第伍話
新妻さんと電話で散々イチャイチャした翌日。
僕は早めに学校に登校すると、教室の席で至福の時を過ごしていた。
(のじゃーさん! のじゃーさん! クルッとターンして! ターンして!)
(くるっ! なのじゃー!)
可愛らしくクルリと一回転するのじゃーさん。その勢いでスカートがふわりと持ち上がり秘められた純白のおパンツが見えそうになる。
素晴らしき光景! そう、のじゃーさんは和服ではなく学校指定の制服を着ているのだ!
(最高だよのじゃーさん! 制服のじゃーさんは最高だよ!)
(えへへ、照れるのじゃー! でも、妾も制服着れて嬉しいのじゃ!)
何故のじゃーさんが学校指定の制服を着ているのか? それはもちろん僕がイメージしたからだ。
昨日は新妻さんと遅くまで電話でお喋りしたり、口裂け女の対策としていろいろ準備していた為に普通の服をイメージする事は叶わなかった。
だが、いつも見慣れていてかつそこにありありと思い浮かべられるほど知り尽くしている学校指定の女子制服ならば問題ない、お手軽に思い浮かべる事ができるのだ。
そうして、自宅から出るギリギリまでイメージしてなんとか作り上げたおパンツと制服でのじゃーさんを着飾ってあげる事に成功したのだ。
ふふふ、なんという可愛らしさ! これはもう、のじゃーさんの主はメロメロですよっ!
(そうだね、嬉しいよね! じゃあさ、ついでにちょっと頬を染めながらスカートをたくしあげてくれないかい!?)
(するわけないのじゃ! けど妾はご機嫌なので今の発言も特別に許してあげるのじゃー!)
むむむ、スカートたくし上げは無しですかのじゃーさん! まったく、本当はまんざらでもないくせにこの子狐ちゃんったら! 主は全てお見通しなんですよ!
(ひゅー! 最高だぜ、のじゃーさん! えっちな発言はOKなんだね! じゃあさ、制服全部脱いで全裸にな――)
「羽田っ! はーねーだー!」
――天国の時間は唐突に終わりを迎える。
声が聞こえてきた方を見てみると、それはそれは良く見知った顔があった、いわゆる友人という奴だ。
「ん? なんだ、熊谷か、どうしたの? 僕忙しいんだけど?」
熊谷はクラスの中でも一番付き合いが長い友達だ、小学校からの仲でいわゆる腐れ縁って奴なのかもしれない。サッカー部に所属する典型的なスポーツマンで爽やかな性格から密かに人気がある、なんだか女の子にもモテそうで無性に腹が立つタイプの男なのだ。
「いやさ、お前さっきからニヤニヤしているけど何があった? マジで気持ち悪いぞ?」
(あわわ、妾も浮かれて気づかなかったのじゃ! 主が変人扱いされちゃうのじゃ!)
ふむふむ、どうやら熊谷に僕がのじゃーさんへと語る愛を目撃されてしまったらしい。
のじゃーさんも制服を着れる事が嬉しくて熊谷が近づいてくる事に気が付かなかったんだね、いつもだったら真っ先に気づいてたしなめてくれるんだけど。
ふふふ、でもまぁ安心してよ、のじゃーさん! 使い魔の失態をフォローするのも主の役目! 僕が華麗にこの場を切り抜ける様子をしかと目に焼き付けるといいよ!
「はぁ、これだから真実が分からない奴は……。いいか? ここにうちの制服を来た可愛らしい狐っ娘がいるんだ! 僕はその子を愛でているんだ!」
ドヤァ……。
あふれんばかりの自信で、そう答える。
こういう場合、下手に取り繕うと余計ややこしくなるからね、本当の事を伝えるのが一番なのさ! ふふふ、どうだい? 恐れいったか!?
「お、おう……」
「だから邪魔しないでくれたまへ、熊谷君?」
(ドヤ顔で気持ち悪い事言うのは止めるのじゃ! ドン引きされているのじゃ!)
のじゃーさんからの突っ込みが冴え渡る。
だがそれがどうしたことか? ドン引きされようが僕は愛に生きる男なんだ。真実を語って何が悪い。
ほら見ろ、熊谷だって僕の自信にあふれた態度に今にも納得しそうじゃない……ん?
熊谷の手が僕の肩に置かれる、そうして奴はどこか切羽詰まった表情で僕に語りかける。
「いや、なんかさ……。生きてて辛い事とかあったら、相談しろよ? 俺達友達だろ?」
「頭のおかしい子扱いするんじゃねぇよ!」
(ほらな、あんなカミングアウトすれば誤解されるのも当然なのじゃ……)
のじゃーさんは呆れ顔だ、まったく! 僕は全然悪くないと言うのに!
あまりにも理不尽な言いがかりに温厚な僕もヒートアップしてくる。
「僕は至って正常だ! 変な言いがかりはやめろ!」
「正常な奴は虚空に向かって全裸になれとか言わねぇよ!!」
「やっべ声に出てた!? 熊谷君聞かなかった事にしてくれません!?」
「できねぇよ、さっきからおぞましくも強烈に頭にこびりついてるわ!」
「そこをなんとか!!」
おいおい、全裸発言声に出ちゃってた? 流石の僕もそれには引くぞ……。
ってかチラホラとクラスメイト達もやってきているし女子に聞かれたら言い訳ができない、ってか僕だからこそ言い訳が聞いてもらえない!! ど、どうしよう!?
(主っ! 主っ! 下手な事を言うと誤解されるから適当に合わせるのじゃ!)
「のじゃーさんはちょっと黙ってて! ガチでどうしようか迷っているんだ!」
「おい! 羽田! しっかりしろ! お前誰に話しかけてんだよ!」
「うっせー!! 狐っ娘がいるって言ってるだろうが!!」
「そんなのはいねぇんだよ羽田! 人生に嫌気がさしたお前が生み出した妄想なんだよ!」
「違ぇー!!」
(事態がどんどん悪化しているのじゃ!)
そんな時である、こちらへパタパタとやってくる人影が視界の端に写った。
僕が誰だろうとそちらへ目を向けると、それはにこやかな笑顔を浮かべる新妻さんであった。
「あっ! 羽田君! おはよう! えっと、熊谷くんもおはよう」
「やぁ、新妻さん。 おはよー!」
「ん? 新妻さん……? お、おはよう……なんで?」
(さとみん何だかご機嫌なのじゃ)
爽やかな挨拶に同じく爽やかに返す僕。
うんうん、新妻さんはやっぱり笑顔が似合うね、なんて言ったって僕の女神であり将来の新妻であるからね!
さぁ、愛しい僕の子猫ちゃん。今日も仲良く沢山お喋りしよう! あ、熊谷なんてエセ爽やか君は放っておいていいよ!
「あのね! 昨日の夜はありがとう! 羽田君がずっとお話してくれたから怖くなかったよ! あとぐっすり眠れた! やっぱり、羽田君が一緒に寝てくれたからかな?……なーんて!」
……そんな愛しい僕の子猫ちゃんは、無邪気な笑顔で早速爆弾を投下してくれた。
「お、おう……」
(あーあ、やらからしたのじゃー)
こ、この子猫ちゃん何言ってるの……?
新妻さんは見ているこちらまで自然と笑みを浮かべてしまいそうな、特上の笑顔を浮かべながら、昨日左腕に付けてあげたブレスレットを胸元まで持ち上げてひらひらと振りながらアピールしている。
うん……、言いたいことは分かるよ新妻さん、けどね、貴方あんまり物事深く考えていないでしょ?
「は、羽田……」
恐る恐る声がした方を見る……。
熊谷は、それはそれは絶望した、まさにこの世の終わりでも来たかと言わんばかりの表情をしていた。
「待て、熊谷。これは誤解なんだ、不幸な勘違いが生んだ悲しいすれ違いなんだ!」
慌てて弁明する、もうなんだかどうしようも無い気もするけど、一応弁明しておかないと変な噂がたって新妻さんが困ることになる。
「お前だけは、お前だけは友達だと思っていたのに……簡単に身体を許すような男にはなるなよってあれほど言ったのに」
「今回は完全に誤解だけど、それを置いても別に熊谷の許可は必要なくね?
そもそも、なんでそこまで熊谷に束縛されないといけないんだ? お前は年頃の娘を持つお父さんか? 僕はそんなお父さんに反発する思春期の娘か?
僕は一転冷静になると、ワナワナと震えながら僕に非難の言葉を浴びせる熊谷に突っ込みを返す。
同時に、チラリと新妻さんの様子を確認すると、彼女は首を傾げながら不思議そうにこちらの様子を見ていた。
あ、これ駄目ですね、子猫ちゃん何にも分かっていませんね。
「うるせぇ! 裏切り者! すぐにお前の不貞に対する異端審問が開催されるから覚悟していろ! それと……お幸せにな!」
熊谷はそう言い捨てると一転大げさに僕の席から離れて行く。
向かう先は他の男子が雑談している席だ。あかんなコレ、言いふらされますわ。
「あちゃー……」
(完全に誤解しておるのじゃ……。さとみんはどうしてこう迂闊な感じなのじゃ?)
(性格……なのかなぁ?)
(難儀よなぁ……)
のじゃーさんもあきれ果てている、流石の僕もこれに関しては新妻さんの肩を持つことは出来ないな。
子猫ちゃんったら迂闊すぎるし誤解を招く発言をしすぎるよ……。
朝っぱらから大層な心労を強いられた僕は、どうしたものかと新妻さんに向き直る。
「あれ? どうかしたの?」
「新妻さんがまた一歩、僕の新妻さんに近づいたって事だよ」
「……? そうなの?」
力なく新妻さんに答える。何も理解していないであろう彼女はふーんと不思議そうにしながらあまり分かっていないであろう表情を見せる。
うんうん、もういいですよ子猫ちゃん、僕は諦めました、変な誤解された時は潔く僕の彼女にでもなって下さい。
まぁ、でもこれ以上は厄介事が起こる事もないだろう、僕は諦めの境地に至りながらも熊谷に誤解を解きに行こうと、席を立とうとする。
――が、それは予想外に阻まれてしまった。
「えいっ……ここ座っちゃおっと!」
新妻さんはそう勢い良く僕の前の席に座り、椅子を動かしながら僕の方へと向き直った。
……長期戦なんですね新妻さん、僕を逃してくれないんですね。
「この席誰のだったかな? でも別に座っちゃってもいいよね?」
「う、うん……」
新妻さんはそう言って半ば強引に熊谷の席を占領すると、えへへーと嬉しそうにこちらを見つめてくる。
何これ? 僕待ち? 僕何か面白いこと言わないといけない感じなの!?
(どうするの主? さとみん完全にロックオンしているのじゃ)
(ど、どうすればいいのかな。教えてよ、のじゃーさん!)
(諦めたらいいのじゃ!)
(ご無体な!!)
そうして僕がニコニコと嬉しそうに僕待ちをする新妻さんにどんなお話を振ろうかなと悩んでいると、不意に机に差す光が遮られた。
「ちょっと、さとみ! 羽田の所で何しているのよ、やけに仲良さそうだけど……」
うげっ! 黒瀬さんだ!
僕に取って一番の親友が熊谷なら、新妻さんにとってのそれがこの"黒瀬 真奈美"だ。だがその中身は少しだけ普通の関係とは違う。彼女は新妻さんの新妻になりたいと常日頃から公言し、スキンシップと称した数々のセクハラ行為を新妻さんに働くド変態なのだ。
そんな黒瀬さんは新妻さん完全第一主義である事でよく知られている、僕が新妻さんと親しくしているなんて知った日には血の雨が降るかもしれない!
そんな僕の心配を知ってから知らずか、新妻さんは変わらぬご機嫌具合で黒瀬さんと挨拶を交わす。
「あ、真奈美ちゃんおはよう、 ちょっとね、ちょっと。 昨日仲良くなったの。ねっ? 羽田君!」
「……なにそれ? なんだか怪しいんだけど。羽田、ちょっと詳しく話しなさいよ」
黒瀬さんが道端に捨ててあるゴミを見るような目で僕を見ている。
あかん……このままやったら刺し殺される!
僕は咄嗟に新妻さんへと視線で合図を送る。なんとかフォローして新妻さん! 君だけが頼りなんだよ!
僕の必死な視線に新妻さんも気がついたのか、小さく頷くと真剣な表情で黒瀬さんの手を引き、間に割って入ってくれる。流石だよ新妻さん、僕の想いが通じたんだね! 君はやっぱり女神だ!
「駄目だよ真奈美ちゃん! これは私と羽田君、二人だけの内緒の話だからね、普通の人には分からないんだよ! 説明しても理解してもらえない特別な関係なんだよ!」
新妻さんはそこまで言うと、ねーっ? っと可愛らしくこちらに同意を求めてくる。
「あわわ……」
(さとみんってば笑顔で燃え盛る火に薪をくべおったのじゃ……)
あかんでぇ子猫ちゃん、これはあきまへんでぇ……。
今や黒瀬さんは親の敵でも見つけたかの様な視線を僕に向けている。ここが日本で良かった、もしアメリカ辺りの銃社会だったら確実に明日の新聞に僕の名前が載っているだろう……。
「羽田……。後で君に対する査問会が開かれるから、出頭拒否は有罪とみなすわよ?」
「は、はい……」
そう小さく、それでいてドスの利いた声で呟くと、黒瀬さんはショックを受けた様子でフラフラと僕らの席より離れていった。
よ、よかった……。僕生きてるぞ! 生きてるって素晴らしい事なんだ!
「あれ? 真奈美ちゃんどうしたのかな? なんだか元気ないみたい」
自分がしでかした事の重大さをまったく理解していない新妻さんは、黒瀬さんの変化だけは目ざとく見つけると心配の声を上げる。
ってか犯人は貴方なんですよ新妻さん、そしてその被害者がここにも居るんですよ!
「新妻さんはとってもご機嫌だよね!!」
少しだけ嫌味を言う。
終始テンションマックスで爆弾を投下し続ける新妻さんに僕も呆れたからだ。
流石に察してよね、子猫ちゃん!
「もちろんだよ! ぜーんぶ羽田君が私の事守ってくれたおかげだよ!!」
「誤解されるんであんまり大声ださないでくれませんでしょうか!?」
だが新妻さんは新妻さんだった。彼女はクラス中に聞こえんばかりに元気よく答えてくれる、僕はなけなしの体力を振り絞って彼女に突っ込みを入れるのであった。
…………
………
……
…
朝っぱらからの大事件、それからがまた酷かった。
新妻さんは朝礼が始まる前まで散々したお喋りでは満足できなかったらしく、授業が終わり休憩時間になる度に僕の席にやってきたのだ……。
そうしてニコニコと僕とのお喋りを楽しむ。彼女は終始ご機嫌であったが僕の胃はストレスで痛みを訴えている、周りの視線がヤバイんだ、もしクラスの皆が邪視を使えたなら僕はガチで死んでいるだろう。
そして、さらに僕の胃を痛めつけるであろう時間――昼休憩がやって来た。
「羽田! 年貢の納め時だぞ! 黒瀬に話は聞いた、男女合同でお前に対する裁判を行う!」
「さぁ、何があったかキリキリ話しなさい羽田! 私達のさとみに何をしたの!?」
授業が終わるやいなや、熊谷と黒瀬さんが僕の席にやってくる。
他のクラスメイトも男女問わず僕を囲んでいる、非公式ファンクラブ『新妻さんを新妻にしたい』の皆さんだ。
納得いく説明を受けるまで開放しない、そんな雰囲気を漂わせる彼らに僕は胃を抑えながらこの後に入っている予定について説明する。
「ごめん! 僕これから新妻さんと屋上でお昼食べるから、あんまり時間ないんだ!」
「「「えっ……」」」
ファンクラブの皆さんの心底驚いた声が教室に響く。
実は、新妻さんから休憩時間の連続襲撃時に一緒に昼食を取ることを約束させられたのだ。
本来なら状況を考えて断るべきなんだけど、半ば強引すぎる程のお誘いに僕も頷く事しかできなかった。
テンションマックス新妻さんはとっても強引だったんだ、押せ押せで強く言われると断れない僕ってば本当に都合の良い男!
「羽田くーん! どうしたの? 早くいこうよ!」
「ちょ、ちょっと待ってね! 命かかってるから、僕の生命の危機だから!」
そんな新妻さんは僕の心境をまったく理解していないであろう事は確かであった、お弁当片手に教室の入口の方から無邪気に僕を誘ってくる、同時に周囲の気温が体感数度下がった。
寒い、ここ寒すぎるよ、殺気が凄まじいことになっているよ!
「……? 分かった、じゃあ先に屋上で席とっておくね!」
そう一言だけ答えると、新妻さんは鼻歌交じりで教室を出て行った。
ファンクラブの皆様はその様子を微笑ましく見送る、そうして僕に向き直った彼らは憤怒の表情を見せていた。
ああ、僕の死地はここだったのか……。僕はファンクラブの皆様に向けてとびっきりの作り笑いを向ける。
「……さぁーって皆ー! 僕の土下座タイムだよー!」
とりあえず土下座れば大丈夫だろう、僕はなけなしのプライドを明後日の方向に投げ捨てると早速この怒れる狂信者達から慈悲を乞おうと爽やかに話しかける。
「いや、もういいよ羽田……」
だが、熊谷から返された言葉は以外な物であった。
「ふっ、完敗だよ。あそこまで幸せそうな新妻さんを魅せつけられちゃ俺達何も言えないさ……」
「熊谷……」
熊谷は両手を広げると、大げさな態度で許しの言葉を述べた。その様子はどこか演劇の役者を思わせた。後ろに控える男友達も目頭を抑えながらウンウンと同様に頷き熊谷に同意している。
……なんだこの茶番?
「行ってやれよ、そうして俺達の分まで皆の新妻さんを幸せにしてやりな!」
親指を立ててサムズアップ。ニカリと笑った口元から見える白い歯がとても腹ただしい。
なんだかこいつらのお遊びに付き合わされた感がたっぷりとあるが、開放してくれるならそれが一番だ、僕は早速新妻さんの元へと向かおうとするが――。
「そんな事許されないわ!!」
それは先程まで沈黙を保っていた黒瀬さん、そして女子達により阻まれた。
「私達はさとみを羽田に取られるわけにはいかないの! もっとさとみとイチャイチャしたいのよ! 同性のメリットを最大限に利用してさとみの色んな所を触ったりスリスリしたりするの!」
そーよそーよ! と女子達が合いの手を入れる、もう、なんなのコイツら……。
「黒瀬! 欲望にまみれた時代は終わったんだ! セクハラや変態行為はもう辞めろ! 新妻さんの幸せを考えてやるべきだろう!」
「熊谷は黙っていて! 男子に女子の気持ちなんてわからないのよ! それに女子のセクハラは綺麗なセクハラなのよ、貴方達と一緒にしないで!」
「なんだとっ!?」
熊谷が黒瀬さんを押し留めんと会話に入ってくる、そうして男子と女子、2つのグループに別れたファンクラブの皆さんは遂には睨み合ってお互いを非難し始めた。
「……ねぇ、一体君達は新妻さんのなんなの?」
(皆アホなのじゃー)
にらみ合いは次第にヒートアップする、そうして遂にはお互いが実力行使に出だした。
「変態の羽田なんかにさとみは渡さないわっ!」
「くそっ! ここは俺達が抑える! 羽田っ! 行けっ! 俺達の事は構うな!」
「どいてっ! 熊谷の裏切り者! 男っていつもそう! 女の子の気持ちなんて全然考えない!」
「考えているからこそ止めているんだろうが! 羽田、早く行けー!」
そうして男子と女子、押し合いへし合い、わいわいきゃあきゃあと仲良くイチャつき始める。
本気で突き飛ばしたりしない辺り、完全にじゃれあっている感じだ、羨ましいなオイ。
「いや、行くけど。なんだかんだで楽しそうだよね」
うーむ、混ざりたい。うちのクラス可愛い子多いんだよな、あの中に混じれたらどんなに楽しいだろうか……。
(何物欲しそうな顔をしているのじゃ、さとみんが待っておるのじゃ)
のじゃーさんが呆れたように注意してくる。
むっ! そう言えばそうだった、そもそも僕は新妻さんを待たせているのであった!
これ以上待たせちゃうと新妻さんに悪いし、皆も楽しくキャッキャウフフしている事だ、さっさと行くことにしよう……っとその前に。
「ねぇ、皆にちょっと調べて欲しい事があるんだけど……」
そうそう、大事な事を忘れる所だったよ、ファンクラブの皆が揃っている事だし丁度良い、ここで一つお願いをしておこうっと!
いつの間にか完全に蚊帳の外に置かれた僕は、仲良くイチャイチャする皆に声をかけるであった。
◇ ◇ ◇
放課後、帰り支度をしながら今日の出来事を振り返る。
昼の休憩もあれからは特に問題なく済ますことが出来た、終始新妻さんがごきげんだった事と、新妻さんが持って来たお弁当のおかずをやたらと勧められた事以外は別段変わった事も無かった。
いや、日常と言う点ではそうであるけど非日常と言う点ではそうでもない。
まずは予想以上にブレスレットが濁っていた点だ。
新妻さんのお守りとして付けてあげたブレスレットは悪意を吸収すると次第にその透明度が濁ってくる、見てわかるほど黒ずんだそれは悪意を存分に吸収している証拠だ。
危険が差し迫っている証明でもあるし、相手の力を吸収している証明でもある。
そして、もう一つは新妻さんにのじゃーさんが見えていると言うことだ。
聞く所によると、ハッキリとではないがボンヤリと輪郭が見えて何かが居ると言うのが分かる状態らしい。
あちらの世界との親和性が高くなりすぎたか、このまま常時見える人になってしまう様な事になってはこれから生きていく上で大変だ、早急に問題を解決する必要がある。
「じゃあ、一緒に帰ろうか! 羽田君!」
「そうだね、でもちょっと待ってね。熊谷に用事があるんだ」
ゴキゲンな様子で僕に話しかける新妻さんに断りをいれて少しだけ待ってもらう。
なんだかこのままだと手を引っ張ってでも連れて行かれそうな雰囲気があるからね。
「そうなの? じゃあ私、ちょっとだけ席を外して……」
「ん? どうしたの?」
「もう! 女の子にそんな事聞いちゃ駄目だよ!」
「ああ、そっか。ごめんね」
新妻さんに叱られてしまった。
なんだ、トイレか……。ってかなんで僕は新妻さんと一緒に帰る的な話になっているのだろうか? 何だかあまりにも自然に言われたから頷いたけどそんな約束した覚えないぞ?
まぁ、でも別にいっか! 新妻さんと一緒に帰れるんだらかそれに越したことはないよね!
「すぐ戻ってくるからね!」
「うん、分かったよ」
新妻さんはカバンからハンカチを取り出すといそいそと教室から出て行く。
それを見送りながら、ぼーっと窓から教室の外を眺めているとのじゃーさんが念話で話しかけてくる。
(珍しいのじゃ! 主の事だからもの凄い変態的な事いってさとみんを困らせると思っていたのに!)
(そういう系統のからかいはもう少し仲良くなってからの方がいいと思うんだ、今やると多分印象悪くなるからね)
(なんでそこそんなに計算してるのじゃ? しかも最終的にはやるのな)
(もちろんさっ!)
新妻さんの新妻化計画は順調に進んでいる。
今日は何だかその効果が現れすぎていて驚きもしたけど、僕にとって悪い事は何一つない。
このまま既成事実を積み重ねていって、最終的に新妻さんとハッピーウェディングを迎える事が僕の目標なのだ! もちろん、同時進行でのじゃーさんを攻略する事も忘れてはないよ!
「おーい、羽田!」
「ん? ああ、熊谷か。どうだったかい?」
教室に居残っている人数もまばらになってきた。
新妻さんが席を外したのを確認したのか、熊谷がこちらへとやってくる。おそらく、頼んでおいた事について、何かしら分かった事があるのだろう……。
「ああ、実はな、いろいろと調べて分かったんだが3年に新妻さんの事をスゲェ嫌っている女の先輩が居るらしいんだ、毎日恨み事を言って周りが引く位なんだってさ」
そう、熊谷達、つまり新妻さんファンクラブに頼んでおいたのがこの事だ。
新妻さんはご存知の通り迂闊な所があるから彼女を恨んでいる人間がいたとしても気づかない可能性がある。と言うか十中八九気付いていないと思う……。
その為、新妻さんの非公式ストーカーであるファンクラブの皆に調査をお願いしておいたのだ、新妻さんの事に関して調べるのであれば彼ら頼む以外ありえないからね! 不本意だけど……。
しかし、やっぱり居たのか……。僕はさらに詳しく内容を聞くために熊谷に先を促す。
「それは穏やかじゃないね。でもまたどうして?」
「んー、なんか1年の時に学園祭で美少女コンテストあっただろ? その先輩ってのがその時2位だった人でな、結構プライド高い人らしくってそれからだってよ。過食とかヒステリーとか凄いらしくていろいろと問題になってるらしいぜ」
なるほど、ありきたりな理由だね。
学園2位でも十分ではないか。そう思うのは僕が男だからであろうか?
しかし……。昼に頼んだだけなのにもうそこまで調べあげたのか? それとも僕が知らないだけで有名な話だったのだろうか?
「成る程、助かったよ。でもやけに詳しいね、3年の、それも女子の話なのに……」
「ああ、黒瀬に協力してもらったからな!」
答えは意外な所にあったようだ、黒瀬さんに協力してもらっているのなら確かに話はわかる、あの子は意外と交友関係広いからな、いろいろと情報網を張り巡らしているのだろう。
「熊谷ー、終わったー!?」
「おう! 今行くよ!」
教室の隅から声がかかる、声の主は黒瀬さんだ、他にも数名のクラスメイトが居る。
ん? 男女どっちも居るな、あれはファンクラブ? ってかどういう事だ?
「いやー! 実はさ、羽田に頼まれた事を黒瀬達と調べているうちに意気投合してな! これから皆でカラオケ行くんだ!」
「マジかよ……」
どうやら熊谷と黒瀬さんは僕を出汁に男女でイチャイチャしたり、調べ物をしたりで十分にその友情を育み合っていたらしい。普段でもそれなりに仲の良い僕のクラスだが、今ではまるで昔からの仲良しグループの様だ。……羨ましい。
(何このハブられた感、ヤバイ、僕泣きそうなんだけど……)
(いや、さとみん待っているから当然の流れなのじゃ)
しかもあんなに仲良しな雰囲気を魅せつけておいて、僕は初めからカラオケにいかない感じになっているのがさらに悲しみを誘う。
社交辞令でもいいから誘ってよ! 寂しいじゃないか!
(僕も皆と仲良くカラオケしたかったなー)
(元気出すのじゃ! 主には妾がいるのじゃ!今度また一緒に行くのじゃ! デュエットするのじゃ!)
のじゃーさんが励ましてくれる。
流石僕の使い魔、フォローも完璧だ! 僕は先ほどの悲しみなど何処へやら、一転幸せな気分になる。
だけどね、のじゃーさん。君と行くカラオケには問題があるんだよ……。
(ありがとう、のじゃーさん。でもね、のじゃーさんとカラオケ行くと他の人からはエアデュエットをノリノリでしている人に見えるらしくて哀れみの視線が半端じゃ無いんだ)
(この前行った時、飲み物持ってきてくれた店員の心底驚いた顔を妾はまだ忘れていないのじゃ……)
そう、のじゃーさんと行くカラオケ、それ自体はとても楽しいものなんだけどその行動が不審すぎる。
エアデュエットをしている様に見える僕に対して何を思ったのか、先日行ったカラオケ店の店員はそれはそれは、なんとも言えない微妙な表情を見せてくれたのだ。
あれは気まずかった、僕はもう二度とあの店行かないぞ……。
「羽田には礼を言わないといけないよな! 俺達の青春のページは今開かれたんだ!」
「あっそう……」
僕がとあるカラオケ店で起こった悲劇を思い出していると、熊谷が爽やかな笑顔を向けながら礼を言ってくる。
そう言えば熊谷と話している途中だった、すっかり忘れていたよ、とりあえず適当に答えておくか。
(本当にさとみんの事以外となると興味ないのな……)
(安心して、親友が女の子と仲良くするのが気に入らないだけだよ)
(……さよか)
のじゃーさんからの突っ込みに冷静に答える。
僕を差し置いてカラオケに行くという事だけでも腹ただしいのに熊谷が向ける爽やかな笑顔が更に僕の怒りを煽る。こいつこの場でいきなり木っ端微塵に爆発したりしないかな……?
「じゃあな、恋のキューピッドさん! お互い幸せになろうな!」
熊谷は白い歯を無駄に輝かせながら黒瀬達の所へと駆けていく。
全く! 僕を除け者にして幸せになろうなんて、とんでもない奴だ! お幸せにな!
(ふぅ、無駄な話が多かったけど、有意義な事も聞けたね)
(ふむ、さとみんは人気者だからやっぱり妬む人間がおったのじゃ)
しかし、予想以上に重要な話を聞けた。
僕はのじゃーさんと相談しつつ、今後の対応策を検討せんとする。
(聞いた感じではちょっと普通じゃない感じだね、あるいはその先輩が口裂け女の原因って事?)
(あそこまで強力な生霊を作るなんて、相当な憎しみなのじゃ!)
人を呪わば穴2つ、強力な念は増大して自分に返ってくる。
生霊になるほどの憎しみだ、その先輩が知っているのか知らぬのかは分からないが、相当危険な状態に陥っているだろう。
場合によっては、先輩本人が生霊が溜め込んだ憎しみに耐え切れず死ぬこともある。
僕は今回の問題が予想以上に切羽詰まっている事を再認識する。
新妻さんの負担や安全も考えると、一刻も早い対応が必要だろう……。
くそっ、時間が全然無いじゃないか! 最近どうしてこんなについていないだろうか?
昨日だって師匠に連絡を取ろうとしたんだが、いつまでたっても電話に出てくれる事は無かった。緊急の相談事として留守電とメールも入れてあるのに未だに返事は無い。
何故こうも上手くいかない? 何がいけないんだ?
僕は内心の苛立ちを隠せずにチッっと小さく舌打ちを打つ。
「なぁなぁ、主、主っ!」
とその時だ、急にのじゃーさんが僕に声をかけてくる、その様子は何かを心配する様で、少し悲しげだ。
周りを確認する、教室はもう皆帰った後なのか誰もいない。
声を出しても……大丈夫か、流石に急に人が入って来るようなら分かるだろう。
僕は今まで行っていた念話ではなく、声に出してのじゃーさんに答える。
「どうしたの、のじゃーさん?」
「あんまり切羽詰まって物事を進めるのは良くないのじゃ、主は昨日から何処か焦っておる、それでは上手く行くものも行かないのじゃ!」
気づかれていたのか……。
のじゃーさんの言う通りだ、早く何とかしないと、と思う気持ちが強くてどうにも気持ちが空回りしている。
いや、昨日の失態が尾を引いているんだな、今でもあの時何故最低限の用意をしていなかったのかと悔やんでいるんだ。だからその失態を取り返そうとちょっとした事で苛ついている。
挙句新妻さんにまで嫌味を言ってしまう始末だ、そんな自分に嫌気が差す。
「……そっか、確かにそうだね。ごめんよ、のじゃーさん。確かに焦っている部分があったみたいだね。教えてくれてありがと」
「気にする事はないのじゃ! それに今日は準備万全! 万が一ここで何か起こっても主がパパパッと解決しちゃうのじゃ!」
のじゃーさんの優しさに胸が熱くなる。
僕が困っている時に最適のフォロー。やっぱりのじゃーさんは僕にとって最高のパートナーだ、彼女無しでは人生も色褪せてしまう!
愛しの子狐ちゃんから元気を貰った僕は、最高の笑顔をもって彼女に答える。
さぁ! のじゃーさん! 君の主は復活ですよ! パパっと問題解決ですよ!
「まったく、そんなに僕をおだてても何も出ないよのじゃーさん! でもありがとう!」
「どういたしまして! でもでもっ、妾の本心を言ったまでなのじゃ! 妾も大好きな主の為に一生懸命頑張るのじゃ!」
のじゃーさんは嬉しそうにその尻尾と耳を揺らしている、その様子に僕のテンションも上がりまくる、もう先ほどまでの余裕の無い僕ではなく、余裕を持った紳士の僕だ!
ああ、なんて可愛いんだのじゃーさん! スカートめくりたい!
「僕ものじゃーさんの事大好きだよ! 最高だよ! のじゃーさん!」
「主が元気になって妾も嬉しいのじゃ! 大好きな主の復活なのじゃ~!」
主復活祭、二人だけのお祭りは熱狂の果てにその絆を確固たるものにする。
僕はのじゃーさんの瞳をまっすぐと見つめると、お互いの気持ちを確認するかの様に愛を囁く。
「のじゃーさん。愛してるよ、ずっと一緒に居ようね」
「えへへ、えへへへへ! 妾も主の事を愛しているのじゃ! ずっとずっと! ず~っと、一緒なのじゃ!」
のじゃーさんは僕の言葉にモジモジしながらもしっかりと返事をしてくれる。
そのいじらしい姿に僕も自然と笑みがこぼれる。
そうして、お互い見つめ合っていると、のじゃーさんは何かを思い出したかのように突然わたわたと慌てだす。
「あ! えとえとっ! 昨日はな、主の事お馬鹿とか沢山言っちゃってごめんなさいなのじゃ! 勢いで言っただけで本当はそんな事思っていないのじゃ! 主は賢くてカッコよくて優しくて、妾の大好きな自慢の主なのじゃー!」
ふふふ、のじゃーさんったら。こんなタイミングでその話題を持って来るなんて、そんな可愛らしく謝られたら許すしか無いじゃないか!
もちろん、いつ言われても許す事は確実なんだけれどもねっ!
僕は心の底から慈愛の表情を浮かべると、のじゃーさんに優しく語りかける。
「もちろん、そんな事気にしていないよ! それよりも、いつも変な事ばっかり言ってのじゃーさんを困らせている僕を許してね」
「許すも何も妾は怒っていないのじゃ! 妾は主の従順な狐なのじゃ~」
そうして、のじゃーさんは感極まったのか僕にギューっと抱きついてくる。
むむむ、なんというご褒美! 物質化していないのが残念だ! けど勝手に主に抱きつくとはいけない子狐ちゃんだ! 罰として家に帰ったらギューっとする刑に処す!
そのまましばらくの間、僕に抱きついて頭をグリグリしてのじゃーさんであったが、満足したのか僕から離れて照れくさそうにしながらも潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。
僕はそんなのじゃーさんに微笑み返すと、先ほどから疑問に思っていた件――とってもとっても大切な話を切り出す。
「ねぇ、のじゃーさん?」
「なぁーに、主~?」
「女の子がトイレに費やす一般的な時間を教えてくれるかい?」
「……は?」
おや? 聞こえなかったのですか、のじゃーさん。ではもう一度。
「女の子がトイレにかける平均的な時間を教えて欲しいんだ」
「…………」
のじゃーさんは一瞬ぽかんとした表情を見せると、こめかみを抑えながら俯いてしまった。
むむむ!? どうしたんだい、のじゃーさん! 大事なことだからすぐにでも答えて欲しいんだけど!
「さぁ! 早くっ!」
「いや知らんし!! なんで主はこの雰囲気でごく自然にそれを質問したのじゃ!? そしてなんで妾がそれを知っていると思ったのじゃ!?」
子狐ちゃんは先ほどの笑顔をどこにやったのやら、途端にお怒りモードに突入してしまった。
まったく、何がいけなかったんだい? 僕は極普通の質問をしただけじゃないか!?
ちゃんと説明するからいい子にして聞くんだよ、のじゃーさん!
「いやね、新妻さんが戻ってくるのが遅いからさ、一般的な女性のトイレ時間から新妻さんが戻ってくる時間を算出しようとしたんだよ! 僕は新妻さんが戻ってくる時間を知る義務があるんだ!」
「そんな義務捨ててしまうといいのじゃ! 雰囲気が台無しなのじゃ! このお馬鹿主っ! お馬鹿主っ! 大馬鹿主ー!」
「もっと罵って!」
のじゃーさんは顔を真っ赤にして僕に罵声を浴びせる。突然のご褒美に僕も大興奮だ。
久しぶりの大馬鹿主発言、そんな素敵な罵りにほっこりとした気分になっていると大声で叫んで怒りも冷めたのか、のじゃーさんが息を切らせながらも僕の疑問に答えてくれる。
「はぁ、はぁ……。でもまぁ、確かに遅いと思うのじゃ、何か別の用事が――」
――っ!!
電撃の様な違和感が身体を走る。
僕の管理下にある特定の魔術が消え去った知らせだ。
慌てて、のじゃーさんの方を見ると彼女も驚いた表情でこちらを見ている。
まさか、このタイミングで!?
「くそっ! ――破られたっ!!」
それは、新妻さんにつけてあげたブレスレットが何者かによって破壊された知らせであった……。