閑話:新妻さんと肝試し
一寸先は闇。微かに聞こえる鈴虫の音色、そして水が勢い良く流れる音。
――そして、響く足音四人分。
私は今、幽霊が出ると言われているダム湖へと来ている。
時間は夜の8時。
新妻さとみは夜遅くに心霊スポットへと出歩く悪い子です。
なんて――本当に女の子が出歩いていい時間じゃない。しかも遊び半分で霊現象が発現する場所へ行くなんて、羽田君に聞かれたらなんて怒られるか……。
「幽霊……かぁ」
思わず言葉がでる。
遊歩道からはダム湖の全容が見渡せる。
懐中電灯で照らした水面は驚くほど薄暗く、気を抜くと吸い込まれそうな、そんな不気味な雰囲気があった。
幽霊なんて何処にもいない。いや、それで良かった――それが良かった。
もし本当にいたら面倒な事になっていたかもしれないのだから……。
ふと思い出したあの事件、口裂け女に襲われた恐怖を思い出しながら身震いをする。
本当に怖かったのに、私ったら何してるんだろう?
「なになに? やっぱり怖くなっちゃったのさとみ!? 雰囲気あるわよね! 私に抱きついてもいいわよ!」
つぶやきと私の変化を目ざとく見つけたのか、隣を歩く親友の真奈美ちゃんが楽しそうに声をかけてくる。
……抱きつかないし。
なんで真奈美ちゃんはこんなに楽しそうなのだろう? 本当にいたら恐ろしい思いをするんだよ?
……いや、知らないからこそこれだけ気楽にいられるのかな? 結局、誰も彼も自分が実際に見るまでは信じないんだ。
「ねぇ真奈美ちゃん。やっぱりあんまりこういうのは良くないと思うよ。遊び半分で来ちゃいけないんだよ」
諦めにも似た心境で、今日何度目かになる説得を彼女へと行う。
この心霊スポットに誘ってきたのは真奈美ちゃんとそのお兄さんだ、二人はどうしても私を誘いたかったらしくし執拗に何度も声をかけてきた。
(熱心なその誘いに根負けして思わず了承しちゃったんだけど、やっぱり来るんじゃなかったな……)
「さとみちゃんは無理して誘っちゃったからなぁ……、でも折角来たんだしもう少しだけ付き合ってくれないかな?」
「そうだよ、さとみ! 兄貴もこう言ってるし、ね?」
そんな考えを見透かされたのか、真奈美ちゃんのお兄さんが申し訳無さそうな声で謝ってきた。
真奈美ちゃんの大学生になるお兄さん、今日の運転手役だ。
わりと門限が厳しい私の家が今回の話に許可を出してくれたカラクリもここにあった。
真奈美ちゃんの家と私の家は家族ぐるみの付き合いをしている、お兄さんも監督役としているから大丈夫と太鼓判を押されたんだけど……。
どうせならもう少し楽しい事をしたかった。
私の気分は落ち込むばかりだ。霊的被害を受けた事がある人間が心霊スポットに自分から向かうなんて愚かな行為で羽田君に怒られるかもしれないという不安の為、そしてもうひとつ……。
「そうそう、さとみちゃん! 何かあっても俺が守ってやるから大丈夫だぜ!」
お兄さんと真奈美ちゃんの間を割るように入ってくるこの人……。
急に参加してきた彼はお兄さんの友達さん。名前は――忘れた。
兎に角この人が問題だった、なんて言うか……馴れ馴れしいのだ。
正直話もしたくない、その気持ちが隠しきれないのかついつい無愛想な返答をしてしまう。
「……そうですか。別に大丈夫ですけど」
「気にするなって! 俺とさとみちゃんの仲じゃん!」
「…………はぁ」
ほらこれだ、私の一番苦手なタイプ。そうやって無遠慮にズケズケと話しかけてくる。
別に貴方とは親しくなったつもりはありません。
――ため息一つ。
羽田君もわりとズケズケ言ってくるけどそれとはまた少し違う、って言うか羽田君は全然違うし、けどもう少しデリカシーを持ってくれると嬉しい。
いや、別に羽田君に不満があるってわけでもないんだけど。
…………。
羽田君、今何してるのかなぁ?
「そう言えば兄貴、ここって心霊スポットって聞いていたけど、結局何が出てくるわけ?」
「んー……なんだっけかな? えっと……」
真奈美ちゃんがお兄さんに心霊スポットの内容を聞いている。
たしかにそれは私も知りたい、この平和な夜のダム湖に何がいるんだろうか?
「女の幽霊じゃね!? 男に捨てられたみたいな感じで!」
「おおっ! そうだな、多分そうだ! 流石だな高橋!」
「へっ、当然じゃねぇか!」
何が楽しいのか、無駄にハイテンションで語るお友達の人。
その内容はあんまりにもありきたりだった、もう少し捻りが欲しい。
でももし私が今回の事で羽田君に絶交された後に自殺したら、やっぱり幽霊になるのだろうか?
だとしたら真っ先に真奈美ちゃんの枕に立って恨み事を言ってやろう、その次はお兄さんだ。……お友達の人は、気持ち悪いから止めておく。
――と言うかこの人の名前、高橋って言うんだ。一応覚えておくかな。
ぼんやりと歩く、先頭は私。
真奈美ちゃんもお兄さんもお友達の人も、あっちに人影が見えただの、こっちから声が聞こえただの随分と楽しそうだ。
私は楽しくない、そういうのはお腹いっぱいだ。実際に見た時の記憶ががそんな楽観を決して許さないのだ。
早く帰りたい、ジャリジャリと鳴る自らの足音と、ダムから流れ落ちる水の音を聞きながらボンヤリと空を眺める。
星が綺麗だなぁ……。
そして――ふと気がついた。
足音ひとつ。
「……あれ?」
後ろを振り返ると、誰も居なかった。
「真奈美ちゃん? お兄さん?」
返事はない。不思議に思いながら辺りを懐中電灯で照らすが、映しだされるのは生い茂る木々と遊歩道から見えるダム湖だけだ。
耳を済ましても声が返ってくる様子はない、少しだけ気を張り詰めてみるが、気配も感じなかった。
「はぐれっちゃったのかな? 真奈美ちゃーん! どこー!?」
少し大きめに張り上げた声も、やはり返事はなかった。
…………?
皆迷子になったのかな? 探すのが面倒だから止めて欲しいんだけど……。
心配はしていない、霊的な存在の気配は感じないしその上ここに来るまでに占術で散々危険予知をしてきたから。
結果は、大吉。
何が大吉なのか意味が分からないけど素直になるととても良いことがあるらしい、自分の占術ながら当てにならない、そもそも素直に不貞腐れていたらはぐれたし……。
「ひとりぼっち……」
呟きは薄暗い夜の遊歩道へと吸い込まれていく。
もういいや、先に行っちゃおう。
遊歩道の終わりにはお兄さんが車を止めた駐車場がある。そこならばこことは違い見通しも良い、皆も見つかるだろう。
そう判断した私は変わらぬペースで歩みを再開する。
……羽田君ならこんな時絶対に一人にはさせないのになぁ。
いつも明るく元気で、ちょっぴりエッチでお巫山戯が過ぎる彼の笑顔を思い出して思わず笑みが溢れる。
私は変わらず歩き続ける。
道はまだ先があるようで相変わらずの暗闇に包まれており、恐怖は無いのだが酷く寂しさを感じさせる。
すると不意に私の隣で蠢く気配があった。
突然現れたそれは全身に薄汚いボロを纏い、隠しきれぬその地肌からは血の様な赤い液体が絶えず流れ落ちている。
突き出た腕は枝の様に細く、反面その爪は太く鋭い。
そして何より特徴的なのがその顔面に施されたピエロ化粧とランランと輝く瞳だ。
それは私の使い魔『魔理霖』だった。
……やっぱり超カッコイイ。
そのあまりのかっこ良さに惚れ惚れする、私の一世一代の傑作だ。……評判は悪いけど。
マリリンは懐中電灯の光によって出来た私の影より現れると、その狂暴な様子から程遠いひょうきんな仕草で私を励まそうと踊りを踊ってくれる。
評判――主に羽田君とのじゃーさんからのそれはとっても悪いマリリンだが、この子は優しい子だ、まだ構成が甘いらしく喋ったりは出来ないけど基本的な霊的攻防や占術の補助もできる自慢の使い魔。
「ふふ……、ありがと」
そんな彼女の励ましに私も幾分寂しさを紛らわせる事ができた。
遊歩道も終わりが見えてきてもうすぐ駐車場だ、このまま皆が来なくてもマリリンがいれば寂しくないかな? そう思いながら彼女と歩いていると、不意に何かを思いついたような仕草でマリリンがジェスチャーをし出す。
えっと……何々? ――ダーリンに迎えに来てもらおうよ!
なっ! この子は天才なの!?
羽田君にお迎えをお願いする。
その提案に思わず拳を握りこむ。確かにそうだ、皆を待てば帰れると思うけど、こんな所私を一人にする様な人達に付き合う事も無い。先に帰っちゃってもいいはずだ……でも流石に真奈美ちゃん達に悪いかな?
うん……何かなマリリン? ――緊急事態だからオールオッケーだと思うよ。
「そ、そうだよね! 緊急事態だし羽田君に迎えをお願いするのはおかしくないよね!」
マリリンのアドバイスにテンションがうなぎ登りだ。
私はこんな所でひとりぼっちなのだ、とっても寂しいのだ。だから先に帰りますとなっても連絡メールさえ送っておけば非難される謂れはないだろう。
だが、不意に上がったテンションはある一点を思い出した途端急速に冷める。
羽田君、なんて思うかな? やっぱり夜に心霊スポットにホイホイ遊びに行って、はぐれたからって連絡寄越すような女の子は面倒臭いかな……?
「嫌われちゃうかも……」
気落ちし俯いた私に気づいたのだろう、マリリンは励ますように小気味良くピョンピョン踊りだすと必死にジャスチャーを向けてくる。
えーっと、この仕草は。 ――謝れば許してくれるよ! ダーリンなんてチョロイ!
羽田君はチョロくないと思うけど――やっぱりチョロイのかな? いつものじゃーさん甘やかしてるし。
けどどっちにしろここでウジウジしていたって始まらない、それに私がやった事を隠し通すのも悪い気がする。
……ならば答えはひとつだ。
「……よしっ!」
決心が付いた。嫌われちゃった諦めよう、けど許してくれるよう何度でも謝ろう。
だから、今回は羽田君を頼っちゃおう。
決めた思いが鈍らぬ内にスマートフォンを取り出す、"わ行"をタップし羽田君のアドレスを表示する。
勢い良く通話ボタンを押しスマートフォンを耳へと持ってくる。
永遠にも思えるコール音、やがてそれはブツッと小さな接続音に変わりそして聞き慣れた彼の声になる。
『もしもしー、どうしたの新妻さん? 僕の声が聞きたくなったの? まったく可愛い子猫ちゃんだぜ』
「あ、羽田君。こんばんは。えっとね……」
聞こえた声に暖かな気持ちになるのを感じる。
先程までの寂しさが嘘の様だ、やっぱり電話してよかった。
けど本番はこれから。私は羽田君がどんな言葉を返すのか戦々恐々としながらも、自分が置かれた状況を説明するのであった。
…………
………
……
…
「……それでね。その、迎えに来てくれたら、嬉しいかなー……って思ってね」
『大変じゃないか! 直ぐに行くからね、心細いかもしれないけどちょっと待っててね』
必死の説明をウンウンと聞いてくれる羽田君。
彼は私の説明に不機嫌になる様子など全くなく、むしろ私を気遣う言葉をかけてくれた。
「えっと、ごめんね。自分でこんな所来ておいてこんなお願いして」
『そんなの全然気にする事無いよ! 急いで行くから安心して! でもお礼はチューで宜しく!!』
やっぱりいつもの羽田君だ! 私の心配なんて杞憂だったんだね!
彼はいつだって優しい、本当なら私が悪いのにそんな素振りをみせる事無く励ましてくれる。
そんな彼に安心した私も、ついついいつもの調子で羽田君に言葉を返す。
「えー、それはどうかなー? 羽田君と私にはまだ早いかも?」
『むむむ! 純情な心を弄ぶイケナイ子猫ちゃんめ! あっと、今いるの場所分かるかな?』
「あ、そうだね。一応道路には出ているから多分ここは――」
ひとしきり場所を伝えた私、拙い説明だったが羽田君もどの場所か分かったらしく今から向かうと言い電話を切った。
一秒でも早く迎えに来れるように頑張ってくれるんだって。
「えへへ……えへへへ」
スマートフォンの画面を見つめ、先程まで話し合った相手の事を思う。
ディスプレイの表示には"私の羽田君"と表示され、通話終了のアイコンが点滅している。
そう言えば、羽田君のスマートフォンには"僕の新妻さん"って登録されてるんだよね……。
思わず顔がニヤけた事がはっきりと理解できる。
……おそろいだね!
「一足早いかもしれないけど……ちゅっ! っと」
画面の向こうの彼に伝わるようにディスプレイへと口づけ。
ちなみに羽田君も私と電話した後は同じことをやっているらしい。
のじゃーさんは「気持ち悪いのじゃー」って言っていたけどそんな事ないと思うけどなー?
「えへへー」
彼の言葉の一つ一つが、私の寂しさを消し去るように体中に染み渡る、嬉しさのあまり思わず声が漏れた。
羽田君はきっとすぐに来てくれるだろう、もしかしたらその後デートに連れて行ってくれるかもしれない。
……そうしてどこか夜景の見える素敵な場所で、二人きりでいろんな話をするんだ。
「ふふ、どうしようマソソン、私大人の階段登っちゃうシンデレラなのかな?」
幸せな妄想がはかどる。
そう言えば、羽田君はお礼にチューをご所望だった。
さっきは恥ずかしくてちょっとふざけて返事しちゃったけど、彼が望んでくれるんだったら構わないとも思う。
もちろん羽田君が相手だからだ、その……別に私も嫌じゃないし。
「お礼はやっぱり口にしたらいいのかな? と、当然だよね? こんなに親切にしてもらってるんだもん」
マリリンが私の気持ちを煽るようにバタバタと忙しない様子で言葉を伝えてくる。
んっと……。 ――ベロチューがいいんじゃない? ねっとりと!
な、なんて事をいうのマリリン! で、でもでも羽田君に求められたらどうしよう!?
彼女が放つハレンチな提案に思わず驚き、その場面を妄想してしまう。
優しく囁かれる言葉、抱きしめられる肩、塞がれる口、絡み合う二つの舌。
二人だけの時間……。
「うへへ……」
これはヤバイ! これはヤバイよマリリン!
自分でも分かるほどに火照った頬を抑えながら、イヤイヤと顔を左右に振る。
「これは私の時代が来ちゃったかも、うへへへ……」
妄想が止まらない、既に頭のなかでは羽田君と一緒にブライダルショップで結婚式のプランを決める所まで来ている。ふと気がつくと、だらしなく開いた口から流れる雫の感触。
おっと危ない、思わずヨダレが出てきちゃっ――。
「さとみ? 何やってるの?」
「うきゃぁぁああーーーーー!!」
「「「わっ!!」」」
びっくりした!
背後からかけられた声に思わず大声を上げた私、同じく驚きの声を上げるのは真奈美ちゃん達だ。
皆は懐中電灯で私の方を照らし、怪訝そうな顔でこちらを見つめている。
ゴシゴシとヨダレを拭きながら、誤魔化すように皆に振り返る。
どうやら全員揃っているようだ、特に真奈美ちゃんは複雑そうな表情をしている。
……? 複雑そうな表情?
「ど、どうしたのよさとみ! 大丈夫!? 何があったの!?」
「え? なんでもないよ! タイミング悪いなぁ! 本当になんでもないの! 分かったらどこかに行って!」
放って置かれた事もあってか、少しだけ強い口調で抗議する。
もう、なんで皆こんなにタイミング悪いの? さっきまでいくら呼んでも出てこなかった癖に、いざ羽田君が来てくれるとなるとホイホイ現れちゃって。
「何言ってるんだよさとみちゃん! 怖かっただろう? 俺が来たからもう安心だぞ! さあ、皆で帰ろう!」
ニヤニヤと、どこか気味の悪いな表情を見せながら友達の人がそう馴れ馴れしく話しかけてくる。
えっとなんて名前だっけ? 確か"よ"で始まる名前の人だった気が……よしざわ? まぁ何でもいいか。
それにしても、お友達の人を見たせいで幸せな気分が一気に吹き飛んだ。
私は不機嫌だ、もうすぐ羽田君と結婚式を上げる所だったのに全部ふいにされた。
これは怒ってもいいと思う。
「……私帰らない」
「えっ!?」
抑えきれない不機嫌オーラを出しながら、私はそう一言だけ告げた。
私には羽田君がいるのだ、どこかに行っちゃった皆とは違って直ぐに来てくれるって言ってくれた羽田君が。
だから皆とは帰らない、私はもう羽田君と帰る事に決めたのだ。
「ど、どうしたんだいさとみちゃん。やっぱり無理やり連れてきて怒っちゃったのかい?」
「……私、ここで人待っているんです」
「人!? 何を言ってるのさとみ! 誰が来るっていうの?」
お兄さんが心配そうに私に尋ねてくる、真奈美ちゃんも同様だ。
うーん、羽田君の事を伝えたいけど、真奈美ちゃん羽田君の事を目の敵にしているからなぁ、変にお友達の人が話題に食いついてきても嫌だし。
よし、ここははぐらかそう。それに真奈美ちゃんは私の親友だからその雰囲気からいろいろと察してくれるだろうしね。
「えっと、それは言えないよ……真奈美ちゃん達には関係ないし」
「そう、そういうことなのね……」
「分かってくれたんだね」
流石真奈美ちゃん。きっと私のその態度からちゃんとしたお迎えが来ること、それが羽田君であること、二人で仲良く帰るから怒らずにそっとしておいて欲しいと言うことを察してくれたのかもしれない。
私は真奈美ちゃんに微笑みを向ける、ありがとう真奈美ちゃん! 結婚式には必ず呼ぶね! まだ妄想の中だけど!
「取り憑かれているのねさとみ!」
「えーーっ!?」
ど、どういう事! 何で私が取り憑かれている事になっているの!?
全てを理解したはずの真奈美ちゃんからもたらされる答えは予想だにしない物だ。
「可笑しいと思ったのよ、普段はっきりとした態度を取る事が珍しいさとみがこんなに必死になって留まろうとするなんて! さては貴方は男に捨てられた女の幽霊ね!」
「ち、違うよ! 本当に来るんだよ! もうすぐ私を迎えに来てくれるの! ちゃんと約束したんだから!」
慌てて否定する、真奈美ちゃんってば盛大に勘違いをしているみたいだ。
私が待っているのは羽田君であってそんな訳の分からない三文芝居の登場人物ではない。
「でも約束は果たされなかった。それを苦に貴方はここで自殺をはかって……。ねぇ、さとみを開放してあげて、彼女は心優しい何の罪もない子なのよ?」
「な、なにか誤解をしているよ! ちゃんと来るの、私が待ってないと失礼じゃない!」
真奈美ちゃんは話を聞いていない。
というか自分が話す設定を信じて疑わない様子だ、そして私の両肩をその手で強く掴むとおもいっきり前後に揺さぶり、縋るような悲痛な面持ちで必死に訴えかけてくる。
もう! ちゃんと話を聞いてよ! と言うか痛いよ!
いい加減に――。
「待っていても来やしない! 貴方は捨てられたのよ! それを認めなさい! そんな碌でもない男の事なんて忘れるのよ!」
「私は捨てられてないよ! 何も知らない癖に悪く言わないで!!」
……やっちゃった。
思わず声を張り上げた自分が恥ずかしくなる。
話を聞いてくれなくてイライラしていたのと、勘違いしているとは言えその言葉にカチンと来てしまったのだ。
…………。
恐る恐る、真奈美ちゃんの様子を伺――あ、これダメだ。
「……さとみっ!」
真奈美ちゃんはその凛々しい瞳からポロポロと涙を流しながら私に抱きついてくる。
うーん、誤解とは言え悪いことをしたなぁ。
ってか私も泣きたいよ……、なんでこんな目に。
なんとか誤解が解けないかとお兄さんの方を伺う、お友達の人もいるのだ、大学生ならばもう少し冷静に物事を判断してくれるだろう。
「おい、黒瀬。やばいんじゃねぇか? これガチで取り憑かれてるぞ? ここ本当に出るスポットだったのかよ!」
「い、いや。俺は知らねぇぞ! 元はといえば、お前が彼女欲しいからって怖がってるさとみちゃんを慰めてポイント稼ごうとしたのが悪いんじゃないのか!」
「お、俺のせいじゃねぇからな! そんなの知らねぇよ!」
だけど、私のそんな淡い期待は脆くも粉砕される。
お兄さんとお友達の人は、そりゃあもうこっちがびっくりする位恐慌状態だったのだ。
ってか! そんな事考えてたんだ!? どうりで馴れ馴れしいと思った、信じられない!
「ど、どうしよう……。このままじゃさとみがあっちの世界へ連れて行かれる!」
真奈美ちゃんが私を抱きしめながら大泣きしている。
折角のお気に入りの洋服が涙でグショグショだ……高かったのに。
勘違いは既に修正不可能な所まで来ている、多分この後私は高名な霊能力者の所とかに連れて行かれようとするんだろう。きっとマダム愛子とかあの辺りの人の所へ。
疲れた、私は本当に疲れた。誰も助けてくれないし、マリリンも踊るだけだし……。
だけど、そんな私の濁った瞳に一条の光が差し込む。
スーさんのヘッドランプだ! 羽田君が来てくれたんだ!
「あ、お迎えが来たみたい!」
やったね! 羽田君が来てくれたらもう安心! 彼に任せておけばズバッと解決だね!
私は事態の解決を確信すると、特徴的なエンジン音を高らかに鳴らしながらこちらへやってくる羽田君への方へ喜び勇んで向かう。
「うそっ! 止めて! さとみを連れてかないで! 行かないでさとみーー!」
ズルズルと、私に縋り付く真奈美ちゃんを無言で引きずりながら、羽田君とスーさんの前に立つ。
羽田君はちょっと驚いた様子で僕と真奈美ちゃんを交互に見ながら呟く。
「……何これ?」
「……あれ? 羽田?」
先ほどまで引きずられるがままだった真奈美ちゃんもようやく羽田君に気がついてくれたようだ。私から手を離すと不思議そうな表情で羽田君を観察している。
「こんばんは羽田君! ごめんね急にお願いしちゃって!」
「なんくるないさー新妻さん!」
ニコニコと返事をしてくれる羽田君。
その言葉に私の気持ちも晴れやかになる、今までの沈んだ気持ちも何処へやら――だね。
「……えっと、さとみちゃん、こいつ誰?」
「うちのクラスメイトの羽田、さとみに付く悪い虫。なんでいるの?」
友達の人が何やら喚いた。
私は羽田君を見つめる事で忙しいので当然無視している。するとその様子を見かねたのか真奈美ちゃんが代わりに答えてくれた。
……けど羽田君は悪い虫じゃ無いし、なんで真奈美ちゃんは羽田君を敵視しているんだろう? 疑問は尽きないけど話は進む。
「誰かさんが新妻さんを放ってどこかに行っちゃったらしいからね! 僕は一人震える子猫ちゃんを助けに来た王子様って所さ!」
「そう、そうなの真奈美ちゃん! 実は羽田君にお願いして迎えに来てもらったの! だから大丈夫なんだよ!」
羽田君に合わせるように説明する。
なんとしてもミッションを成功させなくてはいけない、私と羽田君の夜景デートがかかっているのだ。
折角のチャンスを不意にしたくない私は必死に真奈美ちゃん達を説得する。
「はぁ、なんでさとみったらいつもそうやって羽田ばっかりなの……? で、特に来る必要が無かった羽田はどうするつもり?」
「まぁ皆無事合流できたし結果としては良かったんじゃない? 僕は折角来たことだし新妻さんお持ち帰りするけどね! 後は皆で仲良く帰るといいと思うよ」
「はぁ!? なんでアンタがさとみをお持ち帰りするのよ! 一人で帰ればいいじゃない! 意味分かんない!」
「むしろなんで僕が新妻さんをお持ち帰りしないと思ったの? 僕はそれが分からないよ」
「まぁまぁ。真奈美ちゃんもそれ位にして、羽田君には私が来てくれる様にお願いしたんだし」
真奈美ちゃんと羽田君が私を取り合ってる。
どうしよう? なんとか真奈美ちゃんには折れてもらないと。
そう言えば他の二人はどうしているだろうと視線を向けると、真奈美ちゃんのお兄さんは困った表情を見せており、友達の人は何か思いついたとばかりに気持ち悪い表情を見せる所だった。
「でもさー、羽田とか言ったっけ? 今は俺がさとみちゃんと遊んでいる訳だからさー、ちょっと空気読んでくれない?」
いきなり割って入ってきた言葉は酷く不躾で軽薄だった。
ピリッと鋭い感覚が背筋を走る、直ぐ側で待機していたマリリンが慌てて私の影の中へと逃げこむ。
空気が変わった気がした。――いや、確実に変わった。
やば……これ羽田君怒ってる。
真奈美ちゃん達は気づいていない、やっぱ少しでも霊的な経験が無いとこの感覚はわからないか……。
私は変わらぬ笑顔ながらも、完全に目が笑っていない羽田君を伺いながら、友達の人と羽田君の対角線上から離れるように移動する。
さらば友達の人、最後まで名前が分からなかったけどあの世でも幸せにね。
「へー。女の子をこんな場所で一人にさせておいてそんな台詞言えちゃうんだ? 酷い面の皮の厚さだね。もし得体のしれない物が居たらどうするつもりだったの?」
言葉に敵意の念が篭っている、羽田君は相当ご立腹だ。
普段は飄々として何をしても笑って許してくれそうな羽田君だけど、浅慮にも危険な事に首を突っ込む人に対しては沸点が低いのだ。
あと、もしかしたら、もしかしたらだけど。私の事を思って普段より怒ってくれてるのかもしれない。
「ぷ! 得体のしれないって! 幽霊とか居るわけねぇじゃねか! ガキじゃねぇんだぞ、ってかそんなのいても別に余裕だろうが!」
あわわ、ゾワリとする気配が羽田君より漂いだしたよ!
完全にこれ魔術師としての力を使うつもりだ!
私は慌てて羽田君を諌めるようにその袖を引っ張る、今の彼はちょっぴり怖いけど、このまま怒りに身を任せて誰かに危害を加える様な事はして欲しくないからだ。
「……普通はそうですよねー。皆さんそう仰ると思いまして、今回番組スタッフが必死で探しました。――その結果、見つかりましたよ!」
私の方へとチラリと視線を合わせ、小さくウィンクすると羽田君はそう大げさな声色で既視感を覚える台詞を答える。すると……。
真奈美ちゃん達の背後に全身血塗れの女が現れた。
「は? 何言って――」
「後ろを振り向いてみろよ」
――置いてかないで……
「「「ギヤァアアア!!!」」」
暗闇に包まれた夜の空をつんざく悲鳴が響き渡る。
友達の人は、その幽霊?――それと目があった瞬間情けない悲鳴をあげるとダッシュで駐車場の奥へと走って行く。
続けてお兄さんが真奈美ちゃんの手を無理やり引きながら同じ方向へと走り去って行った。
「ああ、まって! さとみも一緒に逃げないと! 待って! さとみ! さとみを置いてかないでぇ!!」
遠くから真奈美ちゃんの叫びと、段々と離れて行く車のエンジン音が聞こえた。
どうやら幽霊に驚いて逃げちゃったみたいだ、……私を置いて。
「うーん、ヘタレだなぁ……」
「えっと、あれ? 本物なの?」
あれだけ揉めたにも関わらずあっさりと私を置いていくその所業。その事に何か釈然としない物を感じながらも、羽田君に先程感じた違和感を問う、この幽霊何か違和感があるのだ。
すると、私の言葉を聞いた羽田君が自慢気にパチリと指を鳴ら――そうとして失敗する。
その瞬間幽霊は消えさり、代わりに紙の様な物がヒラヒラと舞った。
「符術を応用した幻術だね、最近のじゃーさんと一緒に開発したの。新妻さんも覚えてみる?」
「また今度ね。それよりも、皆行っちゃったね」
「口だけにも程があるね。いくら怖くても女の子放っておくのは無いだろうに」
指パッチンを失敗したことを華麗にスルーして説明をしてくれる羽田君。
私もあえてその事には触れなかった。私だってここ一番でやらかした人をそっとしておいて上げるだけの思慮はあるのだ。
「……じゃあ帰ろっか?」
残念そうに何度も指を鳴らしながら羽田君が話しかけてくる。
私はふと疑問に思った事を尋ねる。
「あ、うん。そう言えば、今日はのじゃーさんは?」
「お留守番だね、ちょうど一人でコンビニ行ってる時に連絡受けたからさ」
「そうなんだ。なんだかごめんね」
「気にしない気にしない! さ、行こう! 送っていくよ」
のじゃーさんはいないんだね……めったに無いチャンス。
恐らく、これを逃せば次は何時になるか本当に分からない。
「そ、そうだね……」
「んー? どうかしたの?」
不思議そうに尋ねてくる羽田君をまっすぐと見つめ、貯めておいた言葉を紡ごうとする。
「えっと、その……今日って天気いいよね、あのね……」
少しだけ勇気を出す、ちゃんと言え私! 今日は素直になると大吉なんだよ!
だがモゴモゴと言葉が出ない。
思わずうつむく、勇気が出ない。断られるのが怖い。結局、私はここ一番でヘタレてしまったのだ。
「そう言えば! 実はとっておきの夜景スポットがあるんだけど、時間があるなら一緒に行かない? 新妻さんと一緒に見たいんだ!」
けど、その声にハッと顔をあげる、思わず目があった羽田君はとても優しい表情をしていた。
羽田君は凄い。私が思っていた事全て当てちゃう。
……でも、このままじゃ駄目だと思う。気を使わせてばっかりじゃいけないんだ。
だから、頑張って、今出せる勇気を総動員して胸に秘めた思いを伝える。
「うん! ありがとう! えっとね。つ、月が綺麗だなって思ってたの……」
「いやー、僕の新妻さんの方が断然綺麗だよ――って、何笑ってるの?」
いつもみたいなお巫山戯な台詞が返ってくる。
どうやら、羽田君にはこの遠回しな想いが伝わらなかったらしい。
彼の台詞と安堵で思わず笑みがこぼれてしまう。
「なんでもないよーっだ!」
そんな私をみて不思議そうに頭を捻るに、小さく舌を出しながら照れ隠した返事をするのであった。
◇ ◇ ◇
二人で見た夜景はとっても綺麗だった、その時だけ、確かにあの夜空は私と羽田君の為だけに存在していたのだ。
控えめだけど、密かに期待していたお礼もちゃんとできた。私はこの日のことを絶対に忘れないだろう。
今日と言う日は、私の人生において最良と言える物だったから……。
だがしかし――。
――帰宅後。
何故か私の捜索願が出されていてとんでも無い大事になっていた。
どうやら真奈美ちゃん達は、私が本当に幽霊に連れ去られたと勘違いして私の家族を巻き込んで大騒ぎをしていたらしい。
羽田君も幽霊が見せた幻覚なんだってさ、何ソレ?
結局、その件については羽田君と私の説明で皆納得してくれた。
けど、それよりも羽田君と一緒に夜景とお喋りを楽しみ過ぎたのが良くなかった。
幸せな時間って本当にすぐ過ぎるんだね――。
真奈美ちゃん達と別れてきっかり2時間半、誤解されるには十分な時間。
信じた娘が知らない男と2時間半の夜デート。
私の両親はそれはそれは激怒して、事態が飲み込めずビックリする羽田君と一緒に深夜に渡る説教を受けるハメになった。
けれど、最終的に両親を説き伏せて意気投合し、いつの間にか私をお嫁に貰う許可まで貰っていた羽田君は流石だと思う……。
――もちろん、口には出さないけれど、私だって羽田君の新妻さとみなのでその許可は願ったり叶ったりなんだけどもね。




