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のじゃーさんと僕の怪奇譚  作者: 鹿角フェフ
ひノ巻【口裂け女】
13/31

閑話:のじゃーさんと帰省

 閑散とした神社の境内。

 初詣や、例大祭等の特別な日でもなければ賑わうことの無いであろう道を歩む。

 そうして、参拝客が詣でる拝殿より裏へ回り、通常立ち入ることが禁止されている本殿へと上がり、勢い良く声を上げる。


「一尾白狐の七穂(ななほ)、ここに帰ったのじゃー!」


 そう、妾は今日、主の元で行っていた修練の勤めに関する報告をする為、自らの家とも言えるこの神社へと帰ってきていたのじゃ!


…………

………

……


 本殿の中、余計な物が一切置かれていない整然とした広間中央、二人の人影が座りこちらに視線を送り出迎えてくれた。


「おう、よう帰って来たな。七穂(ななほ)


 まず声を上げたのが向かって右側であぐらをかく大男。

 筋骨隆々の偉丈夫で、古めかしい和服を腰で巻くように身につけており、狐面と首に巻くようにかける狐尾が特徴的だ。

 三尾白狐(びゃっこ)剛穀(ごうこく)――。それが男の名前、この神社を守る狛狐(こまぎつね)と呼ばれる存在の一人で強力な化生だ。


「おかえりなさいませ、七穂さん」


 次に左側で正座をする女性より声があがる。

 腰まで流れる美しい黒髪が特徴的で、野蛮な印象のある剛穀とは違い、艶やかな十二単に身を包み穏やかな笑みを浮かべている。

 四尾玄狐(げんこ)水稷(すいしょく)――。

 先ほどの大男……剛穀と同様この神社の狛狐を務めており、尾の数が狐の力量を示す通り、恐ろしい力を秘める狐である。

 妾は、そんな二人に尊敬の念を込めながら、けれども普段より世話になっている二人に対して不必要に他所他所しくならないよう元気よく挨拶をする。


「ごっさん! 水稷(すいしょく)さん! ただいまないのじゃ!」


 妾の挨拶に満足がいったのか、二人共笑みを浮かべながら小さく頷いている。

 ふふふ、元気が良いことはとっても良いこと! 主の教えをしかと実践している妾に隙はないのじゃ!


「修練の務め、誠にご苦労だ。 ……ちゃんとまじめにやっているだろうなぁ?」

「もちろんなのじゃ! 早速報告するのじゃー!」


 ごっさんの疑うような問いに答える。

 まったく、ごっさんは心配性なのじゃ! 妾はいつだって完璧に務めをこなしているのじゃ!

 けれども妾が早速今回の成果について報告しようとした矢先、水稷さんより声があがる。


「あ、少々お待ちいただけますか、七穂さん」

「にゅ? どうしたのじゃ?」


 不思議なのじゃ! いつもならここで成果を報告して後はダラダラゴロゴロして帰るだけなのに止められるとはきっとなにかあるのじゃ!

 妾は水稷さんの言葉を待ちながら、いつもとは違う雰囲気を感じ取り、どこかワクワクとした気分になる。


「おう、実はな、今日こちらに宇迦(うか)様の分霊がいらしている、お前ぇの報告も聞くらしいから気張って報告せいよぉ」


 宇迦之御魂大神(うかのみたまのかみ)様!

 妾達狐が仕える神様なのじゃ! 分身の一種である分霊での来訪とは言え、宇迦様が来るなんて珍しいのじゃ!

 思わぬサプライズに妾の気持ちも引き締まる。これは情けない姿は見せられないのじゃ!


 そうして、妾が軽い緊張に身を包みながら宇迦様をお待ちしていると、本殿奥の祭壇より光があふれだす……。

 強烈でありながら、どこか優しさと包容力を感じさせる温かな光が止むと、そこには一人の老人が座していた。

 田舎の古い家屋、その縁側を探せばどこにでも居そうな好々爺、それが宇迦様の御姿だ。もちろん数ある側面の一つ、その一部をかたどった姿でしか無い。


「ほっほっほ、善き哉(よきかな)善き哉(よきかな)。七穂ちゃんや、こんにちは」

「宇迦様! こんにちはなのじゃ! ご機嫌麗しゅうなのじゃ!」


 妾は久しぶりにお会いする宇迦様に感激しながらも元気よく挨拶をする。

 宇迦様は多くを語らない、常に慈愛の笑みで全てを見守っていらっしゃる。

 妾の挨拶にも気を良くしたのか、満足気に大きく頷くと、ニコニコと機嫌をよくされていた。

 水稷さんは、そんな宇迦様をチラリと確認すると、代わって話を続ける。


「では、宇迦様もいらした事ですし、報告をお願いします、七穂さん」


 静かに告げられる声……。

 宇迦様の前でその成果をご報告する、これは妾の沽券、引いては主の沽券に関わる。


「分かったのじゃ! 今月の妾が行った修行の成果、それは――」


 しくじることは許されぬ、だが不安は全くない。それは自負、つまり妾と主の為した事に対する絶対の自信がそうさせている為だ。

 妾は肚に力を込めて、皆が妾の言葉を漏らさずしかと聞き届けるように力強く声を上げる。


「――ピコチュウのレベルを99にしたのじゃ!!」


「「…………」」

「ほっほ! 善き哉、善き哉」


 ドヤァ……、言ってやったのじゃ!

 ごっさんも水稷さんもあまりの偉業に声がでない様子、妾は報告の成功を確信すると、これでもかと言わんばかりのドヤ顔を皆に向ける。

 どうだ、これが妾! ひいては主の力なのじゃ!


「おう、七穂。そのピコチュウのレベルを99にするとどうなるんだ?」


 ごっさんがこめかみを抑えながらドスの聞いた声で聞いてくる。

 まったく、ごっさんってばそんな基本的な事もわからないとは、ネットで出会ったら良いカモなのじゃ! それではポコモンマスターにはまだまだ遠いのじゃ!


「ネット対戦で負けなしなのじゃ! 主にも褒められたのじゃ!」

「……七穂さん、ピコチュウとは何でしょうか?」


 続いて困惑した様子で水稷さんが聞いてくる。

 ぬぬぬ!? 水稷さんってばピコチュウを知らないとな!? それは駄目なのじゃ! この程度の話題に乗れないと流行に取り残されるのじゃ! ゲームの世界は日進月歩、もうすぐポコモンXYが出るのにポコモンすら知らないとは致命的なのじゃ!

 妾は水稷さんのありえない質問に驚愕しながらも、懇切丁寧にポコモンについて説明を行う。妾は親切なのじゃ! 感謝するのじゃ!


「ピコチュウはポコモンのキャラで、ポコモンとは大人から子供に大人気の携帯ゲームなのじゃ! しかもしかも、妾が主の為に育てたピコチュウは隠しパラメーターもマックスまで調整した完全最強仕様! そこら辺の凡夫なんか鎧袖一触で倒してしまうのじゃ!」

「善き哉、善き哉、ほっほっほ!」


 宇迦様はご機嫌の様子で笑い声を上げている。

 流石は宇迦様! 妾の偉業にいち早く理解を示してくれたのじゃ! もっとも、宇迦様は基本的に「善き哉」しか言わないから本当に理解しているかは不明だけれども。

 妾は、あまり分かっていない様子のごっさんと水稷さんに、妾がどれほど苦労したのかを再度説明する。本当に凄い事なのじゃ!


「ピコチュウを99にするには並々ならぬ苦労があったのじゃ! これで妾はゲーマーとして一段階上のステージに登ったと言っても過言ではないのじゃ!」

「お前ぇ、今月他には何をやってたよ?」


 そんな妾の必死の説明にも関わらず、ごっさんは大きなため息をつくと唐突に話題を変える。


「ぬ! これ以上を求めるとな! ごっさんは欲張りなのじゃ! うーんと……。そうなのじゃ! 父上殿が買ったHDDレコーダーのセッティングを行ったのじゃ! 主の家族は全員AV機器に弱くて妾大活躍なのじゃ! これでダブル録画もバッチリなのじゃ!」


 どうやらごっさんはレベル99ピコチュウでは物足りないらしい。 まったく、ごっさんはいつもそうなのじゃ! 妾の成果にケチをつけまくって来る。けど……これでは文句も出まい。

 妾は再度ドヤ顔を浮かべる。どうなのじゃ! 皆に妾と同じ事ができるか? ダブル録画……できるのか!?


「……確認の為に聞くが、先月お前ぇ何をやっていたよ?」


 妾のドヤ顔はまたしても無視される……。

 ぬー、コミュニケーションは会話のキャッチボールなのじゃ! 人の話をしっかりと聞かないのは駄目なのじゃ!

 まぁいいのじゃ、ごっさんのワガママは今に始まったことじゃない。妾は寛大な心をもってごっさんを許すと、彼が聞きたいであろう事を説明する。


「先月は家庭内LANネットワークの構築と、ドドンパッチの二周目をノーコンクリアしたのじゃ! 特にルーターのファームウェアをアップデートして最新環境を整えた辺りは渾身の仕事ぶりだったのじゃ!」


 いやぁ、あれはなかなかいい仕事だった。

 わざわざメーカーのカスタマーセンターまで電話して特別版のファームウェアを送ってもらったのはナイスプレイだと言える。

 主はよく分かっていない様子だったのがちょっとばかり不満だけど……まぁプロは無駄に自分の能力をひけらかすことはしないし、褒めてもらったから別にいいけど!


「……七穂さん、その前の月は何を報告しましたでしょうか?」

「むむむ!? 先々月? うーん、忘れてしまったのじゃ……」


 水稷さんの質問に首をかしげる。なんで二人共そんなに前の事を聞きたがるのじゃ?

 流石の妾もそんな過去の事まで覚えていないのじゃ……。

 妾が困惑しながら必死に思い出そうと悩んでいると、意外な所から助け舟が出される。


「ほっほっほ、ガンロムのプラモデルを作っておったよ、七穂ちゃんや」


 優しく語りかける声は宇迦様の物だ。途端にその時の事がありありと思い出せた。

 流石宇迦様! なんでもお見通しなのじゃ!


「ありがとう宇迦様! そうだったのじゃ!! ガンロムのプラモを作ったのじゃ! 1/60陸戦型ガンロムでジオラマ付きの一品なのじゃ! テーマは『戦場』! 妾のウェザリング技術がこれでもかと盛り込まれて――あ、素人さんには分からないと思うから説明するけどウェザリングとは汚し技術の事で完成したプラモにわざと傷や汚れを――」

「もういい! もういいっ!」


 妾のうんちくがごっさんによって遮られる……。

 もう、良い所だったのに。興をそがれた妾は不満気な視線をごっさんに向ける。


「むぅ。どうしたのじゃ、ごっさん。 妾はプラモにはちーっとばかしうるさいから、話の本番はこれからなのじゃ。 それにごっさんはまだまだプラモ道を理解しているとは思えないのじゃ」

「いや、お前ぇさんが毎日毎日自分の使命をほっぽり出して遊んでいるって事がよぉーく分かったぜ。あのな七穂、俺達ぁ先月も言ったよな? ちゃんと修行をしろって! にも関わらずお前ぇときたら遊んでばっかりで、何考えてるんだ?」

「仕方ないのじゃ! だって主に修行しようって言っても、『可愛いのじゃーさんにそんな重労働させられないよ』って優しく言われて、主がそう言うのならそうなのかなーって、えへへ、ほら、妾ってば主にぞっこんだから。 ってもう、ごっさん何言わせるのじゃ! ハレンチなのじゃ!」

「羽田の坊主も相変わらずだなぁ、おい……」


 呆れ顔のごっさんを他所に今日の出来事を思い出す。

 主ってば毎月の報告が恒例であるにも関わらず、一人でのお出かけは心配だとあれやこれやと気を使ってくれたのじゃ。

 そうして、平日の朝っぱらから2時間にも及ぶ壮大な別れのドラマを主と演出した妾は、一路この神社へとやってきたのじゃ! ちなみに、神社は主の家から徒歩で5分の所にある。

 でもでも、こんなに心配してくれるなんて、やっぱり! 妾ってば愛されているのじゃ!


「仕方ないのじゃ! 妾と主はラブラブなのじゃ! 今日も行ってらっしゃいのチューをしてもらったのじゃ! おっと、とは言ってもデコチュー! 二人は清く健全なお付き合い中なのじゃ!」


 二人の関係はまだまだ始まったばかり! ポイントを使えばもう、ものっすごい事もすぐにできるけど、妾はそんな卑怯な手は使わないのじゃ!

 まぁ、貯まりに貯まった1000ポイントはお洋服セットとお菓子とゲームに化けたからまた貯めなおさないといけないけど……。

 妾はあれやこれやと小言を呟いているごっさんを華麗に無視すると主との幸せな一時に想いを馳せる。


「知らねぇよ、そう言う話をしてるんじゃねぇよ。 もっと他にする事があるだろうって言ってんだよ俺は」


 他にする事……?

 途端、ピンク色の想像が頭の中を占領する。まさか、まさかのご奉仕狐モードですと!?

 まってました……じゃなかった! ハレンチなのは駄目なのじゃ!


「はわわ! そんな! 駄目なのじゃ! まだ早いのじゃ! 確かに、妾は主にならいいかなーって思ってるけど。けどけど、こういうのには順番があって! もっと二人の思い出を作って、二人の仲が進展してからじゃないと駄目なのじゃ!」

「いや、おい……」

「ああっ! でもでも、だからと言って妾が主とそういう関係になるのを嫌がっているとかじゃなくて! いや、むしろ……」


 ご奉仕狐モードとは、妾が勝手に作り上げたモードの事で、このモードに突入するとそれはもう人様にはおいそれと言えないような爛れた日々を延々行う事になる。

 具体的には、主の部屋にある箪笥3段目の二重底に隠してある薄い本や、本棚2段目右から4つ目の英和辞書の付録CDと一緒に誤魔化すように保管しているいけないゲームが入ったCDみたいな事が行われる。

 唐突なご奉仕狐モード命令に流石の妾も慌てふためく。と言うか今気づいたけどごっさんは二人の関係に口を出しすぎ!


「ごっさんってばまたセクハラなのじゃ! 職権を乱用したハラスメントなのじゃ! これ以上するなら妾もしかるべき所に訴えるのじゃ! 具体的には、主! だって主ってば頼りになるし妾とは相思相愛だから妾のピンチに黙っていないのじゃ!」

「お前ぇがベラベラと聞いてもいねぇ事を喋ってるんだろうがよう……」


 ありのままを話す、そうしているだけなのに何故これほどまでに文句を言われなければいけないのだろうか?

 妾はなにかあればすぐに文句をつけてくるごっさんに心底うんざりしながら、彼の話を右から左に流す。

 そうしていると、先ほどまで黙って妾の話を聞いていた水稷さんが口を開き、二人のやりとりに入ってくる。


「……七穂さん、貴方と悟さんの仲がよろしいのは十分理解しました。ですが、甘やかし甘やかされるだけではいけませんよ。貴方も悟さんにしっかりと自分の意見を伝え、意思を通す事ができる様にならないと」

「善き哉、善き哉」


 むむむ、とりあえず宇迦様の言葉は無視して……と。

 確かに水稷さんの言うことも一理ある。けどけど! 感情は時として道理を捻じ曲げるのじゃ! 妾はその事を水稷さんに伝えんと声を大きくする。同じ女性としてわかって欲しいのじゃ!


「でも水稷さん! こればっかりはどうしようもないのじゃ! 主に優しく諭されると、どんな事でも言うこと聞きたくなっちゃうのじゃ! 自分の意見なんて二の次になってしまうのじゃ!」


 そう、そうなのだ。

 主に優しく言われると、もうなんか全部どうでも良くなって甘えたくなってしまうのだ。

 主は蜘蛛だ、そして妾は主の巣に捕まってしまい美味しくいただかれるのを待つ哀れな蝶でしかないのだ。

 妾は、その事をハッキリと、そして力強く宣言する。これが妾の意見なのじゃ!


「妾は! 他の誰よりも! 自分が主の事となるとチョロイ女になってしまう事を理解しているのじゃ! 他ならぬ自分の事だから! それだけは、それだけは間違いないのじゃ!!」


 決まった。完璧に妾の想いは伝わった……。

 意思を押し通す、確かにそれは重要な事かも知れない。そしてそれをすべき時は今だったのだ、そしてそれは成功に終わる。


「自慢気に言う事じゃねぇわな」

「はぁ……。まったく、困った子ですね」


 妾は自分が言いたい事を言い切った事に満足感を得ると、もう話すことは無いと完全寛ぎモードに入る。

 もうあとはゴロゴロダラダラするだけなのじゃ! 報告会は解散なのじゃ!


「良いですか、本当に仲が良いと言うことは、相手の言うことを全てハイハイと聞くだけではいけないのです。時として、間違っていることをキチンと指摘し、正しい道へと戻す事も親密な関係である事の条件なのですよ」


 むむむ! まだお話が続いているのじゃ……。

 妾は面倒になりながらも水稷さんの話に耳を傾ける、だが、それには矛盾している点があった。

 妾は水稷さんの話が前提から間違っていることに気がつくと、したり顔でその点を指摘する。


「じゃあ、水稷さんは何で自分の主と一緒じゃないのじゃ!? その話が本当なら水稷さんはもっと自分の主とすんごく仲良くなってないといけないのじゃ! 妾は今まで一度も水稷さんとその主がイチャイチャしている所をみた事がないのじゃ!」

「分別と言うものがあるのですよ、七穂さん。我々と人は住む世界が違います。残念ながら一緒になる事は出来ないのです」


 水稷さんは少しだけ悲しそうにそう答える。

 彼女と彼女の主に何があったのかは分からない、けど理屈や分別を理由に自分の意思をねじ曲げるなんて理解できない事だ。

 そして、自分の主はそういう綺麗事が嫌いな人間でもあった。


「そんなの分からないのじゃ! 愛は法律とか種族とか、なんかそう言う煩わしいもろもろをサクッと超えるのじゃ! 水稷さんの主はそこの所をどう思ってるの!? 妾は気になるのじゃ!」

「……あの方は、他の女性と幸せに暮らしています」


 辛そうに答える水稷さんに妾の心も痛む。

 けど、ここで言い負けるわけにはいかない。

 だって……、水稷さんの言い分に納得してしまっては、主と一緒になれないと認めてしまうのと同然であるから……。


「妾の主は常日頃から愛の為に法律を破る事には、なんら思う所は無いと公言しているのじゃ! 水稷さんは間違っておる! 自分の想いを騙すと不幸にしかならないのじゃ! 現に自分の主を他の女に取られているのじゃ!」

「あの方の話は止めましょう。あの方は私では無く、他の女性を選んだのですから……」


 静かに告げる水稷さんと違い、醜く声を荒らげてしまっているのが自分でも分かる。

 もはやワガママを言う子供だ、自分の意見が通らないと駄々をこねている……。

 いや、心の何処かで水稷さんの意見に納得してしまっている自分が嫌なのだ。人と狐は一緒になれない……。それに気づいてしまっているからこれほどまでに動揺している。

 話はいつの間にか妾のヒステリーになろうかとしている、だが、それは不意に止められる。


「おい、七穂、自分が羽田の坊主と一緒にいたいからって水稷を煽るんじゃねぇよ。こいつ主人が自分よりアダルトゲームのヒロインを選んだ事、未だに根に持ってるんだからよ。その話すると面倒クセぇんだよ」


 ごっさんがニヤニヤと笑いながら話を挟む。

 ……? いま、非常にくだらない話が聞こえた気がするが妾の気のせい……、じゃないよね?


「あ、アダルトゲームの、ヒロイン?」

「面白ぇだろ? こいつ二次元に負けたんだぜ」


 ビシリと嫌な音が聞こえる。

 そちらに目をやると、顔から表情を消し去った水稷さんが、手に持つ湯のみを受け皿に戻す所であった。

 ……湯のみには、先ほどまではなかったであろう大きなヒビが入っている。

 それは今の水稷さんの心情を表すかのようであった。


「……剛穀。後で話があるからな、逃げるなよ」

「面倒クセぇなぁ……」


 先ほどとは違う、ドスの聞いた声が水稷さんから聞こえる。

 その声にビクリと反応した妾は、恐る恐る水稷さんの顔を伺うが、俯いたままでその様子は伺い知れない。

 そう言えば、水稷さんってば昔はかなりやんちゃした狐だったって風の噂で聞いた記憶があるのじゃ……。

 妾はその事を思い出すと、早速水稷さんの太鼓持ちに徹する事を決める。もちろんごっさんは切り捨てた。妾はこの時点より水稷さんの味方なのじゃ!


「そ、それは流石に可哀想なのじゃ……、でもでも! 水稷さんは美人で性格もスタイルも良くて、何よりおっぱいが大きいのじゃ! そんな人を選ばないなんて、水稷さんの主はきっと目が曇っていたのじゃ!」

「ありがとうございます、七穂さん。私も、いつかあの方が目を覚ますと信じ、今はその日を想ってこうして待ち続けているのですよ」


 水稷さんは、少しだけ気が晴れたのか、先ほどと同じ柔らかな笑みをこちらに向けてくる。その様子を見た妾はホッとしながら警戒レベルを一段階引き下げた。

 セーーッフ! 妾セーフ!


「そういう重たい部分が男は嫌だったんじゃねぇのか? なんかお前ぇ、毎日自分の主人に自分が思う理想の結婚生活だの夫婦像だの説いてたらしいじゃねぇか? しかも振られた今でも日中深夜関係なく隙があったらすぐに連絡取ろうとしてるんだろ? 俺が主人でも二次元に逃げるわ」

「お、重すぎるのじゃ……、そういうのはちょっとノーサンキューなのじゃ」


 思わぬ出た言葉に口を塞ぐが時すでに遅し。

 水稷さんはいまや悪鬼羅刹かと思わんばかりにどす黒いオーラを浮かべている。

 陰陽師や魔術師がいたら一瞬で調伏対象に認定されそうな勢いだ。

 妾はなんとかこの場から切り抜けんと、最低でも自分だけは助かろうと考えを巡らす。

 なんとか、なんとかして妾だけでも! 他の皆はどうなってもいいからっ!


「まぁコイツも歳が歳だから焦ってたんだろうな。そういや水稷よう、お前ぇも修練の時は式場めぐりばっかりで全然修行しなかったらしいな。なんだ、七穂の事言えねぇじゃねぇかよ」

「控えめがオススメじゃよ、ほっほっほ」


 ギャーース!

 ごっさんが全力で水稷さんを煽る。妾は水稷さんの怒りが自分にも及ばないかと戦々恐々としている。

 そうして、万が一の時に被害が及ばぬようにと、さり気なく宇迦様の近くによるとその背後に身を隠す。

 ごめんなさい宇迦様! 有事の際は妾の盾になって欲しいのじゃ!


「わ、私も自らの主人の事を慕っておりますから。……あの時は若さ故に少しはしゃいでしまっただけですよ」

「全然若くねぇわな、お前ぇさんは」

「ごっさん止めるのじゃ! 水稷さんにそれ以上現実を突きつけては駄目なのじゃ!」


 妾による必死の説得にもごっさんは聞く耳を持たない。ふん、とふんぞり返りながら水稷さんを睨みつけている。

 そして水稷さんは、ごっさんの言葉に俯きながら、しばらくプルプル震えていたかと思うと急に顔を上げ、晴れやかな笑顔を浮かべたかと思うと……。


「……よっし、決めました。今から全員ボッコボコにしてやります!」


 すこぶる爽やかにフルボッコ宣言をした。

 水稷さんよりピリピリするような威圧感が放たれ、本能が危険信号を発してくる。

 妾は早速宇迦様シールドに全身を隠すと、怒れる水稷さんの様子を伺う。


「いい度胸だぜぇ水稷。 俺もいつも小言ばっかりのお前ぇには鬱憤が貯まってたんだよ!」

「にょわー! 何故か妾もボッコボコにされる事が決定されているのじゃ! 理不尽極まりないのじゃ!」

「ほっほっほ! ワシもじゃよ」

「あったり前でしょうがぁ! 若いからって自分の主とイチャイチャしやがってよぉ! 煽ってんのかぁ! 心の中では行き遅れって馬鹿にしてんのかぁ!」


 ごっさんの煽りに水稷さんの怒りも更に増す、妾は何も悪くないのに! 悪い所なんて一つもないのに!

 妾はなんとか水稷さんを宥めようとするが、それを阻止するかの如くごっさんが煽りだす。


「おう! 馬鹿にしてるぜ、滅茶苦茶してるぜ! やっぱ三次の女は無いわな!」

「ごっさん止めるのじゃ! 水稷さんもそういう被害妄想的な所が男性に敬遠される原因なのじゃ!」

「やってやらぁ! 全面戦争じゃあ!」


 にょわー! 何故か水稷さんを更に怒らせてしまったのじゃ!

 水稷さんの尾が、形そのまま水に変化する。うげぇ! あれは"鉄砲水の術法"! やばいのじゃ! わりとシリアスモードの時に使うようなガチの殲滅術法なのじゃ!

 妾は辺り一面が灰燼に帰すのを覚悟しながら、なんとか自分だけは助かろうと、宇迦様の背中にしがみつく。助けて宇迦様!


「ほっほっほ、善き哉、善き哉」

「良くねぇよ! なんで私が二次元の女に負けなきゃなんねぇんだよ! ぶっ殺すぞジジィ!」

「あっ! オイてめぇ水稷! ジジ……宇迦様になんて言い草だ!」

「うるせぇ! 全員死ねよオラァ!」


 轟音と濁流。

 水稷さんより放たれた"鉄砲水の術法"が押し寄せる水の壁となって辺りを押し流していく。その威力は小さな本殿などひとたまりもなく、神社の境内全てを飲み込む勢いだ。

 あれだけ大口叩いたごっさんがあっさりと濁流の波間に飲まれていく様子が見える。

 妾は宇迦様が張った謎シールドに守られながら、なんでこんな事になってしまったのかと泣き叫ぶ。


「にょわーー! 一巻の終わりなのじゃー!」

「ちくしょー! 何で私を選んでくれなかったんだよー! うわぁーん! 主様ぁああ!」

「ほっほっほ!」


 そうして月例報告会は破壊と混沌をもたらし収束する。

 全てが終わった後、壊れた本殿は宇迦様があっさりと一瞬で直してくれた。

 妾は、宇迦様の傍ら、自らの主の名前を叫びながら泣き崩れる水稷さんを見ながら、行き遅れだけはせぬよう頑張る事を誓うのであった。

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