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のじゃーさんと僕の怪奇譚  作者: 鹿角フェフ
ふノ巻【以津真天】
20/31

第陸話

 一際巨大な以津真天、それを守るように合わせて五体の以津真天が現れる。

 大きさはバラバラだ、大きいのから小さいのまでいるが、共通している事はそのどれもが憤怒の表情に彩られ、こちらに向かって牙を向いている。

 完全に分が悪い、のじゃーさんはともかく、新妻さんや気を失っている振りをしていることりちゃんがここにはいる。

 彼女達を守りながら戦う事は不可能ではない、神力で強化されている坩堝を使用すればなんとか持ちこたえる事は出来るだろう……。

 だがそこまでだ、攻勢に転じる事ができない、つまり詰みだ。

 睨み合ってどの位経っただろうか? 緊張のあまりもはや時間の感覚も分からなくなっている。

 だが、永遠と思われる時もやがて終わりを告げ、ついに両者が動く。


「坩堝ぉ! 全力で防御しろ!!」

 ――AAAAAA!


 叫ぶように坩堝へと命じる。

 鎖がうねりながら重なり、いくつもの太い鞭状に変化する。

 襲いかかる5体の以津真天がその太い尻尾をしならせて繰り出してくる。尖り出る鱗が獲物である僕の肉を削ぎ落とさんと牙を剥くが、素早く間に割り込む鎖の束に弾き返された。


「は、羽田くん!」

「仔虫! 飛び掛かれ!」


 心配する新妻さんの声を聞きながら叫ぶ。

 声と共に、ポケットよりぞろぞろと這い出た拳大の甲虫が羽音を鳴らしながら、襲いかかってくる以津真天――5体の分体に飛びかかる。

 チラリと視線を向けた先にいる本体であろう以津真天はまだ動かない。

 余裕を見せているのか? どちらにしろ好都合、今のうちにコイツラをなんとか削らないと!

 焦りながらも防御の手を休めない、相手はこの場で僕が一番危険だと判断しているらしく分体全てが執拗に僕を攻撃してくる。

 新妻さんやことりちゃんに気を向けなくて良いのは助かるがこのままではジリ貧だ、なんとか隙を作らないと……。

 そう考えるのだがなかなか相手も隙を見せない、その苛烈な攻撃は坩堝の鎖で弾き返す度に甲高い金属音を鳴り響かせ、一撃食らっただけでも致命的な傷を負ってしまう事が分かる。

 幾合打ち合いしただろうか、仔虫はすでにその全てが撃ち落されている。だがなんとか相手の速度にも慣れてきた、が未だにチャンスは訪れない、それどころか身体の所々に鋭い痛みを感じる、致命的とまでは言えないが、決して浅いとも言えない傷を負ってしまっている様だ。


(宇迦様の神力も無尽蔵ではない、早く決着を付けないといけないのに!)


 その焦りが一瞬の油断だったのだろう、気がつくと眼前にて対峙する以津真天が一体少ないことに気がつく、慌てて周囲を確認しようとするがそれを遮るように目の前の四体の以津真天が一斉に攻撃を繰り出す。

 強撃を予見する、見事なチームプレイだ。一瞬で一手先を行かれたらしい。

 だがしかし、チームプレイならこちらも負けてはいない!


「羽田君! 左後ろから来るよ!」


 視線を向けずに反射的に坩堝に命じる、鎖の擦れる音と肉を穿つ生々しい音が聞こえた。

 僕の死角より襲おうとしていた以津真天の分体は坩堝が放った鎖の塊によって見事に貫かれていた。

 本体である以津真天を除けば一番大きなその固体はその憤怒の表情を驚愕に変え、一言『いつまで』とか細く鳴いて消え去る。残りの以津真天が仲間をやられた怒りを表すかの様に、空をつんざく悲鳴をあげる。


「ナイスサポート新妻さん!」


 新妻さんは左手の指先から垂らすペンデュラムを必死に操作しながら真剣な表情で頷く。

 恐らくその場で使える簡易的な占術を駆使して相手の攻撃を予想しているんだ、だから一瞬の隙を突いて繰り出された以津真天の素早い攻撃にも対応することが出来た。

 僕は彼女の援護に感謝しながらもこれに乗じて攻勢に転じる。一体減って少しだけ余裕ができたからだ、今なら相手に攻撃を加える事ができる!

 醜悪な叫び声、唸る鎖の音。

 どうやら以津真天は小さな固体を優先して守ろうとする性質があるらしく、僕が一番小さな固体に狙いを定めるといい感じにその連携を崩してくれた。

 新妻さんのサポートもある、僕は自らが歩む道が薄氷から薄板に変わった事を感じながら必死に鎖を操る。

 僕から新妻さんへターゲットを変更し、場の流れを変えようとした固体を後ろから貫き、一番小さな固体を守ろうとした大きめの以津真天をなぎ払う。

 残りはニ体。ようやく勝利が見えてきた、だがしかし、やはり世の中それほど甘くなかったらしい。


 ガラス板擦り合わせた様な不快感極まりない絶叫がその場を支配する。

 先ほどまで(けん)に徹した本体は、その醜悪な表情をさらに歪めながらこちらへと恐ろしい勢いでやってくる。

 ……ここからが本番だ!


 以津真天の尾が唸るように襲いかかる。それは今まで戦っていた以津真天がまるで素人の様に思えるほどだ。

 暴風の様に繰り出される攻撃。初めて経験する格上との戦いに肝を冷やしながらも必死にさばく。

 残ったニ体もこれに乗じて攻撃を増してくる。

 ジリジリと交代しながら猛撃を捌き、避け、必死に位置取りを変える。

 場の流れは完全に相手だ、なんとか再度こちらに戻さなければ。


 ――AAA BRA EE?


 坩堝より力が弱まっている事を知らされる、タイムリミットは直ぐそこまで来ていた。

 破魔矢も残り1本、先程と同じように供物として使ってしまえば本体への決定打を失う事になる。

 かと言ってこのままでは押されきってしまうだろう。

 以津真天の尾と鎖がせめぎ合う、僕はこの隙に破魔矢を取り出し、一か八か供物として捧げる事を決意する。

 力の重ねがけ、坩堝がその神力に耐えれるかどうか分からないがこれしか方法はない。

 そして取り出した破魔矢を勢い良く折ろうとするが……。


「主っ!」

「右上!」


 勢い良く屈む、風を切る鈍い音が頭上より聞こえるとハラリと髪の毛が数本舞い落ちる。


「ちぃっ!!」


 隙は見当たらない、慌てて体勢を立て直す僕にニ体の分体が猛撃を繰り出す、自らを顧みないその攻撃に慌てて鎖を繰り出しながら本体の以津真天に注意を向ける。

 しかし、僕が本命からの攻撃に注意を向けていると、なんと以津真天は向きを変え新妻さんへと飛びかかる。


(しまった! 狙いはサポート役の新妻さんか!)


 この戦いで新妻さんが占める役割は大きい、事実彼女がいなければ危ない場面が何度もあった。

 以津真天もそれを理解しているのか多少の犠牲を覚悟で新妻さんを潰すことにしたらしい。

 この場所からでは間に合わない、僕は自らを顧みない必死の猛攻で足止めせんとするニ体の以津真天、その一体を坩堝の鎖で突き刺しながら、今まさに引き裂かれようとしている新妻さんへと慌てて向き直る。


(のじゃーさん!)

(了解なのじゃ!)


 一瞬で状況を把握すると間髪入れずのじゃーさんへと念話で声をかける、僕の意図を正確に受け取ったのじゃーさんは新妻さんの前へ踊り出ると独特の印を切る、そして以津真天に向かって両の手のひらを向けた。

 だが以津真天はそんなのじゃーさんを無視するかのように跳ね飛ばすと、唖然とする新妻さんの前へ切迫する、そしてその醜悪な顔を歪めて尾を繰り出し……。


「きゃぁぁぁあああ!」


 ――叫びと共に新妻さんが袈裟懸けに引き裂かれるのは一瞬であった。

 右の首筋から左の脇腹にかけて、太く赤い線が走る。

 こそぎ落とすように抉られた新妻さんの衣服と肉片が辺りに飛び散る。首からはビュウビュウと血が噴水のように飛び出し、同時に彼女の瞳から静かに光が消える。


 静寂がその場を支配する、かつて新妻さんの中を流れていた赤い液体が地面に飛び散る音を聞きながら、以津真天が勝ち誇ったようにそのその顔におぞましい笑みを浮かべるのが見えた。

 同時に糸が切れた人形の様に、赤く血塗れたかつて新妻さんだったものが地面に崩れ落ち、ドサリと言う音が……。

 何故か聞こえなかった。


「……へ?」


 聞こえたのは、今まさにその生命の灯火を消したはずの新妻さんの間抜けな声だった。


「残念、幻惑なのじゃ。まんまと化かされおって、ねぇ今どんな気持ち?」


 のじゃーさんの声が聞える。

 新妻さんは切り裂かれたはずのその場所より少しばかり離れた所で、腰を抜かしながら驚いた表情で事の成り行きを見守っている。その横では、跳ね飛ばされた時に出来たであろう痛々しい青あざをその頬に付けながらも、ドヤ顔を作ったのじゃーさんが腕を組みながら決め台詞を放っている。

 妖狐による幻術、戦闘中の極限状態とは言え格上の妖かしを化かす術を咄嗟に行使できるあたりのじゃーさんの事も馬鹿にはできない。彼女は直接的な戦闘ではいつもフルボッコだが、こと幻術に関しては右に出るものがいないと言っても過言ではないのだ。

 薄くなりながら消えゆく新妻さんの幻術を見ながら、先ほどまで勝利の笑みを浮かべていた以津真天がその表情を再度憤怒に変え、何度も『いつまで』と鳴く。


「一瞬のミスが命取りってね!」


 のじゃーさんが作ってくれた隙を無駄にせぬよう、唖然とする最後の分体をなぎ払うと、勢いそのまま全力で残る本体へと攻撃を向ける。

 以津真天は渾身の一撃すり抜けるように避けると、その猛撃を再度僕に向ける、一対一、もうのじゃーさんや新妻さんに指一本触れさせない。


 右手に握る破魔矢の感触を感じながら、隙を伺う。

 なんとかして一瞬の隙を作りたいが、以津真天も破魔矢を使わせてはなるまいと必死らしくその様な場面は一切ない。

 だがしかし、出来ないと言って許される問題ではない、僕の後ろにはのじゃーさんや新妻さん、そしてことりちゃんがいるのだ。

 僕は鉄の決意を持つと、以津真天を強く睨みつける。


 金属同士がぶつかる音が、薄暗い山奥の工場に鳴り渡る。

 雷鳴と共にポツポツと小雨が降ってくる、やがてその雨も次第に大粒となり豪雨となって視界を遮る。

 終わりのない戦い、一進一退の攻防、互いが互いの隙を突かんと神経を張り巡らせる中、ついに均衡が崩れた。


「うぉぉっと!」

 ――AAA BERE I


 先ほどまでなんとか以津真天と渡り合っていた鎖が不意打ち砕かれる。

 と同時に光が消え、鎖の幾つかが草木が枯れるように萎み、やがて消え去る。

 坩堝が残念そうに呟く。ついに神力が切れた!


「ちぃっ!」


 慌てて距離を取る、以津真天はその身体と尾をめいいっぱい伸縮させ、直ぐにでも飛びかからんとその力を己が内に溜め込んでいる。

 破魔矢は今だ右の手に収まっている、今から使用していたのでは恐らく間に合わない。 だが不思議と恐怖は無い、僕は一人ではないのだ。

 僕はこの一撃で全てが決する事を確信しながら、のじゃーさんへと合図を送る。


(七穂! 勝負に出る!)

(あい分かった! 全て妾に任せよ!)


「坩堝、直ぐに弓になれ!」

 ――BRIE PH EW OK HAHAHAHAHA!!


 覚悟を決め、坩堝に命じる。以津真天が飛びかかって来るのは同時であった。

 ジャラジャラと鳴る鎖の音を聞きながら、左手を前に押し出し破魔矢をつがえる動作をする、だがそれは一瞬遅く……。

 衝撃とともに弾かれる、以津真天の方が早い!

 弾き飛ばされた鎖はそのままバラバラに砕け散る、坩堝からも返事が無い、ダメージを負いすぎて機能を停止したのだ。


「しまった!!」


 失策を悔いるかの様に叫ぶ。防げない、その事実に気がついた時はすでに以津真天がその尾をおおきく振りかぶってこちらをなぎ払う瞬間だった。

 尾は限界まで大きく伸ばされており、例えのじゃーさんの幻術で狙いを外されたとしても僕を逃さぬ為か辺り一帯を削ぐように広範囲に向けて振るわれ様としている。

 鈍い風切り音を響かせて、その尾が僕の命を削ぎ落とさんと振るわれた。地面のコンクリートを抉りながら迫り来るそれが僕の直ぐ真横まで到達し。

 ――そして僕は以津真天に勝利の笑みを浮かべた。


「……なーんちゃって!」

「またしくじりおったな。この距離だと別に弓は必要ないのじゃ――」


 ふてぶてしい以津真天の顔に困惑が浮かび……。

 僕の背後より、破魔矢の(やじり)を向けながら顔を覗かせるのじゃーさんの声によって驚愕へと変化した。


「――射抜け」


 のじゃーさんの短い宣言により破魔矢が発光する。

 それは今まで溜め込んだ鬱憤を晴らすかのように強力な力を発すると、咄嗟に避けようとする以津真天の脳天に突き刺さりそのまま撃ちぬいた。

 以津真天が撃破された事によって込めた力を殺され、ゆるりと空を切る尾を安々と避ける。

 以津真天の顔は顎より上が消失し、射抜かれた勢いそのまま屋上の端へと飛ばされる。 辺りに立ち込めていたその禍々しい気配も霧散し、僕はこの戦いに終止符が打たれた事を確認する。


「つ、疲れたぁぁ!」

「か、間一髪だったのじゃ! 死ぬかと思ったのじゃ! ほっぺがごっさ痛いのじゃー!」


 疲労困憊でドサリと尻もちを付きながら、胸に飛び込んでくるのじゃーさんを撫で回す。

 さぁ、シリアスは終わりですよのじゃーさん! 今回頑張ったのじゃーさんにはなでなでのご褒美を上げないといけないからね! ポイントも一気に1万ポイント進呈だ!


 感極まった雰囲気を出しつつのじゃーさんのいろいろな所をおさわりする。

 チラリと見た坩堝はボロボロで、この子が頑張ってくれなかったら今頃は新鮮なミンチになっていた事を思い知らせる。

 返ったらごっさんに文句を言ってやろう、そうして坩堝ちゃんをVer3にするのだ。

 僕はそんな事を考えながら、物言わぬ坩堝へと心の中で礼を言う。


「羽田君!」


 新妻さんが駆け寄ってくる、お互いこの豪雨でドロドロだ。

 水も滴る素敵な新妻さんの、そのシャツに浮かぶブラジャーの色と形をガン見しながら、僕は至って何事も無い様子で彼女へと答える。


「やぁやぁ、新妻さん。僕の勇姿を見ていてくれたかい? これは惚れなおしたんじゃない?」


 ポケットに手を伸ばしスマートフォンを取り出そうとする。これは直ぐ様写メに取らないと! いやいや待て待て、これはもしかして新妻さんを自宅に招きシャワーを貸すイベントではないか!?

 つ、ついに僕の時代が来た! 僕は突然降って湧いた幸運に身を震わせると、早速家族全員に外出してもらう様に連絡を取ろうとし。


「駄目! まだ終わってない!」

「――え?」


 振り向いた先には鈍色の鱗があった、相変わらず不揃いに尖りでたそれは容易に人を削ぎ落とす形をしており……。


 死を覚悟した。


 新妻さんとのじゃーさんの悲鳴が聞こえる、だがその時はやって来ない。

 鈍い衝撃音と共に噴きつける風に思わず目を細める。

 勢いよく吹き飛ばされる以津真天、先ほどの一撃は最後の力を振り絞ったらしく真っ二つになった身体をピクピクと痙攣させながらやがて消えていく。

 頬にチクリとした痛みを感じる、どうやら間一髪助かったらしい。

 僕は唖然とした表情で周りを見回す、するとそこには見事なバランス感覚でハイキックの姿勢を取る、戦闘不能のはずのことりちゃんがいた。


「必殺、死んだふりアタックです。ふふふ、皆さんまんまと騙されていましたね」


 しかもことりちゃんはドヤ顔であった、慌てたように新妻さんとのじゃーさんが駆け寄ってくる。

 騙されていたというか、放っておいたと言うか……、あとちょっとイラっとする。

 思わずため息をつく、どうやら僕は最後の最後をこのお馬鹿な小鳥ちゃんに全部持って行かれたようだ。

 だが別にそれでも構わない、みんな無事だったんだ。

 相変わらず雷鳴と共に雨が吹き付けており、戦いの興奮も醒めたせいか身体の至るところに痛みが走る。

 僕は泣きそうな顔で怪我の具合を確かめる新妻さんの頭を軽く撫でると、今度こそ安堵の溜息をつくのであった。


 ちなみに、ことりちゃんのパンツは黒だった。まったくもってクローバルだと思う。

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