最終話
正座……。
日本伝統のその独特な座り方は、主に相手に対して礼を尽くす時などに使用される姿勢だ。
そしてそれは、謝罪や反省を示す場合における姿勢でもある。
「……前代未聞だわ」
「「…………」」
伏見稲荷の神域。砂利が敷き詰められた境内の一角。
僕とのじゃーさんは、下を俯きながら不動の心意気で正座を維持していた。
「おい、聞いてるのか? 俺は前代未聞だって言ったんだ」
正座する僕達を威嚇するように、ウロウロと周りを歩くごっさん。
そんな激おこな彼を何とか宥めすかそうと僕とのじゃーさんは無実を訴える。
「ご、ごっさん! これは不幸な事故だったんだよ!」
「そ、そうなのじゃ! ノリとか勢いとか、そういう諸々合わさってあの時はあんな感じになったのじゃ!」
反省していますアピール。
僕とのじゃーさんは明らかに気落ちした様子を見せながら、この件に関して遺憾に思うと言わんばかりの表情でごっさんの慈悲を乞う。
「……おい、そういうのはどうでもいいんだ。で、どうすんだよ?」
だが暖簾に腕押し。ごっさんは僕らを許すつもりが全くない。
彼の言い分も分かる。どえらい事になっている。
だが認める訳にはいかない。責任の所在を曖昧にしなければいけないのだ!
僕とのじゃーさんは、何も知らない無垢な一般市民を装いごっさんに答える。
「ど、どうって?」
「わ、妾には分からないのじゃ!」
「周りを見ろよ……。どうなってる?」
チラリと視線を辺りへ這わせる。
焦げた匂い、燻る煙、ギャン泣きするキツネ達……。
そして、綺麗さっぱり焼失してしまった伏見稲荷の神殿。
僕は、これが現実と知りつつも目を逸らさずにはいられなかった。
「うーん……さ、さっぱりしたかな?」
「か、風通しが良いのじゃ! これは流行りのロハスって奴なのじゃ!」
「全焼だよ! 見るも無残な有り様だよ! お前らこれどうケツ拭くつもりだよ!」
ごっさんは額に青筋を立てながら捲し立てる。
気持ちは分かる、これマジで洒落になってない。
でもね、僕だってどうしていいか分からないんだ。
それはのじゃーさんだって一緒。だから、僕とのじゃーさんは誤魔化すように俯き黙りこくる。
「あの、ちょっと外見てきたんだけど凄いよ。ボヤ騒ぎだって、警察とか消防とか一杯来てる……」
「でも裏と表は繋がっているのにどうして神域だけが全焼したのでしょうか? ふぁいあー」
新妻さんとことりちゃんがドン引きしながら戻ってくる。
僕はとっさに二人に向け、助けてくれとアイコンタクトをしたが、二人は悲しそうな顔で首を左右に振るばかりだ。
酷い……僕に協力してくれるんじゃなかったのかい!?
「むこうはボヤで済んでるのか……。実はジジィ共と宇迦様が必死に現実に影響でない様に結界を張ったんだよ。まぁ流石に無傷とは行かなかったみたいだな」
裏が駄目になると表も駄目になる。
表裏一体の法則は神域にも適応される。
本来なら表も全焼だが、今回は宇迦様や狐のおじい達が頑張ったらしい。
僕はお縄にならない事に心底安堵しながら、言葉通り身を張って事態の拡大を防いだ方々に思いを巡らせる。
「おじぃ達はおこかな?」
「きっとカムチャッカファイヤーなのじゃ……」
「ショックと疲労のあまりぶっ倒れてるよ。もちろん宇迦様もな。マジ前代未聞だわ、かの玉藻御前でももう少し分別って物を知ってるぞ?」
「その……ごめんなさい。 私もできるかぎり弁償しますから。……羽田君の事煽っちゃったし」
「百億万円は必要ですよ、ニイヅマー」
僕が謝罪の言葉を述べる前に、新妻さんが心底申し訳無さそうに深いお辞儀をする。
その表情は真剣だ。きっと心優しい彼女の事だ、自分にこの事件に関する責任があるとでも思っているのだろう。
「新妻さん! 新妻さんは何も悪くないよ! 元はと言えば僕が早とちりしたせいだよ!」
「そうなのじゃ! さとみんは何も悪くないのじゃ! 悪いのは火を放った妾なのじゃ!」
このままでは全ての責任を取るとでも言わん勢いの新妻さん。
そんな彼女に僕とのじゃーさんは割って入る。
止めてくれ新妻さん! 君が謝る必要なんて何処にも無いよ! それにっ! こういうのは謝ったら負けなんだ!!
「よーっく分かってるじゃねぇか……。俺ら神使の狐一同も、お前らアホ二人が諸悪の根源だって事で話が纏まってんだよ」
「弁護士を呼んでくれるかい? 国選でいいから!」
「妾は当時心神喪失状態だったのじゃ! 責任能力は問えないのじゃ!」
僕達は無実を訴える。
この場は何としてでも切り抜けなければいけない。責任を取る気なんて全くないのだ。
「知らん! 往生際が悪い! お前ら二人共同罪だ! 地獄に落ちて詫びろ!」
「「そんなっ!」」
僕とのじゃーさんは悲痛な声を上げる。
チラリと様子を伺った新妻さんとことりちゃんも驚きの表情だ。
あまりにも、あまりにも酷な仕打ちだ。情状酌量の余地も無いと言うのか。
僕は悲しみに打ちひしがれながら、のじゃーさんにそっと視線で合図をする。
もちろん、全力でこの場から逃走するつもりであった。
「……と言いたいところだが。確かに説明が不十分で誤解させたこっちにも責がある。そもそも、アホの七穂をアホの坊主の所から無理に引き離すとこうなるのは分かりきっていた筈だ。……なんでこうなったかなぁ? やり直せるならやり直してぇよ」
「そうだそうだ! 上司は責任を取るためにいるんだ!」
「まったく、社員教育はどうなっているのじゃ! 経営陣はこの問題に対して責任を取る必要があるのじゃ!」
「羽田君、のじゃーさん! お願いだから反省して!」
ごっさんが認めた非。僕らはすかさずそこに入り込む。
ここを突破口としてなんとか無罪を勝ち取らなければ!
僕とのじゃーさんはここぞとばかりに反論の声を上げる。重要なのは事実ではなく、僕らが無実になる事なのだ。
「お嬢ちゃんも早く諦めろ。このアホ二人は世の中の事を心底舐め腐ってるんだ。俺達はもう諦めた。――ああ、それら事情をを踏まえてだ。お前らに課す刑罰を言い渡す……」
◇ ◇ ◇
今だ警察や消防でごった返す表の伏見稲荷大社。
その境内を悠々と歩きながら、僕はゴキゲンでのじゃーさんに話しかける。
「いやー。それにしてもなんとかなったね、人生うまくいくもんだ!」
「怪我人も出なかったし。あんなのまた建てればいいのじゃー!」
「そ、そういう問題じゃないと思うんだけど……」
「怪我をした人が居なかったのは幸いでしたね。危うく現代の飛縁魔お七となる所ですよ」
人生とは素晴らしいものである。山あり谷あり。どんなに大変な事があっても、意外と上手くいく事だって往々にしてある。
つまり、僕が何を言いたいのか、端的に表すと……。
何とかなった。
全くもって素晴らしい事だ。紆余曲折あったが、これからものじゃーさんと、そして皆と仲良く暮らせる事が出来るのだ。
僕はこの世の全てに感謝しながら、愛しい女の子達と帰路につく。
ただ、少しだけ問題があって……。
「でも労役千年かー。こりゃ参ったな……」
「例え死んでも魂が囚われてお勤め命じられるのじゃ! 面倒極まりないのじゃ!」
労役千年。それが僕とのじゃーさんに伝えられた罰であった。
「えっと、それって具体的にどうなっちゃうのかな?」
心配そうに尋ねる新妻さん。
やっぱり彼女は天使だ。僕がこれほどまでにやらかしても相変わらず僕に愛想をつかさずに一緒に居てくれる。
僕はそんな彼女に心底感謝しながら、その内容の説明を行う。
「伏見稲荷専属のパシリにされちゃうってことだね。この前の以津真天みたいな事が無報酬で延々続くの」
「理不尽なのじゃ! これじゃあ主と遊ぶ時間が減るのじゃ!」
「そうなんだ……」
ようは被害額分タダ働きしろって事だ。
実際現実の部分は対して燃えていないのだからそんなに労役を課されなくてもいいんじゃないかと思うが、宇迦様やおじぃ達の慰謝料的なものも含まれているらしい。
うーん、理不尽。
まったく、どうして僕やのじゃーさんが毎回こういった酷い目に会うのだろうか?
僕は世の世知辛さに心を痛めながら、歩みを進める。
「普通は地獄に落とされますけどねー。と、ことりは付け加えます」
今回は珍しくドン引きしてたことりちゃんも既にいつもの調子を取り戻している。
「はぁ、ちょっと今回はやり過ぎちゃったかなー?」
ちょっと反省。
少しばかり軽率だったかもしれない。
のじゃーさんが別れを告げた時にもう少し冷静になって話を詰めていればあんな勘違いをする必要もなかった筈だ。
……あの時は本当に動揺していたからなぁ、柄にもなく。
僕は小さなため息をつく。燃え尽きた神社はどうでもいいとしても、新妻さんやことりちゃんに心配をかけてしまった事には罪悪感を感じる。
「でもちゃんとお勤めして反省すればいつか伏見稲荷の皆さんも許してくれるんじゃないかな? 私も手伝うよ!」
「そうなのじゃ! 皆で頑張ればなんとかなるのじゃ! 元気出すのじゃ、主!」
「ことりも手伝いますよ? ことりは役に立つ女なのです。ぶい」
小さくため息をついた僕。
そんな僕の気落ちした様子を感じ取ったのか、励ますように皆が声をかけてきてくれる。
……本当に、僕は幸せものだ。
僕は彼女達の優しさ溢れる善意に答えるように微笑みを返す。
「ありがとう、皆。そうだよね……」
そうだ、そうだった。
僕は決めたはずだ。何があっても頑張ると……。
だったらこんな所で気落ちしている場合ではない。もっと前向きにならないと!
そう、それこそが彼女達の望みであり、それこそが僕が取り戻すべき日常だ。
「こりゃあ益々皆に情けない姿は見せられないな……」
自らに再度決意する。
これからも大変な事が沢山あるだろう。
けど、皆がいれば安心だ、それだけで僕は頑張っていける。
そう、告げるでもなく心に秘める。
皆に顔を向ける。まるで僕の思いを祝福するかの様に、明るい日差しが差し込んできた。
「主……」
「パネ田さんはいつだって頼もしい人です。ことりは知ってます」
「羽田君……。あれ? 似たようなパターン、つい最近やった記憶が」
僕の想いを告げる。
今までもそうだったように、これからもそうあろう。
僕は僕らしく生きようと思う。
「僕……強くなるよ」
約一名、不審がる新妻さんを除いて僕らは真剣だった。
そして、僕は自らの決意を彼女達に宣言する。
「――いつか、誰よりも強くなって。そして務めを自力でブッチ出来るようになってみせるよ!」
労役千年とかマジでやってられないからね!
「「…………」」
僕は元気よく叫ぶ。
皆聞いてくれ! 僕は完全復活だ! 責任とか義務とか、そういう諸々から逃げ出してみせるよ!
「そ、それでこそ妾の主なのじゃ! やっぱり主は最高なのじゃ! 感動したのじゃ!」
「ありがとう、のじゃーさん!」
僕の言葉にいの一番に答えてくれたのはやはりのじゃーさん!
今までも彼女が一番の使い魔だし、これからも彼女が一番の使い魔だ!
「えっと、ちゃんとお勤めをこなして許してもらうって考えはあるかな?」
「なにそれ!? 僕わからないよ!!」
次に語るは新妻さん。
相変わらず心配症な彼女は、その愛らしい表情を曇らせながらオズオズと尋ねてくる。
だが、そんな所も彼女の魅力だ。いつだって僕が暴走しがちな時に止めに入ってくれる。
「えっと、流石にそれは不味いとことりは思うのですが……」
「常識に囚われちゃ駄目だよことりちゃん! 今回も何とかなったし次も何とかなるよ!!」
最後にことりちゃん。
いつも不思議な彼女には僕も沢山元気を貰っている。
これからも、その独特のマイペースっぷりと不思議ちゃんオーラで僕を癒してくれるだろう。
「だからさ。皆、僕に協力してくれるかい?」
そう、尋ねる。
もちろん、答えは分かりきっている。皆の事だ、快く了承してくれるだろう。
だから、このやりとりは僕のけじめ!
これからも僕らしく、皆と仲良く生きていくって言う宣言!
「もちろん! 妾も一緒に頑張るのじゃ! 尻尾もガンガン増やしてブッチできる様になるのじゃ!」
「す、凄い。この二人全然反省してないよ……」
「前向きな事は素晴らしい事ですねニイヅマー。しかし……ことりもちょっぴり引き気味です」
うんうん。ほらね、皆当然の様に了承してくれた。
ちょっとだけ、批判的な意見が聞こえるが、それは全くの気のせいだ。
きっと彼女達もいろいろあってナーバスになっているんだろう。
安心してくれ! これからは、生まれ変わった僕がまるっと解決してあげるよ!
「気にし過ぎだよ新妻さん、ことりちゃん! それより、折角のじゃーさんが帰ってきてくれたんだ! これから皆でパーティーしようよ!」
「やったのじゃ! パーティーなのじゃ! お菓子とかジュースとか沢山買い込むのじゃ! 妾と主のコンビ再結成の門出を祝うのじゃー!」
のじゃーさんと一緒にテンションマックスになる僕。
全てが解決した今、目に映るのは輝かしい未来のみだ。
早速愛しののじゃーさんの帰還を祝うべく、パーティーの開催を宣言する。
「ごめんなさい、ごめんなさい。本当、関係者の皆さんごめんなさい……」
「パネ田さん! パネ田さん! ことりはチキンが食べたいです!」
のじゃーさんはテンションマックスだ。同じくテンションマックスのことりちゃんと一緒にぴょんぴょん飛び跳ねながらあれやこれやとお菓子や料理に想いを馳せている。
僕は一人困惑顔でブツブツ呟く新妻さんの手を取ると、のじゃーさん達の輪に引きこむように腕を引く。
「さぁさぁ、新妻さんもそんなにショボンとしないで。僕は笑顔の新妻さんの方が好きだよ!」
「ひゅーひゅー! なのじゃー!」
のじゃーさんに茶化されながら、困り顔で――それでも嬉しそうな表情の新妻さんが輪に入る。
「ああ、羽田君を怒れない自分が情けないよぅ……」
「みーんな、嫁ですからね。旦那様には逆らえないのです。ごー、ごー!」
「やっぱりこうでないと駄目なのじゃ! これからもこの調子で毎日沢山遊ぶのじゃー!!」
そうして、騒々しいながらも心地よい空気の中、僕らは帰路につく。
いつの間にか皆笑っていた、普段しない位に大声で。
……この日々がずっと続けばいいな。
明日も明後日も、そしてずっと先まで。今日の様に皆が笑える日々が……。
――普段見ることの無い、少しだけ不思議な世界。その世界で楽しく過ごす僕らのお話。
のじゃーさんと僕。そして皆のお話はこれで終わり!
本作品を最後までお読み頂きありがとうございました!!
どうでしたか? お楽しみ頂けたでしょうか? 少しでも面白いと思っていただけたらとても嬉しく思います。
感想、評価、お待ちしております




