの?」
「分かるわよ。ただ、あなたも勇夜さんも『殺し屋』に狙われているの」
「......は?」
鳩が豆鉄砲を食ったように目をまん丸にして、聞き返す一夜。
「殺し屋? なんで?」
「ちょっと待っててね。......はい、これのここを読んでみて」
差し出されたのは新聞だ。出版会社は、『魔法協会 新聞部』と書かれている。
言われた場所を読み始める一夜。そこは悪い魔法使いの犯行動機が書かれていた。
「えっと、『完成された芸術というものの美しさに興味がわいた。私も芸術というものを完成させたい。だけど、魔法の才能しかない私に芸術は程遠いと思った。でも、芸術というのはだれかが素晴らしいと称えてくれるものだと理解した私は、魔法で芸術を完成させることにした。それが、あの魔法陣』......ごめん、何を言っているのかさっぱり分からないのだけど」
「要するに、『すごいね!』って言ってもらうために作った魔法なのよ。そして、実際にこれ、とんでもない魔法なの」
「......? それが、西洋っていう風に特定されていないこととなんの関係があるのさ」
「要するに、西洋を巡らないと会えないようにできているの。例えば、勇夜さんは今イギリスにいるわ。でも、今からイギリスに行っても絶対に会えないわ。まあでも、さすがに魔法で運命までは操れない。だから、『殺し屋』という組織を使うことによって、それを可能にしたの」
「......うーん、なんとなく分かったよ」
とはいっても、本当になんとなくしか一夜は理解できていない。なので、これからどうすればいいのかもわからない。
「というか、この魔法? の最終的な目標は何なのさ。悪い魔法使いさんは芸術を完成させたいんでしょ? 何をもって完成なの?」
「悪い魔法使いは言ったわ。この魔法の完成は二種類あると」
そこで彩希が人差し指を1本立てる。
「1つ、勇夜さんを元の世界に帰すことに失敗して、それ以降の家系図が消える」
「ってことは、俺の存在が消える、ってこと?」
「そうね。まあ、失敗するってことは、あなたか勇夜さんが死ぬっていうことだから。この魔法に時間制限はないし」
「そ、それなら一生勇夜じいちゃんに会いにいかなければいいだけじゃないの?」
一夜の声が若干うわずっている。予想以上な事態に困惑しているのだろう。
「そしたら、殺し屋が勇夜さんを殺すだけよ。居場所が分かるっていうのは、勇夜さんに最強のボディーガードがいるから。最強の魔法使いよ。まあ、勇夜さんと一緒に飛ばされてきたから被害者なんだけど、事態は理解しているわ。最強と言っても、流石に何十年も持ちこたえられないし、ちょっとその人が目を離したすきに勇夜さんが殺されるなんてなるかもしれないし。できれば短期間で終わらせたいのよ」
「......」
口をあんぐりと開けて、自分が絶対に逃げることのできない立場だということを理解した一夜は、何も言い返すことができなかった。
「で、もう一つの完成っていうのが、あなたが勇夜さんと会うことに成功して、勇夜さんが元の世界に帰ること。ハッピーエンドの幸せは何物にも代え難い芸術だって」
「......それじゃあ、バッドエンドは?」
「バッドエンドの悲しみは人間を大きく、強くさせる何物にも代え難い芸術らしいわよ」
「なんで何物にも代え難い芸術が2種類あるのさ」
溜息を吐きながらツッコミを入れる一夜。
「さあ、理解してくれた?」
「うん。教えてくれてありがとう彩希さん」
自分の置かれている状況が分かった一夜が立ち上がる。それを見て慌てて立ち上がる彩希。
「ちょ、ちょっと。いきなりどうしたの?」
「え? いや、今から親に西洋の方へ旅行に行くって伝えて、飛行機の予約をしようと」
「あなた一人で行く気?」
「それはそうだよ。殺し屋なんかがいるのに友達なんか連れて行けるもんか」
「そうじゃなくて。まあとりあえず腰を落ち着けなさいよ」
彩希が一夜の肩を掴んで無理やり椅子に座らせる。少し納得がいってない表情の一夜が彩希に尋ねる。
「どうしたの?」
「あなた、随時変わる勇夜さんの居場所をどうやって知るつもり?」
「......ああ、そっか」
間抜けな返事を返す一夜。彩希は一夜が心配になった。
(この子、結構行動力がある......というか、考えなしなだけかしら?)
そんなことを考えながら告げる。
「私も付いて行くわよ。そのためにあなたに会いに来たんだから」
「え? ついてきてくれるの?」
嬉しそうに表情を明るくする一夜に少し照れた表情を見せる彩希。
「い、いや、それが仕事だから。そんな嬉しそうにしなくてもいいじゃない」
「いやいや。命がけの仕事なんだから断ってくれてもいいのに」
「まあそういうわけにもいかないのよ」
「そっか。ありがとね」
少し恥ずかしそうに、でも心から嬉しそうにお礼を言う一夜の表情に一瞬見惚れてしまう彩希。だがそれも一瞬のことですぐに咳ばらいをして、これからの計画を告げるのだった。
「あら、意外と早い到着ね」
「まあまあ。というかなんで彩希は俺より早く来ているのさ」
「それは、護衛対象より早く来ていないと駄目でしょう?」
空港の入り口付近で落ちあう二人。そのまま荷物検査などを済ませて、あとは飛行機を待つのみとなった。
「魔法でむこうに飛ばすとかはできなかったの?」
「それじゃあ、科学の力でむこうに飛ばせる?」
「ああ、同じくらいなんだ」
「ええ。日々進化はしているけどね」
そんなことを話していると、飛行機が到着する。飛行機に乗って、さらにしばらく待つ二人。
「このスクリーンに映っている映像だと、早そうなのにね」
「そうね」
「大体13時間かー。やっぱり時間かかるよね」
「そうね」
「......あのさ、彩希。もしかして、飛行機初めて?」
「......ええ」
明らかに口数が減った彩希を心配して、そんなことを尋ねる一夜。そして、予想通りの答え。
「意外と緊張するわ。一夜は乗ったことあるの?」
「うん。高校生の時に、1回ね」
「ど、どうなの? 怖い?」
「うーん。飛ぶ瞬間は少しGがかかるけど、安定したら怖くないよ」
「そ、そう」
明らかに顔色が悪くなっている彩希を心配する一夜。まあ、飛んでしまえばどうとでもなる。そう考えることにした一夜。
数十分後。アナウンスが流れる。
『大変お待たせいたしました。○○空港発××空港行きの飛行機が離陸いたします。シートベルトはサインが出るまで外さないようにしてください。それでは離陸いたします。よいお空の旅を』
ゴトゴトと大きな音を立てながら飛行機が動き出す。
「ね、ねえ一夜。手、繋いでもらっていい?」
「いいけど」
差し出された一夜の手に勢いよく飛びつく彩希。そんなに怖いものだろうか、と一夜は思った。
ゴゴゴゴゴ と地鳴りのような音とともに飛行機が傾き始める。
かかるG、耳が圧迫されるような感覚、そして聞こえてくるジェット音。すべてが彩希を怖がらせる。
「うー、うー、うー」
一夜の片手を両手で握る彩希。その手は汗で若干濡れている。
30秒も経たないうちに飛行機が安定する。そして、シートベルトを外していいというサインが出る。
「ふ、ふう。予想以上のものね、飛行機」
「彩希は少し怖がりすぎだけどね」
こうして、飛行機は最初の目的地、イギリスへ飛び立った。
こんにちは、こんばんは、紅茶(牛乳味)です。
今回の作品は、全体的にほのぼのとした作品に仕上げたいですね。どうしても、僕の作品には戦闘が入ってしまうので、それがあってもほのぼのとした作品を目指します。ギャグではないです、ほのぼのです。
今回、このままダラダラと全体が完成するのを待っていたら、いつまでたっても完成しないと踏んだので、週一投稿を決めました。(いいわけですが、少し大学のオリエンテーションが大変でして......)
今回は既に投稿されているので、明日また『一話』を投稿します。
それでは、このあたりで。また明日お会いしましょう。




