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のじゃーさんと僕の怪奇譚  作者: 鹿角フェフ
ふノ巻【以津真天】
18/31

第四話

 自宅に戻り一息つく。神域での一件、その後僕らはことりちゃんを連れたって作戦会議の為に帰って来た。

 いつものメンバーに新たな人物が増え少しだけ狭くなった自室。女の子ばっかり増えたせいか、鬼のような形相で僕を睨みつける母さんを華麗にスルーしながら、頼んでおいたカロピスを受取ると皆に配る。


「うーん、とりあえず戻ってきたけど、どうしようかな?」

「パネ田さん、カロピス美味しいです。パネ田さんの分も貰っていいですか?」


 ことりちゃんは僕が渡したカロピスをすごい勢いで飲み干すと、晴れやかな笑顔を浮かべて僕のカロピスを狙い始める。

 なんだかことりちゃんってば見た目に反して子供っぽい所があってついつい甘やかしたくなるんだよねぇ。

 僕は、ニコニコと嬉しそうにしながら僕のカロピスを見つめることりちゃんを眺めながら、まだ口もつけていない自分のカロピスをことりちゃんの方へとそっと移動させる。


「ことりちゃん! カロピスは分かったから務めを早く思い出すのじゃ! これ以上主の手を煩わせてはいけないのじゃ!」


 流石に呆れたのか、そのやりとりを見ていたのじゃーさんがことりちゃんをたしなめる。

 そうなんだよねぇ、のじゃーさんの言うとおり出来るだけ早く務めを思い出してくれるとありがたいんだけど……。


「のじゃーさん、カロピス貰ってもいいですか? カロピス美味しいです」


 が、ことりちゃんは相変わらずのマイペース。いつの間にか僕があげたカロピスも飲み干すと、今度はのじゃーさんのコップを物欲しそうに眺めながらおねだりしている。


「あげないのじゃ! これは妾の分なのじゃ! そして話を聞くのじゃ!」

「ことりちゃん、私の分をあげるからそんなに羨ましそうに見ないの」


 新妻さんも見かねたのだろう、なんだか困った様子で少しだけ笑いながらカロピスをことりちゃんへと渡す。

 ……後で追加でカロピス頼んでおくか。

 僕は家中のカロピスを飲み干さん勢いで美味しそうに喉を鳴らすことりちゃんを見ながら、想像以上に彼女が役に立たないことを実感する。


「困ったなぁ、ことりちゃんもこの調子だし。やっぱりごっさんからの連絡を待つしかないのかな?」


 ことりちゃんは確実に当てにならない。それは変え様のない事実だ。

 僕はことりちゃんに解決の糸口を見つけてもらう事を早々に諦めると、どうにか方法はないものかと頭を悩ませる。

 その時だ、意外と突破口は身近にあったらしい。思い立ったように顔をあげてこちらを真剣に見つめるのは新妻さんだ。


「じゃあさ、私の占いで調べてみようか?」

「おお! ナイスアイデア! 何かヒントが分かるかもしれないね!」

「さとみんの占いは精度が高いから期待できるのじゃ! 結果が楽しみなのじゃー!」

「ほう、ニイヅマーの得意分野は占術なのですね。ぐろーばる、よろしくお願いします。もぐもぐ」


 新妻さんの占いはなんだかんだで当たる、この場合うまく行けばヒント位は見つけてくれるだろう。

 僕は非常に頼もしい愛弟子に満足しながら、その提案を了承する。

 ちなみに、チラリと見たことりちゃんは眠たそうに新妻さんを応援しながら、茶請けのクッキーをこれでもかと頬張って口の周りをクッキーのカスだらけにしている。

 うん、この子にだけは期待しちゃ駄目だね!


「あんまり期待されると困るけど、失敗しても落胆しないでね」

「まぁ気軽な気持ちですると良いよ。外れていても最終的にはごっさんの連絡を待つか、もしくはことりちゃんが記憶を取り戻す奇跡にかけてもいいんだからね」


 新妻さんは皆から寄せられる期待に緊張してしまったのか、少しだけ恥ずかしそうにそう言うと、いそいそと占術に使うタロットだのペンデュラムだのを用意しだす。

 僕もあんまり新妻さんを緊張させない様、適度に軽口を言う。緊張するとかえって精度が悪くなるからね、当たるも八卦、当たらぬも八卦とはこの事だ。


「パネ田さん、奇跡はめったに起こらないから奇跡と言うのです。確率の低いものを当てにする前に地道に進めていきましょう」


 が、何故かことりちゃんに説教を食らってしまった。

 彼女は口の周りにくっつくクッキーのカスをそのまま、指をピンと立てるとまるで悪ガキに注意するお姉さんの様に僕の考えをたしなめてくる。

 うん! まったく理解できないよことりちゃん!


「ことりちゃんが言う台詞じゃないのじゃ……」


 自分の事を少しも悪いとも思っていない謎発言に呆れて言葉も出ない僕。

 代わりにその心中を代弁してくれたのはのじゃーさんだ、子狐ちゃんは本日何度目かになる呆れ顔を見せると、疲れたように突っ込みながらティッシュでことりちゃんの口周りを拭いてあげている。

 身長的にはのじゃーさんの方が子供なんだけど、これを見る限りどっちがお子様かは明らかだよねぇ……。

 僕はのじゃーさんの面倒見の良い母性的な一面を知ると、相変わらず何を考えているか分からないことりちゃんをさておき、さっさと新妻さんに占ってもらう様合図を送る。


「じゃ、じゃあ始めるね……」


 そうして、暇を持て余してあっちにウロウロこっちにウロウロし出し、新妻さんの集中を盛大に削いでくれることりちゃんをおさえながら、なんとか事の良し悪しを占ってもらうのであった。


…………

………

……


「うん……。でた、えっとこれは……探し人? になるのかな? 羽田君、ここの解釈って……」


 空気を全く読まないことりちゃんの妨害もあり、占術の結果が出るのには少々難航した。

 それでも根気よく続けてくれた新妻さんには最大の賞賛を送りたい。ようやく結果が出たであろう彼女は、その解釈の仕方について僕に尋ねてくる。

 占術の結果は千差万別だ、タロット、ルーン、易、風水、様々な手法があるがその全てに言えるのは解釈は読み手に委ねられると言う点である。

 本来なら新妻さんが全て解釈し、結果を予測するのがベストなんだけど……まぁ修行中だし仕方ないよね!

 僕はうんうん唸りながら散らばったタロットやら何やらを凝視する新妻さんに隣に座ると、その内容を一緒に読み解く。もちろんさり気なく肩をくっつける事も忘れない。


「ん? えーっと、ああ、少し良くない気が出てるね。やっぱり面倒事かぁ」

「ことりちゃん。務めとは誰かを探してるんじゃないのかな? それも面倒な事をした人。この場合は犯罪者か悪霊か……妖怪の類」


 予想通り、新妻さんが出した占術の結果は僕らにとって良くないものであった。

 置かれたタロットの配置、新妻さんが持つペンデュラムの位置は明確に異変、それも危険性の高いものが起こっている事を示している。この場合は何らかの問題を起こした者を追っていると現れていた。

 僕はその内容をことりちゃんに伝える、忘れている事でも何かキッカケがあれば思い出す事は多々ある、僕は一縷の望みをかけてぽけーっと外を眺めていることりちゃんに話しかける。


「ほう? うーむ、むむむむむ! おや? おお! 思い出しました! 凄いです流石パネ田さん! 見直しました!」


 僕の質問にことりちゃんが悩むような仕草を見せる、そうして彼女は少しだけ逡巡する様子で考え込んでいたが、ついに務めの内容を思い出したのか勢い良く顔をあげるとその成果を僕に伝えてくれる。


「わぁ、良かった! じゃあ早速説明してねことりちゃん! 忘れる前に!」

「シャキシャキ話すのじゃ! このタイミングを逃すと次がいつになるのか分かったものじゃないのじゃ!」

「ことりちゃん、すぐに教えて! いいかい、今すぐだよ!」


 僕らの言葉は早かった。

 一刻の猶予もない、このまま放っておくとことりちゃんはまたすぐに自分の務めを忘れてカロピスを狙うハンターと化すであろう。

 その思いはどうやらのじゃーさんと新妻さんも同じだったらしく、僕と同様にことりちゃんからその務めを聞き出そうと援護を送ってくれる。

 だがしかし、当のことりちゃんはいたって冷静にその言葉に返事をする。


「皆さん落ち着いて下さい。その前にニイヅマーも占いで疲れたことでしょう。少し休憩にしませんか? ことりはカロピスのお代わりが欲しいです」

「「「いいから早く!!」」」


 寸分違わず、同じタイミングで僕らは声を上げる。

 この瞬間、僕らの心は一つになった。なんだか嬉しくもあり、悲しくもある。

 そして、目をぱちくりとさせて驚くことりちゃんに、僕らは一様に詰めかけるのであった。




◇   ◇   ◇


 間にカロピス休憩を挟むこと3回、話が脱線する事5回、思い出した内容を忘れそうになること実に27回。僕らはことりちゃんから命じられた務めを聞き出すと言う大任をようやく成し遂げることができた。

 満身創痍とはまさにこの事だ、新妻さんものじゃーさんも、もちろん僕も全力疾走でもしたかの様に疲れ果てている。

 だが成果は十二分にあった。

 ことりちゃんに聞いた所、最近彼女の神社で不信心な事に泥棒が発生したそうだ。しかし普通なら警察に突き出して終わりなその事件もその時は運が悪かった。泥棒を見つけた神主さんがその不届き者を捕まえようと取っ組み合いになった所、神社の封印を司る一部の神具が破損してしまったそうなのだ。

 そうして後は封印されていた怪異妖怪が逃げ出しての一大事件。神社に仕える神使と神様まで総動員してなんとか事を収める事が出来たらしい。

 そして、ことりちゃんの任務は取り逃した妖怪の追跡。彼女はこの事件の際に逃げ出した妖怪を追い詰め、人々に危害を加える前に無事退治する様に彼女が仕える神様より仰せつかったのだ。

 もちろん、うっかり忘れて良いことではない。

 僕は事の重大性に辟易しながら、その事を忘れていてもなんら悪びれた様子の無いことりちゃんに質問する。


「つまり逃げ出した妖怪が今もこの地いるって事か……」

「はい、沢山逃げ出したので皆で頑張って退治しています。幸い、大国主神様による天眼による捜査で殆どが駆逐され、残るはこの地に居る一匹のみ。そうしてその妖怪を退治する為にその大任にもっとも相応しいことりが選出されたのです。ぐろーばるですね、あまりの責任にことりは押しつぶされそうです」

「いや、完全に忘れてたよね? それで……その逃げ出した妖怪って何かな? そこ本当に重要だよ」


 ことりちゃんは眠たそうな目で淡々と答える。

 もちろん、反省の色は一切ない、むしろ自分が悪いとも思っていない様子だ。

 僕はそんなことりちゃんに心底呆れながら問題の妖怪がどの様なものであるか、最後に一番重要な点について尋ねる。


「……謎は深まるばかりですよ、パネ田さん」

「責任に押しつぶされてしまうといいよ!」


 タイムアウト、一番重要な点はもっと先に聞いておくべきだった。

 ことりちゃんはついに自らの務めをその梅干しより小さな脳内より完全喪失してしまったらしく、難しそうな顔をしながら僕の質問に答えている。もちろん、さっきから一貫して悪びれた様子はない。

 僕が心のなかでさめざめと涙を流していると、先ほどまで静かに僕とことりちゃんの会話を聞いていた新妻さんが会話の区切りを感じ取り自らの質問をぶつけてきた。


「予想以上に大変な事になってるんだね。ねぇ羽田君。妖怪って普通に退治できる物なの? 危なくないの?」


 新妻さんの質問も最もだ、退治となると実際に妖怪との戦闘が発生する。

 口裂け女事件で実際の怪異と遭遇しているとは言え、新妻さんが心配するのも無理は無い。

 僕は彼女の心配につぶさに感じ取ると、不本意ながらも彼女の不安を煽ってしまう様な答えを返す。


「それこそピンキリだよ、RPGのスライムレベルの奴からそれこそラスボスクラスの奴もいる。けど……」

「神社に封じられている位だから生半可な相手ではないのじゃ。主、これ慎重にいかないと危険なのじゃ!」


 言いよどむ僕に代わって答えたのはのじゃーさんだ。

 そう、そうなのだ。妖怪と言っても千差万別、それこそ新米魔術師や陰陽師が片手間に退治できる物から、歴史の教科書に出てくるような強力で名の知れた魔術師や陰陽師が命をかけて封印する様な物まで存在する。

 そうして、それなりの神威を持つことりちゃんの神社で封印されている位だ、前者でない事は確かであった。


「分かっているよのじゃーさん。まずは相手を調べよう。迂闊に行動すると危ないからね」


 僕はのじゃーさんの忠告を真摯に受け止めると、慎重に慎重を重ねた対応を行う事を決意する。


「羽田君、私にも手伝えることがあったら何でも言ってね!」

「新妻さんの占術にはお世話になるかもね、とりあえず僕らの身に危険が及ぶかどうかを中心に占っておいてくれるかな?」

「わかったよ!」


 新妻さんは非常に頼もしい、特に利益があるわけでもないのに率先して協力を買って出てくれる。

 僕はそんな彼女に心の中で最大の謝辞を送ると、その好意を受取り新妻さんへと占術のお願いをする。


「妾も水稷さんとごっさんに今の話を報告してくるのじゃ、特に水稷さんは物知りだから何かよい知恵を与えてくれるかも知れないのじゃ!」

「頼むよ、のじゃーさん」


 のじゃーさんも当然の如く僕の援助を申し出てくれる。

 ことりちゃんのお手伝いは元々僕の身から出た錆だ。にもかかわらずそれが当たり前のように僕に協力し、僕を応援してくれるのじゃーさんに僕も胸にこみ上げてくる物がある。

 この事件が解決したら、二人には物凄くサービスしよう、何か二人が本当に喜ぶような、僕の欲望を一切抜いた最上級のおもてなしをしよう。

 僕はそう心に決める、そうして二人に感謝の意を伝えるべく口を開き――


「では、ことりはこの付近を調査してきましょう。空からの利を活かした探索はきっと成果をもたらすでしょう、ぐろーばる」

「ことりちゃんは僕のお話し相手になる仕事をしてくれるかな? なんだか物凄く君が迷子になる未来しか見えないんだ、もちろんカロピスもあるよ!」


 僕は早かった。

 貴方は駄目ですよことりちゃん! 何だかもう完全にやらかしそうな雰囲気がプンプンしているんですよ!?

 僕は眠たげな眼から、一転何かを決意して、フンスといった様子で両の拳を胸の前でそれぞれグッと握りこむことりちゃんへと自宅待機を命じる。

 もちろんそれが最善手だからだ、チラリと見たのじゃーさんと新妻さんもウンウンと頷いている、満場一致の判断だ。


「ほう、お話なら得意ですよ。 恋バナしますか? 恋バナ」


 よし、ことりちゃんの興味が移ったぞ!

 僕は目を離すとすぐに何かをやらかしそうな雰囲気を出すことりちゃんが、とりあえず僕とのお喋りに興味を持ってくれた事に安堵しつつ、この場の解散を告げる。


「じゃあ、今日はこれで解散! 新妻さんも家まで送っていくよ」

「うん、よろしくね。何かあったら連絡するから」

「妾も早速行ってくるのじゃー!」




◇   ◇   ◇




 新妻さんを家に送り、再度帰宅してからしばらくして、のじゃーさんも最寄りの神社より戻ってきた。

 のじゃーさんは、普段からは想像もできないほど頼もしく、水稷さんに様々な質問をすると同時に、神社に保管されている文献も調べてきてくれたらしい。

 その有能っぷりに僕も彼女を見直す、ダブル録画だけではなくこの様な事もできるなんて流石はのじゃーさんである、これは後で盛大に主ポイントをプレゼントしなければいけない。

 だが、いくらのじゃーさんが優秀でも無いものを生み出すことはできない。

 どうやら水稷さんも文献にもヒントになるような物は無く、成果としてはゼロであった。

 僕は涙ながらに謝罪するのじゃーさんを精一杯抱きしめると、久しぶりにのじゃーさんとイチャイチャする。

 ちなみにこの場で出歯亀になりそうなことりちゃんは先ほどより携帯ゲーム機でポコモンをするのに忙しくこちらの事は一切気付いていない、もちろん僕のセーブデータは光の早さで消された。号泣しなかった僕を誰か褒めて欲しい。


 その後しばらくして新妻さんからもメールが届く。

 彼女も占術の結果はあまり芳しくなかったらしく、さしあたって危険性が無いこと以外は何も分からなかったそうだ。

 僕は可愛らしい顔文字と丁寧な文章で必死に謝罪してくる新妻さんに、同じくあまり使い慣れない顔文字と砕けた文章でで精一杯の感謝の意と、何も問題ないことを伝えるとスマートフォンを充電器に戻す。


 気がつくと時間はすでに夜の11時だった。

 予想以上にのじゃーさんとイチャイチャしていたらしい。あまり夜更かしが好きでは無い僕は、すべき事も特に無いことから就寝の準備をする。

 ちなみに、ことりちゃんは僕の家にお泊りだ、別の部屋から来客用の布団を引っ張り出してきてそこに寝てもらう。

 ちなみに、布団の順番は僕、のじゃーさん、ことりちゃんに川の字だ。一人分多いのでいつもより間が狭いがまぁ寝る分には問題は無いだろう。

 そうして、のじゃーさんとことりちゃんに就寝の挨拶をする。電気を消して布団に入り込みまどろみの中、本日の疲れを夢のなかで癒やそうとして……。


「第一回、世にも怖い話大会ー」

「「…………」」


 空気の読めない子の、空気の読めない発言によって引き止められた。


「……? 第一回、世にも怖い話大会を開催しま――」

「聞こえてる! 聞こえてるから!」

「唐突すぎるのじゃ! 何でいきなりそんな話になったのじゃ!?」


 不思議そうな声色で繰り返すことりちゃんをのじゃーさんと一緒に無理やり遮る。

 暗闇の中、ことりちゃんの目がキラリと光る。猛禽類特有の獲物を狙う瞳だ。

 このお馬鹿な不思議ちゃんは、何を思ったのかこの空気、このタイミングで僕らを寝かすつもりが全く無い様子であった。


「ほう、それは良かった。ではまずはパネ田さんからですね。よろしくお願いします、そのあとのじゃーさん、そしてトリは私です。鳥だけに……ふぉっふぉっふぉっ」

「にょわ! やめるのじゃ! 何でそんなに修学旅行の夜みたいな雰囲気なのじゃ!?」


 暗闇の中、ことりちゃんが嬉しそうにのじゃーさんをつついているのがゴソゴソとした動きと声で分かる。子狐ちゃんは物凄くウザそうだ。

 僕は、本日の気苦労がまだまだ終わっていない事をここに来て理解すると、このはた迷惑な小鳥ちゃんを説得すべく、根気よく語りかける。


「ねぇことりちゃん? 何でこのタイミングで怖い話をしようと思ったの? 時間的にはバッチリだけど僕らそんなノリは一切見せてなかったよね?」

「そもそも妾達って怖がられる側じゃないかと思うのじゃ! 妖かしが妖かしの話しても『へぇー、頑張ってるね』で終わってしまうのじゃ!」


 のじゃーさんは完全に激おこであった、僕とことりちゃんの会話を奪うように一方的にまくし立てている。

 事態の収束に時間がかかることを覚悟した僕が電気をつけると、のじゃーさんはちょうどことりちゃんの胸ぐらを掴み、ガックンガックンと前後に振り回している所であった。

 いいぞのじゃーさん! その迷惑な小鳥ちゃんをもっとお仕置きしてくおれ!

 僕はのじゃーさんの行動を全面的に支持すると、万が一のじゃーさんの行為がエスカレートした際にすぐに間に入れる様に身構える。


「ことりは今までぼっちだったので、こういう事に興味があるのです。パネ田さん、のじゃーさん、ご迷惑かもしれませんがどうぞお願いします」

「こ、ことりちゃん……。分かったのじゃ! 妾と主に任せるといいのじゃ!」


 が、のじゃーさん一瞬にして陥落! あっと言う間の敗北!

 愛しの子狐ちゃんは、小鳥ちゃんのボッチ発言を聞くやいなや、直ぐ様その手を離して瞳に涙を浮かべると、彼女の味方をすると勢い良く宣言する。

 ことりちゃんもその発言を聞き、感極まった様子で頷いている。もちろんそんな二人に僕は冷ややかな視線を向ける。


「ちょっと待ってことりちゃん、本当に友達いないの? 忘れているだけじゃなくて?」

「はい、ことりには友達いません……寂しいです」

「主は酷いのじゃ! ことりちゃんが今までどんな気持ちだったか分からないのじゃ! 幻滅したのじゃ!」


 のじゃーさんが怒りの中に悲しげな表情を浮かべて僕を非難してくる。

 ことりちゃんの境遇を知って尚、その様な質問をする僕が信じられないのだろう。

 けどね、のじゃーさん。僕はね、君がお出かけしている間にこの物忘れが激しい小鳥ちゃんからさんざんプリクラ手帳を自慢されているんだよ?

 僕は人妖問わず似たような年代の、様々な女の子と一緒に撮ったであろうプリクラの数々を思い出すとその全員を居なかったことするそのミニマム脳みそを恨めしく思いながらことりちゃんへと問う。


「じゃあその奇抜なギャルファッションは誰の影響を受けたの? あとプリクラ手帳出して」

「……? 誰でしょうね、気がついたらこの格好でした。でも最近の女の子はこういったイケてる格好をしていないと駄目らしいのです。ぐろーばるですね、はいどうぞ」


 ことりちゃんからプリクラ手帳を受け取る、相変わらず嬉しそうに撮られたそれは誰がどうみてもお友達の関係だ、服装やファッションも完全に同じ系統である。

 僕はそのプリクラ手帳をのじゃーさんへ無言で渡すと絞りだすようにことりちゃんへとその答えを告げる。


「ほら、完全にお友達の影響だよね……」

「こ、これは……妾の、妾の気持ちは一体どこにやればいいのじゃ」


 のじゃーさんは絶句している。反面ことりちゃんは首をかしげている。

 僕は平常心と言うものが心の中でガリガリと削れる音を聞きながら、怪談話の開始を告げる、そうしないと五月蝿いであろう小鳥ちゃんの為に……。


「まぁいいや、じゃあ怖い話するならさっさとしちゃおうよ」

「了解なのじゃ……」

「わくわく!」


 暗闇の中、妖かし二人、人間一人の怪談話が進む。

 のじゃーさんの怪談はオーソドックスな都市伝説ものであった、最後にワッと叫んで驚かす割りと陳腐な物だ。僕は知ってたので大丈夫であったが、ことりちゃんはこの話を知らなかったらしくこちらが驚くほどビクッと反応していたのが良い気味であった。

 そして僕の怪談はいくつか知っている中でもとっておきの物だ。

 ある村で現代も受け継がれている外法を題材としたそれは、怖いと言うよりも得体のしれない不気味さと不快感を感じさせる特上の物だ、最終的にその呪いの正体が不明なまま話が終わる所も良い味を出している。

 僕は話を進めるに連れてこっそりと近づいて僕の腕をぎゅっと握りしめる二人に確かな手応えを感じながら自らの怪談を終える。


「ふっふっふ、なかなか良かったですよパネ田さん。最後はことりの番ですね、皆さんとは違って本気で怖いのでおもらしするかもしれませんよ、がくがくぶるぶる」

「怖かったのじゃー。でも、ことりちゃんビビリすぎなのじゃー」


 ことりちゃんはガチでビビっていた、と言うかいつの間にか僕に抱きついてガタガタと震えている。

 ことりちゃん、そんな怖がりならなんで怪談やろうって言ったの?


「言い出しっぺなのに……。もう深夜だよ、早めにやって寝ちゃおうよ」


 僕は疲れのあまり押し付けられる二つのチョモランマを楽しむ余裕も無く、小さくそう告げる。


「――では、私は『以津真天(いつまで)』のお話をしましょう」

「……へぇ、珍しいね」

「興味あるのじゃー」


 ことりちゃんはいつの間にか、あぐらをかく僕の膝を枕にしながらそう宣言する。

 以津真天か……。これまた面白い題材を持ってきた物だ。

 僕はことりちゃんがどんな怪談話をしてくれるのか少しだけ楽しみにしながら彼女の言葉に耳を傾ける。


建武(けんむ)元年、紫宸殿(ししいでん)に現れし怪鳥以津真天は『いつまで、いつまで』と鳴いて人々を恐れさせました」


 ことりちゃんの凛とした声が響く。

 感じるのは鈴虫の声、風の音、そしてことりちゃんの声だ。静かなこの時間にとても良く響いている。


「人間の顔、曲がったくちばし、ノコギリの様な歯、蛇の様な身体に巨大な羽。以津真天は弓矢の名手によって退治されましたが、歴史の波に埋もれながらもその後数多くの固体が確認され、人々を恐怖させました」


 頭の奥まで届く声とはこの様な事を差すのであろう。

 ことりちゃんの声はどこか蠱惑的(こわくてき)な物を持っており、うっかりしているといつまでも聞いていたくなる、彼女の世界に引き込まれてしまうような、そんな不思議な魅力があった。

 自然に期待が湧いてくる、彼女の隠された実力を垣間見た気がする、これからどう話が進むのだろうか? 僕はいつの間にか自分がことりちゃんの話に夢中になっている事に気がつくと、それを気にすること無く話の続きに集中する。


「めでたし、めでたし」


 にも関わらず、即効で怪談は終了した。

 ことりちゃんの顔を見るとやり遂げた顔している、非常に満足気でやりきった顔だ、続きは一切無い事が確実であった。


「……終わり?」

「はい? 終わりましたね」

「全然怖くなかったしめでたくもなかったのじゃ!」


 のじゃーさんの突っ込みが炸裂する。

 ナイスタイミングである、僕が言いたいことを一字一句違いなく言ってくれる。のじゃーさんも僕と同じ気持であったようだ。

 けど……。気になる点がある、ことりちゃんがなぜ、以津真天の怪談をしたかである。

 言っちゃあ悪いが、以津真天の怪談は地味で彼女が覚える程の何かがあるとも思えなかったからだ。

 僕は嫌な予感が次第に確信に変わるのを感じつつ、ことりちゃんへとその真意を問う。


「ちょっと待ってことりちゃん、そもそも何で以津真天の話をしようと思ったのかい?」

「それはことりが以津真天の事を大国主大神様より教えてもらっていたからです、何故なら逃げ出した怪異とは…………おおっ! ぐろーばる!」


 確信は断定へと変わる。

 妖怪以津真天、予想以上に厄介だ。古い文献に載るような妖怪はどれも強力な固体である事が多い。それが伝承より分かれた末端の一体だとしても、生半可な気持ちで当たって退治できるほど容易な存在ではないのだ。


「不味いな……」

「建武元年は確か鎌倉時代と室町時代の間……。主、これ相当厄介なのじゃ」


 のじゃーさんが以津真天の原点となるエピソードの時代を説明してくれる。

 良い感じ……いや、悪い感じに歴史を積み重ねている。これは非常に由々しき事態だ、完全に僕の手に余る。


「どうするべきか……参ったな――ん?」


 僕がその事態の深刻さに頭を悩ませていると、不意に充電中のスマートフォンが着信音を鳴らす。


「あれー? 電話なのじゃ! こんな深夜に迷惑なのじゃ!」

「のじゃーさん。今は深夜二時、草木も眠る丑三つ時ですよ。きっとお化けに違いありません、ぐろーばるですね」


 二人が言う通り時刻は深夜だ、こんな時間に誰だ? あまりにも迷惑すぎるぞ?

 僕はこんな時間に連絡をよこす人物に心当たりが無いことを不思議に思いながら、スマートフォンに手を伸ばそうとするが、それよりも早く連絡を寄越した相手に興味を持った二人が先に奪い合うようにスマートフォンを充電器より抜き取り、そのディスプレイに目を移す、そして――。


「「ぎゃーーーっ!!」」


 二人して盛大に叫び声を上げた。


「ど、どうしたの!? ――ってなんだこれ?」


 二人の声に慌てが僕がスマートフォンのディスプレイを見ると、そこにはなんと画面びっしりに『ハヤクデロ、ハヤクデロ、ハヤクデロ――』と赤い文字で埋め尽くされており、毒々しい点滅を繰り返していた。


「怖いのじゃー! 危うくチビる所だったのじゃー!」

「のじゃーさん。何か拭くものはありませんか? ちょっとことり緊急事態です」


 のじゃーさんはギャン泣きしている。

 ことりちゃんは比較的冷静であったが、静かに告げられた言葉に今度は僕が泣きそうになった。

 僕は涙を堪えると、未だ点滅を繰り返すスマートフォンを憎々しく睨みつけながら、適当にタップし耳に持ってくる。

 そうして、ブツっと言った接続音が聞こえた瞬間、誰とも分からぬ相手に開口一番文句を言ってやる。


「もしもし、誰? うちの小鳥ちゃんが盛大に漏らしちゃってんだけどどう落とし前つけてくれんの?」

「もし、よく分からねぇが俺の電話にはワンコールで出ろよ坊主」


 電話口の相手はごっさんであった、彼は深夜にはた迷惑な連絡を寄越した事に一切悪びれた様子なく、逆に開口一番僕を非難してくる。

 ちっ、ごっさんとはいつか決着をつけないといけないな。

 僕は電話口の相手に心の中で呪詛を吐きながら、努めてどうでもよさそうな、相手の怒りを買いそうな口調で話す。


「なんだごっさんか、何の用?」

「その言い草はなんだ? ぶん殴るぞ! まぁ良い、緊急の要件だ。さっき向こうの神社から連絡があって鴻殿が探している者がわかった、広有射怪鳥事ひろありかいちょうをいることの以津真天だ、しかも奴さん――本体らしい」


 うげぇ! 本体だと!? 伝承に出てきたご本人じゃねぇか!

 ごっさんの言葉にしばし思考が停止する、以津真天である事はこっちも把握していたが本体だとは思ってもいない!

 これは完全に僕には無理な案件だ、寺生まれの人とか地獄先生とかが出張る相手じゃねぇか!

 僕はあまりの事態に深夜である事も忘れて大声で電話口へと怒鳴り声をあげる。


「ふざけんな! ガチの退魔師がチーム組んで出るレベルじゃないか! 僕には無理だぞ!」

「分かってるよ、だからお前今からこっち来い。宇迦様が特別に加護と神具を授けてくれるらしい。やったな坊主、俺に感謝しろよ」


 ごっさんが冷静にそう告げる。

 本物の神様である宇迦様の加護と神具は法外な援助だ、それだけあればなんとかなるかもしれない。生きているうちにあるかないかの幸運に思わず首を縦に振りそうになるが、なんとか思いとどまる。

 事態はそこまで逼迫しているのだ、いくら実在する神の加護を得た神具を授けられるとは言え、死んでしまっては元も子もない。


「いや、それは魅力的だけど……」

「うちにも諸々の事情があんだよ、とりあえず不本意だが今はお前ぇさんに頼むしかないんだわ。


 彼岸の存在も自由自在に動ける訳ではない、特に神や神使ともなると様々なしがらみが存在する。

 神には神のルールが存在する、今回はことりちゃんの務めである為に直接伏見稲荷の者が手を貸すことが出来ないと言った所か?

 僕はそんな煩わしいルールに何故自分が巻き込まれないといけないかと苛立ちを覚えつつもごっさんの言葉に耳を傾ける。


「そんな訳で諦めろ、死んだらあのチョロイ嬢ちゃんは貰ってやるからよ!」

「おい、今からぶん殴りに行ってやるから待ってろよ! 新妻さんは僕の物だからな!」


 間髪入れずに答えた、ごっさんはどうやら僕に喧嘩を売りたいらしい。

 よろしい、その喧嘩買った! のじゃーさんが報告する修行の成果に対する非難の礼もまだしていなかった事だ、この際二度とこの辺りを歩けない様ボコボコにしてやろう。

 僕は続けてごっさんに対する罵倒を放つべく口を開く、言いたいことは沢山ある、この際その全てを吐き出してやろう。だがその前に……。


「おう! 茶菓子用意して待ってるぜぇ、今すぐだぞ! 違えるなよー」


 嬉しそうな声と共に一方的に通話が切られた。

 ツーツーと虚しく鳴る音に不意に冷静に鳴る。売り言葉に買い言葉、どうやら僕は新妻さんの事となると少々落ち着きが無くなってしまうらしい。

 まんまとしてやられた僕は苦々しく思いながらスマートフォンを布団の上に放り投げる


「ぐぬぬぬぬ……」


 血の涙を流しながら箪笥より着替えを出す。

 クソ眠いのに今から行かねばならないとはなんという拷問だ、だが一度約束してしまった以上おいそれと破ることはできない。

 妖かしとの契約は一定の力を持つ、くだらない事で面倒事を引き起こすのはもう懲り懲りなのだ。電話越しの口約束とは言え、破ることははばかられた。

 僕は心底申し訳なく思いながら、のじゃーさんの方に視線を向ける。

 のじゃーさんごめんね、こんな夜遅くからお出かけする事になっちゃったよ、眠たいのに君を連れ回してしまう主を許してね!


「さーって! 妾は寝るのじゃ! 主おやすみなさい! お出かけするなら静かにして欲しいのじゃ!」

「あ、ことりも寝ます。のじゃーさん、一緒に寝ましょう。こっそりと好きな男子のお話もしましょう!」


 だがのじゃーさん、流れるように裏切りました! はい、分かってました! 君がこのタイミングで裏切ること、主はちゃあんと分かってましたよ! そしてことりちゃん、貴方もちゃっかりしていますね!

 僕は心の中で滝のように涙を流す。どうやらのじゃーさんとことりちゃんは僕の不運に付き合ってくれることよりも目先の温もりを優先したらしい。

 布団に女の子を二人も寝取られる哀れな男……。

 僕はその事に心底嘆きながら、それでもどうしても彼女たちへ文句を言ってやらねば気がすまぬと、声を大にして一言叫ぶのであった。


「のじゃーさんとことりちゃんの裏切り者!」

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