表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
のじゃーさんと僕の怪奇譚  作者: 鹿角フェフ
ふノ巻【以津真天】
15/31

第壱話

 倉庫に向かい、自慢のアメリカンバイクであるスーさんのエンジンを入れる。

 本日のスーさんはわりとご機嫌だったらしく、二言三言のヨイショで動いてくれた。

 そうして、スーさんのエンジンを言葉とガソリンで暖めながら、横で待つ新妻さんへと声をかける。


「さぁ、新妻さん! スーさんに早く乗って! 一刻の猶予を争うよ!」


 向かう先は伏見稲荷大社だ。のじゃーさんに聞いた所、件の人物は近所の神社ではなく伏見稲荷の方へと向かったらしいと言う事が分かったからだ。

 のじゃーさんの方はすでにスタンバイOKだ。スーさんにまたがる僕の前に対面する形で抱きついている。

 ふふふ、相変わらずよろしい感触ですよこれは! 後ろに新妻さんが乗ればあとは完璧だね!

 そんないけない妄想をしながら新妻さんを待つが、彼女は少しばかり困った表情を見せながら棒立ちでいる。


「うん……」

「さとみんどうしたのじゃ? 早く乗らないと出発できないのじゃー!」


 のじゃーさんが新妻さんを急かそうと声を上げる。

 んん? どうしたのかい新妻さん? 何かお困り事でも?

 僕が新妻さんの異変を不思議に思っていると、彼女は困り顔そのまま、僕に向かって質問をしてくる。


「のじゃーさんがいつでも見えるようになって気が付いたんだけど、これってかなり羽田君にお得な状態じゃない?」

「最高だね!」

「サンドイッチなのじゃー!」


 お得だね! お得すぎるよ新妻さん!

 前にのじゃーさん、後ろに新妻さん、そして下にはスーさん! サイドバッグにはちゃっかりと坩堝(るつぼ)ちゃんも入っている。

 この状況を幸福と呼ばずに何と呼べばいいのだろうか?

 ってか今頃気づいたんですね、今までも何回か一緒にスーさんに乗ったでしょ?

 そんなうっかりさんの新妻さんは、僕の答えが気になったのか、なんだか頬を赤らめながらスーさんに乗るのをとまどっている。


「なんかだ恥ずかしいなー……」

「僕は嬉しいけどね、恥ずかしがる事はないよ!」

「別に、普通の人には見えないから大丈夫なのじゃー」


 新妻さんは何事かを考えている様子で、ブツブツと何事かを呟いていたかと思うと急に顔を上げて真剣に表情で質問を投げかけてくる。


「……普通の人にはどういう風に見えるのかな?」

「んー、カップルじゃない?」

「そ、そっか……やっぱりそうだよね」


 と言うかそれ以外はあんまり考えられないと思う。

 普通の人は年頃の男女が同じバイクに乗っていたらカップルだと思うだろう。

 僕は何を言わんやと言った表情で新妻さんの質問に答えるが、彼女はやはり僕の答えが気になるのか、少し迷った様子を見せつつもやがてオズオズといった様子でバイクの後ろに乗ってくる。

 ……パーフェクトだ! ここにパーフェクト羽田悟が完成した。

 このままどこまでも……そう、地平線の果てまで走り出したい気分だ。

 僕は言い知れぬ幸福と興奮を感じながら、皆へと出発の合図をする。


「さぁ、シャキシャキ行くよ! のじゃーさんの敵を取るんだ! 天国ののじゃーさん! 見ていてくれ!」

「見ていてくれ! なのじゃー!」

「あ、安全運転でお願いするね!」


 そうして、いつもより気持ち強めに押し付けられる新妻さんのぬくもりを背に感じながら、僕はスーさんを走らせるのであった。


…………

………

……


 さほど混んでいない道路を走る。

 爽やかな風と暖かな感触を楽しんでいた僕であったが、その楽しみを奪うように交差点の赤信号が灯される。

 走っている時とは違い風の流れも無く、スーさんの鼓動と街の雑音が聞こえるだけの比較的静かな状況。このタイミングを見計らっていたのか、新妻さんが少し大きめの声で質問してくる。


「でも、こうして見るとこんな町中の賑やかな所でも結構いろいろなのがいるんだね」

「うん、まぁ町中にいるのは基本的に無害か友好的な存在が殆どだけどね、意外といろいろいるんだなーこれが」

「妾の仲間とかも結構うろついていたりするのじゃー」


 見えないだけで実は世界は様々な存在であふれている。

 それは、のじゃーさんの様な神やその眷属だったり、幽霊や妖怪と言った人に害をなす者であったり、悪魔や精霊と言った外来の存在だったり……。


 ……得体の知れない何かだったり。


 それこそ様々な存在が跋扈している。だからこそそれらを見る事ができる人はそれに対処する力を持つ事が必要となってくるのだ。

 深淵を見る時は深淵に見られる事を理解しなければいけないとは誰の言葉であったろうか?

 見えるとはすなわち見られる事と同じ意味なのだ。


「へぇー。あ、じゃああれとかもそうなのかな? なんだろう? ……鳥?」


 僕やのじゃーさんの話を興味深げに聞いていた新妻さんが上空を指さす。それに釣られるようにその先を見ると、鳥の様な奇妙な物体が空を飛んでいるのが見えた。

 それははるか上空を飛んでおり、ハッキリとは見えないが、鳥とも人とも似つかない変わった容姿をしていた……。


「んー? えーっと、なんだあれ? よくわからないなぁ……」


 目を凝らして見てみる。

 棒状の身体に大きな羽の様な物が2つ、非対称に付いているのがなんとかわかり、それが奇妙な動きをしながら上空を漂っていた。

 見たことも聞いたこともない姿だ、誰かの使い魔かな? 僕はその容姿に不可解な物を感じつつも、新妻さんへと説明を行う。


「まぁ、いろんな存在がいるから実際遠目に見ただけじゃ分からないんだよねー、うーん……」

「そういうものなんだね」

「あっ! 主! 信号が青になったのじゃ!」


 僕がその奇妙な鳥に唸っていると、のじゃーさんより声がかかる。

 慌てて前を見ると信号は青になっており、同じく赤信号で止まっていた対向車線の車はすでに動き出していた。スーさんも急かすようにエンジンランプを点滅させている。

 ま、なんだっていっか! 大した事じゃないだろうしね!


「おっと、ありがとうのじゃーさん。じゃあ行こうか! スーさんGO!」


 僕は先ほどみた物を頭の奥にしまい込みながら、スーさんのエンジンを吹かした。




◇   ◇   ◇




 駐車場にバイクを止め、しばらく歩くと朱く巨大な鳥居が目の前に現れる。

 この場所こそが、全国にある稲荷の総本山、伏見稲荷大社だ。

 本日は休日でもある事から参拝客はかなり多く、神社が持つ威風も合わさってどこか独特の雰囲気がある。

 僕はその雰囲気をどこか心地よく感じながら、嬉しそうにはしゃぐのじゃーさんとキョロキョロと当たりを見回す新妻さんへと声をかける。


「スーさん、いい子でお留守番しててね。さぁ、二人共行こうか!」

「うん。あっ、運転お疲れ様」

「わーい! やっぱり伏見稲荷はテンション上がるのじゃー!」


 のじゃーさんはテンションマックスだ。くるくると回りながら喜びをこれでもかと表現している。

 ちなみに今日ののじゃーさんはティーンカジュアル系の服装だ、薄いベージュのプリントTシャツとチェックのスカートがのじゃーさんの快活さをこれでもかと表現していて素晴らしい。

 しかもくるくる回る度にスカートがふわりと浮き上がり、隠された桃源郷が見えるか見えないかの位置で僕を誘惑してくる。

 ふむ、とりあえずさり気なく屈んで確認するかな……?

 僕がのじゃーさんに近づき、その可愛らしいスカートの中をいざ探検せんとしたその時、先ほどから黙って当たりを見回していた新妻さんより驚きの声が上がる。


「うわー……狐さんがいっぱいいる!」

「低位の眷属だね、総本山ともなるとかなりの狐が常にいるんだよ」


 一瞬見えた桃源郷を脳内に保存し、新妻さんへと振り返り答える。

 広大な伏見稲荷大社の敷地、まだその入口にもかかわらず見渡す限りに狐がいる。

 もちろん置物でも動物でもない、彼らは全てが稲荷の眷属、つまりのじゃーさんの仲間だ、一般の人には見えない。


「ほえー……、凄いんだね」

「取り敢えず歩こうか、こっちだよ。お土産とか観光は後にしよう!」

「うん! でも羽田君、どこに向かっているの? 参拝客も沢山いるし、流石に大勢の人がいる所でのじゃーさんとかと話をしてると変な人に思われちゃうよ?」

「安心して。実はね、それ専用の場所があるんだ」

「こっちなのじゃー!」


 新妻さんが不思議そうに聞いてくる。たしかにこんなに人がいる場所で、霊的存在と喋ったりしていたら完全に変な人だ。もちろん、そこはちゃんとした方法が用意されているんだけどね。

 僕は人混みの中、新妻さんとはぐれない様に彼女の歩調に合わせながら歩く。

 向かう先は千本鳥居。テレビとかでもよく放送されている、皆が伏見稲荷大社と聞いて一番に想像するあの鳥居でできた道だ。

 そこに目的の入り口がある。


 人の波に流されるようにして暫く歩いた頃だろうか、隙間が無い程に連続して並べられた鳥居が見えてくる。

 そうしてその中に入り、ちょうど中間辺だろうか、歩みを止め新妻さんへと向き直る。


「さっ、着いたよ」

「え? ここって鳥居の途中だよね?」


 新妻さんはキョトンとした表情で当たりを見回している。

 何の変哲も無い道中だ。相変わらず鳥居は所狭しと並べられており、人一人がようやく通れる程の隙間から向こう側の千本鳥居の道が見える。

 辺りを見回す。幸いな事に人通りはそれなりにあるものの、こちらを注目している人は居ない。その隙を見て新妻さんの背中を押すように、鳥居と鳥居の隙間に見える向こう側へと押しやる。


「百聞は一見にしかずってね。さっ、早く早く!」

「ごー、ごー! なのじゃー!」

「あっ!」


 新妻さんの背中をグイグイ押しながら一緒に鳥居の隙間を抜けた瞬間、強烈な風が吹いたかと思うと先ほどと同じ鳥居の参道へと出た。

 だがしかし、先ほどとは大きく違う点がある。日中にもかかわらず日が沈んでおり、鳥居にかけられた数々の行灯がボンヤリと辺りを灯しているのだ。

 人通りは全く無く、賑やかだった参拝客の声も一切聞こえない。

 静かなひんやりとした風が少しだけ汗ばんだ肌を優しく吹き抜けていき、どこからか聞こえる鈴虫の声が行灯の柔らかな光も手伝って幻想的な雰囲気を醸し出している。

 そう、すでにここは人ならざる者達が住むあちら側の世界なのだ。


「え!? す、凄い……」

「資格を持つ人しか知らないし入れない秘密の抜け道さ。ここからは神域、裏側の世界。神々が本当に住まう場所って感じだね」


 新妻さんは突然の出来事に戸惑っており、驚きながらも不安げに辺りを視線を向けている。

 僕との距離も心なしかいつもより近い。気づかれないようにお触りでもしようかなと考えていたその時だ。

 気がつくと参道の奥、拝殿の方より一匹の狐が歩いてくるのが見えた。

 僕はそれをこの地に住まう眷属の中でもそれなりに力を持つ狐であると判断すると、笑顔で友好的な挨拶を行う。


「やぁやぁ狐さん。ちょっとお尋ねしていいですか?」

「うげぇ! おぬしは羽田悟! 何用で来たのじゃ! また面倒事を持って来る算段ではなかろうな!?」


 友好的な挨拶に返されたのは非友好的な挨拶だった。

 まったく、なんて事だ! 僕がこんな爽やかな挨拶をしている言うのに、失礼な奴だなぁ!

 僕がそんな失礼狐に文句を言ってやろうとしたが、それより早くのじゃーさんが僕の怒りを代弁するかのように声を上げてくれた。


「むむむ! 主に向かって何たる言い草なのじゃ! 名を名乗るのじゃ!」

「色ボケ七穂(ななほ)か……、帰れ帰れ! おぬしらが来るとろくな事にならん!」

「むきー! 誰が色ボケなのじゃ! 失礼極まりないのじゃ!」

「ゆ、有名なんだね……」


 新妻さんがどこか呆れた表情で呟くのが聞こえる。

 しかし、ふむふむ、のじゃーさんと僕の事をここまで知っていると言うことはやっぱりそれなりに高位の狐さんだね。

 あまり揉め事にしたくない僕は、彼の誤解を解くために本日やってきた理由を正直に話す。

 ここでは僕はお客様! 失礼の無いように気をつけないといけないからね!


「誤解だよ狐さん。今日はちょっとこっちに来ているって言う女の子をひっ捕まえて、のじゃーさんの可愛らしさをこれでもかと教えこむだけだから!」

「なんでそう言う話になった!? 迷惑以外の何物でもないわ! 良いか、これ以上入ってくるでないぞ!」


 がしかし、狐さんの説得は失敗した……。狐さんは自分の言いたいことを言うと、そのままどこかへと走り去ってしまったのだ。

 誠心誠意正直に話した僕の何がいけなかたのだろうか?

 僕は悲しみに打ちひしがれながら、ごく自然に参道の奥へと歩き出す。


「じゃあ早速お邪魔してっと……」

「す、スルーするんだ……」

「どう考えても主が正しいのじゃ!」


 のじゃーさんの言うとおりである。

 ちょっとした誤解なのだ、だから僕がここで帰ると言う選択肢はない。

 なにより目的も果たさずに帰ったら骨折り損だし面白くないじゃないか!

 そんな当然の事を考えながら、未だ不安そうに辺りを見回している新妻さんへと声をかける。


「あ、新妻さん。ちょっと手を繋いでおこうか。幻術が張られているから万が一離れると迷って帰れなくなるからね」

「う、うん! 離さないでね!」


 やっぱり不安だったのだろうか? 新妻さんは僕の差し出した手をしっかり掴むと、決して離すまいと言わんばかりに力強く握りしめてくる。

 ……ってか恋人繋ぎか、最高だねこれ!

 突然の新妻さんの新妻アピールに僕が少しばかり戸惑っていると、のじゃーさんが不思議そうな表情をしながら余計な発言をしてくださる。


「あれー? 幻術なんてそんなのあったっけ?」

(のじゃーさん! シャラップ!)

(……まぁ、いいけど。じゃあ妾とも繋ぐのじゃ!)


 チラリと見た新妻さんはのじゃーさんの発言には気づいていないようだ。

 と言うか、思わず恋人繋ぎをしてしまった事に気づいたのか顔を真赤にしている。

 危ない危ない、折角のご褒美が危うく台無しになる所だったよ!

 僕はもう片方の手をのじゃーさんに差し出し、神域によって物質化が可能となった彼女がしっかりと僕の手を握りこむ感触を感じながら先を歩き出した。


…………

………

……


 どれくらい歩いたろうか?

 いつまで行っても鳥居の参道は終わることは無く、遠く目を凝らしてもその先は延々続いている様だ。

 はて、ここってこんな構造してたっけ? 僕はいつもとは様子が違う参道を見ながらポツリとその疑問を口に出す。


「うーん。迷った、なんでだろう……」

「え!? どうするの?」

「んー? あっ! 主、主! これ本当に幻術が張られているのじゃ! しかもご丁寧に妾達だけかかる様になっておる! 妾達専用なのじゃ!」


 新妻さんからの驚きの声、そしてのじゃーさんより困惑の声が返ってくる。

 なるほど、先ほどの狐さんが何かやったのかな? それとも他の誰かかな?

 狐も千差万別だ、多種多様な性格の者がおり、その中には僕とのじゃーさんの愛を阻むものも当然いる。

 僕はそんな愛の障害をどうやって乗り越えるか、しばし考えを巡らす。


「むむむ……」

「どうしよう? 帰れなくなっちゃうかもしれないんだよね……ってか専用の幻術って羽田君どれだけ嫌われているの?」


 新妻さんの質問を華麗にスルーする。

 そう言えばいろいろやった気がする、けどそのどれもこれもが無実のはずだ。

 僕はいわれのない言いがかりに心を痛めながらも、この状況をどうにか打開する為に二人の手を離すとお腹を抑えてうずくまる。


「あいたっ! あいたたたた!」


 膝を付いて大げさに声をあげる。

 突然の出来事に新妻さんとのじゃーさんも驚いたようで、心配した様子で僕に寄り添ってくれる。


「え? どうしたの!? 大丈夫!」

「主! どうしたのじゃ! どこか痛むのか!?」


 ふむふむ、二人共予想以上に心配してくれるね! なんだか愛されてるって感じで嬉しいよ!

 僕は本気で心配してくれる二人を騙すことに罪悪感を感じながら更に演技に拍車をかける。


「痛い! 痛い! う、うぐぅ……」

「ど、どうしよう! 誰か! 誰か居ませんか!?」

「しっかりするのじゃ、主! 誰かおらんかー! 主がピンチなのじゃー!」


 二人共オロオロとするばかりでどうしていいか分からないみたいだ、それどころかチラリと見てみると今にも泣き出しそうな表情をしている。

 ごめんよハニー達! 僕には使命があるのだ! そう、これこそがこの状況を打開する最適解なんだよ! そして……餌に魚が喰らいついた様ですよ!


「ふぇぇ! 大変ですっ! お客様! 大丈夫ですかー!?」


 参道の脇より現れたのは先ほどの狐より少し小柄の狐ちゃんだ。

 多分女の子だと思う。彼女は狐そのままの姿ながら、どの様にしているのかまるで人間ですとでも言わんばかりに慌てた表情をその顔に浮かべて走り寄ってくる。


「うう、痛い、痛いよ……」

「あわわ! お客様、しっかりして下さい! どこが痛むのですか!」


 そうして僕の様子を確認しようと目の前までやってくると、新妻さんとのじゃーさん同様にオロオロとしながら必死に僕の心配をしてくる。

 うんうん、いい子だね! 僕そういう子大好きだよ!


「うう、お腹が……」

「お腹ですか! た、大変です! どうしましょう!?」」


 顔を歪めながら更に小さくうずくまる、狐ちゃんは変わらずオロオロとした表情で僕の脇まで来ると、押さえるお腹の様子を確認しようとその小さなお手手を僕のお腹へとそっと乗せる。

 そうして、ウンウン唸りながら何か考えている狐ちゃんの警戒が緩んでいる事を確認すると……。


「はい、キャッチ」

「ふぇっ!?」

「羽田君!?」

「主!?」


 取ったどー!!

 皆の驚く声をBGMにしながらの脳内で勝利宣言。

 目的も達したことだし、狐ちゃんを逃さぬ様にしっかりと捕まえつつさっさと立ち上がる。

 両脇を抱えるようにして持ち上げた狐ちゃんの表情を見ると、キョトンとした顔をして僕を見つめている。

 うんうん、ピュアな子は好きですよ! でもね、そういう所につけこむ悪い奴がいるから気をつけてね!

 僕は満面の笑みを狐ちゃんに向けながら、当初の目的を達成せんと彼女を説得する。


「さ、幻術解いて案内してくれるかい!」

「ふぇぇぇぇ!!」


 狐ちゃんの驚いた声が参道に木霊する。

 その様子に僕は言い知れぬ満足感を得ながら、さぁさぁと狐ちゃんを急かす。


「ああ、なんだか羽田君が嫌がられている理由が分かったよ……」

「流石主なのじゃ! 見事な詐術! さぁ、キリキリ案内するのじゃー!」


 狐ちゃんを胸に抱きながら幻術の解けた参道を歩みゆく。

 どうやら先程の幻術は上から命令された狐ちゃんが一人でかけていたものらしく、僕が狐ちゃんの両脇腹をこちょこちょしだすと一発で解除された。

 なかなか才能があるみたいだけどツメが甘いよね! 僕はご機嫌で狐ちゃんの頭をなでなでしているが、反面狐ちゃんはどこまでもしょぼくれていた。


「うう、怒られますぅ……」


 狐ちゃんは、その愛らしい耳と尻尾をペタンと垂らして嘆きながらも、僕の演技をまだ信じているのか、しきりにお腹の調子は大丈夫かと聞いてくる。

 うーむ、良いね! 一家に一匹欲しい感じ!

 あまりのピュア狐ちゃんに感極まった僕は、思わずのじゃーさんにお持ち帰りの是非を尋ねる。


「のじゃーさん、この子なんだかピュアでいいね! お持ち帰りしてもいいかな?」

「面倒見れるなら持って帰ってもいいと思うのじゃー」

「いや、普通に駄目だと思うよ……」


 僕とのじゃーさんは狐ちゃんお持ち帰り作戦を決行する方向で話を進めていたのだが、何故か新妻さんより冷静かつ呆れ返った横槍がはいる。

 そんな新妻さんではあるが、実は先ほどからチラチラと狐ちゃんに視線を向けている。

 その様子にニヤリとほくそ笑み、勝利を確信した僕が狐ちゃんを新妻さんの方へと差し出すと、彼女はそれはそれは嬉しそうに狐ちゃんの頭をなでなでし始めた。

 ふっ、落ちましたねこれ! 新妻さんもろともお持ち帰り確定だ!


「あの! お持ち帰りは駄目です! 私はお持ち帰りできません! あっ! あちらの方ですよ! ほ、ほら! 案内したので離して下さい!」

「やだ! 持って帰る!」

「ふぇぇぇ!!」


 僕らの様子にただならぬ物を感じたのか、狐ちゃんはジタバタと暴れだして逃げ出そうとしている。

 そんな彼女をしっかりと抱きしめながらその指差す方を見ると、遠目ではあるが確かに誰かが立っているのが見えた。

 なるほど、あの子がのじゃーさんの敵か! 憎きかな! けどまぁ、それは置いておいて、とりあえず今日は狐ちゃんお持ち帰りするか! じゃあかーえろっと!


「可哀想だから離してあげなさい!」

「はーい……」


 と思ったがそうは問屋が卸さなかった……。

 新妻さんは両手を腰に当てながら、メッとでも言いたげな視線を向けている。

 むぅ、新妻さんおこモードだ、ここで反論したら激おこモードになってしまう。

 なんだかんだで新妻さんに頭が上がらない僕はこれ以上彼女に怒られまいとしぶしぶ狐ちゃんを地面に下ろす。

 そうして新妻さんは開放された事によって心底安堵した表情を見せる狐ちゃんに視線を合わせるように、屈みながら謝罪の言葉を述べる。


「ごめんね、狐さん。羽田君を許してあげてね、悪気は……少ししかないと思うから」

「むしろ、悪気しかなかったと思うのじゃ! 妾は分かるのじゃ!」


 のじゃーさんの的確な突っ込みが冴え渡る、もちろん僕は聞こえないふりをする。

 狐ちゃんは新妻さんの言葉が耳に入ってない様子で、「助かったのですー!」と叫びながらどこかへ走り去っていってしまった。

 うーん、残念……。でもまぁ、仕方ないよね!


「さーって! じゃあ件の人物に文句を言ってやろう!」


 後ろ髪を引かれながらも気持ちを切り替える。

 さっきの狐ちゃんはもう忘れた! 今は新しい出会いに期待を寄せよう!

 そうして意気揚々とのじゃーさんに声をかける。新妻さんのため息が聞こえた気がするがそこはスルーだ!


「そうなのじゃ! おーい! 覚悟するのじゃ! 今度は妾の主を連れてきたぞ! 年貢の納めどきなのじゃー!」


 さぁ、のじゃーさんを虐めた悪い子め! 僕がお仕置きしてあげるよ!

 女の子の方へと駆け寄るのじゃーさんを追う様に少し足早に向かう。

 薄暗がりの中現れた神域の拝殿、行灯によってボンヤリと照らされたその前で一人の少女がこちらに背を向けてボンヤリと立っていた。

 そして彼女は器用に首だけをこちらに向けて、いま僕らに気付きましたとでも言いたげな表情を見せると、どこかぼーっとした様子で語りだす。


「おや、さっきのお狐さんですか、お久しぶりですね。えっと……」

「のじゃーさんなのじゃ! 覚悟するのじゃー!」


 のじゃーさんがビシリと指差しながら宣戦布告する。

 そんな様子にも動じること無く、その子は変わらぬぼーっとした様子でのじゃーさんに言葉を返す。


「これはご丁寧に……私の名前は(おおとり) 琴里(ことり)――」


 そうして、こちらに身体を向ける。

 歳の頃は僕や新妻さんと同じくらいだろうか? だが珍しい事にその容姿はとても派手派手しく、流行の最先端を行くかのような服装に包まれていた。

 カールされた薄い色合いの茶髪には様々なアクセサリーを付けており、スカートも極限まで短くなっている、そして眠たげでどこか神秘的な雰囲気を漂わせるその顔つきも相まって、ファッション誌のモデルと言われても不思議ではない説得力がある。

 そんな、私小悪魔ですとでも言いたげな彼女の容姿は、どう見ても……。


「――木菟(みみずく)の神使です」


 どう見てもギャルだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ