表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
のじゃーさんと僕の怪奇譚  作者: 鹿角フェフ
ふノ巻【以津真天】
14/31

プロローグ

 新妻さんとの距離がぐっと近くなった口裂け女の事件。

 あれから定期的に、僕は新妻さんの師匠として魔術について指導している。

 今日も自室に新妻さんを招いて彼女の成果等を確認している最中だ。

 外は相変わらず茹だるような暑さで、外出するのも億劫になりそうだったが、室内は冷房が効いており快適だ。

 しかも今はのじゃーさんが用事で出かけており二人きり、またとない機会に新妻さんにボディータッチしたい気持ちがむくむくと沸き上がってくる。

 だがノートに向かい必死に指導内容を書き写している彼女の表情がそれを押しとどめる。

 むぅ、なんとかチャンスを見計らって新妻さんにお触りしたいなぁ……。

 そんな僕の純粋な気持ちを知ってか知らずか、新妻さんは不意に顔をあげると、僕に向かって質問を投げかけてくる。


「ねぇ、羽田君……」

「ん? どうかしたのかい、新妻さん」


 新妻さんは真剣な表情だ。

 何か疑問に思っていることでもあるのだろうか?

 新妻さんにいろいろと試してもらった結果、彼女には占術……つまり占いの才能があることが判明した。

 僕は正直占術はあまり得意ではないがそうも言ってられない、曲がりなりにも僕は彼女の師匠であり指導者である、彼女が立派な魔術師として、今後も恐ろしい目にあわないよう鍛えあげる使命が僕にはある。

 僕は、彼女の真剣な表情に同じく真剣な表情で向き合い、彼女の疑問に真摯に答えんと質問を待つ。


「私って異端なのかな?」

「……は?」


 が、僕の新妻さんはそれはそれは意味の分からない質問を投げかけて下さった。

 あのぉ、子猫ちゃん? 質問の意図が理解出来ないんですけど。


「よ、よく分からなかったかな! もう一度詳しく聞かせてくれないかい?」

「あのね、私ってね、羽田君に師匠になってもらって魔術の事勉強しているでしょ?」

「そ、そうだね」

「これって異端だと思うんだ、どうかな?」


 どうかな? と言われてもどうなんだろ? としか答えられない。

 新妻さんはキラキラと輝かしい表情を見せており、完全に何かを期待している。

 これは……、間違いない。痛い病気を発症していらっしゃる、いわゆる中二病ってやつだ……。

 昨今人気の中二病、いろいろと派生形が現れてぶっちゃけ定義が混乱しているこの病気だけど、恐らく新妻さんが罹っているのは、一番オールドタイプの中二病だ。

 これはちょっと他とは違うことをしたくなるという、中学生の頃に高い確率で発生する病で、彼女の様に自分が特別な存在であると思ったり、他とは違うことをしたりしだす。

 新妻さんはもう高校生になるのに今頃中二病だなんて、なんだか恥ずかしい気もするけどあまりそこに突っ込むのはいけない。

 彼女を傷つけてしまう事になるしなにより僕自身にブーメランとなって返ってくる。

 僕は自分も普段似たような事を考えているなーと思いながら、冷静を装って彼女に答える。


「異端だよ、うん!」

「やっぱり! そうなんだ! 異端なんだ!」


 僕の答えを聞いた新妻さんは途端に晴れやかな笑顔を見せてくれる。

 やっぱり新妻さんには笑顔が似合う、僕は彼女の純粋無垢なその笑みに幸せな気持ちになりながらも、これ見よがしにブラックコーヒーを飲んでいるこの重度の中二病患者に対してどう対処するかを考える。


「話は変わるけど、新妻さんってコーヒーはブラック派なんだね」

「うん、ほら。やっぱりコーヒー位はブラックで飲めないと、お子様じゃないんだしね」

「そ、そう……」


 やっぱり……。

 中二病はブラックコーヒーが好きだ。大人ぶりたいのか知らないが彼らは病気を発症すると途端に砂糖もミルクも入れないブラックコーヒーを飲みだす。

 そうして、自分は違いの分かる人間アピールを行い出すのだ。

 ちなみに僕もブラックコーヒー派だ。砂糖とかミルクってお子様だしね。


「あ、そうだ! 羽田君に言われてた使い魔の設定考えてきたんだよ! がんばったんだ、どうぞ見て下さい、お師匠様!」


 新妻さんは僕との会話に満足したのか、自らの鞄より一冊のノートを取り出すと、ページを開いてこちらに見せてくる。

 そう言えば、新妻さんには使い魔を作成するための設定を考えるよう宿題を出していおいたんだっけ。

 僕が持つ坩堝(るつぼ)仔蟲(こむし)の様に、魔術師は目的に応じて使い魔を持っている。

 新妻さんは占術に適正があるみたいだし、最低限の防御能力と占術を補助する機能を持った使い魔を作ってもらおうとしていたんだっけ。


「あ! そうだね! じゃあさっそく……」


 さてさて、新妻さんはどんな設定にしているのかな? 彼女の事だ、きっと可愛らしいマスコットの様な使い魔を考えているんじゃないのかな?

 僕は期待に胸を膨らませながら新妻さんが差し出したノートに目をやったが、そこに書かれていたのは、それはもう、見ているこちらが恥ずかしくなるような痛い設定の羅列だった……。

 ってか、新妻さん? そもそも使い魔の名前が読めないのですが?


「えっと、これはなんて読むのかな? 新妻さん……」

魔理霖(マリリン)真楚尊(マソソン)だよ! 私が敬愛するロック歌手なんだ!」


 満面の笑顔で語られる言葉に苦い笑いしか起きない。

 新妻さんは、それはもう自分のセンスを疑っていない様子で、どうだと言わんばかりの勢いで説明してくれる。

 ロックか……、どうせまた中二病的感覚で聴き出したんだろうなぁ。

 似た経験がある者としてそこら辺の考えはよく分かる。

 僕は努めて冷静に、テンション上げ上げで黒歴史を量産する新妻さんに問う。


「へ、へぇ……新妻さんってばロック聞くんだね」

「ヘヴィー、オルタナティブ、ミクスチャー辺りが好きなんだ! ジャパンポップは……ほら、業界主導の作為的な匂いがするじゃない? やっぱり魂からの叫びがないと、もちろん、日本のミュージックシーンを否定する訳じゃないんだけど。やっぱりね?」

「お、おう……」


 なにが、やっぱりね? なのだろうか?

 と言うか、新妻さんは日本のミュージックシーンの何を知っていると言うのだろう?

 僕は聞いてもいないのに日本の音楽をディスりだす新妻さんに、引きつった笑みを返しながらノートの続きを確認する。……なんだこれ?


「あ、あと気になったんだけど、この説明は何かな?」

「ちょっと、派手さに欠けるかな? 精一杯頑張ったんだけど」


 ノートには魔理霖の設定が箇条書きされている。

 そのどれもこれもが「闇の眷属」だの、「封印が解かれた」だの、怪しく痛々しい単語がこれでもかと散りばめられている。

 あのね、新妻さん。僕設定を考えてくれとは言ったけど、それは役割とか機能とかの話であって、カッコイイセリフとか、過去との因縁とか、そういう事じゃあ無いんですよ。


「えっと、ここに書いてある好物として生き血を啜る設定とかはやめた方がいいと思うなー、ははは」


 僕は過去の自分を鏡で見せつけられるような、そんななんとも言えない気分になりながら、当り障りのない所からその謎設定を指摘していく。


「もうちょっと、闇の存在感を出したほうがいいのかな? どう思う、羽田君?」

「僕には難しすぎるよ!」


 闇の存在感が僕にはわからないよ新妻さん! こういうのって冷静になった時のダメージが半端じゃ無いからほどほどにしない!? どうなっても知らないよ僕!


「ただいまー!」


 僕が本気で新妻さんの未来を心配し始めた頃だ。

 玄関の方より元気いっぱいの挨拶が聞こえてくる。

 この声は……のじゃーさんが帰ってきた!

 のじゃーさんはドタドタと廊下を騒がしく走りながら僕の部屋までやってくると、勢い良く部屋に飛び込んでくる。


「のじゃーさんおかえり!」

「あ、おかえりなさいのじゃーさん! ねぇ、見て見て! 私の使い魔の設定を考えたの!」


 のじゃーさんはニコニコとごきげんの様子で帰宅の挨拶をしてくれる。

 そんなのじゃーさんを見て何を思ったのか、新妻さんは自信たっぷりに僕からノートを奪うとのじゃーさんに見せつける。

 あわわ、どうしよう……。


「ほほぉ、使い魔? ちょっと見せて……何これ?」

「魔理霖・真楚尊だよ! 闇よりも深い闇から生まれたの!」


 ノートを受け取ったのじゃーさんは、その内容を確認して暫く難しい顔をしていたが、次第にプルプルと震えだし、ついには吹き出してしまう。

 ああ、言わんこっちゃない、どうしよう。

 僕は内心焦りながらもどうにもできないこの状況を見守る。


「にょわーっはっっはっははは! 中二病なのじゃ! 邪気眼的センスなのじゃー!」

「……え?」

「ちょ、ちょ! のじゃーさん!」


 耐え切れなくなったのか、ついにのじゃーさんが爆発する。子狐ちゃんはそれはそれは可笑しそうに新妻さんの黒歴史を笑い出したのだ。

 うげぇ! あんまり新妻さんを煽らないで下さいのじゃーさん! この位の年頃の女の子は気難しいんですよ! もし中二病をこじらせて高二病に走りでもしたらどうしてくれるんだい!

 僕がなんとかしてのじゃーさんを落ち着かせようとするが、当ののじゃーさんはどこ吹く風、新妻さんの黒歴史ノートを見ながら笑い転げている。


「今どきこのセンスはないのじゃ! 流石の妾も驚きなのじゃー!」


 のじゃーさんの笑いは留まることを知らない。

 ついにはヒィヒィと過呼吸になりながら机をバシバシ叩きだす。

 のじゃーさん、君はごきげんでいいよね、これ僕が新妻さんを宥めないといけないんだよ。うう、どうしよう……。


「……羽田君」


 小さくなボソリとした声が聞える。

 声の主は新妻さんだ……。やばい! 子猫ちゃんが悲しみを露わにしている!

 僕は新妻さんを慰める幾通りもの方法を脳内で瞬時にピックアップしながら、涙目で縋るようにこちらを見てくる新妻さんへと答える。


「な、何かな? 僕は良いセンスだと思うよ! うん!」

「私って異端じゃ無かったんだ……」

「異端だよ! 十分異端だよ! ものすごいよ! カッコイイよ!」


 ってかまだ異端にこだわってるの! どんだけ異端になりたいんだよ新妻さん!

 僕は、必死に彼女を宥めようとするが、不意に冷静になって自分がわりと恥ずかしい事をしていたと言う事実に気づいたであろう新妻さんにはあまり効果がない様だ。


「でも、のじゃーさんが邪気眼だって。やっぱり教室にテロリストがやってくる事を考えるのはおかしいんだ……」

「そ、そんな事考えてたんだ……」


 新妻さんが視線を逸らしながらそう呟く。

 彼女は顔が真っ赤だ、恐らく羞恥に震えているのだろう。

 本当ならそんな新妻さんの表情を肴にカロピスでもちびちびやりたい所だけど、そうもいかない。

 同じ中二病患者として彼女の味方をしてあげる必要が僕にはあるんだ!

 僕は必死になって、彼女の動揺を宥めんと声をかける。


「皆が動揺する中、羽田君と協力してチョークの粉を使った粉塵爆発で倒すの……」

「教室の皆も危なくないソレ!」


 でもわりとアリな気がしてきた。少なくとも隙を見て相手のアサルトライフルを奪い取る僕の設定よりはイケている気がする……。

 僕は自分の中にある嫌な病気が沸々と湧いてくるのを感じながら、新妻さんへの答えを探る。

 しかしながら、少しばかり新妻さんが落ち着いたかと思われるここに来て子狐ちゃんが更に追い打ちをかけてくる。


「典型的な痛い子なのじゃ! しかもどこかで聞いた話なのじゃ!」

「うう、羽田君ー……」


 新妻さんは完全に泣いちゃってる。

 ああ、いいよ新妻さん! 恥ずかしながら瞳に涙を浮かべて僕に縋ってくる新妻さん最高だよ!

 ……じゃなかった。そんな事をしている場合じゃないぞ。

 僕は、いじわるな子狐ちゃんによってイジメられた子猫ちゃんを安心させようと、今まで心の憶測に封印していた禁断の扉を開く。


「大丈夫だよ、新妻さん。安心して、実はね、僕も一緒なんだ」

「え!?」

「僕もテロリスト倒したことある、しかも颯爽と。新妻さんは人質役なんだよ」

「ほ、本当!?」


 新妻さんの瞳に光が戻る。

 そう、安心していいんだよ新妻さん。実は僕も一緒なんだ。

 僕は自分が今までしてきた妄想をこれでもかとぶち撒ける。

 テロリスト退治、闇の一族、封印されし力、もう一つの人格……。

 過去の恥ずかしい思い出と設定を新妻さんに説明していく。

 僕の心はズタズタだ、あまりの設定の痛さに心が悲鳴を上げている。l

 だがこれでいい、新妻さんが笑顔でいてくれる、僕はそれだけで幸せなんだよ。


「――あとは学園祭でライブをする妄想だってしたことあるよ! もちろんギターボーカルさ!」

「嬉しい! 羽田君も一緒だったんだね、じゃあ学園祭ライブでは私キーボード役するね!」

「新妻さんキーボード使えるの?」

「ううん、触ったことも無いよ!」

「僕といっしょだね!」

「羽田君!」

「新妻さん!」


 二人の思いはやがて通じ合う。

 僕の告白に感極まったのか、新妻さんは目尻に涙を浮かべながらも、喜びに満ちた顔で僕に抱きついてくる。

 おっと! これはなんというご褒美! 取り敢えずこのまま流れに身を任せつつ、新妻さんが離れないよにキッチリとホールドしないとね!

 僕が新妻さんの柔らかな感触と、フワリと漂ってくる優しい香りを堪能していると、今度はその様子を笑いながら見ていたのじゃーさんが抗議の声を上げくる。


「ちょっとちょっと! 二人の世界に入るな! ハブらないで欲しいのじゃ……欲しいのー!」


 のじゃーさんは僕達の近くまで来ると、自分もここにいる事をアピールするかのように大声で叫びながら周りをグルグルと回り出す。

 ごめんね、のじゃーさん。今いいところだからちょっと黙ってくれる? 僕もう少し新妻さんの感触を楽しみたいから。


「あ……、ご、ごめんね羽田君! 急に抱きついたりしちゃって!」

「ふふふ、謝る事なんてなんにもないよ、新妻さんに抱きつかれて嫌がる男なんて居るはず無いじゃないか! もちろん僕だってそうだし、とっても嬉しいよ!」

「え、えへへへ。私も嫌じゃないよ……」


 見つめた新妻さんの瞳に僕が映っている。その視線を逸らさず、そして抱きしめた新妻さんを決して離さず距離を縮める、そうして……。


「にゃー! いい雰囲気になるなー! 妾の事も構うの……構ってよー!」


 のじゃーさんの声に新妻さんがそちらを見る。

 くそっ! のじゃーさんめ! とってもいいところだったのに!

 そうして新妻さんは僕の腕から離れてしまう。

 ああ、残念、でもあんまり無理矢理は良くないよね。

 僕は、少しだけ名残惜しさを感じながら、新妻さんを見ていたが、彼女は何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべながらのじゃーさんへと声をかける。


「あ、のじゃーさん。いたの?」

「むきー! さとみんめ! したり顔は止めるのじゃ、じゃなかった、やめてよ!」


 新妻さんはご機嫌だ、しかも僕の腕からは離れたものの、距離は依然として近い。

 そうして何故か満面のドヤ顔。何が彼女をそうさせるのか、のじゃーさんを全力で煽っている。

 けど、はて、どうしたものか? 先ほどからそうなんだけどのじゃーさんの喋り方がおかしい。

 のじゃーさんの一挙一動を常に把握している僕は、彼女に起きた異変に不思議な物を感じながらも、その真意を問う。


「んー? のじゃーさん、のじゃーさん。その喋り方はどうしたのかい?」


 のじゃーさんは、僕の質問に少しだけ戸惑うような表情を見せると、やがて何かを決心した様子で答えてくれる。


「うん、実は妾は……じゃなかった! 私は今日から語尾にのじゃとつけるのをやめるのじゃ! じゃなかった、やめるの!」

「な、なんですと!?」


 のじゃーさんより衝撃の告白がもたらされる!

 僕は突然の悲劇に半ば茫然自失だ、言葉も出ない。


「標準語を喋るの! いまどきの女の子になるの!」


 のじゃーさんはそう嬉しそうに宣言すると、尻尾をふりふり楽しそうにくるくる回っている。

 ああ、その様子も可愛いよのじゃーさん、けど……どうしてなんだい、どうしてそんな事を言うんだい? 僕の事が……嫌いになっちゃったのかい?

 僕は悲劇に見舞われた自らの境遇を嘆きながら、根本的な疑問に思いを馳せる。

 だが、僕がそれについて質問する前に、興味深げにその様子を見ていた新妻さんより質問の声があがる。


「凄く無理している感があるね、でもまたどうしてなの?」

「ふっふっふ、秘密なのじゃー! あ、秘密なの!」


 秘密……だと!?

 それは僕にも明かすことができないのかい!? 僕とのじゃーさんの間に秘密事ができてしまうのかい!? 倦怠期の訪れかい!?

 目の前が真っ暗になる、僕とのじゃーさんの輝かしき未来に暗雲が立ちこめるのを肌で感じる。

 駄目だよのじゃーさん、それは……それだけは……。


「いけません!!」


 気がつけば叫んでいた。だがそれも仕方ない、のじゃーさんとの倦怠期なんて僕に耐えられるはずもないから……。


「にょ、にょわ! ど、どうしたの主?」

「びっくりしたー。また変なスイッチが入ったのかな?」


 のじゃーさんと新妻さんは驚いた表情を見せいている、多分僕の声にびっくりしたのだろう。

 けどね、二人共、これはとっても重大な事案なんだよ!

 僕は勢いそのまま、二人にも分かるように、僕がどれだけのじゃーさんののじゃ語を愛しているかを語り始める。


「のじゃーさん! のじゃーさんのベストプリチーポイントである、のじゃ語を止めるなんていけませんよ! のじゃーさんの可愛さが当社比で90%落ちてしまうじゃないかい! あ、もっとも、90%落ちてものじゃーさんが可愛い事に違いはないよ! 大好きだよのじゃーさん!」

「でもでも、標準語の方が……」


 のじゃーさんは僕が放つ魂の叫びに困った顔をしながら、おずおずと反論してくる。

 僕がこれほど言っているのに聞いてくれないなんて! 君に何があったのだいのじゃーさん!

 なお、急に静かになった新妻さんを見ると、僕らのやりとりに興味を無くしたのか、先ほどのノートにペンで何かを書き込んでいた。多分また新しい設定を思いついたんだろう。

 僕はそんな新妻さんを視界の隅にやりながら、のじゃーさんの説得を続行する。」


「マジョリティーに鳥合してはいけないよ! 個性を大事にするんだ! それに何より……」


 声をためる、そうして精一杯の声で、僕の思いが届くようにと声を張り上げる。

 のじゃーさん、聞いて下さい、僕の気持ちを!


「何より! 僕がのじゃーさんののじゃ語を愛しているんだ!」


 張り上げた声に驚いたのか、窓の外にある木に止まっていた小鳥が逃げ出すのが分かる、声量は十分だ、のじゃーさんにも僕の気持ちがきっと伝わった事だろう。

 そして視界の隅で新妻さんが迷惑そうに耳を塞いでいるのが見える、完全に空気が違うがそこはスルーする。


「主……」

「のじゃーさん……」

「あ、なんだかいつものパターンが始まる雰囲気がする」


 のじゃーさんと視線が交じる。

 彼女は感激の表情をその愛らしい顔に浮かべている、そうして感極まったのか、瞳に大粒の涙を浮かべながら僕に駆け寄ってきた。


「主ー!!」

「のじゃーさーん!!」


 飛び込んできたのじゃーさんを強く抱きしめる、決して離さないように、二人がいつまでも一緒でいられるように……。

 のじゃーさん、今僕たちはハッピーエンドに到達しました、あとはエピローグのみです、さぁ二人で愛のセレナーデを奏でましょう!


「妾が、妾が間違っておったのじゃ! 自分を、引いては主を信じられなかった愚かな妾を許して欲しいのじゃ!」

「大丈夫! 大丈夫だよのじゃーさん! 僕はのじゃーさんの全てを許そう! 何よりも、僕は初めからのじゃーさんを責める気持ちなんて無かったんだよ!」

「やっぱり主は妾の自慢なのじゃー!」

「のじゃーさんも僕の自慢だよ!」

「うーん、なんだか今度は私がハブられちゃって寂しいなー」


 新妻さんがポツリと呟く声が聞える。

 だがしかし、今の主役はのじゃーさんなのだ、そこは許して欲しい。

 僕は胸に顔を埋めるのじゃーさんの香りを楽しみなが、ドサクサに紛れてさり気なくのじゃーさんのいろいろな部分にタッチする。


「主! 妾は主の一番なのじゃ! 誰よりも主の事を想っておる! どこぞでハブられている中二病よりもなっ! チラッ!」


 僕のタッチに気づかないチョロイモードののじゃーさんであったが、何を思ったのか一人ハブられている新妻さんを煽りだした。

 ちょ、ちょっとのじゃーさん? あんまり新妻さんを煽らないで頂けませんでしょうか? 君達が喧嘩すると最終的に怒られるのは僕なんですよ?

 僕は、なぜか急に火花を散らせ始めた二人を見ながら、おろおろと慌て出す。


「む! のじゃーさんったら、そんな事言っちゃって! 必死に標準語に直そうとしてたくせに!」

「でも、主の言葉に目が醒めたのじゃ! 妾はこれからものじゃ語なのじゃー! 主ぃー、うりうりー」

「ふーん、でも私がのじゃーさんの立場だったら別に標準語に直そうなんて思わなかったかなー。だって私は羽田君の事信じてるからね! 誰かさんと違って、すっごくすっごく信じてるからね!」

「むむむー! そんな事言ったって主は妾の事を一番に想っているのじゃ! 妾の方がさとみんよりもリードしているのじゃ!」

「それはどうかな! だって私は羽田君の新妻に内定しているんだからね! いつの間にかのじゃーさんを追い越しているかもしれないよ!」


 二人の言い争いは次第にヒートアップしてくる。

 うーむ、この流れ、完全に僕にツケが回ってくる感じですね。

 僕は、彼女達がこの後どういう風に僕に無茶ぶりをしてくるのか考えながら、同時にその答えをいくつかピックアップする。


「ふん! じゃあ主に決めてもらうのじゃ! ここでどっちが一番か決めるのじゃ! さとみん覚悟!」

「それはこっちのセリフだよのじゃーさん! 

「主!」

「羽田君!」


 あ、やっぱりこのパターンなんですね。

 でも安心し給え二人共、僕はこの質問を予想していましたよ!

 僕はこれから訪れるであろう質問に真摯に答える為、二人の言葉を聞き漏らすまいと耳を澄ます。


「「どっち!?」」

「うん、僕はどっちも一番だよ」

「「即答した!!」」


 爽やかに答える。

 ふふふ、どうだい! ぐぅの音も出ないんじゃないかい!?

 一番が一人とは世の中限らないんだよ、二人共僕にとって一番! それ以外の答えはありません!

 そんな僕の渾身の回答であったが、二人は何が不満があるのか、途端にわぁわぁきゃぁきゃぁと騒ぎ出す。

 むぅ、何が不満なのかい! 僕分からないよ!


「まるで誂えたかのような言葉! 羽田君! 優柔不断なのは駄目です! ちゃんと選んで下さい!」

「そうなのじゃ! ここはハッキリとさせる所なのじゃ! 曖昧な答えは悲劇しか産まないのじゃ!」


 ふむふむ、成る程、そう来ましたか。

 つまり二人はハッキリしない答えが気に入らないと? まったく、困ったものだなぁ。

 僕は詰め寄る二人にできるだけ困った顔を見せながら小さく、それでいてハッキリと告げる。


「僕、聞き分けの良い子の方が好きかも。うーん、なんでどっちも一番って言葉を信じてくれないのかな……困ったなぁ、僕の事を信じてくれないなんて、そんな事言う子はちょっぴり印象変わっちゃうな。マイナス方面に!」

「妾は主の言葉を信じるのじゃ!」

「実は私も初めから信じていたよ、羽田君!」


 ほぼ同時に二人が答える。

 やぁ、二人共清々しいほどにチョロイね!

 僕は良い感じでデレてくれている二人に満足感を得ながら、「ありがとう!」と一言だけ答える。


「えへへ、どういたしましてなのじゃ! 妾の一番の主!」

「将来のお嫁さんだもの、その位当然だよ、羽田君!」

「「……むー!!」」


 しかしながら、相変わらず二人はお互いに火花を散らして争っている。

 ふむ、これ以上喧嘩されるのもあんまり嬉しくないし、そろそろ話題を変えるかな。

 僕は、そう言えば、そもそも何でのじゃーさんがのじゃ語を止めるだなんて言い出したかまだ説明してもらっていない事に思いつくと、これ幸いとその話題を振る。


「それよりもだよ、のじゃーさん。どうしてまた標準語にしようなんて思い立ったんだい?」

「う……実は」


 のじゃーさんがポツリポツリと語りだす。

 どうやら彼女は神社に出かけた際に知り合った別の神社に使える眷属にのじゃ語についておかしいと馬鹿にされたらしい。

 確かにのじゃーさんののじゃ語は普通の喋り方とは違う、のじゃーさんもその事に気づいていたのか、その人物の指摘通りのじゃ語を止める事を決意したのだそうだ。

 あまりの事実に僕の怒りが一瞬にして湧き上がる。

 のじゃーさんを馬鹿にするんなんて! これは、これは……戦争だ!


「よし、そいつをぶっ殺そう!」

「いきなり過激すぎるよ羽田君!」

「そうなのじゃ! 暴力は駄目なのじゃ!」


 僕の宣言に二人が慌てて止めに来る。

 止めないでくれ二人共、これは聖戦なんだ! のじゃーさんの威光を守る、その為だけに結成される一人十字軍なんだ!

 僕は必死に諌めてくる二人を見ると、逆に僕の意見を聞いてもらおうと説得を行う。


「けどのじゃーさんに新妻さん。僕の大切な人にそんな酷い事を言うなんて僕は黙っていられないよ。どうにかしてその野郎をぶっ飛ばさないと気がすまないんだ!」

「でもその子の言うことも一理あったのじゃ! それに相手は別の神社に仕える眷属の女の子だからそんな事したら問題になるし何より可哀想なのじゃ!」

「む、女の子ですと?」

「そうなのじゃ! 今どきでイケイケなのじゃ! 名前は……忘れたのじゃ!」

「へー、のじゃーさんみたいな子って他にもいるんだね。でも、女の子なんだ……」


 のじゃーさんの言葉に途端に冷静になる。

 ふむ、今どきのイケイケの女の子かー。わぁ、どんな子なのかな!?

 イケイケって事はスカートとか短いのかな? 仲良くなったらボディータッチが激しい感じなのかな! 僕が待っていても押せ押せで押してくれるような積極性があるのかな!?

 そんな気持ちをおくびにも出さず、僕は二人に告げる。


「二人共、よく聞いて欲しいんだ。僕はこれからのじゃーさんの(かたき)を取りに行く。これはとっても厳しい戦いになるかもしれない。僕は、僕は二人に傷ついてほしくないんだ! だから――」

「あ、私達ももちろんついていくからね」

「当然なのじゃー、さとみんと一緒に完全監視体勢なのじゃ」

「あ、はい……」


 が、その企みは脆くも崩れ去る。

 二人は僕に対してそれはそれは疑うような視線を向けると、同行する事を強制してくる。

 まったく、二人共もっと僕を信用して欲しいよ!

 そうして僕は、ヤキモチ焼きなハニー達に困りながらも、皆で外出の準備をするのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ