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新学期の霹靂

「───…は?」


自分でも良くこんなすっ頓狂な声が出せたものだと感心してしまう。それもその筈、放課後の人気の無い屋上に呼び出されたらリア充フラグが立つのだろうと浮き足立って臨んだのだ。…だと言うのに突き付けられた言葉は全くの別物。


「…分からないみたいだから、もう一度だけ言うね。キミ、凄いの憑けてるよ?」


「いやいやいやいや、意味が分からな──」


その言葉に、彼女は制服のポケットから何かを取り出して彼の足元に落とした。すると小さな球体が足元のコンクリートの中にポチャリと沈み───そこがゆらゆらと波打ち始めると、その中から白く細い女の手がずぶずぶと這い出して彼の足首を掴む。


「───っ!?な、んだよ…これ…!!」


今までの想い出が走馬灯の様に駆け巡る。何故こんな事になってしまったのかを必死に考えながら固く目を瞑り、足元のそれから意識を離した───。




「…何だこれ」


思い起こせば、これが全ての始まりだったのかもしれない。何時もと同じ朝、幼馴染の葉山司と共に正面玄関を潜った彼──深瀬景冶──の目に止まったのは上履きの上に置かれた一通の白い封筒だった。


「ラブレター?…景冶、いつの間に」


眠そうな目を擦りながら景冶の上履きの上から封筒を拾い上げると中を透かして見ようとしている司。取り返そうにも幼馴染の身長が高過ぎて景冶には為す術もない…それが開かれて中身が取り出されるのを彼は黙って見守るしか無かった。


「!?───これって…」


文面を確認した司の表情が険しくなる。不安に思い彼を見上げると、無言で便箋を手渡された。


『放課後、屋上にて待つ』


書面には、流れるような文字でそう書かれていた。…何故筆を使っているのかも分からず、この簡潔な文章からして景冶が抱いたのは唯一つの小さな疑問。


「ラブレター…で、良いんだよな?」


「寧ろ果たし状じゃね?」


自問自答をしていると司から的確に横槍を入れられた。…とは言え、この字体はどう見ても女子が書いたものだと推測される。それに女子から果たし状を貰う意味が分からない。景冶は一縷の望みに賭けてみる事にした。


「…あれ?景冶、それ何の落書き?」


ほら右下の、と言われて初めて気付いたのは右下に書かれた不思議な図形の様なもの。


「んー、何かの模様じゃねぇの?」


何よりこの場合、問題なのは屋上で誰が待っていてどんな事が起こるのか…それとは無関係にしか思えない図形は頭の片隅に追いやられて何時しか忘れていたのだが───




「手紙、持ってる?」


そんな朝の出来事を思い出していた景冶が、突然現実に引き戻される。うっかり目を開けてしまった彼は現状を目に焼き付けて後悔する羽目になった。


「手紙!?…これか」


「足元に落として!」


制服のポケットに仕舞い込んでいた封筒をもたつきながら取り出した景冶は、言われるがままに足元に投げ落とした。…すると、瞬時に封筒全体が黒い炎の様なものに包まれて彼の足首を掴む手が焼け爛れていく。


「うっわ…気持ち悪っ」


ぐずぐずと皮膚が溶け出すちりちりとした鈍痛に断末魔の悲鳴をあげながら、それが床からせりあがってくる。


「───ここ一週間、ずっと身体の左側に重苦しい不調があった筈」


「!!何でそれを───」


「原因はそれ、しかも生き霊なんだよね。心当たりは無い?例えば左側から視線を感じたり…」


そこまで話す間に、それが黒い炎に包まれた状態で上半身まで這い出してきた。…刹那、目視してしまった景冶とそれの視線が絡み合う。すると、その顔は何処かで見知ったものだった。


「…っ、藤崎───!?」


それの苦痛に歪んだ表情が一瞬驚きに変わると、とぷんと水面に何かが沈む様な音がして───静かな放課後の屋上に戻った。


「何だよ、今の…冗談だろ?」


「冗談でも何でもないよ。…だってキミにずっと憑いてたし」


張り詰めた空気から一変した静寂の中、今仕方目撃したものを頭で整理しようとするが非現実的過ぎて受け入れられない。安堵によるものか、すっかり膝の力が抜けた景冶はへなへなとその場に崩れ落ちた。


「どんなに修行しても見えなかったのに、キミの近くに居ると良く見えるんだよね。…何て言うか、キミは怪異を引き寄せるアンテナみたいな存在」


正に私が探し求めていた存在なんだよ、と熱弁されるも解釈してみれば歩く幽霊ホイホイだ。しかもそんなものを引き寄せたところで景冶の人生には何の得も無い。


「全っ然嬉しくない…」


「良いじゃない。霊にモテモテだよ?」


「生身が良いって」


そんなやり取りの後、がっくりと肩を落とした景冶の鼻先に人差し指が突き付けられた。…人を指差しちゃいけないって親から教わらなかったのだろうかと心の中で悪態を吐いていると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「その体質を見込んで頼みがある。…勿論、キミにも危険が及ぶ可能性があるから、そこは私達が全力で守るし、キミが引き寄せた奴等も一掃するから。悪い条件じゃ無いと思うんだけど、どうかな?」


女子に守られる立場ってのはどうなんだろうと暫し考える。そこでふと日本語の違和感に気付いた。


「私達って…?」


「私の兄貴、住職なんだ。…とは言ってもサポート位しか出来ないけど。で、本題」


彼女の家系は先祖代々神社や仏閣を守っていて、心霊関係の方面でも名を馳せていたんだとか。ただ、優秀過ぎるご両親と違って彼女達兄妹には「欠け」があり、それを補う事が出来る人物───詰まり、ピンポイントで景冶の様な者を探していた訳だ。


「私は『見えない』し、雑魚にしか『触れない』。で、兄貴は弱った相手じゃないと『祓えない』…二人でも足りてないんだよね」


「いや、だからって何も俺じゃなくても…」


「キミの体質は急を要するよ?試しに憑いてる奴等、全部引っ張り出そうか?」


彼女はどす黒い笑顔で先程景冶の足元に落とした球体を数個取り出すと、それを掌の上で楽しそうに転がして見せた。…暗に断れば今のより恐ろしい体験をするんだぞ、と脅されている状態。


「全部引っ張り出すと…?」


「知りたい?」


「…止めとくよ」


危険な橋は渡らない主義の景冶でなくても同じ反応をするだろう。あんな物を一日に何度も見せられてたまるかとの思いから彼は沸き上がった恐怖に蓋をした。


「…話は変わるけど、さっきからドアの向こうで様子を窺ってるのはお友達?」


「───…っ!?」


じゃら、と球体を制服のポケットに流し込んでから彼女はひらりと身を翻した。直後、何処からか紙飛行機の様な物を取り出して口元に寄せると何かを呟き、流れるような動作で屋上の入り口にそれを飛ばす───…すると、空気が破裂する様な音が響き、ドアがまるで意思を持っているかのように音も無く開いた。


「司───…って、大丈夫か!?」


そこにいたのは紛れもなく司だった…のだが───、彼の身体はドアの動きと共に無抵抗な状態で前のめりに倒れ込んだ。それを見た景冶は周章てて彼の元に駆け寄り、その長身を抱き止める。


「彼、憑依されて来たみたいだね」


ぐったりと景冶に凭れ掛かる司を必死に揺さぶって声を掛けるのだが反応は無く、次第にこのままの体勢を続けているのが辛くなった頃、彼女が二人の元に歩み寄って何かの形に切り取った白い紙をはらりと落とした。


「──何だよ、これ…」


景冶が驚愕の表情で司を見詰める。彼の上に落とされた白い紙が瞬時にどす黒く変色し、散り散りになって消え失せたからだ。それと同時に蒼白かった顔にも血色が戻っていく。


「キミが引き寄せて、彼が取り憑かれる。…二人の相互作用ってとこかな?───改めて聞くね。私達に力を貸してくれる?」


「───分かったよ…」


幸い取り憑かれた時に意識を乗っ取られるらしく、司には悪影響が無いのだと知らされた。…まぁ、取り憑かれる時点で物凄い悪影響だとは思うのだが。そう心の中で吐き捨てたものの、実際何の力も持たない景冶は、ただ黙って頷くしか選択肢は無かった。

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