第3話(旧2話) 旅立ち始めました。
それは、彼女、高天原アヤメと出逢ってから翌日のこと、ゴールデンウィーク初日。
オレは、彼女の仕事とやらを手伝うにあたり宿泊の準備をしとくよう、昨日の別れ際に彼女から言われた。彼女も身支度とやらで準備があるらしく、オレは、彼女と一旦別れ、翌日再び会う約束を交わしていた。
お泊りは家なのか?!彼女の家なのか?!
だとしたら、いきなり女の子の家なんて今のオレのレベルで耐えられるのか?もっと経験値稼いでおけばよかったーっ!経験値を稼がせてくれる女の子募集中!
正直、女の子の家にお泊まりイベなど、思春期全開のオレには興奮せずにはいられないシチュエーションだぜ!
溢れるリビドーがとまりません!
だって女の子の家ってことは、当然その女の子のお部屋もあるわけで。その部屋に入った瞬間これまた女の子特有の芳醇な香りがオレの鼻腔いっぱいに充満するわけだ!今のオレのレベルだったらその素材だけでいけるぜきっと!
ごちそうさまです!
まさか、彼女の準備ってオレが来たときにちらかってた部屋だったら恥ずかしいからと今頃せっせと部屋を片付けてたりして。
クールな振りしてそこらへんはやっぱ女の子なんだなー。そんなことしなくてもいいのに。多少ちらかってて、生活感が出てる部屋の方がオレは萌えるぜ!しかもお泊りって!
泊まりに行ったオレが彼女の部屋に入ったときに、せっかく事前に片付けてたにも関らず、家族に見られるのがいやとかで部屋干ししてた彼女の大事な下着を偶然目撃的な?
「あ!見ちゃダメー!」
と恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になった彼女に言われてみたり。
風呂に入ってたら、オレに気づかない彼女が無防備な生まれたままの姿でバスタブの扉を開けてしまいその結果、偶然彼女のスタイルの抜群の裸体をオレが拝めるというラッキーなアレ的要素もありってことだよね?
あったらどちらも完全に眼中に焼き付けて念写を気合でやりのけ、素敵なアルバム作っちゃうぜ?
全くもって本来の目的らしい仕事の手伝いとやらはさっぱりわからんが、なんかチョー楽しみになってきた!
ゴールデンウィーク最高!ありがとう神様!オレ、いま幸せを噛み締めています!
……妄想で。
なんてことを前日寝る前に妄想したお陰で興奮して眠れずに寝不足になったまま今日を迎えた。寝不足なまま朝を迎え、ダラダラと朝飯と出掛ける準備を済ませ、待ち合わせしていた最寄駅に向かう。
運がいいのか悪いのか今日は快晴だ。暖かい日差しと5月上旬の涼しい風が肌に触れる。オレの家から最寄り駅までは、徒歩20分ぐらいだが、田舎暮らしとしてはそれが当たり前なのでなんの苦もなく最寄り駅に着いた。
駅に一つしかない改札口には、春らしい淡いピンク色を基調にしたプリーツワンピに茶色のロングブーツな服装で女の子が一人立っていた。
昨日あったばかりだ。間違いない。彼女、高天原アヤメだ。
約束の10時には5分前に着いたオレだが、いちようここは、後から来たオレが謝っておくのがセオリーだろう。
「あ、どうも。待たせちゃったかな?ごめんねー」
「女の子を待たすなんて最低ね」
ええっ!
約束の時間5分前には着いたよ!なにその先制パンチ!感じ悪っ!
ま、昨日もたいしていい印象は受けなかったけども。この女、完全なドSでしょ性格。
「だから、ごめんって。そういやさ、高天原さんだっけ?名前以外あんたのこと知らないんだけど」
そーいや、昨日まともにしゃべってないからこの会話が二人っきりで最初に面と向かって話すファーストコンタクトといっても過言ではない。なのに普通に切り出してしまったー!出会いは初めが肝心だから、もうちょいインパクトある攻め方をすりゃよかった!
「私はあなたのこと知ってるわ。説明書に書いてあることは全て。彦一くんでいいのよね?」
いちようオレの取説に名前はぐらいは書いてあったようだ。つか、あの取説にはどこまで書いてあるんだ?
まさか!
オレの幼少期の痴態まで書かれてあるのか!それをネタに彼女に辱めを受けろとでも言うのか!そんなことされた日にゃー、期待しちゃうじゃないか!
何を?
「そ、その通りなんだけど、改めて本人から口答で言わせてもらおう!青桐彦一15歳。高校一年生。誕生日は7月7日。星座は蟹座。血液型はA型。好きな食べ物はマーボー豆腐。特技は妄想とツッコミ!」
ま、ベーシックな自己紹介としてはこんなもんでしょ。
「私は、高天原アヤメ。高二よ」
うんうん。そんでそんで?
「じゃ、行くわよ」
「終わりかーいっ!」
「…さすが特技だけあるわね。ツッコミ」
「いやぁ、それほどでも。ってこれからお仕事とやらで一緒に動向すんだからさ、せめてお互いをどう呼び合うかだけでも決めない?一つ年上なことは解ったんで、高天原さんでいい?それともアヤメさん?それともアヤアヤとか?」
最後に馴れ馴れしい呼称をさりげなく混ぜてみたぜ!
「そうね。じゃあ、私のことはこれから『将軍様』と呼びなさい」
「どっかの国のお偉いかたの呼称キターーー!」
「あなたのことは『喜び組組員その1』と呼ぶわ。」
「将軍様にそうお呼び頂き光栄の極みムニダ!」
つい乗っかってしまった!
このくだりではさりげなくオレがM属性だとバレるじゃないか!
「いや、違う違う!つか、オレの呼び方長すぎだし!それにオレはあんたを将軍様と呼ばせて頂きますと承諾した覚えはないぞ!」
このままズルズル行くとホントにずっと将軍様と彼女を呼ばなくてはいけない雰囲気になりそうなので、すかざず否定した。
「せっかく私の一番のとびっきりお気に入りネーミングを付けてあげたっていうのに。あなた意外とワガママね。じゃあいいわ。妥協してあなたのことは『やきとりくん』と呼ぶわ」
「えぇっ!オレがワガママなん!え?つか、オレ、やきとりってあだ名つけられたん初めてなんだけど。オレ青桐彦一だよ?全くやきとり要素ないよね!ちと斬新過ぎじゃね?」
「そう?妥当だと思うけど?私のことは、アヤメ様でいいわ。」
『様』は譲れないんだ・・・・・・。
「様って!主従関係になった覚えはないぞ!」
こんな高慢な女に屈するか。断固としてオレは戦うぞ!
「ちゃんと仕事を手伝ってくれたら、ご褒美あげるから。欲しいでしょ?ご・ほ・う・び」
「欲しいです!」
「私にどんなことをして欲しいの?どんな願いでも、やきとりくんのお望みどおり叶えてあげるわよ?」
「無茶苦茶にして下さい!」
こうしてオレは快く主従関係を結んだ。快諾だ。
オレの住んでるこの村の電車は、昼間は三十分程度に1本のペースでしか来ない。下手したら、1時間近くこない。そういった意味でもこの村をド田舎と言わしめる所以になるだろう。
さっき行くわよと言われたけど、そーいやどこまで行くんだろ?今日中に着くところなのかな?
疑問に思った彦一は、そのままアヤメに問いかける。
「そういやさ、これからどうやって行くの?どこまで行くん?ま、ここ駅なわけだし、電車でどっか行くんだろうけどさー」
アヤメは時計を見た。
「もう、そろそろね」
「なにが?電車はまだだよ?」
「ここでもうちょっと待ってればそのうちすぐ解るわ」
「あ、車でも来んのか?」
数分後、けたたましい音が突風とともに上空からやってきた。ヘリだ。何度見てもヘリだ。
想定外の乗り物キターッ!黒塗りのヘリコプターだ!
そのヘリは、どんどん近づき、近づくにつれ突風を撒き散らし、けたたましい音と共に彦一達を横切り、駅のちょい先の駐車場という名の空き地に降りた。着陸したヘリの中から黒いスーツの男が出てきた。その男は周囲を見回し、その後すぐにアヤメに近づいてきた。
「お待たせしました。アヤメお嬢様」
「なんとかならないのかしら?あのヘリが来るときの風。まだこの季節あんな風が吹いたら意外と肌寒いのよ」
うわー。
開口一番、挨拶もろくにせず、物理的に無理なこと言ったよこのアヤメ『様』は。
ムチャぶりもいいとこだ。
お嬢様呼ばわりってことは、やっぱ金持ちなのかねー。そりゃ、ヘリでお迎えきちゃうぐらいだもんね。超いいとこのお嬢様なんだろうけどさ。
「申し訳ございません」
スーツ姿の男は礼儀正しいお辞儀をして謝る。
「あんなでかいプロペラが付いているから風が吹くのよ。はずしちゃえば?」
「検討いたします」
「検討するのかよ!ヘリコプターからプロペラとったら一番のお役立ちポイントなくなるよ!プロペラなくしてどうやってあのヘリ浮かすの?UFOでも作る気か!」
彦一のツッコミを無視し、スーツ姿の男に話続けるアヤメ。
「まあいいわ」
「恐れ入ります」
また、黒スーツ姿の男は礼儀正しく挨拶をする。
「さ、やきとりくん。行くわよ、乗りなさい」
何事もなかったようにこちらに話しかけてきたよ?こんな非常識な会話がこのお嬢様にとっての日常会話なんだろうねきっと。
「どーでもいいけど、なんでやきとり呼ばわりなんだ?食べ物なんですけどそれ。生き物なんですけどオレ。せめて動物の名前とかにしてくれ!」
未だにアヤメのネーミングセンスに納得いかない彦一。
「あなた、ホント自分のこと何も知らないのね」
「これでも15年間生きてきたんだ。多少なりとも自分のことぐらい自分がよく知ってるさ!それよりもさっきの会話の様子から察するに、あんたのいままでの会話の全てが世間じゃ非常識ってことをあんた自身が知る必要があるぜ!」
「あら?やきとりくん。ご褒美はいらないのかしら?」
「申し訳ございませんアヤメ様!前言撤回致します!全てはアヤメ様の仰せの通りに」
オレは毅然とした態度で素早く腰から90度の角度で頭をさげてやったぜ!
そんな事をしていたら、ドタドタとした足音をしてやって来た奴に後ろから声を掛けられた。
「あーなんとか間に合った。よぉ、彦一」
そこに来たのはうちの親父だった。何の用だか全く。
「私は先に乗ってるわ。すぐに用を済ませて、さっさと来なさい」
そういうとアヤメ『様』は、うちの親父にチラッとお辞儀をして、ヘリに向かった。
「あ、お嬢ちゃん、うちの息子をよろしくねー。いやぁ、ゴメンゴメン。旅費やるの忘れてた。やっぱ旅にはなにかとお金がいるでしょ?」
そういって、親父はオレに分厚くでかい紙袋を渡した。
「へ?なにこれ。まさか、これ全部金?こ、こんなに!」
中には見た目通りかなりの札束が入っていた!こんな大金みたことない!
「ま、一千万程入ってるから。大事に使うんだぞ。絶対落とすなよ。こっちのことは心配するな。おまえがいなくて寂しくはなるが元気に暮らすさ」
「一千万!一千万だとー!ありがとう親父!お金じゃないけど、こんな不肖な息子の旅路にこんな大金持たせてくれるとは。親父見直したぜ!すげぇー!一千万ドンもくれるなんて!」
ん?……ドン?
「あっち行っても達者でな。なにかあったらGmailでなー」
「ってドンってなんじゃーー!ベトナム通貨じゃねーか!一千万ドンの札束あったって、頑張って換金しても5万円ちょっとにしかなんねーよっ!」
「金は金だろ?贅沢なことをいう奴だなー」
「これもって移動する分、荷物になってかさばって重いわ!普通に5万円なら5万円素直によこせやー!」
「まぁまぁ。ほんのジョークだよ。結構それ、こんな田舎で揃えるの大変だったんだぜ?」
「その労力を他に使え!」
「いやいやぁ、そんな褒めんなって。ま、ホントは別に言っておかなきゃいけないことがあってな。それをお前にいう前の雰囲気作りに軽くお茶目な一面を醸し出してみたわけよ。」
「いらんわ!そんなお茶目な一面!つか、なんだよ。他に言っておきたいことって。それこそGmailでもケータイメールでもいいんじゃね?」
「いや、それは違うよ彦一。お前の親として面と向かってきちっと話しておくことが親としてのケジメだと思ったんでな。実はな・・・」
なんだなんだ?
忽然とうちの親父の顔がいままでのだらけたニヤケ気味の表情から一変、かなりマジで真剣な表情したぞ?ホントにこっちも真剣にきかなきゃいけない雰囲気じゃねーか。
ちらっと態度を改め直す彦一。
「じ、実はなんだよ?」
真剣味を帯びた目で話し始める彦一の父親。
「実は……実はな、彦一。お前には生き別れた双子の妹がいるのだよーー!」
ドーンッと彦一の父親。
「はい。ウソ決定!」
スパッと速攻でオレは父親の話しを切り落とした。一瞬の猶予も与えない。
「あらぁ~、渾身の発言だったのにダメだったかー。残念。ま、いっか。お父さんからは以上でーす」
「そんだけのためにわざわざ来たのかよ!旅立ち間際まで大迷惑だよこの親父!」
「すまんすまん。んじゃ元気に行って来い!お嬢ちゃんやそのご家族にあんまし迷惑かけるなよ。なんかあったら適当に連絡くれ」
「わーったよ。行ってくるぜ親父」
どうしようもない父親とのやりとりで無駄に時間くってしまった彦一。
結局何がしたかったんだろうか?謎だけが残った…。
アヤメはヘリの中で遠くからでもわかるご機嫌ナナメ顔で彦一を見ていた。なんだか先が思いやられそうだと彦一は感じる。
しょーもない親父との無駄の会話も終わり、少しでもアヤメのご機嫌の回復を図るべく、さっさと彼女の用意したヘリにオレは乗り込んだ。
ヘリの中は、黒の高級そうな革張りの座席シートになっていた。さっきオレが見た黒スーツの男以外に操縦席にもう一人これまた黒スーツ姿の男がいた。
これなんかの映画の撮影?…と、思うのはオレだけか?
彼女の隣しか、席が空いてないのでオレは、仕方なくそこに座った。アヤメ『様』は特にオレに声をかけるでもなく、反対側の窓に顔を向けている。窓に映るその不満そうな顔をちらっと見つつ、あんまりこっちから声を掛けない方が身のためだと判断したオレは、そっと自分の方の窓に目を向け、外を見た。
彦一が乗ると同時に操縦席にいる黒スーツの男がアヤメに視線を送る。アヤメは「出して」という感じでコクリとうなずき合図を出す。けたたましいプロペラ音が再び鳴り、ヘリが動き出した。ヘリは宙に浮き、そしてどんどん地上から離れる。
いよいよ、お仕事のお手伝いとやらに向け、出発だ。