思い出
頭に暖かな景色が流れ込んでくる。
夕日が沈みかけた紫色の空。視線が反転し、よく知っている男性の顔が映し出された。白色のローブを着た銀縁の眼鏡に理的な青色の目の今の私と同じ、橙色がかった赤毛。父だ…そしてその青色の目に映し出されているのは、私のお母さん。
唇は動いているけれど話している言葉は聞こえない。
だけど、二人の表情がとても穏やかなものであるのが分かる。
そしてお父さんの腕がこちらに伸びると白色のローブが近づいて何も見えなくなってしまった。
「(お前の母親の形見は確かに俺が食っちまった)」
ケルピーの声に我にかえれば、あの景色は消えケルピーの父とは違う青色の瞳と視線がかち合う。
「(だけれどな、カーリー。懐中時計は消えていない。俺の身体と同化しているのは確かだが、懐中時計に宿っていたお前の母親の思い出は消えていない。)」
涙が舐め取られ、食べそうになった恐怖も、大切なものを食べられてしまった悲しみも、消えはしないけれども他の感情に上書きされる。
嬉しいとも違い、悲しいとも違い、怒りとも切なさとも違う、不思議な感情。
ただ、その感情が涙と共に溢れだした。とてもとても、暖かい気持ち。
今はどうして冷たいお父さんがあんな表情をしていたのかなんてどうでも良かった。
ただただ、お母さんと自分を繋ぐものが切れていなかった事に安心したのだ。
「ねぇ、ケルピー」
「(なんだ?)」
「もっと、お母さんの事教えて…私、小さすぎてほとんど覚えてないんだ…」
するとケルピーは困ったような表情をする。
「ケルピー?」
「(それには、俺もお前ももっと勉強しねぇとな…今のままじゃ魔力が足りねぇからな)」
「そう、なの?」
「(一番こいつは幸せな時の記憶だったんだろう。僅かな魔力の共有でも引き出せて見せてやれたが…もっと見せてやるには魔力を増やさねぇと)」
魔力の共有という言葉に首を傾げる。必要最低限よ読み書き以外の勉強をさせて貰えなかった私には魔法の事が良くわからない。
「(いずれ授業で習う。ここで学んでりゃ、自ずとお前に見せてやれる思い出も増えるだろ。だから、ちゃんと学べ。そんで卒業したら俺が入れるぐらいデカい風呂付きの家を買えるぐらい稼げ)」
なんだか重い話をしていた筈なのに、最後の付け足したような言葉に吹き出してしまう。
「どんだけ稼がないといけないの。お父さんだってそんな立派な風呂家に作らなかったよ」
「(あ?ぎゃふんと言わせるって馬車の中で誓ってたんだ。そんぐらい稼がないとぎゃふんて言わせらんないぞ)」
どうやら、私の運命の糸で結ばれた相棒はお風呂がたいそう気に入ったらしい。
尾鰭で水面をバシャバシャ跳ねさせる様子にいつの間にか涙は引っ込んでしまっていた。
イングリティアの風呂というのは基本バスタブに泡と、お湯を入れてその中で身体を洗うという仕様になっている。エルデルシア卒業生などの家にはエルデルシア仕様の風呂が備え付けられてることが多い。アルミナ家もエルデルシア式の風呂だったりする。
さて、なぜカーリーは父親はカーリーを風呂に入れなかったのか…冷たくしたのか。