人形を初めてお迎えするにあたって、魔夜様に風子がお願いした話の事 その一
このお話はえらく趣味的な話になると思います。主に人形のことなんですが、オカルトも出てくると思います。よろしくお願いします。
「そうだな・・それなら「赤の森」じゃなくて「黒の森」・・・魔夜様にお願いした方がいいんじゃないかな」
五月凪人はそう言いながら、社務所のパソコンに来月の結婚式の予定を打ち込んでいる。白襦袢に青い袴の姿なので普通の人が見ると違和感はあるが凪人にとっては仕事着である。
「えー、でも凪人ちゃん「赤の森」の人でしょ?なんで黒の森を薦めるの?」
こちらは白襦袢に雅楽の装束の袴だけをつけている山崎美風だ。これもお仕事着だ。そしてこれから結婚式で演奏するための笙を電気コンロで温めている。なにやら不満そうなのは「赤の社」に勤めている凪人ならご利益のある「お願い」のやり方を知っていたり、確実に「お願い」が叶う様に祈願してくれると思ったからだ。
美風はどうもお願いしたいことがあるらしいのだが・・・・
「うん、朱留様は忙しいからだよ、結婚式だの受験合格だの恋愛だの、まあお願いしてもいいけどちょっとなあ」
朱留様とは「赤の森」を守護する神様のことで、あらゆるお願い事を叶えてくれる霊験あらたかな女神様だ。
「霊験あらたか・・・過ぎて、忙しいんだよな・・・だから、風子は魔夜様にお願いするといいよ」
「なんで魔夜様なの?だいたいあそこはあまり人が行かないじゃない?ほんとにご利益あるの?」
魔夜様というのは「黒の森」を守護する神様なのだが「海の森」「裏の森」または「竜宮」ともいわれ、美風など一般人にはどんなご利益があるのかもあまり知られていない。また「黒の森」自体が離れ小島に有る上に小島の本来の神様は「白の森」と言われている白美様だ。「黒の森」は「白の森」の地下というか下の洞窟にある。神様の順位としたら「主神、朱留」に対して「裏の主神、魔夜」なのだが、神社仏閣マニアでもない限り一般人にはかなりマイナーな神様だ。
「まあ、そう言うなよ、伝説では魔夜様が深森市の土地も山も全部創ったんだ。本来なら魔夜様が主神であるのが本当なんだから、ご利益は当然あるんだ」
「あ、そうなんだ。じゃあなんで竜宮なんかに閉じ篭ってんの?引きこもり?」
美風は笙をクルクルと電気コンロで温めながら聞く。
「学校じゃこの街の歴史というか伝説は習わ・・・・なかったな。俺も覚えがないや、観光都市なんだからそれぐらい教えないとだめなんだけどなあ・・・・えーと、そうだな、こんな話だ。魔夜様はこの地に来た時あまりにも何もないので味気ないと思われ、海と山で囲まれた箱庭を創られた。神様だから、箱庭って言ってもスケールがでかいんだが、そのうちに人間が住みだしたので魔夜様は少しづつ人間の手伝いを始めた。天候を調節したり、海で猟ができるように魚を住まわせたり、まあ、そういう環境造りをしたんだ。ゲームでもあるだろう、都市を造って人口を増やしていって・・・って感じの」
凪人は生徒に説明する先生のように言葉を選びながら話す。
「リアルで「都市をつくろう!」をやったんだ。なんかすごいね」
「神様だからなあ。それであるていど人口が増えてきた時に思ったんだとさ。「私もここに住みたい」って」
「ゲームに参加したいって思ったんだ」
「まあ、そんな感じだね。でも魔夜様がゲームに参加しちゃったら、いったい誰がこの街を守るの?ってことになるんだな。それで魔夜様は6人の分身というか、妹をつくったんだ。山には「朱留様」を頂点に「水葉様」「黄麗様」を置き、街には「青奈様」「紫苑様」。海には「白美様」ってね。で御自分は竜宮に隠居して街に遊びに出かけた、というわけなんだ」
「それで、悪いことをする輩を成敗!ってやったんだ」
美風は何やら勘違いをしているらしい。
「いや、そこまではしてないんだよね・・・というか、させてもらえないというか・・・」
「?・・・・」
美風は少し首をかしげた。凪人はたまに深森の神様に対して、まるで友人のことのように話すことがある。
「トモカク、魔夜様は自分から身を隠されたんだけど、実力は七人の神様では一番なんだ、本気をだせばね。まあ、ちょっと困ったお方ではあるんだけど。マヤ様は名前からしてインドから来たらしいし、深森市に残る鬼伝説、竜宮伝説、異人伝説なんかからしても、日本古来の神様じゃないと思うんだけど、大学などではそれを認めてないし・・・」
「わかった、わかったよ、それでどうすれば、魔夜様に本気を出してもらえるの?絵馬とか、お守り?」
凪人の話が長くなりそうなので、美風はあわてて戻す。
「うん?まあ、そうだね、やり方としてはどの神様にも通用すると思うんだけど・・・風子もここで仕事をしているから絵馬とかお守りってあまりピンとこないんじゃないかな。」
凪人はそう言いながら社務所の奥に積まれたダンボール箱をチラっと見る。ダンボール箱の中には業者から届いた、何も書いていない絵馬やお祓い前のお守り、神社のマスコット人形などがぎっしりと入っている。需要が多いのでこれらは量産品なのだが、こういうものを箱から出して社務所に並べるのを何度も見ていると、はたして絵馬やお守りにご利益があるのかわからなくなってくる。手作りで一つ一つ作りました。というのなら話はべつなのだが。
「うん、たしかにそうなんだけどね」
美風は苦笑しながら同意する。
「いい方法があるよ、というかある意味当たり前な方法なんだけどね」
「当たり前なの?」
「うん頼み事をするんなら、人間相手なら誰でもやっているんじゃないかな」
美風は少し考えて
「えーと贈り物をする、とか?」
「そうだね、贈り物、あいさつ、とかだ」
凪人はパソコンをカチャカチャ操作しながら言う、打ち込みによく間違わないものだと美風は思う。
「具体的にはまず、魔夜様の所に行ってお供え・・・・そうだな、甘いもの、お菓子、ケーキとかそんな感じのものがいいかな。そんなのをお供えする、で、お願い事をする。それで願い事が叶ったらそのお礼にお願い事と同価値の事をする」
「同価値?」
お金でも払うのかな、と美風は思う。凪人はそれをわかったのか、
「お金じゃないよ、そのお願い事に見合ったお礼なんだ。そして、そのお礼は自分で考える、そういえば風子のお願い事ってなんだ?聞いてなかったな」
「エートね、あの、お人形が欲しいんだ。限定でなかなか買えないんだ」
「ああ、それならなおさら、魔夜様の方がいいかもな。それで、いくらくらい?」
「エート・・七万弱くらい、かな」
美風は少し恥ずかしそうに言う。人形に七万も使うというのは、高価なおもちゃを買うようで少し後ろめたい様に思うのだろう。だが凪人は別になんともないように
「そうか、じゃ風子は、魔夜様にお値段七万くらいのこういう人形が欲しい。限定でなかなか買えませんがお願いしますって、祈願するんだ。甘い物をお供えしてな」
なぜか甘いものにこだわる。
「そして、その人形を手に入れる為に一生懸命努力する」
「お願いしたのに努力するの?」
美風は少し驚いたように言う、すると凪人は「当然だ」というように
「そりゃそうだろ。受験生が学校受かりたいってお願いしたって、勉強しなけりゃ受かるわけがない。健康祈願しても、暴飲暴食して不摂生してりゃ体を壊す。事故に逢いたくないって言っても、車の前に飛び出せば轢かれるさ。当たり前だろ。お願いしたってそれを実現するにはそれなりにがんばらないと。それに何もしなけりゃ神様だって「あ、おまえが欲しいって言うのはその程度なの、じゃやめてもいいよね」ってなるだろ」
「うん、まあ、そうだよね」
美風も納得したようだ、凪人は続ける。
「それで風子が人形が買えたら、今度は魔夜様に、風子が7万弱の人形に相当すると思ったものをお供えする。物はなんでもいい。例えば一ヶ月お社の掃除とか、百円でもいいから、お供えを持って一ヶ月参拝するとか、あ、献血ってのもあるな」
「献血?」
それはお供えとちがうんじゃ、と美風は思ったが
「うん、直に神様に血を持ってくるんじゃないけどね。社会に自分の血を捧げるっていうのかな。文字通り身を削るって事なんだけど、結構、有効だぞ」
「そうなんだ、私、針が怖いから献血したことないんだよね」
「それなら尚更いいかもな。お願いの為に自分の苦手な事をするというのは、魔夜様も喜ぶよ」
凪人は少し笑っているようだった。
「うーがんばるよ・・でも、お礼ってそんな感じでいいの?」
「風子がどれくらい感謝しているかってことを示すことだから。七万弱くらいならそれぐらいでいいと思う。まあ、一億円の宝くじを当てて欲しいとなると、こんなんじゃだめだろうけどね」
「一億円?そんなこともお願いできるの?」
「まあね、でもお礼は大変だぞ。なにしろ一億だからね、一億円に相当するお礼ってなんだろうな?」
この時凪人は美風のほうをくるりと向いて本当にニッと笑った。
「えーと・・・ちょっと想像できない」
「そうだね。一億稼ぐのはどれだけ大変なことなんだろうね?それをお願い事ですますっていうのなら、対価一億円分っていうのはどんなものなのか・・・・もしかしたら、大したことじゃないのかもしれない、本人の誠実さが大事だからね。逆にどうしようもない事かもしれない・・・どっちにしても一億もらって献血やお菓子で「ありがとうございました」ってわけにはいかないなあ」
「いかない時ってどうなるの?お願いが叶わないの」
まあ、そうなるだろうなと美風は思ったが、凪人は少し真面目な顔になって
「いやそうじゃない、そう単純な話じゃないんだな。姫人形様は優しくてね、たいがいの願いは叶えてくれる。ただ、何でも願いを叶えてくれる神様はそれだけ能力が高いから、逆にはね返って来るときは恐ろしい。ネットで先に商品を受け取ってお金を払えないから、分割払いとか返品ってわけにはいかないんだ。」
「え?」
美風はなにか怖いものでも見るように凪人をみた。
「こんな話がある、江戸時代なんだけど、ある商人がお金持ちに成れるよう商売繁盛を祈願したんだね。商人も努力した。すると一年後には大商人になれたということだ。まあ、ここまでは良かった。ところがここまで大きくなったのは、自分ががんばったからで姫人形様は関係ないって言い出したんだ。成功のお礼を払うのが惜しくなったんだね」
「それで、どうなったの?」
「うん、その時、商人は朱留様にお願いしていたんだけど」
凪人は神殿の方をチラっと見て
「火事を出して、綺麗に商人の家だけ焼けたそうだ。隣家、近所には全くひがい無しで。そしてその商人は家族も財産も全て失った。その商人だけが生き残ったんだ」
「でも、その人は命は助かったんだ」
美風は少しホッとしたようだったが、凪人は
「そうだね、その人は生き残った。一人だけ生き残ってしまった、何もかも無くしてね」
美風にも凪人が言っている意味がわかった。「死んだ方がまだ良かったかもしれない」と・・・・凪人は言わなかったが。
「まあ、この話では対価を踏み倒そうとしたからね、朱留様も怒っちゃたんだね・・・・西洋でもよくある話なんだけど、まあ、あっちは大概「悪魔」とか「死神」「邪神」なんかと約束や契約を交わすんだけど、相手が「悪魔」とかだから約束を破ってもいい、人間が知恵を使って、いかにして「悪魔」をだまして契約を反故にして大金を得るかって話が多い。童話で「聖女」が民衆に施しをする話がある。自分のものを全て施して最後は自分の魂を「悪魔に売り渡し」て得た大金も施す。その後「聖女」は自殺して「悪魔」は聖女の魂をもらい損ねるって話があるけど、考えてみると「聖女」は「悪魔」だから約束を破ってもいいと思っているし、働かないのにお金をもらえないのは当然だ。施すのは偉いことだけど、この「聖女」は随分と身勝手だとも言える。だまされた「悪魔」の方がよっぽど人がいい」
「人の方が約束をやぶる」
美風はつぶやく
「そう、約束を破るのは人間ばかりでってね。悪魔が契約をやぶるって話はあまり聞かないね」
美風はなんと言ったらわからない顔をしている、凪人もしまったと思ったのか話を戻した
「悪魔と朱留様をいっしょにしちゃ朱留様に怒られるけど・・・それに、風子の願いはそこまで重くないし、踏み倒す気もないんだろ」
「うん、うん、全然ないよ」
美風は頭をブンブン、タテにふる。
「なら大丈夫だよ」
凪人は一旦、言葉を切って
「と、まあ、こんな風にやればいいんだよ。普通みんなやっているだろう?」
と言った。しかし、美風はそんな風にお願いするなんて初めて聞くことだった。
「そうなのかな・・普通、絵馬とかにお願いを書いたり、神様の前で神主さんに拝んでもらったりするんじゃないかな」
それで美風はそう答えた。しかし凪人はとんでもないという顔をして
「風子が普通に誰かに頼み事をする時はどうする?いきなり頼み事をするかい?まず、しないだろ。そんなことをしたら断られるかもしれない。普通なにか頼み事をする時はまずその人にあいさつに行く。みやげでも持ってね。何やらご機嫌うかがいをする。で、相手が機嫌が良くなった頃を見計らって「実はお願いが・・・」ってやるんじゃないか?現に今、俺に話しかける時も、仕事の邪魔じゃないかな、とか、今話かけてもなにも答えてくれないかも、とか考えてタイミングを見ていたろ」
「う、たしかにそうだね」
そう、凪人は仕事で忙しい時は「今、忙しいから後々」とにべもない。だからパソコンを打っている凪人に話しかけるのに、美風は少し様子を見ていた。
「だろう?人間相手なら姿が見えるからご機嫌うかがいをするけど、神様は見えないからその辺がイイカゲンになる。神様はそれが仕事だし、心が広いから怒らないけど、ぼくだったら、いきなり何を言い出すんだろう、とか思うかもしれない」
「そうなんだね、神様に失礼なことをしていたんだね」
「まあ、失礼まではいかないけどね・・・だから、正式に神様に頼み事をする時は、祭壇を作ってお供え物をして神官が祝詞を読む。祝詞にはお願い事が書いてあるんだけど、前半部はひたすら神様をヨイショしてご機嫌をとって、後半部、機嫌が良くなったらお願い事を申し上げる・・・・そんな内容なんだ」
「なんか勉強になりました」
美風は神様はもっと人とちがう考え方をしていると思っていた。だが、凪人の言い方だとそんなに人とちがわない。ちがわないのなら常識の範囲で失礼だと思うことをやらなければいい。
「うん、やり方がわかってきたよ」
「そっか、まあ、がんばれ・・・・さてとそろそろ時間だな。今日の相方は春来さんか。」
言ったとほぼ同時に社務所の扉が開き。クセっ毛のあるながい髪を後ろでに縛り、烏帽子をかぶって雅楽の装束に着替えた春木紅緒が入ってきた。
「風子、時間だよ、それから春木さんはやめてよ、今更すぎて、なんかかゆいわ」
紅緒は凪人とはながい付き合いで小学二年からの友人である「腐れ縁が永い」と双方ともに思っている。美風も凪人とは小学一年生からの縁だが、一学年下なのからか、それとも凪人が人付き合いが悪いからか、紅緒に会ったのは中学生になって雅楽の稽古に通い始めたからである。
「もう、それは凪人ちゃんのせいでしょお」
「そりゃ凪人のせいだな」
「君たちは何に突っ込みをいれてるんだ?」
「もう、それは凪人ちゃんにでしょお」
「そや、凪人にだな」
実際、美風は紅緒とはよく出かけたり、ご飯を食べたりするが、凪人とそういうことはほとんどない。紅緒も同じようなものである。そして凪人が美風と紅緒を引き合わせるということは無かったのである。だから、紅緒と美風が出会わなかったのは凪人のせいである、と言われても仕方がない。紅緒と美風は趣味も容姿も完全に合っていない。紅緒はツリ気味の眼を持ち、髪を長くのばし、服も明るい色を好む、つまり他人からの視線をかなり意識しているのに対して、美風は眼は少し大きめでタレ気味、髪は面倒なのか肩までのびると切ってしまう。服はゆったりしたものを好み、自転車に乗るのでスカートをはいていたとしても、その下にズボンやロングパンツを履いていることが多い。好みが全く合わない為にお互い干渉しないのが楽なのだろう。それに紅緒が美風のことをかなり気に入って・・・というより大好きなのである。紅緒には2歳年下の「白亜」という妹がいるが大人びていて性格もしっかりしており、美風よりも年上に見える。紅緒はあまり白亜のことを妹とみていないところがあって、つまりは美風の方を妹のように可愛がっているわけなのである。
「風子、笙はあったまったでしょ。そろそろ行こう」
「え、ああ、ちょっとまって・・・うん、大丈夫」
美風は笙の頭の部分をさわって確認すると電気コンロを消して立ち上がる。
「それにしても、風子の笙の音は大きいよね。笙ってもっと静かになっているイメージだったけど・・・風子は楽器かりているんだっけ?」
「うん、笙は高くて買えないからねえ、それに笙は龍笛とかと違って音をつくらなくていいからね、80%くらいは笙のおかげ」
雅楽の篳篥龍笛は奏者が自分で音程を作らなければならないが、鳳笙・・・・笙は笛の部分がハーモニカと似た作りになっているので、吸っても吹いても同じ音がでる。その為篳篥や龍笛が音を出すときの目安にする。ちなみにお値段は美風が使っているものは「ユキチさん」が80人程。
「その笙は息がいるから、今のところ風子しか吹けないんだ。ほぼ風子専用になっているよ。そういえば朱留様も「あの子の笙はすごいのね」って言っていたな」
「へえ、じゃあ私の笛は何て言ってたの?」
紅緒は笛吹きだが、冗談まじりで聞いてみる。
「紅緒はいいものを持っているんだから、もうちょっと真面目に稽古に出ろって」
「ふうん。凪人はそう言う風に思っているんだ」
紅緒は少し口を尖らせる。
「ぼくじゃなくて、朱留様が言っているんだ・・さ、時間だろ。行った行った」
「はいはい。風子行こう」
「うん、あ、凪人ちゃん、今日「黒の森」に行ってみるよ」
「今日の式はこれ一回だけか、そうだね、いってらっしゃい」
凪人はそう言うと、手をヒラヒラと振った。美風もバイバイと手を振り返すと、紅緒と社務所を出て更衣室に向かう。美風はまだ襦袢に袴姿だ。
「何、今日終わったら何処か行くの?」
「うん「黒の森」にちょっとね」
着替えが終わっている紅緒も更衣室についてくる。
「黒の森?なんであんな所に」
紅緒にしてもやはり「あんな所」なのだ。
「あー話すと長くなっちゃうんで、あとで話すよ。それで、それで、今日はお迎えどうするの?ジャンケンでいい?」
大急ぎで着替えながら話す。ちなみに「お迎え」とは新郎新婦を鳥居の外から社殿までを道楽(歩きながら雅楽を演奏する)をしながら迎え入れることを言う。これは演奏者は一人で行う。
「風子はいいの?じゃ、ジャンケンするか」
笙という楽器は顔の前に竹が縦に並ぶので歩きづらい、紅緒はそのことを言っている。そしてそんな話をしているうちに着替えも終わる。
「うん、別にいいよ。じゃあ、最初はグー。じゃんけんポン!・・・ありゃ」
美風が負けた。お迎えは美風に決まる。
「ん、じゃあね」
紅緒はそういうと社殿の方に歩いて行った。まだ少し時間があるので鳥居の下には新郎新婦の姿はない。が、なにやら騒がしい。見ると近くの幼稚園から園児が遊びに来ているようで鳥居の周りを走ったり、鳥居にしがみついたりと楽しそうにしている。美風が鳥居の側にくると物珍しそうに見たり、なにか話したりしている。
「みなさん、こんにちは」
「こんにちはー」
何人かから元気な言葉が返ってくる。
「お姉ちゃんここの人なの?時代劇みたい」
園児の一人が聞いてくる。
「そうだよ、あのね、これから結婚式があるの。きれいな花嫁さんが見れるよ」
「おー」
花嫁さんだ、などど口々に話している。かわいいなあ、と思っていると
「はなよめさんだー」
今、覚えたばかりの言葉を使うように園児の一人が叫ぶと、全員がそっちの方を向く。美風も見ると社務所から新郎新婦が出てくるところだ。
最近は結婚式は圧倒的に西洋式、というかキリスト教式が多い。やはりウエディングドレスとあの雰囲気に憧れるのだろう。しかし美風はこういう仕事をしているためか日本式もいいな、と思っている。式用の着物でも最近は多種多様にあり、着物風ドレスも着ることができる。そして式を本物の神社で挙げるとまるで映画の1シーンのようになる。それにあまり知られていないようだが、ホテル代やら披露宴代やらが1セットになっている結婚式よりも、神社で式を挙げあとは知り合いなどの店でやったほうがお値段もずっと安くあがる。凪人から神社式の値段を聞いた美風はかなり驚いたものだった。一概には言えないがだいたい十分の一ですんでしまう。そして、今日は予想外のギャラリーもいてにぎやかだ。
今日の花嫁は高く髪を結い上げて、赤や朱色や金を散りばめた着物を着ている。「赤の森」にちなんだ装いなのだろう。周りの風景ともよく合っている。そして、新郎新婦は鳥居の下にくると神官から式の説明を簡単に受ける。細かい説明は社務所でされているのだろうし最終確認みたいなものだが、たぶん、式が始まったらそれらの事はほとんど忘れてしまうだろう。やがて、神殿のほうから巫女が出るきてこちらを向いて頭を下げる。式の時間だ。美風は神官と新郎新婦の方を向いて
「では、よろしくお願いします」
頭をさげる。神官、新郎新婦も頭を下げる。神殿のほうから笛の音が聞こえてきた、紅緒の笛だ。それを合図に美風は歩き出し、そして曲に合わせて笙を吹き出す。神官、新郎新婦も美風に続いて歩き出す。
「わあ」
園児たちから歓声が上がる、そして十二月ながらも暖かい日差しの中、結婚式が始まった。
「そしてメインタイトル「悪魔の姫人形様」っと」
「凪人ちゃん何を、わけわからないこといってるの?」
結婚式が終わり、着替えて社務所に戻ってきた美風が突っ込みをいれる。
「うむ、このあと七人の姫人形様の伝説になぞられるように、次々と殺人が起こり、現場には姫人形様を模した人形が残される」
「七人も死ぬんじゃ、いくらなんでも簡単に犯人がわかるんじゃないか?」
こいつはなにを言い出すんだ?という顔をしながら紅緒も突っ込みをいれる。
「あ、でもそれだと、わたしが謎を解いていくんだね。探偵役になって」
「いや、風子は第一の犠牲者だな。これから黒の森に行くし。そっこで死体となってみつかる。そばには魔夜様を模した人形が落ちているんだ」
「で、凪人は犯人か。一番たくらんでそうだし、その手の話に詳しいし」
「僕が犯人だと当たり前すぎるし、つまらないな。僕は犯人じゃないかあって見せかけて途中で殺される」
「いや、凪人おまえそれでいいのか?」
紅緒があきれてさらに突っ込む。
「事件を解決するより、引っ掻き回した方が楽しいし僕の性分には合っているよ、うん」
「はいはい、それで犯人は?実は最初に殺された風子でした、ってのはナシな」
あら、という顔を凪人はして
「やっぱ、だめか」
「その手はもう使い古されているよ、大抵、顔をつぶされていたりしてすり替わっているんだよね」
「えーそうなの?犯人役ってのも、おもしろそうなんだけど」
「風子、セリフ覚えられうの?それに犯行を告白している姿が思い浮かばないな・・・いや、それはそれでおもしろいかも。ギャップ萌ってやつかな。風子は普段脳天気だから」
紅緒はなかなかひどい。
「崖の上で自分の暗い過去を告白するんだね・・・って私って脳天気なの?!」
「実は風子はぼくの隠し子だったとか、紅緒とタダれた関係があったとか」
「あー凪人ちゃんがわたしの本当のお母さんだったのねーって」
「はいはい。で犯行の動機は、風子の行く先々で殺人が行われないと連載が終わっちゃうから」
「あ、でも現場に姫人形様一体ずつって、人形って結構高いんだよ、一分の六サイズでも一人一万ちょっとかかるし・・・七人分だと八万か九万円くらいになるよ?」
「殺人事件の告白もナマナマしいけど、そっちの話はさらに生臭いな・・・・で、もう帰ろうよ。風子、黒の森に行くんでしょ」
紅緒は飽きたようだ。美風も急に思い出したらしく
「あ、そうだった。うん、じゃあ凪人ちゃんまたね」
「そうだ、風子お供え演奏っていうのもあるぞ」
凪人が思い出したように言った。美風はそれを聞いて少し考えたあと
「えーと、笙、借してくれるってこと」
「うん、風子なら壊さないだろうしね。するんなら「黒の森」に連絡しとくけど」
美風は一瞬考えて
「ん、ありがと。借りていきます」
「あいよ、気をつけてね。紅緒、最近は飲酒運転にうるさいから、おまえさんもお気を付け」
「やらないよ」
ベーっと舌を出す紅緒と、手をふる美風を凪人は事務所から送り出す。
「さてと、これで、魔夜様がすこしでも退屈しのぎになってくれればいいが」
携帯電話を取り出して番号を打ちながら
「別の騒動になったりしてな」
そんなことをつぶやいた。
笙を襦袢に包むと美風はそのままバックパックに入れる。美風のバックパックはA4サイズの画集や大きなものを入れられる大きさで、荷物が多いとバックパックが歩いてるようにも見える。美風はMTBで移動することが多いのでカワイイデザインや色ではなく、何でも入る「大きさ」が基準になる。そして、今日も美風はバックパックを背負ってMTBで「赤の森」に来ている。そしてこのままMTBで「黒の森」に行くつもりだ。
「風子、私も行くよ。黒の森でしょ」
駐車上までいっしょに歩き出した、紅緒が言う。
「え?紅緒ちゃんバイクでしょ、競争するのはちょっと・・」
「先に行って待っているけど」
「それに黒の森にお菓子を買って行きたいから、時間かかるよ?」
「わたしが買っておくよ、そうすれば時間短縮にもなるでしょ」
紅緒は暇なのか、ついて行きたいようだ。
「うーん・・・わかったよ。じゃ、千円わたすからケーキを6つほど買ってきて」
「ふーん、饅頭とかじゃないんだ」
紅緒は土産物屋で売っている物を想像していたようだ。
「凪人ちゃんがいうには、そういうものは食べ飽きているんだって」
「うん、なるほど、たしかにそうかもね」
紅緒は千円を受け取りながらうなずいた。お供え物と言っても結局は「黒の森」の人が食べるのだから、定番のものだと飽きるのだろう。
そんな話をしているうちに駐車場につく。紅緒の赤い250ccのバイクと美風のライムグリーンのMTBが仲良く並んでいる。
「じゃ「白の森」の鳥居のところでいいね」
紅緒はそう言いながら、バイクにまたがり、ヘルメットをかぶる。
「黒の森」に行くには「白の森」を通らないと行けないし「白の森」は観光名所としても有名なので待ち合わせには指定しやすい。
「うん、だいたい30分くらいでつくから」
「え?そんなに早いの?もっとかかると思ってた」
バイクでは「白の森」まで20分くらいかかる。途中ケーキを買うとなると30分くらいになるだろう。そうなるとMTBの美風と変わらない。
「OK、まあ、ゆっくり来てよ、じゃ、白の森で」