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のじゃーさんと僕の怪奇譚  作者: 鹿角フェフ
ひノ巻【口裂け女】
8/31

第陸話

 慌てて教室から飛び出す。恐らく新妻さんは向かった先は教室より一番近いトイレだろう。

 その場所まで一気に駆ける。横目に見える窓からは陽光が差し込んでいる、いつの間にか夕暮れ時になっていたみたいだ。

 周りには人っ子一人居ない、もうほとんどが帰宅したのか、それとも……。


 「新妻さんっ!!」


 脇目もふらず女子トイレに飛び込む、そうして新妻さんを確認しようとするが……。

 誰もいない!? ここじゃないのか!?


「のじゃーさんっ!!」

「今探るのじゃ!」


 後ろより同じく駆けて来たのじゃーさんへと合図を送る。

 新妻さんに付けてあげたブレスレットは僕とのじゃーさんに対する魔術的な繋がりが存在している、補助系の術が得意なのじゃーさんであればその微かな繋がりを辿って新妻さんの居場所を探る事ができるのだ……。


 のじゃーさんが真剣な表情でブレスレットの位置を辿っている。

 僕はいつでも駆け出す事ができる様に心構えを行いながら、制服の上よりポケットを軽く叩き中身を確認する。

 ――返ってくるのはジャラジャラとした音と硬い感触。

 大丈夫、仔蟲は持ってきている。これさえあれば最低限の足止めにはなるだろう……。


「上なのじゃ! 屋上に反応がある!」

「分かった!!」


 のじゃーさんの探査が完了した! 間髪入れずに走りだす。

 けど屋上だって! なんでそんな所に!?

 僕はトイレ横にある階段を2段づつ勢い良く登りながら上を目指す。

 僕らの教室は2階にある、この学校は3階建てだから屋上まではそれなりの距離がある、急がないと!

 そうして3階に上り、屋上へと向かう階段に足をかけようとしたその時、のじゃーさんより静止の声がかかる――。


「いや、そっちじゃない! あっちの校舎なのじゃ!!」

「東校舎!? なんでそっちに!?」


 僕らの教室がある場所は西校舎と呼ばれる場所だ、東校舎は渡り廊下を渡った反対側にある。

 のじゃーさんの指示を聞いた僕は訳が分からないまま、一転方向を変えると東校舎へと向かう渡り廊下走りだす。


「主! 東校舎は何があるのじゃ!?」


 僕の横に追いついたのじゃーさんが聞いてくる。

 何故新妻さんの反応が東校舎にあるのか、僕も疑問に思ったことだ。

 東校舎は普段僕らが普段使わない校舎だ、何か理由でもなければ東校舎へと行く事なんて無いはずなんだけど……。


「あっちは宿直室位しか無いはず、後は3年生の教室――」

「それなのじゃ!」


 のじゃーさんが声を上げる。

 3年生の教室が何かあるのか……いや! 待てよ、そうか!


「例の先輩か!」


 熊谷達から聞いた新妻さんを恨む先輩、その先輩と何かしらのトラブルがあったのならば3年生が普段使う東校舎にいる理由も頷ける。

 のじゃーさんが指差す階段……屋上へと向かうそれへと勢いづける。


 その時だ。 少し離れた場所より悲鳴が聞こえた。

 ……っ! 上からだ! 僕は足にめいいっぱいの力を込めて階段を蹴ると、屋上に続くドアを勢い良く開ける。


「新妻さんっ!!」


 そこには、昨日見た口裂け女に今にも襲われんとしている新妻さんが居た。

 一直線に向かいその間に飛び込む。そうして今にも振り下ろされようとするその鋭い爪から新妻さんを守るように彼女を抱き寄せ、距離を取る。


「づっ――だぁっ!!」

「羽田君っ!」


 右腕に激痛が走る。

 新妻さんを庇ってその狂爪を受けた為だ。制服が肘より袖口まで無残に破け、怪我を負ったのか血があふれ出てくる。

 物質化しているのか! どうして!? 傷は……深いな。だが、ある意味好都合だ、血は魔術的触媒として非常に有効だからだ。

 僕は新妻さんに向き直ると彼女の安否を確認する。


「大丈夫かい? 新妻さんの僕がようやく到着だよ!」

「う、うん!」


 新妻さんが無事な事を確認すると、同時に右手を軽く握ったり開いたりする。

 ――よし、なんとか動かすことなら出来るみたいだ。

 僕はこちらを恐ろしい形相で睨みつける口裂け女に注意を払いながら、右手を制服のポケットへと突っ込む。


「主っ!」

「えっ、えっ!? のじゃーさん!?」


 駆けつけて来たのじゃーさんに新妻さんが驚きの声を上げる。

 新妻さんはもう完全にのじゃーさんが見えているのか、良くない状況だけどのじゃーさんに新妻さんを任せる事ができるからこの場においては歓迎すべき事だね。


「怪我!? 物質化しておるのか!? ――っ! 来るぞ!」

「ぎぃあああっ!! どいつもこいつもぉおお!!」


 のじゃーさんが驚いたように忠告の声を上げる。

 物質化しているからだろうか? 眼前の口裂け女は昨日よりも更に禍々しい気配を漂わせながら、その不揃いで薄汚れた鋭利な爪を振り上げる。

 けど――僕も昨日とは違うんだよ?


「"仔蟲(こむし)"ぃ! 我が眼前に敵がいるぞ! (なんじ)が意図をここで為せ!!」

「きゃあっ!!」


 新妻さんが驚きの声を上げる。

 僕のポケットより、ブブブと言う音と共に勢い良く飛び出し、口裂け女に殺到するそれに驚いているんだろう。

 大人の手のひら程あるサイズに暗い緑色をした甲殻、カブトムシやクワガタムシを凶悪にした様な容姿を持つこれこそが対霊的戦闘用の使い魔である仔蟲だ。

 特殊な符や木片、さざれ石等を触媒として作った使い捨ての使い魔だが、僕の血を吸って通常より強力になっている。

 どの程度効果があるかわからないが、時間稼ぎにはなるだろう。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁっ!! お前がぁっ!」


 口裂け女は顔面にまとわり付き、その鋭い角で攻撃する仔蟲を振りほどきながらガラスを擦った音にも似た絶叫を放つ。

 その瞬間にも、口裂け女のするどい爪によって切り裂かれた仔蟲が触媒に戻りボトリと地面に落ちていく。

 十数匹は放ったんだけど、この様子じゃあまり持たない!

 僕は口裂け女にどの様に対応すべきか。僕は未だにへたり込む新妻さんに手を貸しながら、相手の分析を行っていたであろうのじゃーさんへと合図する。


「新妻さん、すぐに立って! のじゃーさん!!」

「あっちで倒れておるのが宿主なのじゃ! だが生気を持っていかれておるぞ!」


 のじゃーさんが指差す方向を見る。そこには確かに倒れ伏している女生徒が居た。

 あれが例の先輩か? どちらにしろ生気を持って行かれてると言う事は完全に口裂け女に主導権を取られているぞ、厄介な。


 生霊と言う存在は、そのエネルギーを宿主に依存している為、基本的に宿主をボコれば解決する。ただし今回の様に生気を大量に持っていかれるまで生霊が強力になっている場合はそれも無駄だ。暴走の果てに宿主を喰らい殺して自滅するまで止まらない。

 そりゃあ物質化もするよな、多分、あの先輩はちゃんとした処置を行わないと……死ぬ。

 だがその前に、まずはここから逃げないといけないな、仔蟲だけでは口裂け女を倒しきれない!


「羽田君! 怪我がっ! 血がっ!」


 新妻さんの声に意識が切り替わる。

 立ち上がった新妻さんは、僕の怪我を見て血相を変えていた。

 ふっ、この位なんとも無いですよ新妻さん。男の子は女の子の前では格好を付けたがるものなのです、まぁぶっちゃけ滅茶苦茶痛いけど――っと、もう仔蟲を破ったのか!? 早ぇ! でもお代わりだっ!


「大丈夫! 逃げるよ新妻さん! "仔蟲"――意図を為せ!」

「うん!」


 ポケットから先程よりも多くの仔蟲が飛び立つ。

 これで全部だ、出し惜しみはしない! そいつらと遊んでな!


「お前がぁ! お前がぁ! お前がぁぁあ!!」


 気分が悪くなるような口裂け女の叫びを背後に聞きながら、僕らは一気に屋上から脱出する。

 屋上に来た時と同じように渡り廊下を疾走する、今度は新妻さんを連れてだ。


「さとみん! 何があったのじゃ!? 簡潔に教えるのじゃ!」


 のじゃーさんが新妻さんに事の発端を聞いている。

 確かに、簡潔にでも説明してもらわないと、状況が全く把握できないからね。


「わっ、わかんない! 急にあの先輩から屋上に呼び出されて、それでっ! 最近調子に乗ってるって言いがかり付けられて! もみあいになって! ブレスレットがちぎれちゃって! そしたら、そしたら!」」

「大体分かった、今はもういいよ!」


 新妻さんの答えを遮る、走りながら喋ってこれ以上体力を消耗して欲しくなかったからという理由もある。

 彼女の言葉は支離滅裂であったが、大体の流れは分かった。

 まるで三流ドラマの様な話の流れだ、タイミングが良すぎる。……いや、昨日の出来事があったからこそか、恐らく口裂け女を通じてある程度の事を察していたんだな、そうして爆発したと。迷惑きわまりない話だ。


「羽田君! どこに向かっているの!?」

「教室だよ! そこに――」


 新妻さんの質問に答える、向かっている先は僕らの教室だ。


「主! "仔蟲"が破られた! 急ぐのじゃ!」


 のじゃーさんが叫びにも似た報告をしてくる。

 結構な数を放ったのに早いな! だが、次はそうはいかないぞ。

 僕はのじゃーさんの声に頷きながら、自信を持って先ほどの続きを伝える。


「――とっておきの対抗手段がある!」


「ぎぃええええっ!!」


 口裂け女の下品な叫び声が聞こえる。そう遠くない、すぐ後ろまで来ている。

 下校時間は過ぎたとは言え、まだまだ校舎には生徒がいるはずだ、それらには目もくれずにこちらにやってきている様だ。


「他は眼中に無しって事か!」

「ある意味やりやすいのじゃ! 被害を防げる!」


 そうして、ようやく教室の入り口が見えてきた。チラリと後ろを見ると、口裂け女が恐ろしい形相をしながら四つん這いで走ってきているのが見える。

 なんつー速度だ! 太っている癖に速すぎるだろう! なんでそんなに動けるんだよ!?


「くっそ! 早いぞ! 新妻さん、のじゃーさん! 先に飛び込んで!」


 大声で二人に伝える、そうして新妻さんとのじゃーさんを先に教室に入れると、一番最後に続いて教室に入りながら勢い良くドアを閉める。


「よいっしょぉぉぉ!!」


 ドアが閉まりきるその瞬間、ドカンと大きな質量がぶつかる音と共にドアが軋む。

 僕は開けられまいと慌てて全力でドアを抑える。


「がぁああ! 早くあげろよぉお! お前らは言うことぎいてればいいんだよぉお!!」


 ガンガンと狂ったようにドアが叩かれる。

 頑丈に出来ていてよかった、もう一つのドアや窓は下校時間が過ぎた事から鍵がかかっている、ここさえ閉めれば入ってこれない!


「あっぶな! 間一髪だ! のじゃーさん!」

「承知! さとみん! 主の鞄を開くのじゃ! そこに布に(くる)まれた壺がはいっておる、それを出すのじゃ!」


 阿吽の呼吸! のじゃーさんは僕の掛け声だけで何を望んでいるのか瞬時に把握すると、新妻さんに指示を出す。

 のじゃーさんは物質化していない為、物を持つことは叶わない。僕が口裂け女を抑える事に掛かりっきりの今、あれの準備は新妻さんにしかできないのだ。


「はっ、はい!」


 新妻さんは勢い良く返事をすると、のじゃーさんの指示の下、僕の鞄を開け始める。

 僕はドアの鍵をかけてすぐに彼女達の元へ向かおうとするが、口裂け女が勢い良くドアに体当たりをかます為、鍵が上手く噛み合わずなかなか閉まらない。


「くそっ! ガタガタやるんじゃねぇ! 鍵がかからないだろうが! この俊敏系ぽっちゃりがぁ!」


 僕の声に口裂け女がピタリと止まる。

 ん? どうしたんだ? まぁいっか、チャンスはしっかりと活かさないとね。


「今のうちに……」


 カチャリと鍵のかかる音がする。

 バッチリだ! なんだか知らないが助かったぞ!


「ぎぃえええぁぁぁぁっ!! 殺すっ! ごろぢてやるぞぉお!!」

「うぉ!? 急にキレた!」


 鍵がかかった瞬間、口裂け女は狂ったように叫ぶとガムシャラにドアを叩き出す。

 ギシギシと軋み、今にも破られそうなドアを不安に思いながらも僕は一転、新妻さんの元へと向かう。


「主っ! 準備できたのじゃ!」


 のじゃーさんが声を上げる。

 僕の机、その上には布でできた(つつみ)より解かれた壺が鎮座している。

 少し大きめの花瓶位ある蓋がされた壺、その外側には様々な魔術印が規則正しく刻み込まれている。鉄、銀、銅、様々な金属を魔術法則に基づく割合で混ぜあわせた特殊な金属出来ているこれこそが僕の切り札だ。


「ナイスタイミング!」

「羽田君! これがそうなの!?」


 僕はその異様な壺を視界に収めると、さっそくその上部にある蓋を外し中を覗き込む。

 ……よし、いけるな。


「その通り、僕が魔術師だって昨日言ったよね?」

「うん、覚えているよ」


 新妻さんに説明しながら、僕は右腕を壺の上に持っていく。

 口裂け女によって裂かれた傷口より血がポタリポタリと壺の中に吸い込まれていく。


「魔術師って言うのはね、それぞれ得意分野があってね。その中で僕の得意分野が使い魔の使役なんだ」


 魔術とは一口に言っても様々な流派と分野がある、そしてそれぞれにおいて得手不得手が存在し、魔術師は自らが得意とする分野を研鑽していく形となる。

 僕は使い魔の使役に一番の適性があった。のじゃーさんと日常的に過ごせるのもそのお陰だ。

 少しだけ自慢するように、新妻さんに語る。


「そして、この子はそんな僕が作った最高傑作――"坩堝(るつぼ)"だよ……」


 準備が整った、ドアを叩く音が強くなっている。

 僕は瞬時に意識を魔術師のそれへと切り替えると、坩堝との繋がりを通じて使用の手順を踏む。

 その瞬間、辺りが異様な雰囲気に包まれた。

 口裂け女が創りだすそれとは違う、重圧感を感じる空気だ。


「少し離れていて、新妻さん」

「さとみん、主の後ろがいいのじゃ! 早う!」

「ど、どうなるの!?」


 後ろに隠れるように新妻さんとのじゃーさんが移動する。

 新妻さんは、一瞬にして変化した空気に戸惑いながらも、何が起こるのか気になるとばかりに質問を投げかけてくる。


「見ているといいよ」


 そんな新妻さんを少しだけ微笑ましく思いながら、僕はゆっくりと眼前の壺、坩堝へと語りかける。


「起きて、仕事の時間だよ」


 ――GA・ZARUTO―・ZE・BE?


 頭の中に不可思議な言葉が響く。

 それはどのような言語でも無く、どの様な発音でもない、僕らが普段知っている世界の言語ではない、原初の言葉であった。


「目標は外で暴れまくっている怪異なんだ、いけるかい?」


 意思を込めて語りかける。

 坩堝に言葉で語りかけても無意味だ、この子は意思で話し、意思で聞く。

 故に何よりも強力が力を行使できる、一番古く、本質に近い力の使い方をするのだ。


「なっ、なにこれ!?」

「さとみん静かに。見ているのじゃ」


 驚いたような新妻さんの声が聞える。

 恐らく、彼女の頭でも坩堝の声が聞こえていたのだろう、まぁ初めてだとびっくりする。


 ――DUGU・GUGU―ROTHETO・NOTHO


 坩堝がどの様条件で行動するかを尋ねてくる。周りの状況など関せずと言ったストイックな対応がこの場ではありがたい。

 僕は状況を簡単に説明すると、その能力を最大限に発揮できる条件を指示する。


「触媒は僕の血を使って、生気も持っていけるだけ持っていっていいから物質化で頼むよ」


 ――AAVETH・RU! RU! T・N・H・I!


 坩堝が思わぬ大盤振る舞いに喜びの声を上げる。

 途端、体中からごっそりと力が抜ける。あまりの脱力感に思わず膝をつく。

 生気とは即ち生命力だ、ライフフォース、エクトプラズム、氣。様々な呼び方で呼ばれるそれは彼岸の存在を強力にし、物質化させる力を持っている。

 坩堝に渡した量はおおよそ全体の4割、普段より生気の量を増やす訓練を行っている魔術師が一度に渡す量としては破格だ。


「くっ……」

「羽田君っ!!」


 膝をついた様子を見た新妻さんが心配そうに僕を呼ぶ。

 いやぁ、新妻さんに心配してもらえるなんてご褒美だなぁ。でも大丈夫、僕はなんともないよ!


「大丈夫……なんでもないよ」

「主、無茶しおったな……」


 なんとか絞り出した声にのじゃーさんが苦々しく呟く。

 ふふふ、のじゃーさんにも心配されるなんて、僕ってば幸せものだね! でも大丈夫、ここで解決するから、この程度なんでもないよ……。


 ――DE・BE?


 のじゃーさんと新妻さんが心配そうにこちらを見守る中、坩堝ちゃんだけはマイペースだった……。はやくしろと言わんばかりに攻撃方法の提示を希望してくる。

 君にデレはあるのかな? まぁお仕事の頑張りでデレを表現してもらうからいいんだけどね、なんだか寂しいよ。


「可能であれば弱体化の上捕縛して、無理なら完全に消滅させて欲しいんだ」


 ――YA・TH


 了承の意が伝わってくる。

 僕がそれに対して満足気に頷いていると、ガシャンと言う音と共に窓ガラスが割れ、ついに口裂け女がつっかえながらも教室へと侵入してくる。


「がぁあああ! お前かぁ! お前らがぁ! ぎゃあ! どいつもごいつもぉ!」


 口裂け女は、当初見た容姿よりも数倍に膨れ上がっており、葉脈の様などす黒い血管を体中に浮き上がらせながら般若の如き形相でこちらを睨みつけている。


「ひっ!」

「これはっ……相当強力になっておるのじゃ!」


 さっさと窓ガラスを割らなかった辺り、オツムは相当悪いみたいだけどね。

 だけど、のじゃーさんの言う通りかなり強力なっている、怒りのあまり吸い取った生気を急速に消費しているみたいだ。

 原因は……完全に僕の失言だね! けどもう関係ない。


「いやぁそんなに生気を使っちゃって大盤振る舞いだね、しかも逢魔刻だし魔が強くなる時間って事でさらにハッスルしてるわけだ! ……でもさ、わかってるの?」


 口裂け女は邪魔になる机を紙くずの様に弾き飛ばしながら鈍い足音を立ててやってくる。

 そうして、僕の眼前まで一瞬にして間を詰めると大きく腕を振り上げ……。


「ごろぢてやるぞぉお!!」

「それ、うちの子にも言えるんだけど――」


 大きく歪に歪んだ爪が僕を切り裂かんと振り下ろされる、その瞬間。


「――やれ、"坩堝"」


 ――AAAAAAAAAAAA!!


 絶叫が教室を支配する。

 金属音にも似たつんざくような叫び、坩堝より放たれるその声に口裂け女が一瞬怯む。

 その一瞬を逃さぬ様、今度は坩堝より赤色をした粘性と弾力性のある液体が触手となって勢い良く放たれ、口裂け女を縛り上げんと絡みつく。


「ぎゃぁぁああああ!!」


 突然の反撃に、その歪んだ爪を振り回しながら暴れる口裂け女であったが、振りほどいても振りほどいても新たな触手が坩堝より放たれ、その行動を束縛せんと締め上げる。

 これが坩堝の攻撃方法だ、あの壺の中で練り上げた僕にも分からない得体のしれない何かを用いて敵を攻撃する。

 その威力は凶悪の一言につきる、生霊程度では抵抗すらできない。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁっ!!」


 無限とも感じられる攻防が過ぎてゆく。そうして、必死の抵抗をする口裂け女をあざ笑うかのように、終わりなく溢れだし、いまや教室の床を全て覆うほどの量になった触手はついに口裂け女の巨体を全て飲み込み拘束を完了させる。


「す……凄いっ!」


 新妻さんが驚きの声を上げている、そちらを見るとのじゃーさんと一緒に後ろに控えていた新妻さんが、どこか怯えた表情で坩堝が創りだしたこの光景を見ている。

 確かにこれだけ大量の触手が蠢いているんだ、僕の使い魔とは言え怯えるのは無理もないね。

 でもまぁ、美少女と触手か……危機も去ったことだしイケナイ妄想がはかどっちゃうね!

 僕はそんなR-18シーンを想像している事をおくびにも出さずに、新妻さんに簡単な説明を行う。


「この子は完全戦闘特化でね、相手の能力を分析してそれに応じた対抗術式を即座に創りだして放つ能力を持っているんだ、生半可な相手じゃ文字通り手も足もでないよ!」

「久しぶりに見たけど相変わらずえげつない強さなのじゃー」


 のじゃーさんが感心したように呟いている。

 確かに坩堝を使用するなんて久しぶりだ、と言うかこれだけ本気で使うなんて初めてじゃないだろうか? そもそも霊的戦闘が起こる事なんてめったに無いしね。

 僕は脱力感に少しだけフラつきながらも、話の続きを行う。


「本当ならこの子がいれば昨日もすぐに解決できたんだけど、持ち運びが非常に不便という重大な欠点があってねぇ……」

「流石にこれを普段から持ち運ぶのは無理なのじゃー」

「た、たしかに……。でももうこれで大丈夫なのかな?


 坩堝が床に散らばる余計な触手をその壺の中へと回収しだす、後はじっくりと口裂け女を浄化して生気を宿主の先輩に戻せば完了か……。

 宿主の先輩に関しても対処が必要だが、それはこれから考える事だろうしそもそも一度生霊を消滅させればそう簡単に次が出来上がる事などない。

 僕は新妻さんに向き直ると彼女を安心させようと声をかける。もちろん爽やかな笑顔も忘れない、新妻さんのポイントを稼いで何か男の子が喜ぶようなご褒美を貰えないか画策している為だ。


「ああ、もちろん大丈夫だよ――」

「ぎぃえええあぁぁああ! ごろぢてやるぞぉ! ごろちてやるぅ!」

「きゃあっ!」


 何かが爆発するような音と共に、口裂け女を覆っていた触手が弾け飛ぶ。

 中からは先ほどより一回り小柄になった口裂け女が現れる、体型も今までのそれでは無くガリガリに痩せており、もう力が殆ど残されていない事が見て取れる。

 最後の力を振り絞ったって所か、でも無駄だよ。


「はっ! 羽田君!」

「さとみん、安心するのじゃ。 主は言ったのじゃ、『大丈夫』……とな」


 ――LE―OLAM AMEN

 ――AAAAAAAAAA!!


 新妻さんの慌てふためいた声にのじゃーさんが静かに返す。

 その声に答えるかのように、坩堝が詠唱と共に絶叫する。

 気がつけば床一面に赤黒く複雑な魔法陣が描かれている、……魔を封じ込める汎用簡易儀式陣か、匠の仕事ですね坩堝ちゃん!


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ……」


 教室が閃光によって満たされ、口裂け女の断末魔の叫びが弱々しく聞こえる。

 目をつぶりたくなる程の光量の中、手で影を作りながら薄く目を開くと、口裂け女から黒い影が吹き出し、次第に小さくなっていくのが見えた。

 坩堝に慢心や失策と言った物は存在しない、完璧に目的を行使する為に作られたこの子はそういった振り幅のある概念はそもそも有していない。

 完璧に物事を成す事しかありえないのだ。常に最高のポテンシャルを発揮するこの仕組こそが僕の最高傑作である所以だ、だから坩堝が動き出した以上失敗はありえない。


 のじゃーさんはこの結果が当然と言わんばかりに満足気な表情をしている、僕の力を完全に信頼してくれているらしい。

 反対に新妻さんは尻もちをついてビックリした表情だ。

 ふむ……薄水色か、ありがとうございます新妻さん。

 僕はニヤつきそうになる表情を必死で押さえ込みながら、努めて穏やかな笑みを浮かべて新妻さんに手を差し伸べる。


 うん、この勝負は引き分けかな! 僕に完全な信頼を寄せて阿吽の呼吸にまで至るのじゃーさんも、僕の事を信頼しながらも恐怖のあまり怯える子猫の様にすがり付いてくる新妻さんもどちらも魅力的だった!

 結局、一連の出来事を通じてのじゃーさんのおパンツも新妻さんのおパンツも見ることができた、僕にしちゃあ上出来だろう。


「ミッションコンプリート! って所かな!」


 こうして、生気は失いながらも、違う何かで心と身体を満たされた僕は、彼女達に元気よく恐怖の終わりを告げるのであった。

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