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のじゃーさんと僕の怪奇譚  作者: 鹿角フェフ
ひノ巻【口裂け女】
5/31

第四話:前編

 あれからどれだけ叫んだだろうか……。

 気がつくと僕の自宅前だった。

 無駄に広い旧家の日本家屋。庭だの池だの見る人が見れば喜びそうな、よく言えば歴史を感じさせる、悪く言えば古臭い、それが僕の家だ。

 そんな家の、見るものを圧倒させる大きさだけが取り柄の古臭い門前へとバイクを進める。

 言葉がなかなか出てこない、それはのじゃーさんや新妻さんも同様らしい。

 僕らは完全にやつれていた。


「着いたよ、新妻さん……」


 スーさんのエンジンを切りながら、絞りだすように新妻さんへと声をかける。

 散々恐怖のハイスピードドライブを堪能した新妻さんは……完全に目が死んでいた。


「うん……」

「目、目がまわるのじゃー……」


 のじゃーさんがバイクから降りる、霊体で三半規管とか関係無いのにフラフラと足取りがおぼついていない。

 僕は完全に無表情の新妻さんがバイクから降りるのを手伝うと、彼女の様子を伺う。

 すでに日も暮れて、空には星が見え始めている、新妻さんは空を仰いだかと思うと、無言で星を眺めだした。


「えっと、新妻さん、なんかその……ごめんね?」

「羽田君……」


 新妻さんがボソリと呟く。声に感情が篭っていない、その声に流石の僕もビクリとしながら返答する。


「な、何かな? 新妻さん?」


 な、なんだろう? もしかして僕ボコボコにされるのかな?

 僕は完全にビビっていた、それほどまでに新妻さんの様子に恐ろしい物を感じたからだ、今なら彼女のパシリになる自信がある。


「生きてるって素晴らしいことだよねっ!」

「そ、そうだね! 生きてるって素晴らしいね!」


 新妻さんはビックリする程いい笑顔だった。それは何かを乗り越えた達成感と、何かを受け入れた達観にあふれていた。

 僕はそんな彼女に安心し、同じく笑顔で返そうと思ったけど、よくよく見た彼女の目が決して笑っていない事に気がついたので引きつった笑みしか浮かんで来なかった。


「よ、よし、じゃあここで少し待ってくれるかい? お守り取ってくるよ。口裂け女も一度逃げ切っているから大丈夫だしね」

「あっ! 待って!」


 新妻さんにボコられる前に目的のお守りを取ってこよう。

 そう決心し、家の門前で新妻さんに待って貰おうとした僕だけど、僕の声に新妻さんは途端に慌てた表情を見せる。


「どうかしたの?」

「えっと、その……一緒にお家にお邪魔してもいいかな?」

(主のニブチン! 女の子を一人にさせるなんて最悪なのじゃ! その位察するのじゃ!)


 いつの間にか復活したのじゃーさんに怒られる。

 確かにそうだ、いくら目が笑っていなくて、気に入らない奴を手当たり次第にボコボコにしそうな雰囲気を纏っている新妻さんとはいえ、恐ろしい思いをしたばかりなのだ。

 こんな暗い、よく知らない場所に一人で待たせるのは良くなかった。


「ああ! ごめんね、新妻さん。そうだよね、一緒に行こう」


 僕は慌てて新妻さんを自宅へと誘う、男の家に誘うのは嫌がられるかと気を使ったつもりだったんだけど、気を使う場所が違っていたみたいだ。


「うん! でもなんだかワガママばっかりでごめんね?」


 新妻さんが嬉しそうに、けれども申し訳なさそうに謝ってくる。

 えっと瞳に……よし! 光がともっている! これで大丈夫、いつもの優しい僕の新妻さんが戻ってきたぞ!

 僕は喜び勇んで彼女の言葉に答える、大丈夫だよ新妻さん! 新妻さんの僕はとっても懐が大きい男なのさ!


「いい女の子の条件は男を振り回す事だよ、気にする事はないさ!」


 そう、答える。

 僕の答えに安心してくれたのか、新妻さんも柔らかい笑みを返してくれる。

 でもそんな僕の言葉に何かを思いついたのか、のじゃーさんが両手を挙げながらピョンピョンとアピールしてくる。 うん可愛いね、何かな、のじゃーさん!


(主! アイスが食べたいのじゃ! 今すぐ買ってくるのじゃ! もち主の小遣いでな!)


 のじゃーさんにとっての男を振り回すとはコンビニにアイスを買いに行かせる事なのか……。

 な、なんという純粋で汚れの無い心! 究極の無欲! 僕は感動したよ、のじゃーさん!

 でもね、貴方僕にはいてない見せてくれなかったのでそのワガママは却下です、今はそれどころじゃないしね。


(はいてないのを見せてくれなかったのじゃーさんにはアイス上げません!)

(冗談で言ったとはいえ、妾のはいてないがアイス一個分とか理不尽なのじゃ!)


 まぁ、はいてない見せてくれたらアイス1個どころか、業者の納入単位で買ってもいいんだけどね。

 でものじゃーさんはいつもいい子だし、事が済んだらコンビニでアイス買う位はいいかな? 僕はそんな事を考えながら新妻さんを自宅へと案内する。

 門を越えて庭を渡る、石灯籠やら丁寧に切り整えられた松の木やら、いかにもなオブジェクトがいくつも並んでいる。

 それらを横目に玄関へと進む、距離があっていつ歩いても面倒臭い、しかしながら新妻さんはそうでもないらしくキョロキョロと辺りを見回しながらしきりに感心の声を上げている。


「うわぁ……羽田君のお家、とっても大きいんだね?」

「え? なんだって? もう一回言ってくれないかい、新妻さん」

「……? とっても大きいんだね?」


 感激が僕の身体に駆け巡る。

 ――羽田君、とっても大きいんだね――

 新妻さんが僕にそんな事を言ってくれるなんて、やはり彼女は僕の新妻さんであったのだ。

 この世の全ての幸福と幸運を同時に味わった僕は、それを授けてくれた女神へとお礼の言葉を述べる。


「新妻さんに最大の感謝を……」

「へ? えっと……どういたしまして?」

(主も変態だけど、さとみんはちょっと迂闊過ぎると思うのじゃ、これじゃあ主にとって都合の良いチョロい女になってしまうのじゃ!)


 のじゃーさんが呆れたように呟く。

 むむむ、都合の良い女の子か……、なかなかいい響きだね! どんな事をしてくるのかな?

 僕は何が何やら分かっていない様子の新妻さんをさらに都合のよい女の子とやらにすべく声をかける、ふふふ、僕の新妻さん新妻化計画は順調ですよ!


「まぁ、ただ単に古いってだけでそんなに凄い家じゃないよ。あちこちボロもきているしね」

「でも、こんなに大きなお家、私初めてだよ、なんだか緊張する……」


 ――私初めてだよ、なんだか緊張する――

 新妻さんがまたしても素敵かつ迂闊な発言をする。チラリと様子を伺うと彼女はほへーっと暗がりの中に現れた僕の家を見上げるばかりだ、わざとじゃないのかな?


(新妻さんは狙っているのか? 僕不安になってきたよ)

(多分天然なのじゃ、これ悪い男とかに騙されちゃうタイプなのじゃ!)

(じゃあ僕が悪い虫が付かない様におはようからお休みまで守ってあげないとね!)

(さっそく悪い虫がついてきたのじゃ!)


 のじゃーさんとの議論の結果、新妻さんの保護が決定した。

 悪い虫は振り払わなくてはいけない、新妻さんはいい子だからそこにつけ込もうとするもの凄いド変態が集まってくるはずだ、僕も気を引き締めないといけない。

 そう、決意を新たにしながら、ようやくたどり着いた玄関の引き戸をガラガラと開け、新妻さんを招き入れる。


「ささ、新妻さんも入って入って、ただいまー!」

「お邪魔しまーす……」


 玄関で靴を脱ぎながら薄暗い廊下の奥を眺める、この時間だと父さんはまだ仕事だね、母さんは……いるはずだけど。

 そう思っていると、廊下の明かりが灯り、廊下の奥にある台所より母さんがやってくるのが見えた。


「おう、遅かったな(さとる)ー、どこで道草食っ……て……」

「母さんただいま、僕が帰ってきてやったぞ!」

「母上殿ただいまなのじゃー!」

「え、えっと。羽田君のクラスメイトの新妻と申します。夜分遅くにお邪魔します」


 母さんは面倒くさそうに自らの肩を揉みながら僕へと声をかける、が、僕の影になって見えなかったであろう新妻さんに気がつくと、こちらが慌ててしまいそうな程にビックリとした表情を作り新妻さんと僕を交互に見つめだした。

 新妻さんもそんな母さんにタジタジだ、確かに母さんは快活な性格で何故か男気もあふれているからね、わかりやすく言うとヤンキーオーラが出ているのだ。こういう時は僕が率先して間に入ったほうがいいだろう、嫁と姑の仲を取り持つのも夫の重要な役目だしね!

 僕は早速新妻さんを母さんへと紹介する。


「新妻さんは僕の将来の新妻さんなんだよ!」

「え!? え!? ちっ、違います! そんなんじゃないですよ!」


 しかしながら新妻さんよりもたらされたのは否定の言葉!

 どうしてだい新妻さん! 僕と君とは将来を誓い合った仲じゃないのかい!?


「え!? 新妻さんは僕の新妻になってくれないのかい!?」

「え!? なんで驚くの!? それは、えっと、えっと……」

「むしろどこら辺でさとみんを娶った気になっておったのじゃ?」


 どこら辺って……おパンツを買ってもらった辺り?

 のじゃーさんの言葉にしばし考える、うーん、でもこれだけ仲良くなったんだし嫁認定しちゃってもいいと思うんだけどなぁ。

 そんな僕の思いとは裏腹に、新妻さんはワタワタと慌てている、何か言葉を出そうとしているが出てこないようだ、うーん流石僕の女神、慌てる様子も素敵だね!

 そうして新妻さんの様子をしかと目に焼き付ける僕であったが、彼女が言葉を発する前にいち早く復帰した母さんが声を上げた。


「新妻さんって言ったね……悪いことは言わない、こいつだけは止めておけ」

「それはあんまりじゃね、ママン!」


 なんたる言い草! どうやら母さんは僕の敵だったようだ、新妻さんとの将来を妨害する残虐非道の極悪人! やはり嫁姑の確執は存在したのだ!

 僕は世の旦那達の気苦労に心底同情の念を持ちながら、もっと良い感じで僕の事をヨイショする様に母さんへと視線で訴えかける、だがしかし、それはそれは蔑んだ目で返されてしまった、酷い!


「まぁいいさ、何か用事があるんだろ? ゆっくりしていきな。あと何かあったら大声あげるんだよ。すぐに駆けつけるからさ」

「は、はぁ……。ありがとうございます」


 僕に釘を刺しているのだろうか? 鋭い視線を向けてくる母さん。だが待ってほしい、僕みたいな誠実な人間を捕まえてあまりの言い草じゃないかな?

 僕はその理不尽かつ不本意な評価を訂正し、真実の僕を知ってもらうために抗議の声を上げる。


「何もあるわけないじゃん、あったとしても新妻さんのおパンツ見せてもらう位かな?」

「絶対に大声あげます!」

「ガチでやりそうな辺り目が離せないのじゃ!」


 全員から非難の視線が僕に向けられる、うーむ、こういうのも心地良い。


「……後で飲み物持って様子見に行くからな、その子に変な事していたらぶっ殺すからな悟」

「はーい、まったく、僕みたいな紳士を捕まえてなんて言い草だ! さぁ行くよ新妻さん、のじゃーさん!」

「変態紳士の間違いだと思うのじゃ、では母上殿、さらばなのじゃー!」

「はいはい、さらばなのじゃー」

「……? 失礼します」


 これ以上母さんと話していると縄で縛られて新妻さんに一切の手出しができない状態にされそうだ。

 流石にそれはいろいろと不味いのでさっさと話を切り上げて部屋に行こう、そうすればこっちの物だ! 僕は新妻さんとのじゃーさんを促すと部屋へと向かう。


 ギシギシと鳴る廊下を歩きながら自室へと向かう。

 広い家って言うのは良い物だけど、広すぎるってのも考えものかな、部屋に行くまで歩く時間が勿体ないや……。

 そんな事を考えていると部屋に着いた、障子で区切られた10畳あるこの場所が僕の聖域だ、ここに全てがある。

 何か見られると良くない物は放置していなかったかな? 僕は外出する前の部屋を思い浮かべると問題ない事を確認し、障子を開けて新妻さんを招き入れる。


「さぁ、新妻さん。ここが僕の部屋だよ、入って入って!」

「はーい、お邪魔しまーす」


 部屋は男の、それも高校生のものとしてはこざっぱりしていると思う。

 年代を感じさせるちゃぶ台、箪笥、本棚、戸棚、古くからある家具を使っているせいか、非常に地味だ。

 申し訳程度にハンガーにかけられている制服や、本棚の教科書がなければお年寄りの部屋と思われてもおかしくはない雰囲気がある。


 しかしだ、ふふふ。 ついに、ついに新妻さんが僕の部屋に入ったのだ。

 その感動に打ちひしがれる。だがまだだ、真の感動と栄光は今まさにこれからやってくるのだ!


「わくわく……」

「……? どうかしたの、羽田くん?」


 大丈夫、ちゃんと聞いていますよ、一字一句聞き逃しませんよ新妻さん!


「さぁ、バッチコイ!」

「え? 何が?」


 が、新妻さんは不思議そうな顔でこちらを伺うのみだ。

 完全に分かっていない! 侘び寂びの心を理解していない! 様式美に対する想いが足りない!


「違うでしょうが! 男の子の部屋に女の子が入ったら言うことがあるでしょうが! こう、お約束なセリフがっ!」


 僕の言葉に新妻さんはキョトンとした顔を見せる、まったく、この子ってば! そんな事でこれからどうするっていうのかい!?

 新妻さんは、この非常に重要な儀式が思いつかないのか、必死に答えを出そうと唸りだす。


「えーっと、えーっと……。あっ! お、男の子の部屋ってこうなってるんだ、私初めて入ったよ!」

「ありがとうございます、新妻さん!」


 新妻さんはようやくその言葉に思い至ったのか、嬉しそうに待ちに待った言葉を告げてくれる。

 流石新妻さんだ、僕も喜びを隠し切れない、そうしてコテンと首をかしげながら、どうかな? と問いかける彼女へと親指を挙げてグーサインを作り、最大限の謝辞を送る。


「主はいい加減、そうやってセクハラをするのを止めるのじゃー……」


 と、のじゃーさんが心底呆れた表情で現れるのは同時だった。

 物質化による実体化、僕の部屋に入ったことで顕現が可能となった彼女は早速姿をあらわすと僕にお小言を言いに来たのだ、多分迂闊な新妻さんに注意する意味も込めているんだろうなー。

 まったく、僕に構って欲しいからってそんなにツンツンしなくてもいいのにこの子狐ちゃんったら!


「えっ!? な、なにもない所から!? 羽田君! こ、この子は!?」


 のじゃーさんも物質化した事だし、早速はいてないを確認しようかなとさり気なく愛しの天使に近づく僕であったが、新妻さんの驚いた声によって阻まれる。

 そういえば新妻さんはのじゃーさんを実際に見るのは初めてなのか……。僕は将来の妻である新妻さんへ、これまた将来の妻であるのじゃーさんを紹介する。


「のじゃーさんです、僕の妻です」

「のじゃーさんなのじゃ! 主の使い魔なのじゃ、さとみん宜しくな!」


 のじゃーさんの横へ並び立ち、肩に手を置きながら紹介する、そうしてその手をスルスルと和服の裾へと――アイタッ! 叩かれた! お預けなんて酷いよ、のじゃーさん!


「さ、さとみん? えっと、よろしく……」


 新妻さんはさとみんと呼ばれたことに驚いたのか、目をぱちくりさせながらのじゃーさんを凝視している、そうしてどうした事か、何度も何度も目を擦っては開け、のじゃーさんを確認しだした。


「ん? どうかしたの?」


 そうしてぽかんと口を開けながら、のじゃーさんを見つめ続ける新妻さんに、僕もだんだん心配になってくる。

 どうしたものかと彼女に質問すると、新妻さんは自分のほっぺたを一度だけ抓ると、変わらぬ唖然とした表情で僕を見つめて口を開き――。


「あ……、その、本当にいたんだって。羽田君が妄想で作り上げた女の子だと思っていたから……」

「酷くね! 皆僕を信じてくれない! そうやって頭のおかしい子扱いする!」


 ねぇ新妻さん! ちょっと貴方さっきから酷くね!? 一体君は僕をどういう人間だと思っているのかい!?

 おパンツを食べる人間だと思ったり、妄想の狐っ娘と話す可哀想な子だと思ったり、流石の僕も黙ってはいられないぞ! でもまぁ、それについてあんまり新妻さんに突っ込みを入れると他の変態行為についてボロが出そうなので口を閉じる、僕は都合の悪いことはスルーする主義なんだ!


「変態的な意味では間違っていないのじゃ、頭のおかしい子なのじゃー!」

「のじゃーさんまで!」


 のじゃーさんまで僕をいじめる! あんまりだ! これが集団によるイジメってやつなのか!? 僕はその哀れな生贄として認定されてしまったのか!? 僕はいわれのない暴言に対して、悲しみに打ちひしがれながらそっとのじゃーさんの和服へと手を伸ば……痛い!


「ささ、さとみん。座って寛ぐのじゃ! ゆっくりしてくといいのじゃ!」

「のじゃーさん、なんで僕の部屋なのに君がおもてなししてるの? まぁいいけどさ……」


 のじゃーさんが新妻さんに座布団を出してテーブルへと座らせる。

 あー、あれ来客用の座布団だな……。せっかく僕がいつも使っている座布団を新妻さんに使ってもらいたかったのに。

 まぁいっか、新妻さんもキョロキョロと僕の部屋を見回しているけど寛いでくれているみたいだし、その間にお守りを出すかな。

 僕は新妻さんをのじゃーさんへと任せると、魔術道具を保管している戸棚の中をあさり出す。


「そうなのじゃ! 主っ! 主っ! パンツ見せて! パンツ見せて欲しいのじゃ!」


 僕が戸棚をあさっていると、のじゃーさんが突然背中に抱きついてくる、うむ! 最高の感触だ! このあるかないか分からない感覚が非常に宜しい!

 だがまてよ……おパンツを見せて欲しいとな? 新妻さんがいるのに? ふふふ、そんな過激なプレイをお望みですかのじゃーさん? もちろん僕はオーケーですよ!


「まったく、のじゃーさんたら新妻さんがいるのに僕のパンツを見せて欲しいだな……あ、痛い痛い! 分かった、分かったから!」


 抱きついたまま(つね)られた! まったく、冗談が通じないなんてこのワガママ子狐ちゃんめ! それともそんなにおパンツが楽しみなのかな?

 僕はテーブルの上へ置いてあったランジェリーショップの袋を軽く指さすと、のじゃーさんへ見ていいよと一言告げる。

 主従の分別はバッチリ! のじゃーさんは僕の許可を得ると早速ビリビリと袋を引きちぎり嬉しそうにパンツを掲げだした。


「おー! やったのじゃー! 念願のパンツを手に入れたのじゃー!」


 そうして嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねて、おパンツをじーっと見つめたり、裏返したりしてひとしきり堪能した後、部屋の隅にあるのじゃーさん専用小物入れへと丁寧に入れてしまう。

 ああ、僕のおパンツなのに……。ん? でも最終的にはのじゃーさんがはくことになるからのじゃーさんのおパンツなのか? いやでも僕がイメージするからやっぱり僕の?

 僕が答えの出ない問題に悩んでいると、先程までのじゃーさんをずっと見つめていた新妻さんがオズオズとのじゃーさんへ声をかける。


「えっと、のじゃー……さん? あの、その耳って本物なのかな?」

「ぬ? 耳? 本物なのじゃ! もちろん尻尾も! 触ってみる?」

「う、うん!」


 のじゃーさんの耳と尻尾の感触は素晴らしいものがある、そこに気づくとは流石新妻さんである。

 僕も昔は頻繁に触らせて貰っていたのだが、ついつい滑ってお尻とかを触ってしまうこの悪いお手々のせいで今は禁止令が出されてしまっている、くそっ! この手が! この手がこんなに悪い子じゃなかったら!


「ではどーぞー」

「わぁ! ふかふかだ!」


 そんな僕の内心の苦悩を他所に、新妻さんはのじゃーさんの尻尾を撫でるように触りだす。のじゃーさんも悪い気はしてない様だ。

 ふむふむ、成る程……。これはとても百合百合しいね!


「もっと触っていいのじゃ、妾はさとみんの膝の上に座るのじゃ!」

「ありがとう!」


 新妻さんの撫で撫でに気を良くしたのか、のじゃーさんは彼女の膝の上に座ると目を細めて気持ちよさそうにしている。

 新妻さんも嬉しそうだ、まるで自分の娘をあやすかのように、のじゃーさんの頭と、そこに生える2つの耳を優しく撫でている。

 ほほぉ……。これは、もっと煽らないといけませんね!

 そうして僕はこっそりと、新妻さんに気づかれないようにのじゃーさんへと念話を繋げる。


(のじゃーさん、のじゃーさん! もっと、もっと新妻さんとイチャついて!)

(また変な事を考えおってからに、このお馬鹿主は……)

(お願いだよ、またとないチャンスなんだ! 百合百合シーンを見れるなんて!)


 頼むよ! これ久しぶりにヒットなんだ! 新しい扉が開けそうなんだ!

 僕は必死の思いを込めてのじゃーさんへと頼み込む。


(仕方ないのー、まぁ見ているのじゃ)

(ひゃっほーい! 流石だぜのじゃーさん!)


 素晴らしい! 流石のじゃーさん、流石僕の使い魔! 一心同体、まさに阿吽の呼吸だ!

 僕は決して気づかれないようにポケットからスマートフォンを取り出すと、動画撮影アプリを起動して二人へと向ける。


「さとみーん、妾ともっとイチャイチャするのじゃー!」

「え!? えっと、イチャイチャ……って、あはは! くすぐったいよ! 止めてよのじゃーさん!」


 のじゃーさんが新妻さんをくすぐり出す、新妻さんも止めてとはいいつつも本気で嫌がっている感じはない。

 マーヴェラス! 匠の仕事ですよ、のじゃーさん! 僕のテンションも加速度的に上がり続ける、そうして完璧に素知らぬ振りをし、戸棚を漁る仕草を見せながらチラチラとその様子を脳細胞に刻み込む。


「やめないのじゃー! くすぐりの刑なのじゃー!」

「もう! じゃあ私もっ! どうだ!?」

「にょわははははは! くすぐったいのじゃー!」

「えい! まだまだだよ!」


 二人はピンク色の雰囲気を出しながら仲良くイチャイチャしている。

 うんうん、桃源郷はここにあったんだね、二人の語らいは僕が漏らさず記録するから安心してね、このスマホ大容量だから何時間でもバッチコイだよ、画質も最高画質だよ。

 そうして天上の演目に心洗われる僕であったが、唐突にそれは終わりを迎える。


「にゃははは……さて、さとみん。これ位にしてっと」

「え? いきなりどうしたの?」


 のじゃーさんはさっきの雰囲気をどこにやったのか、途端に冷静な表情を見せると静かに新妻さんへと語り出した。

 んん? のじゃーさんどうしたのですか、これからですよ? これからがいいところなのですよ!?


「さとみん、よく聞くのじゃ、これな、全部あそこで目をぎらつかせながら盗撮しているド変態主の命令なのじゃ」


 え、えらいこっちゃ……子狐ちゃん裏切りおった。


「僕は無実だ新妻さん!!」


 僕は取り敢えず保身に走ることにする、光の如き反応速度、後は野となれ山となれ。

 予想だにしない愛しの天使の裏切りに流石の僕も慌てふためく、神よ……僕が何をしたと言うのですか? これほどまでの苦境に立たされなければいけない罪悪をいつ犯したと言うのですか?

 チラリと新妻さんの様子を伺う、彼女は顔を真っ赤にしながらワナワナと震えている、やば、これ怒ってらっしゃる。


「は、は、は……」

「は?」

「羽田君のエッチ!!」

「ありがとうございます、新妻さん!」


 怒れる新妻さんのカミナリに心底反省した僕は、瞬時にスマホの保存ボタンをタップすると、誠心誠意彼女に謝るのであった。

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