第七話
ザーザーと雨の音が響く。
廃工場の脇に建つ事務所と思われる場所、つい最近まで利用されていたのだろうか、工場内部とは違い比較的小奇麗なその場所で僕らは雨が止むのを待っていた。
「雨、まだ止まないね……」
ポツリと新妻さんが呟く。
事務所の中は書類などがいくつか散らばっているものの、パソコン等といった事務機器は全て撤去されているようで閑散としており、唯一残されている事務机と来客用のソファーが哀愁を漂わせている。
そのソファーには埃がうっすらと積り、あまり触れたくはなかったがすでに服も雨で汚れきっている事と、何より疲労が溜まっていた事から近くにあった雑巾で軽く埃を拭きとって皆で座り、雨が止むまでしばしの休憩とした。
「うーん、さっき見た感じではもうすぐ止みそうだったけどね、そうしたらさっさと帰ろ」
「うん、そうだね。雨でビショビショだしね」
そう語る新妻さんは雨でしっとりと濡れ、普段とは違う魅力を僕に見せつけている。
ずぶ濡れだった僕らだが事務所に入った後、雨で濡れたシャツを少しでも乾かす為に脱いで染み込んだ雨水を絞りとった、お陰で今は多少水気も取れている。
だが新妻さんが恥ずかしがって僕の前でシャツを脱いでくれなかったことが残念でならない。
もちろん、シャツに浮き出る薄水色のブラジャーに新妻さんが気づくことは終ぞ無く、僕は不思議そうな顔で首を傾げる新妻さんのいけない二山を散々堪能させてもらった。
もちろんこれは恐怖を克服する為であってなんらやましい事はない。
「新妻さん、寒くない?」
隣で、手持ち無沙汰にペンデュラムをいじる新妻さんへと問う。
まだ蒸し暑いとはいえ雨に濡れたままは良くない、このままだと下手をすると風邪を引いてしまう。僕は良いけど新妻さんには辛い目に会って欲しくないからね。
なお、僕が風邪が引いても良い理由は看病イベントが待っているからだ、看病時ののじゃーさんはそれはそれは優しくて、多少のお痛なら許してくれるのだ。実に素晴らしい。
「うん、大丈夫。まだ夏だしこの位なら……へっくちっ!」
新妻さんは僕の気遣いに笑みを浮かべ答えるが、言葉とは裏腹に可愛らしいクシャミで本当の事を答えてくれる。
僕はよくよく見た新妻さんが微かに震えている事に気がつくと、少しでも彼女が寒がらないようにとその直ぐ隣まで移動し、そっと肩を抱き寄せる。
「……あっ」
案の定抱き寄せた肩は冷たかった。少しだけ驚いた表情を見せる新妻さんに笑顔を見せながら、残る手でそっと彼女の手を握る。
「こうすれば寒くないよ? 風邪引いたら大変だしね」
「う、うん。ありがと……」
……イケる!!
心の中でほくそ笑む。今の新妻さんは盛大にチョロ妻さんだ!
彼女は気恥ずかしそうに頬を染め、不意に交差した視線を慌てて反らすと、チラチラとこちらを視線を向けている。
そして緊張の為か、少し上ずった声で別の話題を振ってくる。
「あっ、は、羽田くん。そのっ、怪我の調子はどうかな?」
「うん、大丈夫だよ。新妻さんに包帯巻いてもらったからね、元気百倍さ」
幸いな事に、スーさんに取り付けてあるサイドバッグに万が一の為にと用意した緊急キットがあった。その為包帯やら消毒液やらで僕の怪我も簡易的な治療を行う事ができた。
以津真天に受けた傷は意外に多く、このキットが無かったら今頃はこんなお巫山戯もする余裕はなかったはずだ。
僕はこの緊急キット含め、ドライバーの嗜みだと様々な道具を乗せることを要求したスーさんに感謝しつつ新妻さんに怪我が問題ないことを伝える。
「ごめんね、もっとちゃんと出来ればよかったんだけど、私こういうの初めてだから……」
「大丈夫、新妻さんは何も気にしなくていいよ、僕が全部リードしてあげるからね」
新妻さんは頬を染めながらなんだかとっても誤解しそうな台詞を吐く。
うんうん、素晴らしいよ子猫ちゃん。これはあれだね、誘っているんだね!
「む! また変な事考えてるでしょ? そ、その……ムードが台無しだよ!」
「ははは、ごめんね。新妻さんがあんまりにも可愛くてついね!」
「そんな事じゃ騙されないよーだ」
「えー、困ったなー。じゃあお詫びにもう少し温めてあげるよ」
舌を小さく出しながら拗ね気味で答える新妻さん、僕は一見すると機嫌を損ねちゃった様に見える新妻さんの表情の中に、まんざらでもない様子を確認すると。
一手進める為に彼女をより密着する形でそっと抱き寄せる。
「…………は、羽田君」
先程までは軽く肩を抱き寄せる形であったが、今や新妻さんを正面から抱きしめている。
当の新妻さんは少し驚いた様子でビクッと反応したが、嫌がる様子も無く僕に身を任せている。
それどころか見つめてくる瞳に熱が篭っているようにも感じる。
僕はその様子に勝利を感じながら、はたして何処までイチャイチャしてOKなのか慎重に検討する。
「す、凄い。完全に蚊帳の外なのじゃ……」
そんな幸せ一杯の僕らに突然横槍が入る。
それは先程から棒立ちでこちらの様子を眺めるのじゃーさんだ、隣にはもちろんことりちゃんもいる。
のじゃーさんは呆れ顔だ、それどころかワナワナと肩を震わせながら、僕と新妻さんの愛の語り合いに怒りを爆発させようとしてる。
(のじゃーさん静かに! 今凄くいい所なの! いい感じに新妻さんがチョロイの!)
(羨ましいのじゃ! さとみんばっかりずるいのじゃ! 妾もチョロくなるからハグハグして欲しいのじゃ!)
慌ててのじゃーさんを制す僕、顔を真赤にして両手をバタバタと振りながら抗議の念話を伝えてくるのじゃーさん。
幸いな事に新妻さんには聞かれていない、彼女は今まで見たこと無いくらい顔を真赤にして、ソワソワと視線をあっちにこっちにやっている。
ふー、危ない危ない! 今のうちにのじゃーさんを説得しないと!
(もう少しだけ我慢してのじゃーさん! 後でいっぱいハグハグしてあげるから! ちょっとだけ主の為に耐えて!)
「むーっ……」
不機嫌です! といった表情をその可愛らしい小さなお顔に浮かべながら、のじゃーさんは渋々納得してくる。
ありがとうのじゃーさん! 本当にありがとう! 後でハグハグ一杯してあげるからね!
僕はのじゃーさんのデレと聞き分けの良さに心底感謝しながら、胸に収まる新妻さんの柔らかな感触を楽しむ。
「……のじゃーさん、寒くないですか? ことりは良いことを思いつきました」
「お断りするのじゃ!」
「がーん」
うんうん、ことりちゃんも僕ではなくのじゃーさんと遊ぶ事にしたようだ。
僕は最大の不確定要素が無事その矛先を別の所へ向けた事を確信すると、心中ほくそ笑みながらこれから訪れる輝かしい未来に思いを馳せる。
「羽田君、ちょっと恥ずかしいよ……」
「ああ、ごめんね、びっくりしたよね」
っと、その前に新妻さんがNGを出してしまった様だ。
僕は聞き分けの良い子なのでこの場は新妻さんを直ぐに離す。チャンスはこれだけではないのだ、事を急いで仕損じては元も子もない。ゆっくりじっくりと新妻さんがごく自然に婚姻届にサインをしてくれる様な状況を作るのだ。
「ううん、別に……嫌じゃなかったから」
くっくっく、どうやら効果はてきめんだった様だ、新妻さんは小さくそう呟くと、途端に顔を伏せモジモジしている。
完全勝利、ついに新妻さんは僕だけの新妻になった様だ。
(こりゃもう完全に僕の嫁だわ)
(妾はもう大分前からさとみんが駄目になってるのは分かっておったのじゃ)
そんな恥ずかしがる新妻さんをガン見する僕であったが、新妻さんはそんな僕に気づかない様で照れ隠しなのか必死に何かを占っている。
「あ、あれ?」
そうして暫くした頃だろうか? アタフタと何やら占っていた新妻さんであるが、不意に不思議そうな声を上げると固まってしまった。
「ん? どうしたのかい? 新妻さん」
「どうしよう、羽田くん。以津真天を全部倒したのに不吉な結果しかでてこないんだよ。もしかしてまだ倒せていないのかな?」
何事かあったのかと僕も声をかける。
すると新妻さんは困った様子で僕に向き直ると、占術の結果を報告してくる。
「ご安心下さいニイヅマー。以津真天は完全に消滅しています、事件はことりの大勝利で終わったのです」
のじゃーさんにくっつきながらことりちゃんが答える。
その通りだ、新妻さんは占術の結果からまだ以津真天が倒せていないと思っている様だが、そこは間違いなく僕が確認している。
だが、少しばかり気になる点でもある、彼女の占いは当たるのだ。僕は何か見落としている点はないかとしばし考えこむ。
「ことりちゃん、説明はいいからあんまり妾にくっつかないで欲しいのじゃ、そういう趣味は無いのじゃ」
「のじゃーさん、こうすれば寒くないですよ、ガタガタブルブル」
「妖かしが風邪引く訳ないのじゃ! くっつくなー!」
ことりちゃんとのじゃーさんが百合百合している、その微笑ましいやりとりを眺めながら黙想する。
何か、何かを忘れている気がする。大切な事だ。
「ではお詫びにもう少し温めて――」
「だからくっつくなーー!」
以津真天は何故この土地にやって来たのか? 何故この廃工場へと逃げ込んだのか?
そして、――あの複数の分体は何処からやって来たのか?
「そっか、以津真天……」
分かった……。
いや、むしろどうして気付かなかったんだろう? 考えれば簡単な事だった。ヒントは出ていたのだ。
僕はその不吉な予想が正解である事を半ば確信しながら、新妻さんに声をかける。
恐らく、この工場の何処かにある……いや、いるはずだ。
「新妻さん。その不吉な結果に関して、場所を占ってくれるかい?」
「え? 場所? 何かあるの?」
「うん、ちょっと気になる事があってね。お願いするよ」
「う、うん」
あまり詳しく説明はしたくない。下手なことを言って新妻さんを怯えさせたくないからだ。
新妻さんも僕のお願いに不思議そうな表情をしていたものの、有無を言わせぬ態度から何かを感じ取ったのか、いそいそと占術を初めてくれる。
「わかった、あっちみたい」
十分ほど経っただろうか、いろいろな道具をだして新妻さんが占ってくれた結果、彼女はとある方向を指差す。その方向には確か事務所と隣り合わせに建っている倉庫らしき建物があったはずだ。
よくよく見ると事務所の奥からそちらへと行けるようになっている、僕は無言でソファーより立ち上がると、そちらへ歩みながらのじゃーさんへと尋ねる。
「のじゃーさん、以津真天は何匹いたっけ?」
「六体なのじゃ、本体は別として、大きいのが2、中位が2、ちっこいのが1……」
のじゃーさんは僕の隣にピッタリと付き添いながら、小さく答える。
どうやら彼女も僕の考えに辿り着いたようだ、真剣な表情でこちらに視線を向けると、新妻さんを気遣ってか念話で続きを伝えてくる。
(夫婦に3人兄妹、一般的な家族構成と符合するのじゃ)
(…………)
知りたくなかった事実をまざまざと突きつけられた気分だ。
やがて事務所奥にある倉庫へと向かう通路前の扉へと辿り着く、気が重い。
恐らく、この奥にはあれがあるのだろう、決して見たくは無いものではあるが確認しなければならない、僕にはその義務がある。
「な、何の話なの! わからないよ! どうなるの!」
慌てたように新妻さんが駆け寄ってくる。
ふと見た彼女の表情は不安によるものか怯えが浮かんでおり、今にも泣きそうであった。
彼女にこの先は見せられない、できればここで待っていて欲しいんだけど今の怯えきった新妻さんがそれを了承してくれるか……。
それに僕としてもあまり彼女を悲しませる様な事をしたくない。
どうしたものかと逡巡する、すると今僕達が居ないことに気づきましたと言った表情でマイペースことりちゃんがやってくる。
「雨も止みましたよ? お家に帰らないのですか? お仕事終わったので約束通りパネ田さんにカレーライスをおごってもらいたいのですが」
「え、ことりちゃんアイスをおごって貰うんじゃないの!?」
「この寒さはグローバルではありませんよニイヅマー、ことりはチキンカレーが食べたいのです」
「あえて鳥をいっちゃうの!? そこOK何だ!」
新妻さんがことりちゃんにツッコミを入れる。なんだか元気が出てきたみたいだ。
ことりちゃんも暇そうにしているし、彼女に新妻さんと一緒に居てもらおう。
僕はそう決めると、早速二人に説明をする。
「新妻さん、ちょっとここで待っていてくれないかい? ことりちゃん、新妻さんを頼むね」
「任せておいて下さい、さぁニイヅマー。ことりと一緒にしりとりをしましょう、ことりの、り!」
ことりちゃんは二つ返事だ、普段からその不思議ちゃんぷりで僕らを困らせることりちゃんではあるが、こういった時に何も聞かず気軽に引き受けてくれるその性格はとてもありがたい。
僕はその事に満足しながら、新妻さんに視線を向ける。
「一緒についていったら駄目なの?」
「うーん、ちょっと困るかな」
「え? う、うん」
「あ、ニイヅマー、んが付きましたね。ニイヅマーの負けー」
僕から放たれる言葉にションボリと悲しそうな表情を見せる新妻さん。
これはちょっとフォローが必要かな……。捨てられた子猫の様に縋る視線を向ける新妻さんの表情に胸を刺す様な痛みを感じながら、それでも僕は彼女の思いを振り払いのじゃーさんへと声をかける。
「のじゃーさんは……」
「妾は行くよ、いつも一緒におるよ」
静かに答えてくれるのじゃーさん。そのさり気ない優しさが嬉しくなる。
時期は夏、恐らく中は酷いことになっているだろう、流石に一人で行くのは憚られる、彼女がそう言ってくれてよかった。
「ありがとう……」
礼を言う、僕は本当に良い使い魔を持った。
さぁ、ここでウダウダと時間を潰す訳にも行かない、さっさと行って全てを終わらせよう。
「じゃあ、少しだけまってね」
新妻さんとことりちゃんへ声をかけ、扉を開けて、のじゃーさんを伴い中に入っていく。
倉庫は思っていたより広く、金属製の棚や、何やらよくわからない資材でごった返していた。
それらに阻まれ奥はよく見えない、だが、微かに不快感を伴う匂いが漂ってくるのがハッキリと分かる。
「主、微かに臭っておる」
「うん」
のじゃーさんが顔をしかめながらそう告げる。
――妖怪、以津真天。
それはかつて疫病が流行った頃に現れた妖怪で、「いつまで、いつまで」と紫宸殿の上で鳴き続け人々を恐れさせた。
そしてこの名前と鳴き声は、「死んだ者達をいつまで放っておくのか」と言う意味であるとされ、長く放置された死体の持ち主達が怨霊となって妖怪となったものであるとされている……。
散らかった資材によって足場の悪い倉庫を奥へと進みゆく、段々匂いがキツくなってきた。
両親に3人兄妹、のじゃーさんの言葉が思い返される。この先にいるのは恐らくその分体を生み出した……。
やがて倉庫の奥に辿り着き、辺りを見回す、するとそこには予想通りの、だが決して当たっていて欲しくなかった。
「うっ……」
「これは、酷い有様なのじゃ……」
死体があった。
それはどの位経過しているのであろうか、グズグズに崩れ落ちウジが湧いている。
既に腐敗がかなり進行しており、男女であるかどうかすら、それどころか重なりあっていて何人であるのかどうかすらなかなか判別が付かない。
だが、天上より垂れ下がる、尖端に輪を作った一本の縄と床に無造作に置かれた包丁、そして目につく場所に置かれた手紙がこの場所で何が起こったのかを自然と理解させる。
何処かで、「いつまで」と泣く声が聞こえた気がした。
それは悲しみと絶望に満たされたものだ。本体である以津真天もこの声が聞こえたのだろうか? だからわざわざこの地にやって来たのだろうか? だからあれほど憤怒の表情を見せていたのだろうか?
答えの出ない問いを頭の中で反芻しながら手を合わせ形ばかりの弔いを行う、少しでも彼らの魂が安らぎが訪れればと。
そうして、今だ苦しんでいるであろう彼らに語りかける。
「大丈夫、もうそのままになんてしないよ。すぐに人を呼ぶから」
だから安心してお休み。
……声はもう聞こえなくなった。そんな気がした。
「無理心中かな……」
「家族がおってなお死なねばならぬとは、妾には分からないのじゃ」
ポツリと呟いた言葉にのじゃーさんが答える。
彼らに何があったのだろうか? 死ななければならないほどの何かがあったのだろうか? 耐えることは出来なかったのだろうか?
疑問が頭を巡る、だが答えは出ない。僕は彼らではないのだ。
「きっといろいろあったんだよ。さぁ、帰ろう」
「わかったのじゃ」
もう、この場には用は無い。
僕は暗鬱とした気持ちを引きずりながら、事務所へと戻る。
そして、扉を開けるや否や急いでこちらへ駆け寄ってくる新妻さんを心配させまいと、普段と変わらぬ表情を作るよう務める。
「羽田君、大丈夫だった? 何があったの?」
「んー? ひみつー! 新妻さんにはまだ刺激が強すぎるよ!」
新妻さんも知る権利はある、だがそれは不安に苛まれている今ではないだろう。
僕は普段の調子を作ると、なるべく彼女が気づかないようふざけた答えを返す。
「し、刺激!? もう、また何かエッチな事考えてたんじゃないの? のじゃーさんと何してたの!?」
新妻さんは上手く騙されている、流石は僕の新妻さんだ、どう考えても前後の雰囲気からそんな感じじゃなかったのは分かるはずなのに……。
まぁいいか、今はその新妻さんのチョロ妻さんな性格を利用させてもらいますよ!
「抱きしめあってチューしてたのじゃ!」
「のじゃーさんったら大胆だったね!」
「えへへ、主も優しかったのじゃー」
僕の答えにのじゃーさんも乗ってくれる。
うんうん、阿吽の呼吸! 流石僕とのじゃーさん! お互い語らずとも想いが通じる様だ!
僕はそんなのじゃーさんに満足しながら、話を合わせてくれたのじゃーさんへとお礼の意味を兼ねてほほ笑みを向ける。
「えー! なんでそんな事しているの! ハレンチだよ! そんな事許されないよ!」
「じゃあさとみんもしてもらったら? 主は全然OKだしポイントで強制もできるのじゃ! どうせチューしたくてしたくて仕方ないのじゃろ? さとみんはヘタレてるのじゃ!」
だがしかし! のじゃーさん煽る! 子狐ちゃん全力で煽る!
あの……、のじゃーさん? あんまりそう言った過激な発言はやめてくれませんでしょうか? 貴方が新妻さんを煽ると何故か最終的に僕にとばっちりが来るので……。
僕が慌てながらのじゃーさんに視線を向けると、彼女はニッコリと笑いながらウィンクを向けてくる。
うんうん、分かりますよ。新妻さんが倉庫の中であった事を詮索しないよう誤魔化してくれているんですね、でもねのじゃーさん、方法がちょいと過激やすぎませんかね!?
「違う、違うー! そんな事思ってなーい!」
新妻さんはブンブンと顔を左右に振りながらのじゃーさんの煽りを否定している。
そんな新妻さんに少しだけ呆れながら、面白い位に慌てる彼女を見る。
「ああ、以津真天……。なるほど、ことりは全てわかりました! ほう、パネ田さんは意外と気遣いができるパネェ人なのですね。ことりは見直しましたよ」
「ふふふ、ありがとう」
すると突然ことりちゃんが僕の前へやって来ると、手を上げて発言する。
驚いた事に彼女も気がついたようだ、意外な所から受ける意外な評価に少しだけ笑いながら礼を言う。
分かっていても何の事かを言わないで誤魔化してくれることりちゃんも気遣いができるパネェ人ですよ。
「え? 何なの!?」
「主は甲斐性があるって話なのじゃ!」
「ぐろーばるですね」
新妻さんは一人キョトンとしている。
結局最後まで気がつかないでいてくれた。僕はその事に満足しながら、ことりちゃんとのじゃーさんに軽くウィンクするとさっさと帰ろうと皆を促しながら事務所から出る。
「むー! 納得いかないー!」
「仕方ないなぁ、じゃあ後で二人きりの時に抱きしめてチューしてあげるよ?」
「いりません!」
新妻さんはおこだ、自分だけ除け者にされている事だけは分かったのかしきりに僕に突っかかってくる。
そんな彼女に軽口を叩きながらスーさんの元へと向かう。
「え? 本当にいらないの? じゃあ新妻さんには一生チューしてあげません!」
「羽田君の意地悪!」
後ろからクスクスと笑う声が聞える、きっとのじゃーさんとことりちゃんだろう。
仰ぎ見た空は先程までの雨が嘘のように晴れ渡っている。
それはこの厄介な事件が解決した事を表しており、また不幸な家族の魂にようやく安らぎがもたらされた事を表している様でもあった。