食堂とポーネンティア
「(馬子にも衣装だな)」
「馬と運命を結んでるから?」
制服というものを着て廊下を歩いているとケルピーにそんな事を言われる。全く失礼な馬だと思うけれど、事実なのも否めないので皮肉で返す。にしても、ひだが沢山ある紺の膝丈のスカートはやはり少し違和感があって慣れない。
「私が住んでいた国では膝を見せるのははしたないって言われてたからなぁ。」
「(そういやお前が着ていたエプロンドレスも使用人が着るものの割にはえらく長かったな。)」
「あれは、お古だったからってのもあるけどね。」
シャツの上から着ているフード付きのケープに触れる。触り心地の良い黒いビロードの生地には魔術文字があしらわれていて、なんでもこれが生徒用のローブらしい。
「(俺はこの国以外はよく知らねぇが、お前がいた国はなんとも窮屈そうだな。)」
「ケルピーは私の国じゃそれなりには居たらしいよ」
「(居たらしいってことは、殺されたか)」
「そりゃ人喰い馬は私の国じゃ害獣扱いだし…というか大抵の魔法生物は害獣扱いされてるよ。あ、食堂ってここじゃないかな?」
ロディ先生に渡された地図を頼りに広い校内を歩いていると 食堂と書かれた扉を見つける。なかなかに大きくてケルピーと私が並んで入っても余裕で入れそう。
扉に手を掛け押す。
「うわぁ」
「(すげぇ、目ェ輝いてんな)」
「だってこんなサロンみたいなとこ来たことないもん」
扉を開けると様々な色のローブを着た生徒達が席について食事をしている。
食堂の中に足を踏み入れながら思わずキョロキョロとしてしまう。
「…綺麗」
ドーム状になってるこの部屋は陽の光が降り注いで明るく外に居るみたいだけれど、しっかりと床がある。
床は白い木で出来ていてシミ一つない。
「お、無事退院か。入学おめでとう」
「あら、そうなの?おめでとうございますわ。私達も今から朝食ですのでよろしければご一緒しましょう」
臙脂色のローブの上級生らしい生徒が隣の空いているテーブルに行こうとすると招いてくれた。
なぜかケルピーが嫌そうにしたけれど招かれるままに席の方へ行く。
こんなふうに沢山の人からおめでとうと言われるのは初めてかもしれない。
椅子に腰を下ろすと机の上に料理の数々が現れる。
「うわぁ」
「エルデルシアは朝御飯に甘いパンが出るのよ。さぁ、では頂きましょう」
手を組んでお祈りをするのはどこも共通らしい。
私もお祈りをしてから上級生に従ってバスケットに入っているパンを手に取る。
ひと口齧ると果物がゴロゴロ入っていて甘酸っぱく優しい味が口の中に広がった。
んんん、美味しい。
「(おい)」
ケルピーの鼻面で頭を小突かれて、存在を思い出す。
「あ、ごめん…けどケルピーって何食べるの?ここの生徒とか言わないでよ」
「(言わねぇ、俺はそこまで馬鹿じゃねぇ。そのパンで良いから寄越せ。子供が1番美味いが俺は雑食だ)」
「あ、はい」
もう一つパンを手に取ってケルピーに渡すともしゃもしゃと食べ始める。
「改めて、エルデルシア王立魔法学院へようこそ。僕は5年のラディ・モーラだよ。」
「同じく5年のアリス・エリザベータですわ」
「ぶふっ…!?」
「ふふ、その反応って事はあなたイングリティア出身ね」
「こ、皇女様」
「ここでは身分は関係ないの。だから私を呼ぶ時はエリザベータ先輩、もしくはアリス先輩と呼びなさい」
「は、はい、え、エリザベータ先輩」
「(凄いのか?こいつ?)」
「っそりゃ凄いよ、私のいた国の継承権1位の皇女様だよっ…普通お目にかかることすら出来ないんだからっ…わ、私はカーリー・アルミナです。宜しくお願いします」
ケルピーの腹をペシりと叩く。
「大分尻にしかれてるなァ、ケルピー」
「ケルピー、知り合いなの?」
「(お前に回復魔法かけた張本人だ、ついでに俺の腹焦がしやがった)」
「え、けど火の玉が運んだって… 」
「火の玉が僕なんだよ。」
「……えええ!?ロディ先生何も言わなかった」
「(お前がスルーしたんだろ。合格したことに浮かれて)」
「僕達生徒は皆魔法で火の玉になってカンテラの中から君たちを見守ってたんだよ。いやぁ、無事に良くなって良かったよ。僕回復魔法はあまり得意でないからね」
「日頃の勉強不足ですわ。だから、私と同学年になるのですわよラディ先輩…いえ、ラディさん」
「(そうだ、お前が俺の住処までこいつ連れてこなけりゃ運命の糸結ばずにすんだのによォ)」
「君たちうるさいな!!僕は後悔してないからいいんだよ。より魔法を学べるって考えりゃメリットだ!!」
先輩達の言い合いを聞きながらスクランブルエッグをスプーンで掬って食べる。胡椒とトマトソースが良い具合に効いていて美味しい。んんん、普通にご飯食べれるってとてつもなく幸せ。ケルピーにはチキンをあげると喜んで食べた。
「モグモグ…ごく、はぐっあれ、そういえば先輩達の魔法生物は」
「ん?ああポーネンティアのことか」
「ポーネンティア?」
「運命の糸を結んだ魔法生物をそう呼ぶのよ。ふふ、ちゃんと居るわよ?ポーネンティアはある一定の距離を離れられないから透過魔法や封魔法で霊体状態にしたりしてるのよ」
「僕のポーネンティアの場合はそもそも姿をほとんど表さないけどな。僕のはポルターガイストだ」
「私のポーネンティアはユニコーンよ。」
言葉に応じるかのように純白の毛並みに金色の角を持つ馬が現れる。
「(げ、ユニコーン…)」
「ケルピー?」
「ケルピーは子供を好んで食べます。一方ユニコーンは純潔を尊び少女を好む故、それを捕食するケルピーとは野生でも仲が悪いのですわ」
「へぇ、そうなんですね」
「(オイ、メチャクチャ威嚇モードじゃねぇか。しかもてめぇ、あの時俺の事串刺しにしようとしたユニッ…あっぶねぇ!?)」
角をケルピーに突き刺そうとしたユニコーンはエリザベータ先輩に諌められ、また姿を消す。
「こういうことがあるから透過魔法が使えるようになると皆ポーネンティアの姿を見えなくするのですよ。」
「す、凄いですね」
「ふふ、すぐに使えるようになるわ。」
「透過魔法は大体1年の半ばだったなぁ。あ、カーリーはなんか飲むかい?イングリティア出身ならやっぱ紅茶かな?」
「は、はい。」
「あら駄目よ。せっかくエルデルシアに来たのだから新しいもの飲みましょう。これ美味しいわよ…ホットベリークリーム乗せを下さいな」
エリザベータ先輩の言葉に暫くすると机の上に白い分厚い陶器のコップが現れる。
中には真っ赤な液体が入っていて上に白いなにかが蜷局をまいている。
「こ、これは…なんですか?」
血じゃないかと一瞬思うも香りは甘く良い匂い。
恐る恐る飲んでみると甘くて白いのとマッチするととてつもなく美味しくてふわぁっと声が漏れる。
「ふふ、今エルデルシアで女子に大はやりのホットベリーって飲み物よ」
「朝からそんな甘ったるいもん飲めるのがわかんないよ。ほぼケーキ飲んでるのと一緒だろそれ」
「けど、白いのメチャクチャ美味しいです」
「それはクリームっていうの。絶対国に帰ったらこの飲み物普及させなくちゃね」
「イングリティアが甘党ばかりになっちまうじゃねぇか」
「いいことですわ、ね、カーリー?」
「はい!」
「カーリー、沢山食べなさい。このシュークリームというものはクリーム入ってて美味しいわよ」
「おお…っ、んんんんメチャクチャ美味しいでふ」
食堂
ドーム型の結界が天井となっていて、外と中を仕切っている。生徒数が多いためそれなりに大きく丸いテーブル席がいくつもある。日替わりで出る料理は代わる。作っているのは魔道式のゴーレムで転移魔法と保存魔法を駆使して料理を出している。
制服
女子は紺のプリーツスカートに白いシャツ。男子は黒のスラックスに白いシャツ。その上からフード付きのケープを羽織っている。基本的にケープさえ羽織ってれば下に何を着てもいいことにはなっているが多くの生徒がそれを基本としている。
ケープの色は1年が黒、2年が濃い緑、3年が青、4年が浅葱色、5年が臙脂、6年が朱色、7年が白色となっている。
ユニコーン
純潔の乙女を好む金色の角を持つ白馬。魔を払う力を持っている。穢れたもの、男を嫌う。
ポルターガイスト
姿を消し悪戯をする妖精。幻惑系の魔法を得意とする。小鬼の姿をしてるともレプラコーンのような姿をしてるとも言われている。