第7話(旧4話) 怪しいクスリ始めました。
アヤメを先頭に、真夜中の山道を歩きはじめるふたり。
山の中は街灯なんて勿論ないから真っ暗だ。アヤメは懐中電灯、彦一は頭にライトを装着とさらに懐中電灯も装備して向かう。神退治という正直ピンと来ない目的の為に。
アヤメにやさしく(?)起こされて完全に目覚めた彦一は懐中電灯を手に持ち、アヤメの後を歩きながら真夜中のハイキングを敢行し、名前もよく知らない山の頂を目指している。真夜中で真っ暗な山道は木々やら草やらが生い茂り月明かりも遮断され、懐中電灯の明かりだけが頼りとなる。
ついでに山の頂上付近を目指すので当然登り坂。前方のアヤメは山ガールな服装をしながら、臆することもなく獣道程度の舗装された山道をスタスタ歩いていた。
今のところ二人に会話はない。
二人っきりだというのにこんな星空もまともに見れない山道じゃ、ムードも何もあったもんじゃないな、これじゃ。そーいや神退治って話を聞いたときから思ってた素朴な疑問を思い出したのでアヤメ『様』に聞いてみよう。
「そもそも神退治するのに、どうやって神に会うん?オレ、神どころか幽霊や妖怪類にも遭遇したことない、霊感ゼロの一般人なんだけど。目的地についたところで、その神とやらに会えなきゃ意味なくね?」
「あなた本当に何も知らないのね」
「何が?」
「お父さんの仕事」
「怪しいエセ薬剤師だろ?何故か楽天ランキング1位だけど。」
「まぁ、いいわ。今回あなたのお父さんから買い付けた薬も、これからその神に会うのに必要なのよ」
「そうなの?それ怪しいクスリじゃ。飲むともれなく頭がぶっ飛んで、ほら神が見える。神が見えるよー!的な?それ違法な奴だよね…」
「私が法よ」
「現代の独裁者ここに発見!」
「なんか文句があるの?」
「ございません!アヤメ様が法律にして正義です!」
「当たり前よ」
「全くその通り!全ては仰せのままに!」
「そうね。じゃあ、やきとりくんは、今から栄養分は全て光合成でまかないなさい」
「あ、あのぅ、私には、太陽の光を栄養分に変換する能力、皆無なんですけど」
「ミドリムシはできるのに?それじゃあなたはミドリムシ以下ね。よくそんなんで今まで生きてこれたわね。恥を知りなさい」
「微生物以下扱い!」
アヤメに言われたことよりもミドリムシに負けたような気がしてくやしいのはコレどうなの?
ここは素直に負けを認め、明日からミドリムシをお見かけしたら、ミドリムシ先輩!これからは、ミドリムシ先輩と呼ばせて頂きます!って言わなくっちゃ!
……まず、肉眼で見えねーし、ミドリムシ先輩。
「だいぶ話が逸れたわね。やきとりくんの無駄話に、これ以上付き合っても私の言葉がもったいないわ」
「掛ける言葉すら勿体無いと!」
これだけの侮辱、屈辱、陵辱を受けに受けオレのプライドはズタボロだ。興奮するぜ!下僕って、毎日こんな施しを受けるのか!羨ましい!極めてやるぜ下僕道!
そんな抱負が定まった彦一を横目にアヤメは勿論ツッコミもせず、ポケットから銀色のピルケースを出しながら彦一に言う。
「話戻していいかしら。そろそろいい時間だし。とりあえず、簡単に言うとこのクスリを飲んで神のいる異世界までぶっ飛ぶわよ」
「やっぱり、法に触れちゃうクスリだよねそれ!」
「大丈夫。依存性はないわ」
「あってもなくてもそんな怪しいクスリ飲めるか!つか、法に触れるかどうかは否定しないのかよ!」
「私が上げたモノを口にできないとでも」
「…お、美味しく頂きます」
強く言われると断れない、優しいオレだった。
「今日の気分は、コレにしましょう。黒の5番ね」
とアヤメはピルケースの中から適当そうに選んだそのクスリを摘む。
「気分で決めちゃうんっすか」
「何か問題でも?」
「…ないです」
「ございません。でしょ?このやきとりの串だけの役立たずが」
「もう身すらない!そして罵られた!ありがとうございます!」
「分かればいいのよ。はい、やきとりくんの分」
そう言ってアヤメから黒光りするカプセル状のクスリを手渡された。
「噛み砕いて飲みなさい。やきとりくんに異変がなさそうならその後、私も飲むわ」
「毒味かよ!」
「大丈夫。今まで死んだ人はいないわ。死んだ人はね。」
「なにその含みがある言い方!一番重傷でどんなになっちゃうの!」
「自我崩壊…と記録にはあったわ」
「恐っ!この若さでまだそうなりたくない!」
「つべこべ言わず飲みなさい」
そう言うとアヤメはオレからクスリを奪い取り
「はい、あーん」と。
条件反射であーんと口を開けてしまったオレの口へと放り込んだ。
「んぐっ」
ゴクリ。
噛み砕くこともなく飲み込んでしまった。
「噛み砕かないと即効性がないじゃない。さっき言われたこともできないの?あなた真のバカね」
「オレの口に放り込んどいて何を言う!」
無茶苦茶だ!
「はぁ。自分のミスを人のせいにするなんて最低の人間ね。人間のクズね。あなたの場合、人間かどうかも怪しいけど」
「至って普通(?)の人間です!」
「普通の人間であれば、その薬が証明してくれるわ。普通の人間ならば、その薬の効力に自我を保てなくなるはずだから」
「確実にオレ自我崩壊!」
これからは、自我崩壊した残念な主人公とクールでドSなヒロインでこの物語はお送りします!
つか、そんな物語成り立たねー!
そう思った瞬間、心臓がバクバクしてきた。
鼓動が速い。体内中の血液ドクドクいってるのが聞こえる。
これはヤバイ。
動機が激しく加速する。目に見えている景色全てがグニャリと歪んだ。薬の効果か?そんなことを考えていたら、突然と物凄い目眩がオレを襲い、オレはいやおうなしに体を崩し、蹲る。
やはり飲むのは断固拒否すれば良かった。今更遅いけど。これ、いつまで自我保てるんだ。さようなら健全だったオレ。こんにちは、まだ見ぬ崩壊したオレ。完全に崩壊したらこういう感情もなくなるんだろうなぁ。まだ色々やりたいことあったのに……。
ま、これも運命なのか。最初で最後の自我崩壊プレイだな!なかなか貴重な体験したぜ!最高だね!最後の自我ぐらい笑って過ごそう!
我が人生に一片の悔いなし。
…いやいや、悔いあり過ぎだろコレ!どう考えても!
まだこれからやっておかなきゃ、いけないイベント盛り沢山なはずだろ!これから来るであろうお楽しみイベントを前に諦めていいのかオレ!頑張れオレ!頑張って自我を保てオレ!気合いだっ!気合い気合い気合い気合い………
念仏を唱えるようにつぶやく彦一だったが、意識は朦朧としていき、やがて…
「………とりくん?……やきとりくん?」
ふと、気がつくと四つんばいになってたオレ。どうやら意識を失ってたらしい。おそらく一瞬だが。そのオレの横でアヤメが怪訝そうな顔でオレの肩を揺さぶってた。
足で!
しかもこの暗がりで折角のスカートなのに中を覗くことはできなかった。
「残念です」
それが、意識を戻した彦一の始めての発言だった。
「こっちこそ、残念かと思ったわ。それにやきとりくんが考えそうなことだから、先に言っておくけど、たとえスカートの中身を覗き込まれたとしてもスパッツを穿いてるから問題ないわ」
「それ聞いて二度残念です」
「にしても、いきなり崩れ落ちて四つんばいになったかと思ったら、地面に向かって笑ったり怒ったりしてるもんだから、本当に崩壊しちゃったのかしらと思って心配しちゃったわ。」
「心配してる人間が足で人の肩を揺さぶるか!」
側からみたら、そんな感じになってたのね、オレ。
「その様子じゃ、自我は保てたみたいね。」
「お陰様で。健全なオレに感謝します!」
「ならいいわ。大丈夫そうだし、私も頂こうかしら」
「人を実験台にしやがって!」
「やきとりくん。もし私がクスリの効果で蹲ってもそれをいいことにあんなことやこんなことをしちゃダメよ」
「す、する訳ないだろ!こんな紳士の鏡みたいなオレがそんなことする訳ないだろうが!」
言っては見たものの、完全にこちらの考えを見透かされた!
「ま、いいわ。その言葉信じることにしましょう」
そう言われると迂闊なことができない。
アヤメは言い終わるとオレが飲んだものと同じ黒いカプセル状のクスリを口にした。
「うっ」
アヤメは一瞬苦しげな症状をする。膝が崩れかけた。もうちょいであんなことやこんなことをするチャンス到来!
「…ふぅ。じゃあ、行くわよ」
「チャンス来ねーーっ!」
「やはり、狙ってたのね。やきとりくん。あなた一度死ぬ思いした方がいいのかしら」
そう言ってアヤメは帯刀していた刀をシャッと抜く。
目がマジだ!ヤバイ!こういう時にこそ、オレに力があるというなら出て来て役立てっー!
いでよ!フェニックス!
……って、やっぱり出る訳ねー!
「心臓をひと突きした方がいいのかしら。首から切り落とした方がいいのかしら。それとも、回復するよりも速く何度も切り刻んだ方がいいのかしら?」
不敵な笑みを浮かべて楽しげなアヤメ
「猟奇殺人者ここに発見!」
「やきとりくんは不死身だから殺人にはならないわ。お陰で気の済むまで斬殺ができるわ」
「なにそのコワイ発言!つか斬殺言ってるし。明らかに殺意あるんじゃん!」
斬殺プレイは斬新過ぎだろ!ゾクゾクする!
いや、決して期待してる訳じゃないぞ。
「誠心誠意を持って命を絶ってあげないと相手に悪いじゃない」
「そんな誠意いらねー!」
「えー」
「えーって!こっちがええっ!って言いたいわ!」
「じゃあ。――ねぇねぇ、やきとりくん、やきとりくん。ちょっとワガママ言ってもいい?こんなこと言うとやきとりくん、私のこと嫌いになっちゃうかもしれないけど、もし私のワガママ聞いてくれたら嬉しいな。でね、そのワガママなお願いなんだけど…ちょびっとだけ私に斬殺されてくれないかな?ねぇ、いいでしょ?お願い。やきとりくんが、私のお願い聞いてくれたら、私もやきとりくんのお願い聞いてあげてもいいんだぞ」
「そんな可愛く、友達以上恋人未満な関係を進展させる為、素っ気ない素振りでさり気なく言ってみるが実は勇気を振り絞っての告白風な台詞で斬殺依頼をお願いしてもダメなものはダメ!嫌いになるどころか、恐怖に恐れ慄くわ!しかもその台詞すら無表情、無感情って!」
「ちっ」
「舌打ちされた!つか、そんなことよりさぁー」
「そんなことより?こんな楽しいことより何があるっていうの?」
「いやいや!オレは決して楽しくないが!」
「私は楽しいわ。いや楽しみだわ」
「させねーよ!そんな惨殺無限地獄!」
「あら?この後、永遠に繰り広げられるグロさ全開の惨殺方法で一冊物語が終わるっていうかつてない斬新さ極まりないのに?」
「有害図書でお蔵入りだわそんな物語!」
「そんなんじゃ、表現の自由を損ねるわね」
「なくなれそんな表現の自由!もう世も世紀末だわ!」
「もう新世紀だけどね」
「…たしかに」
納得した彦一だった。
「じゃなくて!それよりもだな、このクスリに何の効果があるん?」
「ああ。そんなこと。神の領域に入れるのよ」
「ん?」
怪しいクスリを飲まされ、さらに命の危機にまでさらされた彦一が、改めてこのクスリの効果を聞いたところ、やはり神の領域に入るクスリだと答えたアヤメ。あまりに非現実的な回答に思考が認識できず、思わず、聞き返してしまった彦一だった。
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